第86星:帰路にて
ヴィルヴァーラ・スビルコフ (20) 二等星
ロシアスルーツク支部所属。海外派遣交流により日本の千葉根拠地にやってきたロシアの『グリッター』。当初より根拠地の『グリッター』をあしらうような姿勢を見せるが…?
新島 夕(10)
大和と咲夜をサポートする報告官を務める。『グリッター』としてこ能力を秘めているが未だに開花には至らず。それでも、自分にできることを精一杯こなす純真無垢な少女。10歳とは思えない礼儀正さを兼ね備える。
「わざわざごめんなさい、ユウ。仕事中だったのに道案内をさせてしまって」
執務室をあとにしたヴィルヴァーラは、夕に先導されながら自室のある宿舎へと向かっていた。
「いえいえ!咲夜さんに頼まれたことなのでお気になさらず!この根拠地は私にとって庭みたいなものなので。それにこうして歩いているだけで気分転換にもななりますから!」
本当に良い子だと、ヴィルヴァーラ思った。
ここに来るまでにも定期的にヴィルヴァーラを気にし、また朝陽と一緒の時には話されなかった場所の説明もしてくれていた。
ちなみに朝陽は方向を違うこともあり、わざわざ宿舎まで来てもらうのも気が引けるため、途中で別れていた。
「それにしても、思っていたより内部の警戒は薄いのね。根拠地と言うからには、もっと警備が厚いと思っていたわ」
ヴィルヴァーラの疑問に、夕は間髪入れずに答えた。
「私達、千葉根拠地の管轄エリアは、メナスの最頻出エリアである海域に沿ったエリアです。ですので、内面よりも外部、つまりメナスとの直接戦闘に目を向けた設計をしています」
「あぁ、成る程。つまり、陸地に行けば行くほど、内部の強化…即ち防衛拠点としての意味合いが強くなるということね」
「はい!その通りです!」
ヴィルヴァーラの答えに満足そうに夕が頷く。しかし、ヴィルヴァーラの意識は夕ではなく周りに割かれていた。
「(通りで警戒網が薄いわけね。これなら、早いうちに決行できそうだわ)」
そんなヴィルヴァーラの内情を知ってか知らずか、夕は隣を歩く彼女をジーっと見つめていた。
「何かしら?」
「あ、ご、ごめんなさい。その、私、『グリッター』とか根拠地とか、日本の『軍』のことしか知らないんです。だから、ヴィルヴァーラさんにロシアのことを聞きたくて…」
ヴィルヴァーラは一瞬、夕が自分から情報を聞き出そうとしているのではないかと疑うが、直ぐにその考えを捨てる。
ここにきてから、ヴィルヴァーラが接して来た人はどれもお人好しばかりであった。
本当に同じ戦場、同じ敵を相手にしているのかと疑うレベルで。
しかし、その優しさと絆の強さが、この日本という国、そして人の強さであると気付いていた。
そして、隣を歩く少女もまた、その一人だ。お人好しさと純粋さで言えば、今まで出会って来た者の中でも頭ひとつ抜けているかもしれない。
勿論、良い意味でも、悪い意味でもだ。
そして、そんな純粋さをあしらうことが出来るほど、ヴィルヴァーラも冷酷な人間ではなかった。
「構わないわ。私も色々と教えてもらっているしね」
ヴィルヴァーラの返事に、夕はパァッと明るい笑みを浮かべた。この辺りは、年相応の少女といった様子だ。
「ロシアの『軍』ってどんな感じなんですか?」
「基本的に大きな差は無いわ。そもそも『軍』の創立は日本だもの。多少の差異はあれど、ベースは日本を基にしているわ。違いがあるとすれば、文化の差、かしら?」
「文化…ですか?」
首を傾げる夕の言葉に、ヴィルヴァーラは頷く。
「ロシアと聞くと、大昔の冷戦時代の名残からか恐ろしい国だって思われることがあるけれど、そんなことはないわ。寧ろ、私達ロシア人程情に厚い人はいないと思ってるわ」
「そ、そうなんですか?」
「疑ってる?」
「そ、そういうわけでは!!」
夕はヴィルヴァーラの言葉を全力で否定し、慌てる様子を見てか、ヴィルヴァーラは珍しく笑みをこぼした。
