第447星:真実と目覚め
その日の午後を回った時刻。
通常なら軍務に当たっている筈の時間帯に、夜宵達含め根拠地の主要メンバー達は招集をかけられていた。
朝方にアンナによる逃亡の報告を聞いていた一同は、再び集められることに困惑しながらも、誰一人遅れることなく集合していた。
それから間も無くして大和が現れ、その場に登壇した。
「みんな、早朝に集まって貰ったばかりだと言うのに、再び召集をかけてしまって申し訳ない」
大和は全員に声が行き届くように普段より声を張りながら、まずは謝罪から始めた。
「話の内容は…今朝の神宮院 アンナ、彼女の逃亡に関する話だ」
続けて発せられた大和の言葉に、僅かに辺りがざわつく。
「『レジスタンス』の元リーダーである、神宮院 アンナは、先日の襲撃以来捕えていた同じ『レジスタンス』の構成員である三人を連れて逃亡した。これは嘘偽りのない事実だ」
改めて告げられた事実に、一同は困惑しつつ沈黙してしまう。
「だけど、実はこの話には続き…というよりも裏がある」
そう続けられた大和の発言に、全員が顔を上げた。
そして大和は、この場に集まった全員に真実を打ち明けた。
アンナが『レジスタンス』のリーダーであったことは最初から知っていたこと。
アンナが、『レジスタンス』の仲間を連れて逃走することを知っていたこと。
そして、司令官である自分が、その逃走を裏で手助けしていたこと。
信頼を失うことを覚悟で、何もかもを包み隠さず、真実を伝えた。
全員に今回の時間の顛末の真実を打ち明けること。これが、大和が導き出した結論だった。
「…以上が、今回の経緯の全てになる」
全てを話し終え、大和は一度言葉を止める。その後に続いたのは、全員からの沈黙だった。
「…ボクは、今回のことで君達のことを二回も裏切った」
そんな沈黙に負けることなく、大和は尚も贖罪を続けていく。
「一つは言わずもがな、彼女達の逃走を手助けしたことだ。神宮院 アンナはともかく、他の三人については、過去の経緯は別として、根拠地襲撃の犯人だった。これは紛れもない事実であり、根拠地にも小さくない被害が出た。その三人を逃したのだから、これは明確な裏切りだ」
根拠地襲撃時の時を思い出したのか、全員の表情が僅かに暗くなる。
「そしてもう一つは…君達を信頼していると言っておきながら、ボクは裏で手引きをしていたという事実を隠していたことだ」
大和の口調が僅かに鎮痛なものに変わるが、それでも発言は止めなかった。
「これも君達に対する明確な裏切りだ。君達はボクに対して常に誠実で、真摯に向き合ってきてくれた。それをボクは裏切ってしまった」
思わず顔を下げそうになるのを堪え、大和は続ける。
「どんな罵詈雑言も受け止める。信頼を損なってしまった事実も受け入れる。申し訳なかった」
そこまで言い切って、大和は大きく身体ごと頭を下げた。
その時間は長く、大和が如何にこの件に関して、根拠地の面々に対して罪悪感を抱いているのかを物語っていた。
続く沈黙。これまでどんなことにも向き合ってきた大和が、初めて根拠地のメンバーと顔を合わせるのが怖いと感じていた。
下げた顔を上げられずにいると、どこからか息を溢す音が聞こえてきた。
それが失望によるものなのか。それを確認しようと顔を上げようとすると…
「なぁんだ。司令官が意図的に逃したのか。じゃ、いんじゃね?」
先程までの重い沈黙を破るような、軽い口調での答えが返ってきた。
驚き半分で顔を上げると、どうやら答えたのは海音のようであった。
全員の視線が自分に集まっていることに気付いた海音は、それでもやはり気にした様子は無く続けた。
「や、だってさ、私達って今まで司令官の判断に従ってきて後悔したこと無いじゃん」
サラッと口に出された言葉に、一同はざわついた。
「いやそりゃさ、『軍』の組織として考えたら良い行動じゃ無いのかもしんないよ?仮にも襲撃班を逃したわけだしさ。それも根拠地の司令官が」
続けられた言葉は、大和のした事実を述べたものであり、大和は再び鎮痛な面持ちになる。
「でもさぁ、私達だって最初のうちは結構わがまま言わせて貰ったし、今だって、司令官が受け入れてくれてるから、小隊のなかでも自由に動き回らせてくれてるわけじゃん。なのに、たった一回の司令官のわがままを受け入れないのはおかしくない?」
