第448星:後悔なんてしないで
「朝陽…くん?」
大和の後ろから現れ、そこに立っていたのは、朝陽であった。
「朝陽…さん?」
見間違うはずもない、つい昨日まで深い眠りについていたはずの、朝陽本人であった。
「朝陽!!」
夜宵が声をあげ、大和や咲夜でさえも驚きの表情を浮かべていた。
そして、夜宵の声が皮切りとなったのか、全員が朝陽の方へと走り出した。
「朝陽!?あなた、本当に朝陽なのよね!?」
肩を掴んだ後、確認するようにして夜宵は朝陽の頬に触れた。
「うん、正真正銘の本物だよ。ちょっとだけ、寝過ごしちゃったけど」
朝陽は照れた様子ではにかみ、それを受け入れる。
「朝陽、どうして…いや、どうやって…」
一番動揺した様子を見せていたのは、これまで幾度と朝陽に様々な治療法を試していた沙雪だった。
朝陽を目覚めさせるために尽力し続けていた沙雪本人が、一番朝陽の覚醒を信じられないといった様子で見つめていた。
「どうやって…そうですね、どう説明したら良いんでしょう…」
朝陽は目を落とし、少しの間考え込む。
「…ずっと、声は聞こえていたんです。お姉ちゃんの、先生の、沙雪さんの…みんなの声が」
恐らくそれは、毎日欠かさず全員が続けてきた見舞いの時の声かけのことだろう。
その声が、朝陽には届き聞こえていたという。
「でも…夢の中の私の身体はとても重たくて、眠たくて…声は聞こえても起きることが出来なかったんです」
朝陽はフッと自分の手を見つめた。
「でもそんな時、私の背中を押して、手を差し伸べてくれた人がいたんです。『みんなの声に、応えなさい』…って言葉と一緒に」
「朝陽くん…それは…」
大和は直ぐにその声の正体を推察するが、朝陽は答えをいう前に首を振った。
「その声の正体は…私にもわかりません。もしかしたらそうかもしれないし、違うかもしれない…それは分かりません」
朝陽は再び目を瞑り、ギュッと手を握りしめた。
「でも分かるのは、絶対だって言えるのは、みんなのおかげで目覚めることが出来たってこと。暗くて沈んでいくような感覚のなかで、みんなの声がいつも私を留めてくれた。いつも私を引き上げてくれた。だから私は、いまここに立つことが出来てる…それだけは、絶対に言えます」
朝陽の言葉に、全員の目が潤む。
朝陽の言葉から、自分達の声掛けが無駄では無かったと聞かされ、抑えていた感情が溢れてきたのだ。
「だから、ありがとうございます皆さん。おかげで私は、戻ってくることが出来ました!」
長らく見ていなかった朝陽の天真爛漫な笑顔に、全員が涙を飲みながら、朝陽に抱きついた。
朝陽もそれを拒むことなく受け入れ、出来るだけ多くのメンバーを抱きしめた。
暫くして落ち着いたのか、一人、また一人朝陽の側を離れ、そして元の位置へと戻っていった。
そして朝陽は、ゆっくりと大和の側へと寄っていった。
「司令官、先生…ご心配とご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
そして、朝陽はまずゆっくりと頭を下げ、次いで謝罪の言葉を述べた。
「…過程がどうにせよ、今の君が無事でいてくれたのなら、ボクが言うことは何もないよ」
「朝陽さん…目が覚めて良かったですね…本当に」
咲夜の目が潤み、やや声が震えていたことに気付くが、大和はそこに触れるようなことはしなかった。
「朝陽くん、さっきの言葉だけど…」
そして大和は、朝陽がここにきて最初に言った発言に話を戻した。
「言葉の意味は…そのまんまです。司令官はこれまで幾度と私達を救ってくださり、導いて下さいました。だから、大多数の人は驚くことであっても、ここの人達はみんな、司令官の選択を受け入れ、納得してくれたんだと思います。私もその一人です」
胸に手を当て、朝陽も大和の選択に賛同の意を示した。
「それはとても嬉しい…けど気になるのはそこじゃない。今の君の言葉は、まるでここまでの経緯を知っているかのような物言いだった」
大和の言わんとしていることを理解したのか、朝陽はゆっくりと頷いた。
「全部じゃ無いんですけど…この根拠地で起きていたことの大体は把握してます。何でかは…よく分からないんですが…」
朝陽にもその理由は分からない。
