第408星:帰ろう
天城との邂逅を終えた大和は、次いで急ぎ足で朝陽が治療を受けている治療室へと向かった。
本部は広く複雑な構造になっているため、着くまでに多少時間を要したものの、大和は無事辿り着くことが出来ていた、
治療室のドアの前には、先に朝陽の元へ向かっていた咲夜を始め、関東選抜の面々が揃っていた。
「みんな、来てくれていたのか…」
「当たり前です。同じ地域の選抜メンバーとして戦った仲間ですから」
「わ、私も!朝陽さんが心配で駆けつけました!」
大和の言葉に、瑠河と真衣の二人が力強く即答した。
この短期間でそこまで朝陽のことを想ってくれていることを嬉しく思いながら、大和は小さく笑みを浮かべた。
しかし、直ぐに表情を一変させると、ひとり深刻そうな表情を浮かべていた咲夜に目を向けた、
「咲夜、朝陽君の容体は?」
大和の問いかけに、咲夜は顔を青白くさせた状態で、一拍置いてから答えた。
「私がお伝えできる症状、考えられる状態については全て医師にお話ししました。あとは処置の結果待ちということになりますが…」
咲夜の言葉はそこで止まってしまう。その表情から、医師から厳しい言葉をかけられたのであろう事は想像に難く無かった。
「そうか…取り敢えずボク達は待つしかない、ということか…」
大和の言葉に、全員が沈痛な面持ちを浮かべる、
このまま重苦しい雰囲気では良くないと考えたのか、大和は表情を明るくして別の話題に切り替えた。
「そういえばみんな、『大輝戦』優勝おめでとう。瑠河君や真衣君は脱落してしまって悔しいだろうが、それでも見事な活躍だったよ。君達の活躍なしに優勝はあり得なかった。君達の直属の上司ではないけれど、その事を誇りに思うよ。本当におめでとう」
「「……!!ありがとうございます!!」」
二人は一瞬顔を見合わせ、そして嬉しそうな表情で大和の言葉に感謝の言葉を返した。
その様子を微笑ましく見つめながら、大和は夜宵にも目を向ける。
「夜宵君も、最後まで良く集中力を切らさなかったね。この優勝は君の手が掴んだものだ」
夜宵は一瞬嬉しそうな表情を浮かべたものの、直ぐに沈んだ表情へと一変させた。
「買い被りです司令官。私は朝陽に助けられ、朝陽が戦っているのを見ていることしか出来ませんでした。妹が苦しんでいるのに、それを見ているだけで、漁夫の利を得ただけです」
夜宵が関東選抜の優勝の決め手になったのは間違いない。しかし、そこに至るまでの経緯で夜宵が手も足も出なかったのも事実である。
それが、夜宵が素直に勝利を喜べない理由であった。
「夜宵君、それは違うよ」
しかし、大和はそんな夜宵の迷いを直ぐに否定した。
「確かに君は劣勢に立たされ敗れる寸前であったかもしれない。けれど君は例え追い込まれることがあっても、諦めることはなかった。それは、君の中の誇りが、言葉一つで打ち砕かれるほど脆いものでは無いことを証明したんだ」
「それは…でも…」
夜宵のなかで葛藤は続いているのか、まだその表情は曇っていた。
「最後までその誇りを捨て去らなかった。だからこそ、最後の勝利は君が掴んだ。どうだい?これは四年前と同じことかな?」
「…!」
大和にそう指摘され、夜宵はようやくその顔をあげ、表情を明るくさせた。
「瑠河君や真衣君、もちろん朝陽君の活躍を忘れちゃいけない。けれど最後に勝利を掴み取ったのは、君自身が最後まで勝利を諦めなかったことによるものだ」
「司令官…」
ようやく、その口元に綻びを見せ始めた夜宵に、大和は最後まで言葉を伝えた。
「この勝利は君が掴んだもの。そして関東選抜が得たものだ。それをしっかり噛み締めて、そしてこれからの成長の糧にしてくれ」
「…はい!!」
ようやく夜宵の気持ちにも明るい感情が芽生え、その表情には笑顔が見られた。
大和はそれを微笑ましく見つめながらも、同時に似たような言葉を投げかけたはずのもう一人の青年に想いを馳せていた。
「(天城…君もこれくらい素直に出来事を認めることの出来る強さがあれば、今頃はもっと強くなっているだろうに…)」
その僅かな表情の機微に気が付いたのは咲夜だけであったが、それは追求する必要のないことだと判断し、声を掛けることはしなかった。
