第413星:神宮院 アンナ③
国舘 大和(24)
千葉根拠地の司令官として配属された青年。右腕でもある咲夜とともに指揮をとりつつ、根拠地内の環境面、戦術面、待遇面の改善にも取り組み続け、『グリッター』達からの信頼を勝ち得た。実は関東総司令官という立場であるが、それを隠している。
早乙女 護進(28)
『大輝戦』で大和達の代わりとして千葉根拠地にやってきた非戦闘員・専門指揮官。『軍』最高司令官である早乙女 護里の息女であるが、品行は非常に悪い。大和の戦術の師であり、現在は再び現役を続行している。
神宮院 アンナ(32)
レジスタンスの穏健派、『ジェネラス』のリーダー。従来の『レジスタンス』そのもののリーダーでもあったが、イクサと決別したことで勢力が二分。決別した末、敗北した。穏健派だけあり、平和的な思考を持ち主。言葉で人の心を動かすタイプで、心から『グリッター』と人の平等な世界を願っている。イクサに敗北したことで行方をくらませていたが…?
「私とイクサは、『レジスタンス』における、同期だったのです」
アンナから発せられた発言に、しかし大和も護進も強い反応は見せなかった。
ある種の、予想はついていたからだ。
そのくらいの事実がなければ、『レジスタンス』の二代頭領など出来上がるはずが無いからである。
「驚かれないんですね。恐らくはそこについては予想がついていたからでしょう。お二人とも、やはり聡明な方です」
「…驚きの連続ですからね。流石に慣れてきましたよ」
それも大和の偽りのない本音。
『レジスタンス』の二代頭領の一人がこの根拠地に流れ着いていたこと、その頭領が『軍』のもと『グリッター』であったことなど、ここまで驚きづくしであった。
もはや『レジスタンス』でアンナとイクサが同期であったことなどでは、驚きもしなかった。
そんな二人の様子に、アンナはクスリと笑みを浮かべた後、そのまま話を続けた。
「私が『軍』を抜け、『レジスタンス』に加入した時、全く同時期にイクサが加入してきました。彼女は元々『アウトロー』だったところを、スカウトされたそうです」
「……おい大和。驚きはしないが、いい加減脳みそがパンクしそうだぞ私は」
「堪えてくださいよ。まがりなりにもボクの戦術の師匠なんですから、頭を整理するのは得意でしょ」
あまりの情報量の多さに、二人はげんなりとしながらも、アンナの話の続きを待った。
「『アウトロー』といっても、彼女がそうだったのは二年やそこらだったそうです。というのも、彼女が『グリッター』として覚醒したのは、二十歳の頃だったそうです」
「成る程…まだ『グリッター』として右も左も分からない状況だったから、『アウトロー』のカテゴリーに…そこで、『軍』よりも先に『レジスタンス』が皇 イクサに着手したわけですか」
大和の答えに、アンナはその通りだと頷く。
「イクサは良くも悪くも純粋でした。『軍』を抜け、『レジスタンス』に加入したという背徳感に駆られている私にも気さくに接してくれ、私もまた、彼女に『グリッター』としてのノウハウを教えていきました。考え方や、価値観も合った私達は、次第に仲を深めていきました」
「…ですが、貴方達二人は…」
大和の言わんとしていることを理解していたアンナは、すぐに頷いた。
「えぇ、後に私達穏健派『ジェネラス』と、過激派の『ジェノサイド』として袂を分かつことになります。その要因は様々ですが、私達が掲げてきた理想に、現実がついてこなかったのが理由です」
護進は分からないといった様子で首を傾げていたが、大和はその意図を理解していた。
「人々の差別意識が変わらなかった。だから彼女自身が変わっていった。そういうことですね」
大和の推測は当たっていたのだろう、アンナはどこか悲しそうな表情を浮かべていた。
「歳月が…彼女を変えていきました。変わらない差別意識に、私のやり方だけでは変わらないと意見をするようになり、やがて過激的な手段を取るようになったのです」
「短期的な奴だな」
「ですが、それが想像以上の効果を発揮して、彼女は十年にも満たない年月で、過激派の『ジェノサイド』という組織まで創り上げていくことになってます。それは、並大抵のことではないですよ。それは、アンナさんにも当て嵌まることだとも思いますが」
大和の言葉に、アンナは悲壮感漂う表情で首を横に振った。
「私はただ、言葉を扱うのが上手かったペテン師です。確かに『ジェネラス』のリーダーとしてまで敬まれるようにはなりましたが、私の代わりはたくさんいたはずです」
アンナは「ですが…」と続ける。
「イクサは別です。彼女は実力に加えて、行動力と実行力、そして味方を活かすための最低限の知識を備えている。彼女はなるべくしてなった、正真正銘のリーダーです」
謙遜、とも取れるが、大和は『大輝戦』が始まる少し前に、護里からも似たような話を聞いていたことを思い出す。
「(護里さんだけでなく、長らく共にしてきた彼女が言うんだ。恐らく皇 イクサは本当にそういう人物なんだろう…)」
大和はひとまずその話に納得したことにして、アンナの話の続きを促した。
「彼女達、『ジェノサイド』の目的はご存知ですか?」
「えぇ、ここを襲撃してきた『レジスタンス』が口にしていました。『《メナス》と《グリッター》が戦うのが当たり前の世の中になっているから、《グリッター》は蔑まされる。だから、『グリッター』が必要な状況、即ち『軍』を壊滅させることで、人々がいかに自分達が無力で、窮地であるということを理解すれば、再び復権出来る』…まとめるとこんな感じでしょうか」