しかし、朝陽の頭には確かに眠りについてからの根拠地での記憶が頭の中に残っていた。
それと同時に、朝陽はこれが自分が見た記憶では無いことも分かっていた。
頭の中にある記憶は、どれもどこか俯瞰したような感覚として残っていたからである。
「…なるほど。でもさっきの物言いを聞くに君は…」
「はい。渚さん達が脱走したことも知ってます」
大和の言葉を聞き終わるよりも先に、朝陽は答えた。
「全部の経緯までは分かりません…でも神宮院 アンナさんって方が三人を連れて脱走したことは、私の記憶にあります」
「アンナさんのことまで…どうやら本当に寝ている間の記憶があるみたいだね。それも、外の記憶が」
疑っていたわけでは無いが、改めて信じられない事実を突きつけられ、流石の大和も驚きを隠せない。
「…司令官は、彼女達を逃したことで、私達を裏切ったと責任を感じていらっしゃいました。でもそれは、もう違うということをみんなの言動から分かっていただけたと思います」
朝陽は自身の記憶の話から、脱走した三人についての話に切り替える。
「…私の頭の中の記憶には、三人が寝ている私のもとに来てくれた記憶も残っています」
「…!」
それは、渚の交換条件で大和が手引きした、朝陽との密会のことだろう。
大和はその時朝陽と顔を合わせていないが、その時から意識が覚醒していたということは無いだろう。
それならば、三人がそのまま簡単に朝陽から離れたとは考えられないからだ。
朝陽自身も、その時のことを『記憶』と語っていることから、まず間違いない。
「詳しい内容については…私の口からは語れません。彼女達が私に語ってくれた言葉は、彼女達自身の身に秘めた想いを、私にだけ紡いでくれた言葉だと思うから…」
朝陽は胸に手を当て、記憶に残る三人の言葉を、そっと胸に秘めた。
「でもこれだけは言えます」
顔を上げ、朝陽は真っ直ぐ大和を見つめながら口を開いた。
「渚さんも、透子ちゃんも、無値ちゃんも、そしてアンナさんも、あの日決めた決意と行動を、後悔なんてしていません」
それは、大和が口にしなかったもう一つの不安だった。
四人の背中を押したものの、それは同時に、四人に過酷な日々を送らせることにもなることを、大和は理解していた。
だからあの時、脱走を支持することが本当に正しかったのか、心の奥底では、大和は悩んでいたのである。
朝陽は、その大和の内心を知ってか知らずか、後悔はしていないと断言していた。
「三人は、それぞれの想いと決意をもって、アンナさんの提案にのりました。そして、私の言葉を信じて、行動に移してくれた…たとえその先に待ってるのが過酷な旅であったとしても、そのまま留まることよりも、先に進むことを選んだんだと思います」
朝陽の瞼の裏に思い起こされる、寝ている自分の手を握り、語りかける三人の姿。
そして、そんな三人の後ろから自分を見つめる、話したことも会ったこともない女性の姿。
しかしその四人は全員、不安な様子は見られなかった。
寧ろ、これから進む過酷な旅に希望を抱いて、その想いを朝陽に託そうとしているようであった。
だからこそ、その想いを知る朝陽は、断言することが出来た。
「…だから、不安に思わないで下さい、後悔なんてしないで下さい、司令官。私の想いも、司令官の想いも…彼女達にはきっと伝わっています。それなのに司令官がここで不安にかられてしまったら、彼女達の覚悟が報われません」
「朝陽くん…」
「悔やんだり、悩むんじゃなくて、信じましょう司令官。彼女達の新しい旅路が、新しい希望になることを」
真っ直ぐに、それでいて純粋な言葉にあてられ、大和はまるで何かを隠すようにして、帽子を深く被った。
「…ありがとう、朝陽くん」
その声は、僅かに震えていた。
※後書きです
ども、琥珀です。
三月も半ばに差し迫ってきましたね。
年度末ということもあって、皆様お忙しいでしょうか?
私も激務です。
先日、私事のためお休みしてしまったこともあり、尚忙しいです…
何とか更新できるように頑張ります…
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は水曜日を予定しておりますので宜しくお願いします。




