第444星:騒然
翌日。
根拠地は騒然としていた。
理由は明白。アンナの正体がバレたことで、少なくないメンバーから話しかけられたからだ。
アンナはその勢いに当てられながらも、自分を偽ることなく素直に受け答えしていた。
未練か、それとも敗れたことへの仁義か、『レジスタンス』に関する質問に関しては言葉を濁すことも多かったが、それでも出来る限りの範囲で答えていた。
根拠地の面々も、アンナの立場は感じ取ったのだろう、あまり踏み入った質問まではしなかった。
これまで朝陽の状態もあって、暗い雰囲気であった根拠地に、ほんの一時の明るさが戻った瞬間であった。
「『レジスタンス』のリーダーだと知ったら、みんな警戒する可能性も考えていたけど…良い方向に向かってくれて助かったね。これも彼女達の懐の大きさのお陰かな」
その様子を、大和と咲夜は遠巻きに並んで眺めていた。
フードキャップの部分を掴みながら話す大和の言葉に、咲夜は小さく息をこぼす。
「またそういう謙遜を…いざ正体がバレても大丈夫なように、敢えて『視察』という名目をつけてまで、距離を縮ませようという狙いもあったのでしょう?」
「はは、それは買い被りだよ咲夜。ボクは本当にただ彼女に改めて奮起して欲しかっただけさ。彼女のように、他者を重んじることが出来るような人は、本当に貴重だからね」
大和は小さく笑みを浮かべながら、やんわりと咲夜の言葉を否定した。
「結果として彼女は立ち直ってくれた。根拠地のみんなも元気を取り戻してくれたし、一石二鳥…かな」
その光景を微笑ましげに眺める大和に対し、咲夜はどこか冷めた表情で小さく呟いた。
「…今日一日限りの、束の間の時だけですけどね…」
その言葉が大和に届いたかどうか。大和は何の反応も示さなかった。
●●●
夜は更け、根拠地は非常灯の僅かな明るさに照らされるのみで、暗闇に包まれていた。
辺りも静寂で、夜間の非常用員以外は寝静まっているようであった。
『メナス』の侵攻が多い関東沖にある千葉根拠地も、この時刻ともなると警戒網は薄くなっていた。
そんな闇夜のなか、二人の人物の影が蠢いていた。
「セキュリティに関しては短時間だけ解除しておきました。今ならどこに入っても警報はなりません。ですが、一定時間を超えると再起動するシステムなので、10分がタイムリミットです」
「分かりました。彼女の願いもありますし、急ぎましょう」
闇の中を静かに、しかし素早く移動する大和とアンナの二人は、間も無くして渚達のいる留置場へと辿り着いた。
「三人とも、準備は良いかい?」
暗い分、月明かりが目立ち、三人の姿はハッキリと見えていた。
「…準備も何も、私達は待つことしか出来ませんでしたから」
「で、でででででも、覚悟は出来てます!!」
大和の問いかけに、無値と透子が答えた。
「じゃあいま鍵を…」
「いえ、それではダメです司令官さん」
懐から鍵を取り出した大和を、アンナが片手で制した。
「普通に鍵を開けたのでは、私ではなく貴方に疑惑の目が飛びます。あくまで私が襲撃をし、仲間を奪還した形にしなくては」
「…では、どうやって?」
「こうやって、です」
するとアンナの周囲から突如風が吹き荒れ、フッとアンナが杖を振るった瞬間────スパァッ!!
渚達を収容していた檻の柵が斜めに断ち切られ、ズレるようにして崩れていった。
「…『メナス』のレーザーにも対応出来るくらい堅硬な柵なんだけどね…そんな簡単に…しかも音もなく…」
アンナの見せた芸当に、大和はただ呆然として乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。
「ふふ…これでも『レジスタンス』のリーダーでしたので」
アンナはゆっくりと檻の中に入っていくと、今度は三人に繋がれている手錠と足錠に手を差し伸べた。
すると、再びフワッと風が吹き、三人を拘束していた錠を切り裂いた。
「…今度から手錠にも見直しが必要かな…」
あっさりと破壊してしまう光景を見て、大和は再び苦笑いを浮かべる。
「ふふ、心にも無い事を…そもそも貴方の性分を考えると、拘束すること自体に心を痛めてるでしょうに」
すっかり大和の性格を理解しているアンナは、ニコッと笑みを向けた。
「さぁ時間がありません。急ぎましょう」
三人を解放し、一行は留置所をあとにした。
●●●
「司令官さん、残り時間はあとどのくらいですか?」
「あと…5分と少しくらいかな」
留置所を離れ、目的の場所へと走って移動しながら、アンナが残り時間を確認する。
「となると…猶予は3分程しかありませんね。宜しいですか、渚さん」
アンナの後ろに着いてくる渚の方を振り返り、渚に確認を取った。
「大丈夫。ありがとう」
アンナの問いに、渚は頷いて答えた。
「じゃあ行こうか。医務室に」
大和が先導し、一行は渚の、最後に朝陽に会いたいという願いを叶えるために、医務室へと向かった。
●●●
「良いですね。時間は3分間のみ。それ以上は待てません」
「分かってる」
医務室の前にまでやってきた一行。そこでアンナが最終確認を行なった。
「…よし、鍵は開いた。中に入れるよ」
「ありがとうございます」
大和が扉を開き、渚達が中に入っていく。
「ボクはここで周辺を警戒しておく。何かあれば合図を出すから」
「宜しくお願いします」
そして静かに扉が閉められる?
