第451星:討論
朝陽との会話は、その場では保留という形で終わりを迎えた。
朝陽が自室に戻って行くなか、大和と咲夜の二人は執務室へと戻っていた。
大和が椅子に腰掛け、咲夜がお茶を用意する。
そして、束の間の沈黙が続いた後、ゆっくりと大和が口を開いた。
「朝陽くんの話…どう思った?」
大和の隣に立ち、同じく無言だった咲夜に問い詰める。
咲夜もしばしの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「…正直、理解が追いついていません。彼女の内にもう一人の人格があり、その人物の影響が出ているかも知れない…だなんて」
大和の問いに対し、咲夜はハッキリと分からないと答えた。
「まぁ…そうだよね」
大和も同じ結論に至っており、その答えを否定することはしなかった。
「けれども、だ。現実としてボクも君も、朝陽くんが対【オリジン】の時に変貌している姿を見ている。外見の変化は無くとも、戦い方は熟練者のソレだった」
「…にわかには信じがたいことですが…頭では否定してしまいますが、理性で受け入れるしかありませんね」
第一段階として、二人は朝陽にもう一つの人格が秘められていることを認めた。
「さて、もう一つ上の話をすると、朝陽くんはその人格に何らかの影響を受けているかも知れない…と話してきた。その事についてはどう思う?」
段階的に話を進めていきながら、大和が二つ目の議題を挙げる。
「…朝陽さんに何らかの変化が生じていることは認めざるを得ません。先程の話し合いの場だけでも、僅かではありますが変化は感じました。ですが…」
「それが内なる人格によるものだという確信は無い。ボクもそう思ってる」
咲夜と同じ結論に至っていた大和は、咲夜が答えきる前に自分の結論を口に出す。
「けれど逆に考えれば、ボク達は朝陽くんの内なる人格、その人物に対して何も知らない。その人物の影響が出ていない…とも言い切れないね」
答えの出ない討論に、二人は息を吐く。
「…怖い…でしょうね」
「ん?」
ボソリと呟かれた咲夜の言葉に、大和は聞き返す。
「怖いはずです。だって、自分の知らない人格が、自分を変えてるのかも知れないんです。当の本人からしたら、怖いのではないでしょうか」
「ふむ…」
大和は背もたれに体重を預け、しばし天井を見つめる。
僅かな沈黙の後、大和は普段と違う口調で語り出した。
「六年前…俺が一度全てを捨てて『軍』に加入する前…俺は今の朝陽くんと同じような経験をしたことがある」
「…!それは、『ハエレティクス』との決戦の時ですか?」
聞き慣れない単語ではあったが、大和はこれに頷いた。
「…俺の中に無数の意識が入り込んでくる感覚…それは、各々の意思と力を扱うために必要な一時的な事だった。でも確かに、自分の中に自分とは違う何かが移り込む感覚があった。もしかしたらあれが、今の朝陽くんの感覚と同じものなのかも知れない」
過去を思い返す大和の言葉に、しかし咲夜は大和を見て尋ねる。
「…ですがあの戦いを経て、大和が変わったようには思えません。それは、同じ事なのでしょうか?」
「そんなことは無い。だって俺はあの時…」
そう何かを言いかけた瞬間、大和は「いや…」と言って首を横に張った。
「とにかく、あの時の出来事が、俺に小さく無い影響を与えたのは確かなんだ。けれどそれは一時的な事で、同時に必要なことでもあったと思ってる。けれど朝陽くんの事象について言えば、全く同じこととは確かに言えない」
「大和の言うことが正しければ、いま朝陽さんに起きていることが同じ現象であれば、朝陽さんにとって良い変化なのかは分からない…ということですね」
咲夜の結論に、大和が頷く。
「朝陽くんが不安を抱くのは分かるが、正直な話、ボク個人としては実はそこまで警戒してない」
大和が突然発した言葉に、咲夜は僅かに目を開いて理由を尋ねた。
「…というのは?」
ギィ…という音ともに、再び背もたれに体重を預けながら、大和が答える。
「理由の一つとして、これまで、朝陽くんの内なるもう一つの人格が現れた時、その人物からボク達に対して、敵意を感じたことが無いことだ」
指を一本上げ、大和は説明を続ける。
