第418星:新しい風
神宮院 アンナ(32)
レジスタンスの穏健派、『ジェネラス』のリーダー。『レジスタンス』リーダーでもあったが、イクサと決別したことで勢力が二分。決別した末、敗北する。平和的な思考の持ち主で、言葉で人の心を動かすタイプ。心から平等な世界となることを願っている。千葉根拠地に保護され、神宮 アンという偽名と役職を与えられる。
「あら…?」
直ぐにその人物に気がついたのは夜宵だった。
訓練場の入り口の直ぐ側に、見慣れない人物が立っていたからだ。
「あ……」
優弦は優弦で、ただその人影を見ただけでなく、何かに気付いた素振りを見せていた。
「……ここがこの根拠地の訓練場…」
その女性、アンナは、ゆっくりと敷地内に入り、訓練を続ける『グリッター』の面々をジッと凝視していた。
夜宵達以外の面々も、アンナの存在には気付いていたが、訓練の手を止めるわけにも行かず、気が散りながらも訓練を続けていた。
咲夜は既に軍務に向かい不在。
このまま全員の集中力が削がれたまま訓練を続けるのは良くないと判断し、夜宵がアンナに近付いていく。
「おはようございます、神宮特例官。訓練の視察をご所望ですか?」
未だに特例臨時派遣メンバーという職の立ち位置が分からず、一先ず敬語で話しかけるが、それは明らかにアンナが年上に見えたというのもあるだろう。
神宮が自分のここでの偽名であることを思い出したアンナは、僅かにハッとした様子を見せながらも、すぐに冷静になり、夜宵の言葉に答えた。
「はい。良ければ少し見学させてもらえますか?」
「勿論です。司令官からは特例官殿には自由に、と伺っていますので」
「ありがとうございます。ですが、その…特例官という呼称はおやめ下さい。それは疑似的に与えられた役職なので、どうも呼ばれ慣れません。どうか、アンとお呼びください」
正確に言えば、神宮 アンも、本名である神宮院 アンナから文字を削っただけの単直な偽名ではあったが、まだ本名に近い分呼ばれ易く感じていた。
そういう意味では、夕が自分のことを役職ではなく、名前で呼んでくれたのは、この偽名に慣れるようになったため、僥倖と言えるだろう。
無論、まだ幼いが故に、役職で呼ぶという認識が曖昧という側面もあるだろうが。
「…分かりました、アンさん。では、私達も訓練に戻りますので、何かありましたらいつでもお声かけ下さい」
切り替えは早い方なのか、夜宵は僅かに迷った末に、直ぐにアンナのことをアン呼びに切り替えた。
仮とはいえ、特例官という特殊な役職を付けられていれば、通常の根拠地であれば戸惑い抵抗感を覚えるものであるが、ここでは些かその感覚が薄いようであった。
「(これも…彼が与えた影響によるもの…?)」
かつて根拠地にいたアンナだからこそ気付ける微々たる変化ではあるが、その変化を、アンナはしっかりと感じ取っていた。
そして、その変化を確かめるべく、アンナは夜宵達が行なっている訓練に目を向け、しばし観察を続けて行った。
●●●
「訓練終了!!15分休憩したら、みんなそれぞれの持ち場に移動してね!!」
それから数十分ほどして、夜宵達は訓練を終えた。
夜宵の声掛けで他の面々も一斉に訓練の手を止め、滴る汗を拭いながら息を整えていた。
その中で夜宵は、自分も訓練を終えてアンナの側にまで寄ってきた。
「短い時間ですいません。いつも朝はこれくらいの短時間しかやらないんです」
どうやらせっかく見にきてくれたアンナに対し、短時間で切り上げてしまったことを謝罪しに来たようだった。
「いえ。皆さんが真剣に訓練に取り組まれているのを確認するには十分な時間でした。しっかり統率が取れているのですね」
これはアンナの忌憚のない素直な意見だ。
訓練中に手を抜いているメンバーは見受けられず、全員がしっかりと取り組んでいた。
いかにここのメンバー達が、日頃から訓練を大事に考え取り組んでいるのかが分かる光景であった。
しかしアンナには、一つ疑問があった。
「…ここで行われている訓練は、元来の『軍』が行うべき訓練とは異なっているようですが…」
アンナの言う『軍』の訓練とは、『グリット』のコントロールの訓練や、長距離ランニング、『戦闘補具』を使用するといった、『グリッター』専用のような訓練メニューである。
対して夜宵達が取り組んでいたのは、一般人でも出来る基礎的な組手のみ。