●●●
大和達が治療室の前で待機してから一時間強程の時間が経とうとしていた。
大和の言葉で一時明るいムードになった一同ではあったが、流石にこれ程の長時間の沈黙を変えることはできず、再び気まずい雰囲気が続いていた。
治療室の部屋が開いたのは、それから間も無くしてのことであった。
真っ先に医師に詰め寄ったのは咲夜であった。
「先生!朝陽さんの状態は!?」
誰もが気にしている内容を代弁し、全員が医師の答えを待った。
医師は「フウ…」と小さく息を吐いた後、滴る汗を拭いながら、ゆっくりと答えた。
「一先ず最高本部で出来る最高の治療は行いました。経過としては、状態は一応安定したと言えるでしょう」
その言葉に、咲夜を始め、全員が安堵の息をこぼした。
しかし、医師の言葉はそこで終わりでは無かった。
「ですが、完治したわけではありません。全身の色んな組織や細胞が傷んでいるのは事実ですし、最高本部の医療技術を持ってしても回復させきれないのが現実です」
「そんな…では朝陽さんの身体には、何かしらの後遺症が残る可能性が高いと言うことですか?」
医師は厳しい表情を浮かべながら咲夜の問いに答えることはなく、沈黙を続けた。
それを肯定と受け取った咲夜を始め、関東選抜の面々は悲痛な面持ちを浮かべた。
その中でただ一人、大和だけは手を口元に当て、考え込む素振りを見せた。
そして、ふと思い至ったようにして、大和は医師に話しかけた。
「先生、市原 沙雪さんをご存知ですか?」
その名前を聞いた瞬間、医師は驚いた表情を浮かべた。
「知っているも何も、最高本部でも名の通った最高の名医ですよ。それに併せた『グリット』の持ち主でもありますし…」
そこまで口にして、医師は大和の発言の意図に気がついた。
「まさか、彼女が…?」
「幸運にも、私の根拠地に居ます」
その言葉を聞いた時、医師は初めて明るい表情を見せた。
「それはすごい。彼女ほどの人材がどこへ行かれたのかとずっと気になっていましたが、根拠地に配属されていたとは…」
驚きながらもどこか納得したよううな様子を医師は見せた。
「それで、どうなんですか、先生」
大和の問いかけに、医師は先程までと違い、ハッキリとした反応で頷いて見せた。
「医師として絶対と断言することは出来ません。それでも、彼女ほどの医師としての技術と『グリット』が
あれば、今よりも回復が見込まれる可能性は遥かに高いと思います」
その言葉を聞き、これまで俯いていた全員の顔があがり、そして明るいものへと変わっていった。
「先生、それでは治療のために直ぐの移送を準備しても宜しいですか?」
「ええ、是非そうしてください。身体の治療も早い方が効果は高いでしょうし、その方が宜しいでしょう」
医師の賛同を受けた大和は頷き、そばに立っていた咲夜に声をかけた。
「咲夜、直ぐに望生と会って、帰りの船の用意をしてくれ。一番早いものでだ」
「は、はい!!」
咲夜は大和の指示を受けると、急いでその場を後にした。
「夜宵君も、怪我をいているところうまないが…」
「私の怪我なんて軽症です。今は何よりも妹が優先です、その為ならこのくらいなんて事ありません」
大和の言葉を途中で遮るほどに早く、夜宵は答えた。
大和はその答えに頷くと、次いで残った瑠河と真衣に目を向けた。
「せっかくの優勝だというのに、二人には申し訳ないが…」
「何を仰います、大和司令官。夜宵の言う通りです」
「そ、そうです!今は朝陽さんのことを第一に考えて下さい!」
瑠河も真衣も大和の言葉に素直に応じ、何よりも朝陽の身を案じてくれていた。
そのことを嬉しく思いながらも、十分な労いをしてあげる事ができず、大和は小さく頭を下げた。
「さあ帰ろう、千葉根拠地へ」
※後書きです
ども、琥珀です。
最近は少し不運続きで、気が沈んでいる状態です…
どうにか投稿は続けていこうと思っていますので、どうぞ宜しくお願いします。
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は水曜日を予定しておりますので宜しくお願いします。




