第417星:神宮 アン
神宮院 アンナ(32)
レジスタンスの穏健派、『ジェネラス』のリーダー。『レジスタンス』リーダーでもあったが、イクサと決別したことで勢力が二分。決別した末、敗北する。平和的な思考の持ち主で、言葉で人の心を動かすタイプ。心から平等な世界となることを願っている。千葉根拠地に保護され、神宮 アンという偽名と役職を与えられる。
早朝。
大和から神宮 アンとしての名前と自由を与えられたアンナは、応接室のなかで頭を悩ませていた。
「(…『レジスタンス』の元リーダーである私を自由にさせて、彼は一体何をさせたいのでしょうか…)」
アンナの悩みは大和の発言から生まれていた。
「(根拠地を見てほしい…と仰っていましたが、まさか指導してほしい、という意味では無いでしょうし…。では一体どう言う意味で…?)」
元々アンナは、身元を最高本部に明け渡されるであろうことは覚悟していた。
二つの派閥に分かれていたとは言え、揃えば一大勢力となり得る『レジスタンス』。
そのリーダーを捕獲(大和にその意識は無いが)しているのだから、それが当然のことである。
しかし、大和はそのような素振りは見せず、アンナに自由を与えた。そして、根拠地を見てほしいと言葉を残していった。
その意図が見えず、アンナは困惑していた。
「(…『軍』を捨てた私が、今更どのような顔をして根拠地を見ろと言うのです…)」
大和の言葉に対する解決方法は至極単純だ。
大和の言う通り、根拠地を見て回って見れば良い。しかしいまアンナ思い浮かべた考えが、アンナの行手を阻んでいた。
応接室から動く事はなく、アンナはただその場で時間を浪費していた。
それから数時間が経過した頃、扉の外から、コンコン…とドアをノックする音が聞こえてきた。
「…どうぞ」
ここは本来自分の部屋では無いのだから、遠慮なしに入ってきても良いものを、律儀にノックしてきたため、アンナも思わず答えてしまう。
「失礼します!お食事お待ちしました!」
扉を開けて入ってきたのは、まだ年端もいかないような小柄な少女であった。
少女は両手でお盆を持ちながら器用に扉を閉めると、テコテコと歩いて、応接室にある机の上に食事を置いた。
「…これは、彼…司令官からの命令で?」
大和は『グリッター』を奴隷のように扱う他の司令官とは違うと考えていたが、このような少女にも遠慮なく働かせているのであれば、考えを改めなくてはならない。
アンナは今の光景を見てそう考えたが、予想に反して少女──夕は笑顔で答えた。
「いいえ!私が司令官さんにお願いさせていただきました!アンさんは根拠地に来られて間もないので、ここの人達と一緒だとまだ落ち着かないんじゃないかって思いまして。なので、用意されたお部屋で一人で召し上がられる方が良いかなって!」
夕の屈託のない言葉を受けて、アンナは僅かに目を見開いた。
「そんな配慮を…貴方のような子どもが…?」
「はい!あ…えっと、余計なお世話…でしたでしょうか…」
「あ、いえ。そんなことはありませんよ。素敵なご配慮、ありがとうございます」
驚きが勝り、思わず夕を責めるような口調になってしまっていたことに気が付き、アンナは直ぐに優しく訂正した。
「…ですが、私に無理に気を使う必要はないのですよ?視察のために『特例』として派遣された身ではありますが、貴方に私をもてなすような義務は無いのですから」
アンナからすれば、優しさから出た言葉であったが、夕はこれに首を傾げた。
「えっと…全然無理なんてしてないです。こうやって、根拠地のためになることをする事が、今の私にできる精一杯のことなので!アンさんへのご飯のご用意も、私が望んでやっていることなので!」
アンナは二度目の衝撃を受けた。
目の前に立つ少女が、偽りではなく本心でそう語っていることに対してである。
かつて年端もいかない少女を無理やり使い回している指揮官は見てきた。
その少女は涙を堪えながら必死にその作業に取り掛かっていたが、それでも怒鳴られる日々であった。
しかし、目の前に立つ少女は違った。
自分のやりたい事をハッキリと告げ、そして、やれる事をしっかりとやり遂げると言う自らの意思をしっかりと持っていた。
「(同じ根拠地でありながら…こんなにも違いがあるものなのですか…)」
アンナはただ驚くことしか出来ずにいた。
そんなアンナの様子を不思議に思ったのか、夕が心配そうな表情でこちらを見ていた。
「あ、あの…やっぱり私…余計なことをしてしまいましたか?」
自分の行動が夕を困らせていることに気付いたアンナは、ハッと我に帰り、直ぐに優しい笑みを浮かべ首を振った。
「いいえ、貴方の優しさに感動していただけです。ありがとうございます。朝食、いただきますね」
