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元聖女の恋  作者: 吉野
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『後日談』 恋とはどんな〜前〜


マリアは困っていた。



幼い頃から聖女宮で暮らし、異性と個人的に関わる機会が殆どなかった彼女にとって、年齢=恋人いない歴は至極当然の事であった。


唯一の例外は7年前の討伐時だが、あの時は緊急時。


誰かとどうこうなろうなど、微塵も考えられない状況なうえ、勇者(カイル)以外はかなりの年上。


娘のように可愛がられる事はあっても、そういう対象にはお互いなり得なかったのである。




そんな彼女にとって、人生初の“恋人”ロイ・スカイフィールドは、まさに未知そのものであった。



***



妖魔討伐後、マリアの処遇は密かに問題となった。



「前回果たせなかった妖魔樹の消滅を見届ける為、力を失いながらも討伐参加を志願」


「今は亡き英雄・勇者カイルとの約束を見事果たした元聖女」



7年前、勇者を英雄に仕立てた者の中には、今回も美談に仕立てようとする動きがあった。


が、元騎士団団長(ミツルギ)現大神官長(オルトラン)、それに騎士団・聖騎士団の介入により、それは阻止された。



特に貴族籍を持ち、政治の中枢に身を置くミツルギはかつてない程厳しい顔で


「世の中には色々な者がいる。

中には『元聖女』と言う称号に、貴女が思いもよらない価値を見出す者もいるんだ。


マリア殿が思うよりずっと、貴女は有名で魅力的なのだよ。

貴女はもっと用心しなくてはいけないし、警戒しても、し過ぎという事はない」


とマリアに苦々しげに告げた。




また貴族の中には『元聖女』に、政治的価値を見出す者も現れた。


今はミツルギの屋敷に客人という形で身を寄せてはいるが、ぜひ妻にという問い合わせもチラホラ出始め、ロイは密かに焦っていた。



——この気持ちが何なのか分からないが、大切に育んでみてもいいのでは?



あの時は確かにそう思った。

思ったが、そんな悠長な時間は無さそうなのが現実だ。


何処かの誰かに掻っ攫われる前に、体裁だけでも整えておきたい。



そんな未熟者(ロイ)の焦りなどお見通しの年長者(ミツルギ)は内心面白がりながら、マリアを守るべく裏で手を回し始めた。



***



騎士団団長として職務に励む一方で、ロイは時間を見つけては、ミツルギの屋敷へ通い続けた。


マリアに会いたいのは勿論だが、他の者達への牽制も兼ねた訪問。


通常、身分が上の家への訪問は、前もって相手に許可を求め許された場合にのみ限る。

ましてミツルギ家は公爵位。

よほどの事がない限り、おいそれと訪問できる家柄ではない。


しかしロイは殆ど顔パスといって良い状態。


その事も他の家にとっては、有効な牽制となった。




とはいえ、婚約前の男女が1つ部屋に篭るなど、もってのほか。


万が一マリアに醜聞など立ったら…。


と、かつて戦場で見せた鬼上官の顔でクギを刺す事を忘れないミツルギ。

ロイもその辺は心得ており、会う時は必ず第3者の目が届くようにしていた。


運良く2人きりになれたとしても、部屋のドアは完全に閉めず、淑女としての立場を守ることを忘れない。



これが遊びなら、公然の秘密として逢瀬を楽しむ事も、有りなのかもしれない。


しかし、マリアとそのような“遊び”をするつもりは毛頭ない。

むしろ先の事まで真剣に考えているロイにとって、マリアの世間体を守る重要性は十分理解していた。



そんなロイの涙ぐましい努力にもかかわらず、マリアは戸惑っていた。




恋愛初心者(おくて)なマリアにとって、ロイの些細な言動に胸が高鳴り、あるいは不安に駆られ、一喜一憂する毎日だった。





「恋とはこんなにも感情の振り幅が大きいものなのね」


本人には言えないが、今では良き友人となったエミリアには、つい愚痴めいた事も打ち明けてしまう。



エミリアは妖魔から受けた利き手の傷が思いの外深く、現在は治療と機能訓練の真っ最中であった。


日常生活には支障はないが、剣を振るうと時折痛みが出たり、痺れたりするという。


かつての自分なら、エミリアの傷を癒せない事に罪悪感と自己嫌悪を感じていただろう。


けれど辛かった過去も含め、全てを受け入れ呪いを断ち切ったマリアにとって、エミリアに今すべきは罪悪感を感じる事ではない。


そもそも罪悪感を感じる事自体、失礼な事なのかもしれないと思っている。

エミリアはマリアが“元聖女”だから、親しくしている訳ではないのだから。




「私には経験のない事だが、そう言う割には楽しそうだね」


ニッコリ笑うエミリアに、マリアは肩を竦めてみせた。


「あまりにもドキドキさせられると心臓がもたないわ」



——マリアもちゃんと彼に惚れているという事か。



惚気なのか愚痴なのか、もはや分からない台詞に

「ご馳走さま」

とトドメをさす。



「んもぅ…」


元聖女としての彼女からは、想像できないような幼い仕草で頬を膨らませるマリアを、年上なのに可愛らしいと思いつつ…。

エミリアは話題を変えた。



「そういえばマリア、貴女の処遇が少々問題になっている事は?」


「えぇ、ミツルギ様からもロイからも、屋敷から出るなと言われているわ」



2人とも過保護なんだから、と笑うマリアに



「マリア、貴女は飢えた狼達にとって極上の獲物だという事を忘れないでほしい。


貴女の持つ“元聖女”という肩書き。

加えて7年前と今回、2度の討伐に参加し見事妖魔樹消滅を見届けたという名声。


ミツルギ様や神殿側、聖女宮の皆様の覚えもめでたく、しかも若く美しい。


地位や栄誉を欲しがる者にとって、これほどうってつけの“妻”はいないのだからね」



怖いほど真面目な顔でクギを刺すエミリア。



これには、マリアも…“若くて美しい”はともかく、頷かざるを得なかった。




そんなマリアの様子に1つ溜息をつき、エミリアは特大の爆弾を放った。



「…貴女がスカイフィールド団長の婚約者であれば、事は容易く解決するのだが」


「こ…婚約者⁈」



目を白黒させるマリアに、当然という様子で頷く。



「これが小説なら、私が貴女のお相手なら、何としても誰にも貴女を譲らない所だ」




エミリアの唯一の趣味が、恋愛小説を読む事というのはマリアも聞いていた。


けれど、それはいくらなんでも身贔屓のすぎる発言ではなかろうか?


また、“元聖女”の称号を持つとはいえ、平民の自分と爵位を持つロイ。

そんな2人が釣り合うとは、どうしてと思えないマリアだった。



「でも…あの方は騎士団団長であり、侯爵様なのでしょう?」


「怖いから、釣り合わないからといって諦めてしまうの?」



エミリアのストレートな切り返しに、言葉に詰まるマリア。



「釣り合うかどうか、決めるのは他の誰でもない、彼と貴女自身だ。

彼が貴女を選んだのだから、そこは自信を持つべきでは?」


困ったように俯くマリアの手を取り、エミリアは優しく微笑んだ。



「私は、貴女がたはお似合いだと思う。

それに応援している人は沢山いるのだよ。

みな、貴女の幸せを願っているのだから」




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