大和がまとめた過激派の思想に、アンナはその通りであると頷く。
「私が…いえ、かつてのイクサと語り合ったのは、『グリッター』と人々の差別のない世界でした。それが、いつの間にか彼女は、『自分達』が上に立つことを志すようになっていたのです」
アンナは過去を思い出すようにして、どこか遠い目をしながら語り続ける。
「危険な思想だと、何度も彼女と口論を繰り広げました。ですが私は、争いを好みません。ですから何とか対話で彼女達を諌めようとしたのです」
「…失礼ですが、それでは…」
大和が口にする前に、アンナは頷いて自らの口で話を続けた。
「私達が武力による介入をしてこないと分かったイクサ達過激派は、次第に大胆な手を取るようになりました。純粋な数では勝っていた私達穏健派は、それを出来るだけ未然に防いできましたが…」
「そこで、ボク達千葉根拠地への襲撃事件という、規模の大きい時間が起きてしまった…というわけですか」
アンナにとっても、それは辛い事件だったのか、大きく息を吐き出しながら顔を覆いながら頷いた。
しかし、仮にも二大の片割れの頭領を務めていた人物。直ぐに顔を上げ、大和に頭を下げた。
「その節は…我々『レジスタンス』が大変ご迷惑をお掛けしました。私に出来るようなことはほとんどありませんが、せめて謝罪だけでも」
過激派『レジスタンス』による千葉根拠地襲撃事件。目の前にいる穏健派アンナがそれに無関係かと言われれば、残念ながらそれは違うだろう。
特にリーダーでもあったアンナは、穏健派としてそれを止める責任はあった筈である。
しかし、いや、だからこそ大和は、彼女を責めるようなことはしなかった。
「……それで、貴方は皇 イクサと?」
「…はい。その行いを止めることが出来ず、見過ごしてきた自分がその責任を取らなくてはならないと、いえ、取るべき時が来たと考え、イクサに戦いを挑んだのです」
それは、彼女が最も嫌う手法であったはずだ。
彼女はイクサと袂を分かってからも、対話で何度も彼女を諭そうと試みてきた。
それは戦いを好まない彼女の性分もあるだろうが、それ以上に、長年付き添ってきた友人と、再び理解しあいたかったための行動でもあったはずである。
それを止めてまでの力ずくでの邂逅、そして制止。
それは、アンナが一番避けたかった未来でもあった筈である。
「(あぁそうか…彼女はどこか咲夜と似ているんだ。組織のリーダーとなり、かつての友たちと袂を分つその経緯…皮肉にも、その組織が『レジスタンス』だという点も…)」
大和はアンナの話を聞けば聞くほど、彼女を責める気持ちは消え去っていった。
今考えた咲夜の過去との同一視もさながら、彼女もイクサとの対峙という艱難辛苦の末に辿ってきたあとなのだから。
「結果はご存知の通り、私の完敗でした。私に出来ることはもう頭を下げるだけしかありません。力及ばず、この根拠地にもご迷惑をお掛けして、大変申し訳ございません…」
●●●
「んで、どーすんだあの女。さっきの話自体はとりあえず黙っててやるけどよ」
アンナとの対話を終えた大和と護進の二人は、部屋を出た後に、アンナの身柄について話し合っていた。
「…本来は直ぐに最高本部の護里さんに報告すべき案件なんでしょう。何せ、『軍』に対抗できる組織のリーダーの一人ですし」
「まぁ普通はな。うちのババァとも面識があるみたいだし、悪い扱いはされないんじゃねぇか?」
護進の発言に、大和は考え込む素振りを見せる。
「確かに護里さん個人なら悪い扱いはされないでしょう。ですが、『レジスタンス』の一人、それもリーダー格の人物と裏で取引をしていたことがばれれば、上層部の面々にそこをつけ込まれるかも知れません。あの二人なら、そこは上手く対処するかもしれませんが」
大和の答えに、護進は「あ〜」と納得したような様子を見せた。
「ならどうするんだ?最高本部に渡さないという手も、お前本来の権限を使えば可能だろ?」
「それでも良いんですが……」
大和は顎に手を当て、再び考え込む。
脳裏に思い浮かぶのは、思い詰めた表情のアンナの顔だった。
「…彼女はしばらく、千葉根拠地に残って貰おうと思います。少なくとも、傷が完治するまでは」
「…正気か?バレれば流石のお前でも立場が危ういぞ?」
「俺の立場なんてどうだって良いんです。ただ彼女にはいま、時間と環境が必要だと思うんです。ここでは治療を受けた恩もあるでしょうし、彼女の性分からしても力ずくで出ようとはしないでしょう」
この短時間でアンナの性格まで読み切った大和に、護進はハッと鼻で笑った。
「それにここにはまだ、渚君や無値君、透子君がいます。彼女達と会うことで、何かのきっかけになるかも…」
「あ〜分かったよ。お前のことだから何か色々と考えたんだろ?なら任せるよ。ここの司令官はお前だからな」
大和の考えを最後まで聞かず、護進は丸投げするようにしてその場からゆっくりと離れていった。
「明日私は本部に帰る。だけどここでは誰にも会わなかったし、何にも聞いてない。それで良いんだよな」
「…ありがとうございます」
大和の意思を汲み取ってくれた護進に、大和は去っていくのを見届けながら頭を下げた。
そしてもう一度、応接室に目を向けた。
「彼女に…もう一度立ち上がる心があれば…」
そう最後に呟いた後、大和は再び医務室の方へと足を運んだ。
※本日の後書きはお休みさせていただきます
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は月曜日を予定しておりますので宜しくお願いします。




