第452星:自分であるために
「バイタル問題なし。身体機能も正常みたいだし、内機能も異常なし。アンタ自身はどう?調子が悪いとか無い?」
医務室にて定期検診を受けていた朝陽が、沙雪から問診を受ける。
「身体が重いとか、気分が悪いとかはありません。不調らしい不調はないと思います」
身体を丁寧に確認されながら、朝陽は素直に自分の状態を答えた。
「…ふむ」
朝陽の触診を終え、沙雪はジッと朝陽を見つめる。
「異常は無くて、そんだけ元気なら現場復帰も問題は無さそうね」
「…!よかったです!早くみんなの力になりたかったから…」
沙雪の言葉に、朝陽は嬉しさと安堵が入り混じった表情を浮かべた。
「でも実戦復帰はまだ避けなさい。元はと言えば『グリット』が原因で昏睡状態になった訳だし、暫くは誰かとペアか何か組んで、少しずつ時間をかけて慣らしてから改めて検査するわ。それで問題がなければ、キチンとした復帰よ」
「あ…そうですね…」
沙雪が出した診断に、朝陽の表情が一転して曇る。
その様子を見た沙雪が、口元に手を当てながら考え込んだ後、珍しく優しい口調で語りかけた。
「復帰を焦ってるわね。それと同時に何かに怯えてる」
「えっ…!」
内心を完全に見透かされ、朝陽は思わずドキッとする。
「言って無かったかしら?私これでも心理カウンセラーの資格も持ってるのよ。だから、ほんの些細な心情の変化も見逃さないわ」
机の上に肘を突きながら、沙雪はニィ…と妖艶な笑みを浮かべた。
「まぁアンタの場合、『グリット』を酷使して昏睡状態になったんだから、不安になる気持ちは分かる。前にも『エナジー欠乏症』になってるしね」
「…はい」
「でも本当の理由は、何か他にあるんでしょう?」
「…ッ!」
そこまで見透かされるとは思っていなかったのか、朝陽の肩がピクリと揺れる。
「分かりやすいわね。素直なのはアンタの良いところだけど、分かりやすすぎるのは時に危険よ。気をつけた方が良いわ」
「…はい。気を付けます」
どこか気の抜けたような返事を返しつつ、朝陽は次の言葉に詰まっていた。
気まずい沈黙が続き、意を決して口を開こうとする。
「あの…」
「別に良いわよ」
その言葉を、沙雪は遮った。
「…え?」
予想外の返答に、朝陽は再び言葉に詰まる。
「アンタに何か悩みがあるのは最初から分かってた。でもそれを私に話さないってことは、その問題を解決出来るのは私じゃ無いってことでしょ?」
「あ…それは…」
違う、と強く否定することは出来なかった。
いま朝陽が抱えている問題は、根拠地のメンバーにも明かさずにいる、深い問題と捉えているからである。
「その…ごめんなさい…私…」
「だから良いって。カウンセラーの資格があるからって、別に話すのを強要するようなことはしないわ。こう言うのは自発的に話してもらうからこそ意味があるんだから」
沙雪は本当に気にした様子もなく、あっけらかんとした表情を浮かべていた。
「それに、話す相手は別に私じゃなくたって良いのよ。アンタにとって信頼の出来る人に話せば良い。一番悪いのは、黙って塞ぎ込んで、溜め込むことだからね」
キィ…と椅子の背もたれに体重を預け、朝陽の方を見ながら僅かに微笑んで続けた。
「そんで、アンタの反応を見るに、そこまではもう済んでると見た」
朝陽はバッと顔を上げるも、沙雪は笑みを浮かべたままであった。
「図星ね。まぁキチンと相談出来る相手がいるようで何よりだわ。まだ答えは返ってきてないみたいだけど」
気分を害した様子など一切見られず、沙雪は寧ろ安堵したような表情を浮かべていた。
沙雪はキャスター付きの椅子で移動し、朝陽の両の頬に優しく触れた。
「朝陽、これだけは心に留めて置きなさい。自分の中に漠然として存在する悩み…それを相談するのは大切なことよ」
沙雪の目は珍しく真面目で、それでいて医師としての強い意志を感じさせる表情だった。
「けれど、返ってくる答えが必ずしもアンタにとって納得のいく答えとは限らない。その時は、アンタ自身が答えを見つけなくちゃいけない。それだけは覚えておきなさい。どんな人間だって、100%相手の気持ちを理解して答えを出すことなんて、出来やしないんだからね」