「【オリジン】との戦いでも、戦闘で前線に出ていた彼女達を守ってくれたし、今回の件にしても、深い眠りについていた朝陽くんを覚醒にまで導いてくれた…と思ってる。朝陽くんに変化が生じているのは、その余波、影響なんじゃないかと思ってる」
「…つまり、朝陽さんの変化は、内に秘められたもう一つの人格が、朝陽さんと混ざり合っている…ということでしょうか」
「表現としてはそれが正しいかもね」
大和は笑みを浮かべて、咲夜の答えを肯定する。
「ですが、それが自分で無くなる感覚だと感じているから、朝陽さんは恐怖を感じているのでは?」
「朝陽くんのもう一つの人格が、朝陽くんの人格を乗っ取ろうとしているのなら、ボク達も早急に対処しなくちゃいけないだろうね。けれど、これまで朝陽くんのもう一つの人格は、それまでとは真逆の行為を取っているように見える。朝陽くんの覚醒を促したのなんか、最たる例だね」
立てていた指を振りながら、大和は自分の考えを述べていく。
「…では、朝陽さんの心配は杞憂だと?」
「絶対とは言い切れない。だから朝陽くんの不安を取り除くためのボク達のサポートと、万が一に備えた対処方法は考えておく必要があるかもしれない」
そう言うと大和は、「ただ…」と続ける。
「これと少し似た現象を、ボクはもう一例知っている」
「え…?それはどなたの?」
そう聞き返した咲夜の方を、大和は振り返った。
「君だよ、咲夜」
「…え?私…ですか?」
予想外の返答に、困惑した様子で咲夜は答える。
「そう、少し思い返して欲しい。君が『グリット』に覚醒した時のことを」
「振り返る…と言われても、あの時は意識が朦朧として、目覚めた時にはすでに『グリッター』に…」
「本当に?その間に何も無かった?」
大和は意味深な問いかけを続け、咲夜を更に困惑させる。
「本当に…『メナス』に襲われて…襲撃を受け、意識が朦朧とした時に……」
その時、咲夜はハッとした表情を浮かべた。
「意識を手放しそうになった時、白夜の声が聞こえました」
「そう、それだ」
咲夜の答えは大和の求めていたものだったのだろう。大和の指がビシッと咲夜を指差していた。
「確かに…私の『グリット』の覚醒も、別の人物が影響しているとは言えます。ですが、当時白夜は生きていましたし、その後の私の『グリット』に影響を及ぼしたことは…」
「それでも君に『グリット』の覚醒を促した…キッカケなのは間違いない。朝陽くんと似た症例だと思わないかい?」
咲夜は大和の言葉を吟味しながら、ゆっくりと口を開いた。
「つまり大和は、『グリット』には人の意思が宿っていると…そうお考えなのですか?」
「確証は無いけどね。でも否定する根拠も無いと思ってる」
否定も肯定もせず、大和は答えた。
「でもこれはあくまで『グリット』に対する考察。朝陽くんの悩みを根本的に解決することにはならない。だから朝陽くんとは会話を重ねていこう」
「会話…ですか?」
大和は「そう」と答えながら立ち上がり、執務室の窓から外の景色の方を向いた。
「朝陽くん自身が本質を見失わなければ、それが朝陽くん自身だ。いまボク達に出来ることは、あの子が自分の本質を見失わないように、常に問いかけてあげることだと思う。何かの影響を受けていたとしても、それも含めて今の朝陽君だってね」
「…そう、ですね。正直『グリット』は、未だに全てが解明されていない未知の能力です。その全容を知った気になって彼女に寄り添うよりは、私達が知っていることをもとに支えるのが一番かも知れませんね」
大和の出した結論に、咲夜も賛同し、朝陽の件については答えが出された雰囲気となった。
そんな中で大和が、神妙な面持ちで、ゆっくりと口を開いた。
「ただ一つ…気がかりな事がある」
「気がかり、ですか?」
咲夜が問い返すと、大和は振り返りながら頷いた。
「仮に朝陽くんの人格に、内に秘められたもう一つの人格が何らかの形で影響が出てるとしよう。そうなると、警戒すべき人物が一人いる」
「警戒すべき人物…?それは…」
大和は僅かに沈痛な面持ちを浮かべながら、ゆっくりとその人物の名前を挙げた。
「根拠地のメンバーもろとも攻撃を仕掛けようとした人格を秘めた…夜宵くんだ」
※本日も後書きはお休みさせていただきます
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は水曜日を予定しておりますので宜しくお願いします。