「まぁここの国の人に比べたら無愛想なのは認めるわ。ロシア人は愛想笑いとかしないもの。特に軍務中は特にね」
「へえ〜…つまり真面目ってことですね!それはヴィルヴァーラさんを見てると納得できます」
「…無愛想だって言ったのに真面目だって捉えたのは貴方が初めてよユウ…」
一周回って尊敬すらしてしまいそうな夕のお人好し加減に笑みを浮かべながら続ける。
「だからかしらね。ロシアでの『軍』は規律とかに厳しいし、戦闘でも情けや容赦は一切ない。そう言った意味の冷酷さで言えば日本よりは遥かに上ね」
「へぇ〜…」
「あとは…ベースは確かに日本をもとにしているけど、多少違いはあるわ。例えば等星。貴方達日本では、等星はどんな役割を担っているの?」
「等星…ですか?そう…ですねぇ、私達の中では階級のような印象でしょうか?」
「どうやらそのようね。けど、私達にとっては力の証のようなものね」
「力の証…ですか?」
夕が返すとヴィルヴァーラは頷く。
「アサヒ達には話したけど、私達の国のでは『グリット』は一つしかない。だから力の差が明確に現れるわ。その差を現すのが等星なのよ」
「『グリット』が一つしかないかも驚きですけど…何というかその…実力主義、というか…」
「フフッ。そうね、的を射ているわ。けれど誤解はしないで頂戴。私達は決して仲違いをしている訳ではないわ。さっきも言った通り、認め合った仲間同士との情の厚さなら、どこの国にも負けてないつもりよ」
へぇ〜…と夕はとても興味深そうに話を聞いていた。
「何だかお互いに『軍』人だから『軍』の話をしちゃいましたけど、それよりもロシアとかヴィルヴァーラさんのことに興味持っちゃいました!」
「…私の?」
「はい!ヴィルヴァーラさんはとても強くて、それでいてクールで、でも、朝陽さんを心配する優しさも備えていて…なんだかとっても憧れます!!」
夕がヴィルヴァーラを見る眼差しは輝いており、本当に尊敬しているようであった。
ヴィルヴァーラは、そんな夕の視線に居心地の悪さを感じ、ソッと逸らした。
「私は…そんな大した人間じゃないわ」
「自分では分からなくても、他者から見たら魅力的なんですよ!」
ヴィルヴァーラは一瞬、夕の純粋さに苛立ちを覚える。
「貴方が…私の何を知っているというの?」
「何も知りません!だから教えて下さい、ヴィルヴァーラさんのこと!」
しかし、本当にそれは一瞬のことであった。
裏もなく、夕が純粋に自分のことを知りたいと思っていることを直ぐに理解したからだ。
「(…こんな子どもに、一体何を苛立っているのかしら私は…そんなに、心に余裕がないとでもいうの?)」
ヴィルヴァーラは気づかれない程度に小さくため息を吐き、夕の真っ直ぐな眼差しに正面から向き合った。
「私の地元は、ロシアのヤクーツクという場所。昔も最も極寒の地と呼ばれていたけど、メナスの襲撃で気候変動が起きた後は、更に酷くなってマイナス100度近くにもなるわ」
「マイナスヒャ…!?そ、そんなのもう人が住める場所じゃ無いんじゃ…」
「そうね…けれど人間というのは存外強い生き物なのよ。私の家族を含め、極少数だけれど今も住んでいるわ。過酷な環境の中でも強くね」
日本は気候変動の影響はほとんどなく、過去と変わらずの四季が存在している。
だからこそ、とてもではないが、マイナス百度の世界など想像できなかった。
「ヴィルヴァーラさんのご家族は?」
「父と母、私と妹の四人よ。父は出稼ぎに出ていることが殆どだけどね」
「へぇ!じゃあお父様がロシアにいる家族を支えてらしてるんですね!」
「それもあるけれど、それだけじゃとても生きていけないわ。ヤクーツクはいまロシア『軍』の特別指定区域に指定されているから、そこに住む人々は特別な保護措置が取られているの」
