第56星:暴走
国舘 大和(24)
再び根拠地に現れた青年。『軍』関東総司令部より『特級』の階級を与えられ、新司令官として正式に根拠地に着任した。右腕でもある咲夜とともに早速指揮にとりかかり、朝陽の『グリット』覚醒を促した。新しい環境で新しいことに挑もうとするが…?
咲夜(24?)
常に大和についている黒長髪の美女。一度は必ずしも目を奪われる美貌の持ち主で、礼儀正しい。落ち着いたただ振る舞いからは信じられい圧力を放つことも。司令官である大和を補佐する。並外れた戦闘能力でグリッター達の信頼を集め、彼女達に戦う術を伝える。
斑鳩 朝陽(18)
千葉根拠地に所属する少女。『グリッター』としての力を秘めており、開花に至たらないまま戦場に立ったが、大和の言葉により、『グリット』を覚醒させ、仲間の命を救った。
斑鳩夜宵(22)
千葉根拠地に所属する女性。所属している根拠地における『グリッター』達を束ねる部隊の隊長。実力さながら面倒見の良い性格で、仲間からの信頼は厚い。戦いの傷は癒え、戦線へ復帰する。
樹神 三咲 (22)
千葉支部所属。夜宵の率いる『グリッター』部隊の副隊長を務めている。生真面目な性格で、少し緩い隊長に変わって隊を締める右腕。戦場全体を見渡せる『グリット』で戦況を見渡す。大和方針に反対している。
佐久間 椿(22)
千葉支部所属。夜宵率いる『グリッター』部隊メンバー。包囲陣形の時には後方隊の指揮を任せられる。洞察力に優れ、物体を還元して透明な罠を作る『グリット』を効率よく扱う。おっとりした口調が特徴。
「…この気配は」
執務室で事務をこなしていた大和は、外から感じる異様な気配に気が付き、窓を開ける。
「…これは…」
窓の外に広がっていたのは、巨大な闇の蠢く姿であった。
「この感じ…夜宵君の『グリット』か?」
直ぐにその正体を察した大和は、軍服を羽織り帽子を被ると駆け足で部屋を後にした。
「全く…事を急ぎ過ぎたんじゃないかい?咲夜」
●●●
自分が、絶対にこの根拠地に必要な人間だとは思っていなかった。それでも、仲間達が頼りにしてくれるということに、心地の良さを感じていたのは事実だ。
『足手まといです』
例え『グリッター』としては必要とされずとも、隊長として、個人として必要とされていればよかった。しかし今、夜宵はそれさえも否定されてしまった。
「(私の…価値は…私がここにいる意味とは…一体…)」
自分の中で負の感情が湧き出した時、夜宵はどこからともなく、何者かの囁き声を聞いた。
『そんなこと、決まっておろう?全てを飲み込み無に帰す…その圧倒的な闇こそが貴様の価値よ』
その声の正体が何なのかは分からなかった。ただ理解できたのは、体の底から湧き上がる力と、意識が薄れていく感覚だけであった。
朦朧としていく意識のなかで、夜宵は内から溢れ出る衝動に身を任せ、目の前に立つモノをーーーすべく、その力を奮った。
「う…あああああぁぁぁぁぁ!!」
現れたのはこれまでと同じ闇。違うのは質量とその異質さだ。明らかに制御された闇ではない。
「(これは…『衝撃槌』では防げない!!)」
その危険性を直ぐに察した咲夜は、回避に移ろうとする。しかし、直ぐに気がつく。この攻撃の射程範囲に、朝陽達の姿があることに。
「(逃げるよう指示を…いえ、間に合わない!)」
闇が、まるで大波のように咲夜達を飲み込もうとした瞬間…
「お姉ちゃん!!」
「ッ!?」
夜宵は一気に意識を覚醒させ、目の前の状況を一瞬で理解した。
夜宵が意識を取り戻したことで、僅かに闇の動きが鈍ったものの、その時には既に、夜宵では制御しきれないところまで闇が迫っていた。
「あさ…!!」
夜宵の声も虚しく、闇は無慈悲に朝陽達を飲み込んでいった。
「あ…あぁ…!!」
夜宵が絶望の表情を浮かべ、崩れ落ちかけた瞬間
ーーーバッ!!
