呪いの解けた日〜マリア〜
あの人を失ったあの日から、私の世界は一変した。
美しい音、鮮やかな色で溢れていた世界は、灰色で静かな冷たいモノになった。
かつて、全てを失った私は自分を責め悔やみ続けていた。
そんな私の頬を掌で包み
「何でもかんでも自分のせいだなんて、思ってはいけない。
それは傲慢というものだよ。
貴女を中心に、世界が回っている訳ではないのだから。
大体、貴女と他人、どちらがより不幸かなんて、どうやって決めるんだい?
心の痛みも流した涙も、比べる事なんてできやしない。
自分の辛さを人と比べても、意味なんてない。
もちろん、今貴女が辛い事を否定するつもりはない。
けれど何もかもを全部背負い込み、自分を自分で追い詰めるのは、ある意味呪いだ。
そんな呪いを自分でかけてはいけない」
と叱ってくれた人がいた。
真心からの言葉を、その時の私は聞き入れる事が出来なかった。
たとえ何もできなくとも、力及ばずとも。
どれだけ辛くとも困難でも、妖魔樹の消滅を見届けなければならない。
それは私にとって、贖罪であり同時に使命でもあった。
そうすれば…本当の意味で前を向いて生きていける。
本気でそう信じていた。
けれど、妖魔樹の消滅を見届けた今…。
私はようやく
「呪いから解放されても良いのでは?」
という言葉を、素直に受け止められるようになった。
「マリア殿、見てごらん。
世界はこんなにも光溢れているんだ」
かつて優しく頬を包んでくれた手が指し示す先には…。
アルフォンス様を囲むように騎士達が、神官達が和やかに談笑している。
それを見つめるレティシア様とニール様の雰囲気も、どこか楽しげで。
キース様はエミリア様と、親子水入らずの会話を…というか、どうやら一方的にキース様が話しかけているご様子。
少しぎこちないけれど、お2人の纏う空気は温かく優しい。
そんな幸せに満ちた、何気ない光景。
何もかも、明日さえ当たり前に続く事はないと知っている私にとって、かけがえのない日常。
確かに…。
今の私には彼らが…大げさに言えば世界が、“色の無い静かで冷たいモノ”とは思えない。
鮮やかで、儚くて、優しくて、素敵で、愛おしい、そんな存在。
「マリア」
中でも一際、温もりを感じさせる声に呼ばれた。
数日前に出会ったばかりなのに、私の心の中の最も硬く脆い所にスルリと入り込んだ人。
振り向くと、スカイフィールド様が心配そうに腕を差し出した。
「脚は大丈夫か?
辛いなら寄りかかるか、座るか?」
本当にこの人は…。
よく見ているのね。
あの時妖魔から受けた傷は思いのほか深く、まだ完全に塞がってはいない。
杖を使っているとはいえ、立ち続けているのは辛かった。
「ありがとうございます、スカイフィールド様」
お言葉に甘えて、腕に掴まり少し寄りかからせてもらいながら椅子へ腰かける。
「いや、ロイと呼んでくれないか」
そんな私の傍らに片膝をつき、顔を覗き込む彼の真剣な眼差しに、意思に反して鼓動が早くなる。
「どうかロイと」
真剣な表情。
希う声。
なのに、どこか甘さを含んでいるなんて…私の耳はどうかしてしまったのだろうか?
「君が傷を負った時、心臓が止まるかと思った。
大袈裟でなく、本当に目の前が真っ暗になった気がしたんだ。
急いで駆けつけようとしたが妖魔に阻まれ、どれだけ焦ったか。
あの時、初めて気がついたんだ。
君を失いたくないと。
今はまだ…この気持ちが何なのかよく分からない。
だが幸いにもというべきか、君も俺も生きている。
なら、この気持ちに封をする必要はない。
大切に育んでみてもいいんじゃないかと、今はそう思っている。
それに君は度胸も行動力もある。
こっちが油断してると、あっという間に何処かへ行ってしまいそうだからな」
紡がれる言葉に、顔が上げられない。
「だから君の名を呼び、手を取る許可をもらえないか」
彼なりの優しさなのだろう。
彼の言葉を受け入れるか、拒むか。
無理強いではなく、私が選択する事が出来るように、という。
「……えぇ」
意を決し、顔を上げ小さな声で呟いた瞬間…
蕩けるような笑みを浮かべた彼に、見とれてしまう。
同時に、割れんばかりの歓声が上がり…自分達が注目を集めていた事に気がついた。
…そうだった。
ここは自室でも誰もいない野原でもない。
みんな居たのに、頭からその事が抜け落ちていた。
恥ずかしさと居た堪れなさで全身が震える。
耳どころか首筋まで真っ赤になってしまっている事だろう。
一層身を縮こまらせる私の頬に、ロイが優しく触れる。
「マリア」
その手に、優しい声にほんの少しだけ勇気をもらい、思い切って顔を上げてみた。
温かく優しい世界が、そこにはあった。