「…彼女の願いが朝陽君に会いたいだなんて…よっぽど彼女に救われたんだろうな…出来れば会話出来れば一番良かったんだろうけど…」
「それは私への嫌味か、大和」
その時、突如として真横から声がかけられる。
大和は驚いた様子こそ見せなかったが、困ったような表情で隣を見た。
そこに立っていたのは、千葉根拠地の医師、市原 沙雪であった。
「沙雪さん…こんな時間までお仕事ですか?」
「ばーか。ここの主治医は私しかいないのよ。直ぐに対応できるように、基本は医務室で寝泊まりしてるに決まってるでしょ」
「…おっしゃる通りで…」
とはいえ沙雪専用の部屋がないわけでは無い。
それでも、緊急の事態に備えて常に医務室に常駐していると言うのは、沙雪の医師としての意識の高さによるものが大きいだろう。
それも、少し前までは考えられなかったことではあるが。
「…どのくらいまで把握されてますか?」
「アンタが『レジスタンス』の子らを逃がそうとしてるのは分かってるよ」
加えて、敢えて医務室から離れていた状況を見るに、つまり完全に動向は把握されていた、ということになる。
その上で大和が気にするのは、沙雪の判断である。
「それで…沙雪さんは…」
「…私が診てる患者が二人関わってる。『レジスタンス』の門脇 渚と、いま侵入した先にいる、斑鳩 朝陽の二人だ。そんな状況を黙って見てられる立場だと思うか?」
「重ね重ね…おっしゃる通りで…」
つまり沙雪はいまこの場に、医師として立っていることになる。
患者に何かがあれば即座に制止する、そんな状況である。
「…で、どうなのよ」
「え…?」
不躾な声色で尋ねられ、大和は直ぐに答えを返せなかった。
「門脇 渚のことよ。正直、誰にも心を開かなかったあの子が、こんな大それた行動に出るとは思って無かったわ。それがどうしてこんな事になったのよ」
『レジスタンス』襲撃後、唯一心を開いていた朝陽を除けば、渚に一番寄り添っていたのは医師である沙雪である。
無論それは、『グリット』多用の反動で多重人格となってしまった渚のケアのためではあるが、それでも沙雪は何とか改善をしようと試みていた。
だからこそ、これまで変化の兆しを見せてこなかった渚が、行動を起こしたことに、驚きを隠さなかったのだろう。
「…そうですね。簡単にいえば、彼女もようやくまた一歩を踏み出してくれたんですよ。現実と向き合う…覚悟を決めたんです」
「…あんなに戻りたがってた根拠地を離れるほどの、覚悟をか?」
その問いに、大和は頷いて答えると、沙雪はフッと満足そうな笑みを浮かべ、身体を翻した。
「そう。彼女自身が決めたことなら、医師としては回復傾向だという診断をくだす事しか出来ないわね」
そしてそのまま、宿舎の方へと歩いて行った。
「今日は疲れたわ。私は宿舎の方で寝てるから、何かあったら起こしてちょうだい」
沙雪も特に報告するような真似はしないと決めたのか、大和にそう告げた。
去っていく沙雪に対し、大和は背後から声をかけた。
「彼女が動く覚悟を決められたのは、常に自分と向き合うことが出来たからだと思います。そのきっかけは朝陽君だとしても、それを繋いだのは貴方だ。貴方の言葉も、きっと渚君に届いてましたよ」
ピタリと足を止め、しばらくその状態のまま立ち尽くしていた沙雪は、クルッと上半身だけ振り返り、ニッと笑みを浮かべて答えた。
「バーカ。生意気言ってんなよ」
それだけ伝えると、沙雪は今度こそ宿舎の方へと姿を消して行った。
※後書きです
ども、琥珀です。
以前もお伝えしたのですが、身内の不幸により、少々ばたついております。
悩みましたが、誠に申し訳ないのですが、今月の更新はお休みさせていただきます。
次回は3月6日に更新再開させていただきます。
誠に申し訳ありません。少しだけ時間をください。
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は3月6日を予定しておりますので宜しくお願いします。