という音ともに現れた白銀の光が、夜宵の闇を全て薙ぎ払っていった。
光は一瞬にして消え去り、その光の出所の先では、咲夜と朝陽達数名の『グリッター』が無傷で立っていた。
「あ、朝陽!!みんな!!」
夜宵は全速力で朝陽に駆け寄り、その身を案じる。
「だ、大丈夫!?怪我は!?どこか痛いところは!?」
「だ、大丈夫だよお姉ちゃん。どこも怪我してないよ」
その一言に夜宵は安堵し、全身から力が抜けるが、朝陽の表情が自分を案じていることに気が付き、直ぐに自分がしてしまったことを理解する。
そして、直ぐ側で自分を見つめる咲夜の視線に気が付き、頭を下げる。
「大変…申し訳御座いませんでした…妹を…仲間を守ってくださって、ありがとうございます」
その声は震え、今にも泣き出しそうな様子であった。
当然、夜宵は叱咤されると思っていた。たった今制限について注意されていたというのに、あろうことか『グリット』を暴走させてしまったからだ。
しかし、予想に反して咲夜は何も言わなかった。それどころか、逆に頭を下げ出したのだ。
「いえ、これは私の失言による失態です。申し訳御座いませんでした」
予想だにしない対応に、夜宵だけでなく、全員が驚きの表情を浮かべていた。
「今日の訓練はここまでにしましょう。皆様、業務に戻ってください」
咲夜は謝罪し、全員に指示を出すと、ゆっくりとその場を後にした。
全員が訳がわからないといった表情を浮かべ、去っていく咲夜の背中を見届けていた。
●●●
「(今のは…『グリット』の暴走?ですが、明らかに、何か意思のようなものを感じました…)」
その場を後にした咲夜は、たった今見たことを頭の中で整理していた。
「(意図的に『グリット』をセーブしていたことは知っていましたが…先程のはただ全力を解放しただけとは思えない力でした)」
咲夜が気になっていた点はそこだった。一瞬であったとはいえ、夜宵の闇は咲夜に『グリット』を発動させる程強力なものとなってのだ。
「(それに、一瞬感じた禍々しい気配…あれは一体…)」
「何かお悩みかい?咲夜」
不意にかけられた声にハッとし、咲夜はそちらに目を向ける。そこには、壁に寄りかかった状態で咲夜を待っていた大和の姿があった。
「大和…」
「突然大きな気配を感じたと思ったら外には巨大な闇。一体何があったんだい?」
咲夜は今まで悩んでいたことを一旦忘れ、いち指揮官としての面持ちに切り替え、大和に謝罪をする。
「お騒がせして申し訳ありませんでした。今回の騒動の原因は私にあります。私が斑鳩 夜宵三等星の精神面に不必要な過負荷を与えてしまい、『グリット』の暴走を許してしまいました」
咲夜は自分の過失を嘘偽りなく大和に伝えた。
咲夜にとって大和は絶対の存在であるものの、下手に誤魔化すようなことを言う方が、彼の期待を裏切ることを分かっていたからだ。
大和は訓練場の方を一瞥し、再び咲夜へと目を向ける。
「無事に解決はしたのかい?」
「『グリット』の暴走に関しましては解決しました」
「そうじゃない」
咲夜の答えに、大和は強く言葉を返す。
「聞いた話から推測するに、君が夜宵君に一方的な言葉を投げかけ、彼女の『グリット』暴走を引き起こさせてしまった…そうだね?」
「はい…」
「なら解決すべき点は、暴走の鎮圧だけでなく、その不安に追い込んでしまったことに関するわだかまりも解決すべき事だ。分かるね?」
「…はい」
大和の言葉に、咲夜は素直に応じ頭を下げた。優しい口調ではあったものの、大和の言葉が自分を叱咤するものである事に気付いていたからだ。
大和はキチッと頭を下げる咲夜に小さく笑みを浮かべ、その肩に優しく手を置く。
「夜宵君が心配なのはよく分かる。彼女達を強くしようとしていることもね。けれど焦っちゃいけない。彼女達には彼女達なりの考えがあるだろうし、彼女達なりの成長速度がある。ボク達はようやく一歩を踏み出したところなんだ。また一歩ずつ進んでいけば良い」
自分の心情を理解した上での優しい慈悲のある言葉に、咲夜は顔を歪ませ更に頭を下げる。
「…仰る通りです…。個人的主観に捉われ、夜宵三等星…彼女達に無理を強いてしまいました。謝罪とともに、この状況をいち早く解決して参ります」
「うん。そうしておいで」
咲夜は最後にもう一度だけ軽く頭を下げ、再び訓練場の方へと向かっていった。
その後ろ姿を、小さく笑みを浮かべて見送った大和は、ゆっくりと空を見上げた。
「やっぱこうなったか…変化と成長ってのも、難しいよな」
まぶたを閉じ、大和は頭の中で過去の記憶を思い出す。それは遠い昔のようで、しかし、この戦いの歴史の中ではつい最近の出来事。
「大丈夫…同じ過ちは繰り返さない。君と…君達と学んできたことだからな…」
大和にとって、それは思い出したくもない、忘れるわけにはいかない、大切な記憶。それをほんの僅かにだけ思い浮かべ、そしてそっと蓋をした。
「俺の夢は、この戦いを終わらせ、人も『グリッター』も関係なく笑って過ごせる世界を取り戻すこと…そして咲夜、当然この中には君も入っているんだ」
大和は去っていた方向へ目だけ向ける。
「君の過去を知ろうと知るまいと、そこは変わらない。君まで戦いに染まる事はないんだ。だから、指揮官としてでなく、友人として、仲直りしてくると良い」
優しい笑みを浮かべたまま、大和もゆっくりとその場を後にした。
※本日は筆者の都合で後書きは省略させていただきますm(_ _)m