「あ!聞いたことがあります!確か衣食住の保護とかですよね。それって、『軍』人が居る方が申請できる措置なので、実質的にヴィルヴァーラさんが家族を支えてらしてるんですね!」
「ま、まぁ…そうなる、のかしら?」
夕の言葉に、ヴィルヴァーラはうっすらと頬を赤らめて照れながら答えた。
「でも、保護措置があるから良いものの、無かったらとても住める場所じゃないわ。お金はかかるけれど、別の場所に引っ越せば良いのに、っていつも思ってるわ」
ヴィルヴァーラが溢した一言に、夕は何か考え込む仕草を見せる。
「あの…多分ですけど、それはヴィルヴァーラさんのためなのではないでしょうか」
「私のため?何故」
「ヴィルヴァーラさんも、ご家族の皆さんも、ずっとそこで暮らしていらしたんですよね?」
「そうね。私は14で『グリッター』になって以降宿舎に泊まるようになったけれど、それでも帰れるときには帰っているわ」
それで確信に変わったのか、夕が笑顔で話した。
「ご家族の皆さんがそこを離れないのは、ヴィルヴァーラさんを待っているからですよ」
「…え?」
「ヴィルヴァーラさんが生まれて、育って、生活してきた家。ヴィルヴァーラさんが戻ってくるべき家…そういう想いがあるから、ご家族の皆さんは、ずっとそこに居るのではないでしょうか」
ヴィルヴァーラは目を見開き、夕の言葉を頭の中で反芻させる。
「私は…物心つくまえに家族を失って『軍』に預けられた身ですから、家族というのは分からないですけど、なんだかとても羨ましいです」
夕が浮かべた笑顔は、とても切なく儚げなものであった。そんな夕の頭を、ヴィルヴァーラはそっと撫でていた。
「ヴィ、ヴィルヴァーラ、さん?」
思いもよらない行動に、夕は戸惑っていたが、それはヴィルヴァーラも同様であった。
ハッとした瞬間に手を引っ込め、何事もなかったかのように振る舞う。
そして、今歩いている場所に見覚えがあることに気がついた。
「ありがとう、ユウ。ここまでで大丈夫よ」
「分かりました!本日はお疲れ様でした!」
夕は笑顔を浮かべ、元気に頭を下げると、その場を去ろうとする。
「ユウ」
そんな彼女を、ヴィルヴァーラは呼びとめる。足を止めて夕は首を傾げながら振り返った。
「確かに貴方には肉親はいないかもしれない。けれど、ここには貴方を家族のように思ってくれる人がたくさんいるはず。それを忘れちゃダメよ」
ヴィルヴァーラの言葉をポカンとした様子で聞いた夕は、直ぐにパァ!と明るい笑みを浮かべると、「はい!」と元気に返事を返し、今度こそその場をあとにした。
誰もいなくなった場所で、ヴィルヴァーラは自分の手を見つめる。
「なぜ…私はあんなことを…それに、私は何を言って…」
誰もいない道の真ん中で、返事は当然返ってくる筈もなく、ヴィルヴァーラは窓の外から照らされる夕暮れに視線を移す。
「私を…待っている、か。それは…悪事に手を染める私のことも待ってくれるのかしらね」
密かに呟いた言葉は、誰に届くこともなく虚空に消える。迷いに揺れる心を胸に、ヴィルヴァーラはゆっくりと自室に戻っていった。
※後書きというなの空欄潰し
ども、琥珀です!
読み返してみると、前回の戦闘回から随分と話数が経っているんですね…
そりゃ退屈にもなって読めなくもなりますよね…
一応もう間も無く戦闘回に入りますので、どうか…どうか本作を宜しくお願いします…笑
さて、以前お伝えした新作もチマチマと書き上げております。
理想はストックの時点で完成させて、毎週投稿.という形を目指しています!
ですが、あんまりにもストック作成が遅いと、私が焦れて投稿しちゃうかもしれません!!
今後後書きに新作の情報を掲載して行きますので、興味を持っていただけたら嬉しいです笑
本日もお読みいただきありがとうございました!
次回の更新は月曜日の朝から8時ごろ。週三回更新を続けてまいりますので宜しくお願いします!!




