進化する妖魔
「また派手にやったな、お前達」
もげそうな勢いで頭を撫でるロイに辟易するアルフォンス。
全員が無事だった事に、安堵の溜息をつくエミリアとディード。
レティシアとマリアは相手の無事を抱き合って喜びあい。
ニールは目の前にそびえる存在に、息を呑んだ。
「コレ…は」
瘴気の晴れた森の奥にある、異質な物体。
どす黒く太い幹。
捻じ曲がって四方に伸びる枝には、赤く濁った球体が無数にぶら下がっている。
まるで母体がその卵を抱え込み、孵化の時を待っているように…。
よく見ると、その1つ1つの中で蠢くモノ。
それが妖魔であると悟った瞬間、皆の背筋が凍った。
7年前、多くの命が奪われ土地が汚染され、街が破壊され蹂躙されかけた記憶が蘇る。
一歩間違えば同様の事態になる。
その責任の重さが、今更ながら1人1人にのしかかる。
聖剣に反応しているのか、卵の内部がドロリと波打つ。
ひびが入り、今にも孵化が始まりそうなモノもいくつか見られた。
「間に…合った、のか?」
恐々近づく聖騎士の1人。
「おい、やめろ!」
制止の声も間に合わなかった。
中から伸びてきた妖魔の腕に囚われた聖騎士の顔が、土気色に変わる。
「妖魔樹の樹液は一瞬にして命を奪うほどの猛毒です、気をつけて」
あっという間の出来事に呆然としつつ、全員距離を取り警戒態勢をとる。
昨夜、伝えたにもかかわらず、覚醒前だとの油断が招いた悲劇なのか。
崩れ落ちた聖騎士が助からない事を、マリアは瞬時に悟った。
その上に覆い被さるように落ちた1体の妖魔が、ユラリと身を起こす。
ゴクリ、と誰かの唾の飲み込む音が聞こえた。
「皆は卵を!
アルフォンス、核を狙え」
レティシアが浄化の聖魔力を放ち。
ニールは妖魔樹の動きに注意を払い、いつでも援護出来るよう複数の術を展開。
騎士達は一斉に、孵化前の卵に斬りかかる。
レティシアの隣に立ち、マリアも油断なく弓を構え…。
アルフォンスは前もって聞いていた、核のある個所に渾身の一撃を叩き込んだ!
「やった!」
確かな手応えに歓声をあげたアルフォンスを、高濃度の瘴気が襲う。
あまりにも濃い瘴気に動きの止まったアルフォンスを、妖魔樹の枝が無造作に払い飛ばした。
「手を止めるな!」
手応えはあった筈。
けれど動きを止めない妖魔樹に、マリアの顔が強張る。
「祝福を、レティシア様!」
先程よりよほど濃い、体の弱い者なら致命傷になりかねない瘴気が、妖魔樹本体そして無数の卵から噴き出す。
「浄めの聖女」の最大限の祝福をもってしても、頭の奥がぼうっと霞み身体が痺れてくる。
「おい、大丈夫か?アルフォンス!」
「ったり前!」
叫ぶロイの、卵を斬り捨てるエミリアの、枝を薙ぎ払うディードの目の前で、妖魔が孵化してゆく。
「っ!」
咄嗟に騎士の1人が斬りかかったが、妖魔は飛んで躱した。
「飛んだ⁉︎」
孵ったばかりの妖魔の背には、蝙蝠のような翼が。
今まで翼を持つ妖魔の存在は報告されていない。
——進化、したということか…?
先程の精神攻撃といい、妖魔の形態変化といい。
今まであり得なかった状況に、不安の的中したロイは拳を握りしめた。
「陣形を立て直せ!」
命令に騎士達がアルフォンスの両脇をかためる。
妖魔1体1体は、それほど強くはない。
鋭い爪と、骨をも砕く怪力に気をつければ、決して勝てない相手ではない。
しかし地上での接近戦ならいざ知らず、空中戦を仕掛けられるとなると…しかも数では圧倒的に不利な状況、一気に形成は傾く。
「上空の妖魔は俺が!」
「浄化はお任せください」
高濃度の瘴気に晒される仲間を守る為、浄化の聖魔力を放ち続けるレティシア。
攻撃魔法で上空の妖魔を落としていくニール。
そして…マリアはその身に僅かに残る聖魔力で妖魔樹の核を探していた。
7年前も先程の一撃でも、決定的なダメージを与えた筈。
現に今見えている核は粉々に砕け、原型を留めていない。
にもかかわらず、妖魔が動きを止めない。
という事は…他にまだ、核があるのか。
瘴気の特に凝り固まった部分、他と違う部分を探し必死に目を凝らす。
その間にも騎士達が1人、また1人と妖魔の爪に切り裂かれ、妖魔樹の樹液を浴び倒れていく。
「キリがないな」
いくら倒しても次々と孵化する妖魔。
核を破壊するのが先か…それともこちらが力尽きるのが先か。
アルフォンスは初めて苛立ちと、ほんの僅かな恐れを感じていた。




