第89星:心縛
ヴィルヴァーラ・スビルコフ (20) 二等星
ロシアスルーツク支部所属。海外派遣交流により日本の千葉根拠地にやってきたロシアの『グリッター』。当初より根拠地の『グリッター』をあしらうような姿勢を見せるが…?
タラス・ザガエフ (50) ロシア皇国宰相
ロシアモスクワ本部、ロシアにおける皇帝以下の三本指に入る実権者。階級に見合う頭のキレを持つものの悪い噂が多く、またその権力を見せびらかすような言動も多く、良く思われていない。
皇帝 (?)
ロシアの全てを握る絶対にして唯一の皇帝。見かけは幼い少女のようなシルエットをしており、話し言葉もどこか拙さを感じさせるが、一人で国一つを凍結させる力を持つ。日本の早乙女 護里とはお友達。
皇帝への謁見を終え、ヴィルヴァーラは本来の支部に戻ろうとしていた。
広大な広間を横切るヴィルヴァーラは、何かを考えている様子であった。
「友達…そんなものが必要だなんて…考えたこと無かったわ…でも、陛下からの命だし、蔑ろにするわけにも…」
思わず皇帝からの命令を受け入れてしまったヴィルヴァーラであるが、どちらかと言えば生真面目な性格をしている彼女は、その友達を作るための方法に真剣に頭を悩ませていた。
「プレゼントとかすれば良いのかしら?それとも真っ直ぐに友達になって下さいと伝えれば良いの?あ、確か何かの文献で拳で殴り合うことが友情を芽生えさせるって読んだことがあったわね。とりあえず喧嘩すれば良いのかしら?」
何やら思考が迷走し始めたヴィルヴァーラ。すると、そこへ、一人の人影が現れる。
「その必要はない」
「…!タラス宰相!」
先程まで皇帝の隣にいたタラスが、ヴィルヴァーラの前に立っていた。
「何故、こちらに?いえ、それよりも必要ない…とは?」
「そのまんまの意味だ。皇帝陛下の言葉を鵜呑みにする必要はない」
その発言を聞き、ヴィルヴァーラはやや懐疑的な目をタラスに向ける。
「陛下の言葉を蔑ろにしろと仰るのですか?」
「早とちりするな。別に無碍にしろと言っているのではない」
怒気に満ちた視線を、しかしタラスは軽く流す。
「貴様も感じたはずだ。自分に友人など本当に必要なのかと」
「ッ…それは…」
ヴィルヴァーラは否定することが出来ない。
皇帝からの命令であれば、それを遂行するために努力は惜しまないが、疑問を感じなかったと言えば嘘になるからだ。
「やはりな。流石の私でさえ、先ほどの皇帝の言葉を全て受け入れることは出来なかったよ。そこでだ…」
ジロリ…とタラスはヴィルヴァーラを見つめる。以前からこの男を苦手としていたヴィルヴァーラは、思わずたじろぐ。
「貴様に密命をやろう」
「密命…ですか?」
嫌な予感はしていた。
ロシアの実質的な政治的実権を握るタラスには、黒い噂も立っていたからだ。その男からの密命ともなれば、当然警戒もするだろう。
しかし、ヴィルヴァーラはまだ、タラスの本質の全てを理解し切れていなかった。告げられた内容は、ヴィルヴァーラの想像を超えたものであったからだ。
「派遣交流を利用して、日本の『軍』データを持ち帰ってこい」
「…は?」
思わず茫然としてしまいながらも、ヴィルヴァーラはなんとか聞き返す。
それは先程までとは別の意味で、言葉の意味を理解できないという思いから出た声であった。
「日本の『軍』は優秀だ。悔しいが我がロシアよりもな。それこそ豊富な実践データや科学技術を有しているだろう。それを回収してくるのだ」
「私に盗みを働けと言うのですか!!」
激情にかられ、ヴィルヴァーラは声を荒げる。
「その通りだ。日本の技術は、我らがロシアの糧となり、更なる発展を促してくれる!なぁに、かつては向こうからむざむざと提供してくれたのだ。多少盗みを働こうとも、気にはしないさ…」
平然と言いのけるタラスに、ヴィルヴァーラは全身を怒りに震わせる。
「ふざけるな!!メンツだなんだのと言っていた筈の貴様がそのような話を持ち出すなど!!貴様こそがロシアの諸悪の根源だ!」
すると、先程までは上っ面だけの薄気味悪い笑顔を浮かべていたタラスからスッと表情が消える。
「…口の聞き方に気を付けろよガキ。その気になれば貴様など一瞬で息の根を止めることなど容易いのだからな」
「本性を現したな外道が…やってみるが良いさ」
張り詰める空気の中、ヴィルヴァーラはその場で『グリット』を発動しようとする。
しかし、それよりも早くタラスが『グリット』を発動。
どこからともなく吹き荒れる冷気に襲われ、ヴィルヴァーラの全身は一瞬にして凍り付いていった。
「カッ…アァ!!アアアァァァ!?」
息を吸えば肺さえ凍りかねない冷気。全身に走る、凍結による痛みに耐えながら、ヴィルヴァーラはタラスを睨みつける。
