魔の森へ〜アルフォンスとレティシアとニール・年少組も頑張る〜
伝説の聖剣を手にした時の、魂が震えるような高揚感。
他の誰でもなく、自分が「選ばれた」という優越感にも似た感情。
かつての英雄に憧れて騎士を志し、剣の鍛錬を積んできた少年アル。
今は、騎士見習いとして経験を積んできたアルフォンスが憧れた勇者。
アルフォンスは「勇者」という肩書きに、密かに酔っていた。
本人には…その自覚はなかったかもしれないが。
——何でもできる気がする。
——妖魔樹だって倒せる、聖剣があるのだから。
軽く考えていたつもりはないが、やはりどこか浮足立っていたらしい。
淀んだ瘴気の中、気がつくとアルフォンスとレティシア、そしてニールだけが取り残されていた。
***
こんなに早く妖魔樹が復活するなんて。
勇者が、聖女が守った未来がこんなにも早く奪われてしまうなんて。
でも嘆いてばかりはいられない。
今の聖女は私。
かつてのマリア様のように、私も立派に使命を果たしてみせる。
討伐の命が下った時、そう覚悟を決めたレティシアだった。
先々代の聖女マリア様の嘗めた辛酸は、先代の聖女より聞いていた。
各地に出没する妖魔を討伐し、瘴気を浄化するという果ての見えない長旅。
数多の傷ついた人々のために涙を流され、癒し救い、使命を果たし祈りを捧げ、国を救った“癒しの聖女”。
まさに人々のために尽くす崇高な女性。
それは、幼い頃憧れたお伽話のお姫様より、眩しくて手の届かない存在となった。
——聖女として立派に務めを果たしたい。
その決意に誓って偽りはない。
なのに、いざ王都を出発すると…使命よりも恐怖が増してくる。
妖魔という得体の知れない存在や瘴気、毒。
死でさえそう遠いものではない。
日常よりもはるかに危険な状況に対する恐れは、日に日に高まっていった。
争い事は元々苦手だ。
怒鳴り声を聞いただけで身が竦む。
…怖い。
やらなければいけない。
……でも、怖い。
葛藤するうちに魔の森近くの神殿へ到着。
現地の神官様が結界を張り、なんとか押しとどめているとの事だが、溢れ出る瘴気は予想以上の物だった。
瘴気とは、例えるなら妬みや怨み、怒り、嘆きといった、負の感情の凝り固まったようなモノ。
濃い瘴気に犯された土地は、土壌から腐敗し毒素を吐き出す。
そして瘴気を浴びた人間は、毒にゆっくりと犯され、動けなくなった所を妖魔に襲われるか、内部から腐って死に至る。
怖気付く弱い自分を情けなく思いつつ。
レティシアは、負の感情にともすれば引きずられそうになっていた。
そんな時マリアと出会い、緊張の糸がプツリと切れてしまった。
恐れや不安、緊張、自己嫌悪…そして安堵。
諸々の感情が一気に込み上げ、制御できなくなってしまったレティシアを、マリアは優しく抱きしめてくれた。
***
国の復興を見届け、亡くなった師グレイブ。
かつて災厄をもたらした妖魔樹の行方を、死の直前まで案じていた。
その遺志を継ぎ妖魔樹を消滅させる事。
それはニールにとって、当たり前の選択だった。
しかし…王の勅命により参じた王宮でまみえた勇者は、玩具を手にした子供のよう。
聖女も震えを堪えてはいるようだが、いかにも頼りない。
頼みの綱の神殿側は、未だ妖魔樹の確たる情報を掴んではいない。
妖魔樹の存在らしき物は掴んでいるとの事だが、その目で確かめた者はいない。
先の侵攻の折、対応が後手に回った経験を活かし、というものの…これでは綱渡りもいいところだ。
それでも、聖剣が使い手を選んだという事は、妖魔樹の復活が近いという事。
——何とかしなければ。
その思いが暴走。
昨夜ニールは、単身魔の森へ潜入という暴挙を犯してしまった。
魔の森へ近づき、妖魔樹の存在を察知したからなのかもしれない。
「探知」の魔法で感じた気配は、歪な母体に群がる無数の卵のようなモノ。
これら全てが妖魔の卵だとして、それが一斉に孵ったら?
そこまで考えて、全身の毛が逆立った。
——冗談じゃない!
師の言う通り、あれは“人の世にあってはならぬモノ”
破壊、殺戮、蹂躙、その為にだけ存在する。
そんな禍々しさを放つ何かが、確かに森の奥
にある。
持てる限りの力で攻撃魔法を叩き込みたい衝動に駆られ…。
すんでの所で思いとどまった。
いくら表面が傷ついたとて、核を破壊しなければ消滅する事はない。
それが妖魔樹だ。
そして、核を破壊できるのは勇者の持つ聖剣だけ。
それに、今はまだ妖魔が孵っていないようだが、万が一攻撃で孵化が始まったりしたら、目も当てられない。
今はこの情報を持ち帰るのが先。
無いよりマシな情報ではない。
確かな情報を。
そう、思ったのだが……。
確かに持ち帰った情報は、とても得難いモノだと感謝されたが。
その後、がっつり説教された。
スカイフィールド騎士団団長に。
こんなに叱られたのは、もしかしたらグレイブが亡くなって以来かもしれない。
思わず肩を竦めたニールに、個々の役割の重要性とチームワークを懇々と説くロイ。
あげく、初対面にもかかわらず元聖女に心配させるなと諭される始末。
流石に、勝手な行動を反省したニールだった。
***
瘴気の中に取り残された3人。
相変わらず右も左も見えない状況ではあったが、アルフォンスには妙な自信があった。
手にしている聖剣を通し、痛いほど感じる妖魔樹の存在。
「こっちだ」
自信満々で歩き出すアルフォンス。
互いに顔を見合わせ、レティシアとニールは慌てて追った。
意外と近くに感じたのに、小一時間ほど歩いても辿り着く事が出来ず、アルフォンスは苛立っていた。
「こちらで間違いないのか?」
「…聖剣はそう告げている」
「確かに瘴気は先ほどより濃く感じますわ」
レティシアの言葉に頷きはするものの。
——辿り着ける気がしないのは、何故だ?
ニールは内心焦りを感じていた。
昨夜「探知」の魔法で探った時ははっきりと感じた妖魔樹の気配。
それが今は妙にぼやけ、拡散している気がするのだ。
何かがおかしい。
「わかっているとは思うが、警戒は怠るなよ」
言い終えるや否や。
瘴気の揺れを察し無詠唱で魔法陣を展開、防御壁を張るニール。
一瞬遅れて浄化の聖魔力を発動するレティシア。
そしておもむろに聖剣を振りかぶるアルフォンス。
「やるな、魔術師!」
「ただの魔術師ではない、錬金魔術師だ!」
攻撃を受け止めた防御壁を軽々飛び越え、アルフォンスの剣が瘴気を切り裂いた。
「さすが勇者と言うべきか、聖剣がすごいのか」
「どちらにしても、凄まじい破壊力ですわね」
アルフォンスの一撃は、瘴気ごと辺り一帯の木々を薙ぎ払い、見上げた先には青空が広がっていた。




