託された未来
キン!
澄んだ音がして妖魔が動きを止めた瞬間、誰もが妖魔樹の消滅を確信した。
まず感じたのは安堵。
——これで…7年前のような厄災は起こらない。
それは真実味を伴い、それぞれの胸を満たした。
ホッとすると同時に力が抜け、座り込む者。
必死に剣を振るっていた時は感じなかった、痛みを思い出す者。
妖魔が、妖魔樹が、砂のようにサラサラと崩れ…浄化された瘴気がキラキラ光り空に消えてゆく。
その様子を皆、感無量の面持ちで見つめた。
「おい、アルフォンスはどうした?」
ふと我に返ったロイが辺りを見渡す。
と、妖魔樹のあった辺り、一際大きな砂山に半分埋もれた聖剣が見えた。
「アルフォンス!」
慌てて駆けつけ、全員で砂を掻き中からアルフォンスを引っ張り出す。
「おい!しっかりしろ」
ぐったりして動かないアルフォンスに、みな息をつめる。
瞬間、誰もが最悪の予想をした。
慌てて脈を取ろうと、首筋にロイが震える手を伸ばし…。
「…団長?」
動きの止まったロイに、全員覚悟を決める。
しかし…
「…寝てる」
「……は?」
「だから、寝てるんだよ」
ハーッと息を吐き出しながら、呆れたように笑うロイの顔は明るくて…。
アルフォンスの顔を覗き込んだ騎士達も、熟睡してる様子に苦笑いを浮かべた。
***
かつて魔の森と呼ばれていた森。
その近くにある神殿に、一行が辿り着いたのは夜明け前だった。
傷ついた者に肩を貸し、精も魂も尽き果てたアルフォンスを背負い戻った騎士達。
そんな彼らを、神官達は賞賛のまなざしで迎え入れた。
それから3日3晩。
深い眠りから覚めたアルフォンスが、一番最初に見たものは…。
泣き笑いの表情を浮かべた仲間達だった。
「…お前!心配させるなよ」
肩をどやしつける者。
「寝る子は育つっていうけど、まだ育つつもりか?」
と、からかう者。
そして涙ぐむ者。
その場にいる全員の表情が明るい事に、アルフォンスは妖魔樹の消滅を悟った。
「…俺、やったんですよ、ね?」
核に聖剣を突き立てた所から、記憶があやふやで…と頭をかくアルフォンス。
「えぇ、貴方のおかげで妖魔樹は完全に消滅しました」
一同を代表しレティシアが告げ、ロイが、ディードが、エミリアが、ニールが力強く頷く。
よく見ると、エミリアは利き手を布で吊り、マリアも左脚を軽く引き摺っている。
ロイも、他の者達も至る所に包帯が巻かれ…血が滲んでいる箇所もある。
当初いた20名のうち、室内に居るのは自分を含め11名。
アルフォンスは、自分が生きて仲間達と再会できた幸運を、今更ながら実感した。
実感すると同時にその腹が盛大に鳴り、皆の笑いを誘う。
3日も寝ていたのにふらつきもせず、食堂へ向かいペロリと完食。
落ち着いたところで、アルフォンスはふと違和感を感じた。
「聖剣…は?」
勇者に任じられてからというもの、常に肌身離さず持っていた聖剣が見当たらないのだ。
「それについてはこちらから説明しよう」
言いながら食堂に入ってきた人物に、アルフォンスは目を丸くした。
「大神官長…様」
続いて入ってきた人に気づき、全員居ずまいを正す。
「ミツルギ元団長」
騎士の礼を取ろうとするのを手ぶりで止め、2人は皆と同じテーブルにつく。
王都に居る筈の2人を目の前にし、神官達が茶を用意してくれる間、誰も一言も発しなかった。
全員に茶器が行き渡り、神官達が席に着いた所で、おもむろに立ち上がった
「まずは皆に礼を言う。
皆の尽力のおかげで国難は去った。
本当に感謝する」
元団長の言葉に、騎士達が頭を垂れる。
「私からもお礼を言わせてください。