相談相手が自分でなくとも、沙雪が自分のことを心配してくれているのが伝わってくる言葉であった。
それが医師としての矜持なのか、はたまた沙雪個人の意識なのかは分からないが、朝陽はその想いと言葉に感謝した。
「ありがとうございます、沙雪先生。自分でも答えを導き出せるよう、しっかりと考えます」
「えぇ、そうしなさい。私からは以上よ」
沙雪はパッと朝陽の頬から手を離し、再び机の方へと戻っていった。
朝陽はもう一度沙雪に頭を下げて、医務室をあとにした。
深い内容まで相談はしなかったものの、沙雪から投げかけられた言葉は、不思議と朝陽の心を軽くしていた。
心は身体にも変化を及ぼし、軽くなった足取りで朝陽は軍務へと戻っていった。
●●●
その日の夕刻。朝陽は大和に呼び出され、執務室を訪ねていた。
理由は当然、朝陽が二人に打ち明けた相談について、である。
「…と、言うのがボクと咲夜が出した結論なんだけども、どうだろうか?」
大和は昨晩、咲夜と二人で出した結論を朝陽に伝えた。
当然、大和と咲夜のみが知る部分だけは取り除き、朝陽の内に秘められた人格が良心的であること、大和達が出来るだけ朝陽との対話を続けること、そして、大事なのは朝陽自身が自分の本質を忘れないでいること、この三つを重点的に伝えた。
「…朝陽くんの悩みの根幹の解決になっていないのが正直なところだ。ボク達にとっても、『グリット』というのは未知の側面が大きい。根本的な解決は、今は難しいというのが本音だ」
伝えていない内容こそあれど、大和は話せることを全て正直に話した。
朝陽が悩みながらも正直に不安を打ち明けてくれたように、大和もそれに応えるべきだと考えたからだ。
求められた答えでは無い。そう思った大和は、朝陽が落ち込むことを予想していたが。
「そう、ですよね」
予想に反して、朝陽は真っ直ぐと大和の方を見つめ返していた。
「納得して…くれるのかい?」
ここまでしっかりと受け止められると思っていなかった大和は、思わず尋ねてしまう。
「…正直、まだ受け止めきれてはいません。自分が変わってしまうんじゃ無いかっていう恐怖もあります…でも…」
グッと拳を握りしめ、朝陽は再び強い瞳で応えた。
「司令官の仰った通りだとも思います。私の中にいるもう一人の人格は、私を何度も助けてくれました。だから私は、この人のことを信じたいと思います。それに、これも司令官の仰る通り、私が変わってしまっても、私自身が自分を見失わなければ、それは、それが斑鳩 朝陽です」
朝陽の言葉に、大和は強く頷いた。
「だから、私は自分を見失わないよう努力していきます。私が、私であるために」
「一人じゃ無いよ朝陽くん。君を知っているのは君だけじゃ無い」
「例え全てを知らなくとも、私達は私達が見てきた朝陽さんを知っています。無論、根拠地の皆さんだって」
朝陽の決意を、二人は更に背中を押していく。
そんな二人の言葉に励まされ、朝陽は力強く頷いた。
「ありがとうございました、司令官、先生。私はこれからも、自分を信じて進んでいきます。皆の支えを感じながら」
朝陽の言葉に、今度は二人が力強く頷いた。
朝陽は大きく頭を下げた後、ゆっくりと執務室をあとにした。
その内心では、もう一つの決意を固めていた。
「(いつまでも分からないままでいちゃダメだ。自分を知るために…自分自身であるために)」
部屋を出て扉を閉めた後、朝陽は自分の胸に手を当てた。
「(これは私自身が向き合わないといけないこと。私自身が、私の中のもう一人の人格と、話をしなくちゃ!)」
その決意を胸に、朝陽は新しい一歩を踏み出した。
※後書きです
ども、琥珀です。
更新日には残念ながら被らないのですが、実は今月の25日で、本作品が四周年を迎えます。
めでたいといって良いのか分かりませんが、ここまで続けられたことを嬉しく思います。
24日にTwitterの方で、四周年記念イラストを公開しますので、もし宜しければご覧ください。
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は金曜日を予定しておりますので宜しくお願いします。