無論それもしっかり取り組めば立派な訓練にはなるが、『軍』の訓練の内容としては、些か軽いものであると見て取れてしまう。
だからこそ、アンナはここでのその訓練内容に疑問を覚えていた。
「今ここで行っている訓練は、全て指揮官がお考えになられたものです」
「指揮官…」
朧げな記憶を辿りながら、アンナの片隅に、先日の朝礼で大和の隣に立っていた一人の女性の姿が思い浮かぶ。
「…彼女は何故このようなシンプルなプログラムを…?不満を述べるようで申し訳ないのですが、もっと実践的な訓練を積む必要があるのでは?」
アンナはこの質問をした時、夜宵からは怒りの返事が返ってくると思っていた。
しかし、その予想に反して、夜宵は朗らかな笑みを浮かべていた。
「そうですね。私も…いえ、ここにいる大半の人は、当初は指揮官の考案した訓練のプログラムに対して、反感を抱いていたと思います」
「…え?」
これもまた、アンナにとって予想外の答えであった。
ここの根拠地のメンバーは、どの人物も基本的に司令官である大和や、その副官である咲夜に対して、マイナスな感情を抱いている様子は見られなかった。
そんな今の状況を見れば、彼女達が、二人の出す意見に対して批判的な考えを持つとは思いもしなかったからだ。
「私は諸事情あって、指揮官が最初にこのプログラムの案を打ち出したときは現場に居合わせ無かったのですが、それでも、仲間達からは少なくない反感の声を聞いてました。それこそ、アンさんと同じく、実戦的な訓練を行うべきではないか、と」
「ですが…今の彼女達を見ると、とてもそんな風には…」
「そうですね」
アンナの言葉に、夜宵はおかしそうに笑う。
「メンバーの一人に、ハッキリと意見を言う子がいて、その子が真正面から指揮官の考えを批判したそうです。今にして思えば、上官の意見に反発するなんて恐ろしいことをしたものだな、と思うのですが」
恐ろしいこと、なんてものではない。
アンナが『軍』に所属していた時のことを踏まえれば、そういった反乱分子は徹底的に処罰される。
それこそ、二度と逆らおうなどと思わないほどの処罰を…
遠い過去の話であるにも関わらず、アンナは思わず小さく身を震わせた。
「それで…その後はどうなったんですか?」
「指揮官自らが、その訓練を考案した意味を、実践して見せたそうです」
「訓練の…意味、ですか?」
アンナの言葉に、夜宵は頷いて続けた。
「それ以前までの私達は、どうやって『メナス』を倒す技術を身に付けるか、どうやって確実に仕留めるか、そればかりを考えてきました」
「それは…貴方達にとって、当たり前のことなのでは?『メナス』の殲滅こそ『グリッター』の使命なのですから」
「そうですね。私もその時までは同じことを考えていました」
滴る汗をタオルで拭い去り、夜宵はどこか晴れ晴れした表情で答えた。
「でも違ったんです。私達『グリッター』の使命は、『生きるために、立ち向かう』。命を賭けて『メナス』を倒すのは、『グリッター』としての本懐に沿っていないんです」
「…!」
夜宵から発せられた言葉に、アンナは僅かに目を見開く。
「この訓練は、自分の身を守るためのものであることを、指揮官は教えてくださったんです。最後に自分を守ってくれるのは、自分自身なんだってことに、気付かせてくれるためのものだったんです。それを知ってから、この訓練に反対する人はいなくなっていきました」
「……」
夜宵の言葉に、アンナはただ呆然としていた。
『生きるために、立ち向かう』。それは、『グリッター』なら誰もが知る、最初の『グリッター』が発したとされる教え。
でもそれは、単なる理想像にしか過ぎないと思っていた。
実際の戦場では、常に命をかけた戦いが繰り広げられる。
人々との共存を願うアンナではあるが、心の奥底では、初代の考え方は甘いと思っていた。
「(けれど…ここでは全員が、生き残るために力を身につけ、その考えを体現しようとしている…私が、蔑ろにしてきたものを…)」
その光景を、考えを目にしたアンナは、自分の中の何かが揺れ動いたのをはっきりと感じていた。
「…新しい…風…」
周りの声にかき消されてしまうほどの小さな声で、アンナは小さく呟いた。
※本日の後書きはお休みさせていただきます
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は金曜日を予定しておりますので宜しくお願いします。