民を守って下さった事、神に仕える者の代表として本当に感謝します。
聖剣は役目を終え神殿に戻りました。
それにより討伐が成功した事を知り、取る物もとりあえず駆け付けたという訳です」
「勿体ないお言葉」
大神官長の言葉を、聖騎士達も感無量の面持ちで受け止める。
席に着いたミツルギが、アルフォンスの方へ向き直りニッと笑う。
「よく頑張ったな、ボウズ」
滅多にお目にかかれない元団長の、迫力のある笑顔を目の当たりにし、アルフォンスはようやく妖魔樹を倒した実感が湧いた。
「いえ…聖剣と、皆のおかげです」
つっかえつっかえ言葉を返すアルフォンスを、微笑ましく見守る騎士達。
「ここまでは元騎士団団長と、大神官長としての公の言葉だ」
「そうですね、ここからは私人としてですが…」
元騎士団団長と大神官長。
国の中枢に携わる2人が立ち上がり、揃って頭を下げるのを、みな呆然と見つめた。
「大人として謝罪します。
特にアルフォンスとレティシア、あなた方子供に辛い責を負わせる事態になってしまった事を」
「かつて勇者と共に討伐に参加した者として詫びよう。
7年前、妖魔樹を倒せなかった事を。
みな、本当にすまなかった」
困惑を隠せないレティシアとアルフォンス。
「そんな…頭をあげて下さいませ」
他の者達も同様で、落ち着かなさげに視線を交わしたり、そわそわしながら2人を見つめている。
そんな中、1人泰然としていたロイに向かい
「という訳でだな、ロイ・スカイフィールド !」
「はっ!」
ミツルギが腰に佩いていた剣をおもむろに差し出した。
「団長…?」
「今はお前が団長だ。
俺は引退し領地へ戻る事にする」
突然の引退宣言に驚きを通り越し、固まってしまったロイの肩を豪快に叩くミツルギ。
いつもなら、何て事はないじゃれ合いだが、今のロイは背に傷を負っている。
痛みを堪えるロイの顔を、悪戯っ子のような笑顔でミツルギは覗き込んだ。
「今回の厄災でわかったのです
次代に道を譲る時が来たと」
一方、大神官長の視線の先には、この神殿の神官長。
「…?」
「実力といい人徳といい、貴方なら申し分ないと思います」
大神官長の言葉に耳を傾けていた神官長の顔が青くなり
「大神殿からの正式な打診はまた後ほど、という事で私からの指名、受けてはいただけませんか?」
そして、紅潮した顔で1つ頷いた。
そんな神官長を横目で見つつ、ロイはようやく衝撃から立ち直った。
「スカイフィールドだけじゃない。
ヴォルフも他の騎士達も、よく聞け。
7年前の厄災で、多くの騎士達が命を懸け民を守った。
そしてまた今回、命懸けで務めを果たした。
そんなお前達になら、安心して未来を託す事が出来る。
俺はそう確信している」
それまでの悪ガキっぽい表情から一転、真面目な面持ちで改めて剣を差し出すミツルギ。
その剣をロイは両手で恭しく受け取った。
「重い…です」
「そうだろ?
まぁ、まだまだひよっ子のお前にゃ荷が重いかもしれないが、こいつの事支えてやってくれ」
ロイと、そして騎士1人1人と目をしっかり合わせミツルギは再びニヤッと笑った。
後はなし崩し的に妖魔樹を倒した時の話となり、マリアは遠慮するようにそっとその場を離れようとした。
「マリア殿」
そんなマリアにミツルギが声をかけた。
2人の様子に気づいたロイも、さり気なく近寄る。
「全く無茶をするお人だ、こんな怪我までして」
「…申し訳ございません」
「心配したと言っているのだよ」
ミツルギとマリアは互いに顔を見合わせ、苦い笑みを漏らした。
「マリア殿、貴女ももうその呪いから解放されても良いのでは?」
——呪い。
その物騒な言葉に、ロイの心臓が跳ねた。