しかし、タラスはそれに一切臆することなく、寧ろゆっくりと歩を進め、凍りついて動けないヴィルヴァーラの顔を掴んだ。
「バカめが。いくら優秀と言えど二等星程度の『グリッター』なんぞに私がやられるものか」
ヴィルヴァーラを見つめるその瞳は濁っており、嫌悪感を隠し切れないほどであった。
それでも、ヴィルヴァーラは気丈に振る舞い、タラスを睨みつける。
「悪意と悪事…どれもロシアに相応しくない行動と思想だ…皇帝より罰が下るぞ!!タラス!!」
辛うじて開くことのできる口で、ヴィルヴァーラはタラスを責める。
「フハッ!!下るものか!!私の行いは全てロシアのためのもの!!その行いが何故咎められる!!何が咎められると言うのだ!!」
ヴィルヴァーラの言葉に動じず、タラスは寧ろ笑みを見せた。
その様子に、ヴィルヴァーラは悔しそうに歯噛みする。
「例え…例え陛下が罰を与えずとも関係ない。どれだけ命令されようと、私はそれを実行するつもりはない!!」
「ほう?この私の命令に背くと言うのか?」
「拷問でもするか?それともここで私を殺すか?やってみるが良い。私はそれに屈しはしない。寧ろ皇帝からの命を受けた私に危害を加えれば、貴様の立場が危うくなるぞ」
顔を掴まれながらも尚ヴィルヴァーラはタラスを睨み続けた。
その様子を笑って見ていたタラスは、さらに邪悪な笑みを浮かべてた。
「拷問なんぞせん。殺しもしない。貴様はその手の類が効かないのは重々承知している」
タラスは伸びた髭を触りながら、ヴィルヴァーラに語りかける。
「家族は元気かな?確か貴様の家族は、今もヤクーツクで暮らしているそうだな?」
「…それがどうした」
ドクン…とヴィルヴァーラの胸の鼓動が早くなる。
「メナスの襲撃により、地球の環境にも変動が起きた。ロシアの気温は更に低くなり、最大の永久凍土であるヤクーツクの気温はマイナス八十度を超えるようになった。通常なら人が生活できる環境では無いが…貴様の家は金がなく、そこから立ち去ることも出来ないのだったな…」
ヴィルヴァーラの額に無数の冷や汗がしたたる。その反応を見てタラスは更に顔を歪ませる。
「…貴様…まさか…」
「貴様が優秀な成績を収め、そこで得た報償金をもとに、ロシアの『軍』からの保護を受けどうにか生活出来ているようだが…はてさて、もしその保護が無くなればどうなることやら…」
タラスの意図を察した次の瞬間、全身が熱くなり、ヴィルヴァーラは完全に理性を失いながら叫ぶ。
「貴様ぁぁぁぁ!!私の家族に何をするつもりだぁぁぁ!!」
怒りに身を任せ、目の前のタラスを殴ろうとするが、凍った全身は無情にも動かすことが出来ない。
「おぉ、怖い。思わず指令を出しそうになるところだったぞ、ヴィルヴァーラ」
「家族に手を出してみろ…私が貴様を絶対に許さない…!!」
「ふはははは!!自分の姿を見てみろ!!その成りで何ができると言うのだ!!」
この男ならやりかねない。ヴィルヴァーラはそう確信した。
そして、何よりも悔しいことに。タラスの『グリッター』としての実力は、自分より上であることも教え込まれた。
怒りは次第に冷め、ヴィルヴァーラは屈辱で唇から血が出るほど噛みしめながら、言葉を吐き出した。
「わかった…お前の命令に従う…」
「あぁん?『お前』?」
「ッ…!!貴方の…命に従います…ですからどうか…家族には手を出さないで下さい…」
その言葉に満足したのか、タラスは再び邪悪な笑みを浮かべると、凍って動かせない顔を無理やり上は向かせる。
「それで良い。従順な貴様はとても美しいぞヴィルヴァーラ」
そのまま歩き去っていくタラスは最後にパチっと指を鳴らす。
次の瞬間、全身の氷は砕かれ、ヴィルヴァーラは解放される。
がしかし、ヴィルヴァーラよ心は辺りに散っている氷のようにバラバラに引き裂かれていた。
その場から動くことと出来ず、悔しげな表情を浮かべながらも、何度も何度も床を叩くことしかできなかった。
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そしてらそれから数日後。ヴィルヴァーラは日本へと発っていった。誰にも言えない、密命をその胸に秘めながら…
※後書きに候
ども、琥珀です。
今週も気付いたら三回更新してますなぁ〜
もう少し頑張れば週5更新も行けそうな気がしますが、絶対どこかで披露に負ける気がするので、今はまだ週3更新でお許しください笑
新作の方ですが、今ちょっと滞っております…
なんとか4月頃に形にできたら良いな…
本日もお読み下さりありがとうございます!!
次回の更新は来週の月曜日。週3更新でお送りします!!




