『後日談』 恋とはどんな〜後〜
エミリアが帰った後、マリアは自室でぼんやりと先ほどの会話をかみしめていた。
ロイと出会ってまだ3週間ほど。
彼の為人も好みも、何もかもを知っている訳ではないけれど。
少なくともマリアにとって彼の存在は、日に日に大きくなっていた。
その手を離したくないと思える程には。
けれど、初めての恋に右往左往している自分が、いきなりロイの婚約者?
いや、まだ本人から何も言われてはいないのだけど…。
でも、彼の手を離したくないという事は、つまりはそういう事だ。
思い出すのは、王都に帰還した時の事。
討伐を果たし凱旋した勇者一行の中でも、騎士団団長であるロイの人気は目を瞠るものがあった。
その後王宮内で開かれた、ごく内輪の小規模な晩餐にマリアも参加が許された。
そこでロイは、着飾った美しい令嬢達に囲まれ、隙のない笑顔と巧みな話術を披露していた。
聖女の任に就いていた頃は、社交も務めの1つと割りきって、卒なくこなしていたマリアだが。
脚の怪我もあって壁の花となった彼女は、遠くからロイを見つめるだけだった。
その時は、何も感じなかったけれど。
今は違う。
彼の隣に他の令嬢が立つ事を想像しただけで、胸の奥がムカムカし何ともいえない気分になる事を、マリアはやっと自覚した。
その時、ドアが控えめにノックされた。
「マリア様、旦那様がお呼びでございます。
スカイフィールド様もいらっしゃってます」
ちょうど考えていたロイの訪問に、マリアの頬は真っ赤に染まる。
とはいえ2人を待たせる訳にもいかない。
マリアは姿見で服装や髪型を確認し、すぐに部屋を出た。
「やぁ、マリア殿。
今日はオルトランのお嬢さんと会っていたんだってね。
女性同士の話は楽しかったかい?」
すっかり父の顔で話しかけるミツルギとは対照的に、ロイはどことなく緊張した面持ちでマリアを見つめた。
「えぇ、ミツルギ様。
とても楽しくて有意義な時間でしたわ」
硬い雰囲気のロイを訝しく思いつつ、笑顔で応えるマリア。
そんな2人を見比べ、ミツルギは苦りきった顔で切り出した。
「実は…君に正式な婚約を申し出る者が現れたのだよ」
驚きのあまり目を瞠るマリアと、拳を握りしめるロイ。
2人の様子を伺いながら、いかにも困った体で話を進めるミツルギ。
「相手はスカイフィールドと同じ侯爵ベルフォルン家の嫡子ルドガー。
歳は貴女より2つ上で、宰相の補佐か…」
ドン!
突然の物音にビクリと肩を竦ませるマリア。
が、ロイが握りしめた拳を机に打ち下ろした事に気付き、キュッと眉を寄せる。
「何だ突然、話の途中だぞ」
余裕のないロイの様子に、内心ニヤリとしながら窘めるミツルギ。
そんなかつての上官を、ロイはギリリと睨みつけた。
「そのお話はお断りして下さい」
断固とした口調でミツルギに頭を下げると、ロイはマリアの傍へ膝をつき、その手を取った。
「マリア、君に婚約の話が来たからいうのではない。
討伐から戻って、ずっと考えていたんだ」
真剣な眼差しに、口ぶりに、マリアの鼓動が跳ねる。
「俺は君の手を取る許可をもらった。
けれど今はその手を離したくないと、そう思っている。
いつまでも、永遠の別れが訪れるまで」
ロイから目が離せなくなる。
「だからマリア、どうかこれから先もずっと隣で、俺と共に歩んでほしい」
——あぁ!
マリアの胸に広がったのは、純粋な歓喜。
「君を誰にも渡したくはないんだ」
ロイの口づけた指先から、じわじわと幸福感が広がっていく。
「確かに俺達は出会って間もないし、お互いの事もそれ程わかっちゃいない。
どんな君でも愛せる自信がある、なんてキザな事を言うつもりもない。
この先喧嘩だってするだろう。
だけど、他人を思いやる優しさ、信念を貫く強さ、辛い経験を糧に前を向く勇気を持つ君となら、これから先もやっていける。
そう、確信しているんだ」
目が潤み、感極まって声も出せないマリア。
そんな彼女を上目遣いに伺い、ロイはここ一番の想いと覚悟をぶつけた。
「だから、俺と共に生きてはもらえないだろうか」
何とかロイに返事を伝えようと口を開くものの、驚きと嬉しさが入り混じり思考がまとまらないマリア。
そんな彼女を、ロイは辛抱強く見つめる。
「わ、私…大人しく、貴方に従って、歩く、なんて、しないわよ。
隣に、並んで…時には、前に、出ちゃうかも。
それでも、良いの…?」
声を震わせ懸命に言葉を紡ぐマリアに、ロイは大きく頷いた。
「そんな君だから良いんだ」
肩を震わせていたマリアの目から、頷いた拍子に涙が溢れ、大きく息を吐き出したロイは椅子ごとマリアを抱きしめた。
そんな2人を静かに見守っていたミツルギ。
彼は2人に、ある“提案”をした。
***
数日後、王宮内では妖魔討伐に参加した者達への褒賞の場が設けられた。
今回の褒賞は国王から直々に言葉を賜り、かつ国王に願いを直接奏上、1つだけ叶えてもらえるという特別なもの。
勿論、“可能な限り”ではあるものの、王侯貴族の並み居る前での“約束”は、絶対的効力を持つ。
その場でロイが、国王に奏上したのは
「元癒しの聖女、マリア殿を妻に致したく」
だった。
対するマリアも
「騎士団団長ロイ・スカイフィールド様と共に生きる未来を」
と奏上。
こうして貴族達が肩を落とし、あるいは悔し涙をのむ中、国王により正式に2人の婚約が認められたのであった。