すると夕は嬉しそうな笑みを浮かべ、大きく頭を下げた。
「それでは、食べ終わった頃に食器の受け取りにまたきますね!ゆっくりとお召し上がりください!」
それだけ言い残すと、夕は嬉しそうな表情を隠さず、扉を開けて部屋を後にした。
アンナは夕が部屋を出るまで優しい笑みを浮かべ、そして扉が閉まったのを見て、ソッとその表情を沈ませた。
「…あのような小さな子が…進んでこのような事を…これは、あの司令官の影響なのでしょうか…」
この時、アンナの心境に僅かな変化が生じていた。
この根拠地に対して、好奇心が湧き始めていたのだ。
「…彼の言うことは未だに理解できません。でも…少しだけ、この根拠地のことを見てみるのも、良いのかもしれません」
結果として、夕の行動がアンナの心を動かし、変化を与えるきっかけとなっていた。
そして、根拠地を見て回ることを決めたアンナは、フッとその視線を用意された朝食へと目を向けた。
「フフッ…せっかく持ってきていただいた朝食、冷めてしまっては勿体ないですね。いただくとしましょう」
この根拠地に来てからは、味気なく摂っていた食事であったが、この時食べた朝食は、久々に美味しいと感じたアンナであった。
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結果として、大和の思うように動いている自分の行動にはどこか納得のいかない所はあるものの、夕のあれだけ他者を慮った行動を見せつけられては、アンナとしては動かざるを得なかった。
「さて…まず見るべきは…」
朝食をありがたくいただいたアンナは、応接室から出ると周囲を見渡した。
「…やはり、先ずはこの根拠地の『グリッター』のことを知るべきでしょうね」
するとアンナは、フッと静かに目を閉じる。
その間、何かを感じ取るようにして微動だにせずにいたが、それも数秒のうちに終わり、ゆっくりと目を開いた。
「この根拠地の敷地は把握しました。『グリッター』の皆さんがいるのは、あちらですね」
スリップ入りのドレスと、背中につけられたマントを靡かせながら、アンナはゆっくりと移動を始めた。
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時刻はまだ朝の早い時間。
夜宵達『グリッター』は、咲夜が作り上げたプログラミングに沿った早朝の訓練を行なっていた。
当初はぎこちなかった組手も、いまや立派な徒手での形となっており、咲夜が目指す、自らの身を守るのは自分自身という目標は達成しつつあった。
「……ん?」
そんな折、組手に集中していたはずの優弦が、ふと何かの気配を感じ取り、一瞬その動きを鈍らせた。
「優弦さん、それは隙がデカすぎ…ます!」
その瞬間、優弦は自分の身体がフワッと浮かび上がる感覚を覚え、次の時にはドシン!という音とともに地面に背中から叩きつけられていた。
「わ!ごめんなさい!」
予想以上に掛けた投げ技が上手く決まってしまい、組手の相手をしていた瑠衣が口元に手を当て、思わずといった様子で、倒れ込んだ優弦に謝罪する。
「今のは優弦が悪いっす。気を抜きすぎっすよ」
「受け身も取れてなかったわね。大丈夫?」
その光景を見ていた小隊長の夜宵と、そのメンバーである伊与の二人が組手を止め、瑠衣と優弦の二人に近寄る。
「うん……大丈夫…ぶ。瑠衣もごめん……」
「私は構わないのですが……何かあったのですか?」
瑠衣が手を差し出すと、優弦がこれを掴み立ち上がる。
「うん……いまちょっと……風が……」
「風…っすか?」
優弦の発言の意図が掴めず、三人は首をかしげる。
「何て……言うか、誰かに見られて……るような、そんな感じ……」
優弦の『グリット』は、『精霊の声を聞く』という、特異系のなかでも夜宵や朝陽とはまた異なる特殊な能力であるため、なかなか理解を得ずらい。
言っている本人も、感覚的に聞き取っている側面が強く、また言葉上手な性格でもないため、上手く説明できていない自覚はあった。
それでも、上手く言葉にして説明をしようとすると、それよりも先に答えがやってきた。
※後書きです
ども、琥珀です。
実はこのお話、もっと先の展開を書いてから付け足したお話です。
この先の展開を書いていたら、何かアンナの根拠地での出来事が少なすぎると思い、無理やりボリュームを付け足すために書き足しました。
そんなわけで、今後の展開で、あれ?何か文面の繋がりがおかしくね?と思われるかも知れませんが、ご愛嬌でお願いします…
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は水曜日を予定しておりますので宜しくお願いします。