恐らく、海音は深く考えて言葉を発している訳ではないだろう。
思ったことを素直に口から出しているだけに過ぎない。
だからこそ、その実直な言葉が、全員の心に働きかけているのだろう。
「それにさ椿さん。私達、アンナさんと共闘したじゃ無いですか」
「ん〜?ん〜、そうだねぇ」
突然話を振られ、椿は困惑しながらも答えた。
「根拠地を回ってた時も思ったけど、共闘してハッキリと理解したんですよ。あ、この人悪い人じゃないって」
理屈も説明にもなっていない内容。しかしその単純な言葉は、下手な言い回しをされるよりもハッキリと意思が伝わってきた。
「だから…なんて言うんだろ。アンナさんが逃亡したのは悪いことをするためじゃ無いと思う。司令官もそれを分かってたから、逃亡の手助けをした。それって、良いことでは無いけど、悪いことでも無い気がする」
自分自身、上手く説明に出来ていないことを理解しているのか、「う〜ん…」と唸りながらも、海音なりに結論を出す。
「だから…私は司令官の判断を信じるよ。今は間違った行為だとしても、いつかそれが正しい行いになるって、私は思うから」
その言葉は、全員に伝染し、そしていつもの雰囲気が取り戻されていった。
「くぅ〜言うじゃんか海音〜!!いや、よく言った!!」
「どわぁ!?」
その海音の言葉に真っ先に反応したのは七。
後ろから海音に抱き付き、笑顔の表情を浮かべていた。
「海音の言う通りだよね!!私達は司令官に何度も救われてきたし、司令官が間違えたことなんて無かった!!だから、私達は司令官のしたことを信じるだけなんだ!!」
「その通りなんだけどさ!!私に抱きつく意味は無いじゃん!!」
騒がしくなったのを皮切りに、一人、また一人と笑みを浮かべていく。
「…えぇ本当に。衝撃の事実を前にして忘れてしまっていましたが、海音の言う通りですね。私達は司令官を信じてここまで来たんでした」
「んね〜。過去も今も全部受け入れてくれ〜、前に進むための背中を後押ししてくれて〜、でも司令官にとってはそれが当たり前で〜。今回の件も、その一つに過ぎないんだよね〜」
三咲、そして椿がこれに続き、顔を見合わせ微笑んだ。
周囲がすっかりと大和を許す雰囲気になるなか、当の本人である大和だけ、表情を曇らせていた。
「でも…ボクが君達の信頼を裏切ったのは事実で…」
小さく呟くような声は、しっかり全員に行き届いていた。
これに答えたのは、夜宵だった。
「司令官。確かに…今回の件は私達への信頼に対する裏切りだったのかも知れません。『軍』人として」
その正論に、大和はその言葉を受け入れ、目を閉じた。
「ですが、根拠地の司令官としての信頼は損ねていません。だっていまこうして、私達を信じて真実を打ち明けて下さったじゃないですか。それは私達を信じて決断して下さったからでしょう?」
「…!」
夜宵の言葉に気付かされ、大和はまっすぐ夜宵を見る。
「驚いたのは事実です。でもその結果はご覧の通り。誰一人司令官の取った行動を糾弾する者も、信頼を損ねた者もいません。それだけの絆を、私達は育んできたからです」
大和が周囲に目を向けると、夜宵の言う通り、大和に非難の目を向けるものは誰一人として居なかった。
その後ろでは、咲夜はこの反応を分かっていたかのように小さく笑みをこぼしていた。
「…この話を打ち明けるのに、相当の覚悟を要されたと思います。司令官…私達に話してくださって、ありがとうございます。話してくださったことで、私達は寧ろ解放された気分です」
夜宵は大和を責めるどころか、寧ろお礼を言い頭を下げた。
他のメンバー達も同じ気持ちなのか、夜宵に賛同するかのように頷いた。
「みんな…そこまで、ボクを信頼してくれるのか…」
大和が感極まった表情を浮かべた時だった。
「それは…それだけの事を、司令官がなさって来てくださったからだと思います」
少し懐かしく、誰もが聞きたかった人物の声が、背後から聞こえてきた。
※本日の後書きはお休みさせていただきます
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は月曜日を予定しておりますので宜しくお願いします。




