第271星:プログラム
斑鳩 朝陽(18)四等星
千葉根拠地に所属する少女。自分に自信が持てない面もあるが、明るく純心。大和と出会い『グリッター』として覚醒。以降急速に成長を続け、戦果を上げ続ける。力不足を痛感し、咲夜に弟子入りを志願する。
蓮水 寧花(?)
千葉根拠地、訓練養成所の教官を務める女性。小柄でどこか幼さい外見をしているが、落ち着いた口調と大らかな雰囲気で生徒達を優しく導く。大和だけでなく、沙雪とも顔見知りで有り、相当顔の効く人物であるようだが…?
「え?蓮水さんが朝陽君を指導することに?」
その日の昼、咲夜からその報告を受けた大和は、驚いた様子を見せた。
「はい。当初は沙雪さんを紹介したのですが、どうやら彼女の方が適任とのことで、先程蓮水さんから連絡がありました。何か不都合なことでもありましたでしょうか?」
大和の驚いた様子に、何か過ちを犯してしまったと思ったのか、咲夜は動揺した様子を見せる。
「いや、彼女が朝陽君を指導するのは問題ないよ。指導者としての歴も君より長いし、教え方も上手い。沙雪さんに教えを乞うよりも良いとは思う…ただ…」
「ただ…?」
大和はなぜか冷や汗をかきながら、今この場に居ない朝陽を励ますような悲しげな笑みを浮かべた。
「ボク達が司令部にいた頃、君は桐恵君と一緒に事務に専念していたから知らないのか」
首を傾げる咲夜に、大和は頬を掻いて続ける。
「ボクがここに配属される前、一度だけ特別教官として彼女が最高本部に訪れてね。関東総司令官として偶々最高本部を尋ねていた彼女の訓練を目にしたんだけど……」
大和は当時の光景を思い出しているのか、次の言葉を口にするのをしばらく躊躇ったのち、ようやく口を開いた。
「その日の訓練に志願した最高本部の訓練生達が、全員途中でリタイアしたそうだ」
「…え?」
予想外の内容に、咲夜は言葉が一瞬詰まる。
「え?それは…あの蓮水さんの訓練で、ですか!?」
「そう、彼女の訓練で、だ」
信じられないと言った様子で呆然とする咲夜だったが、普段の寧花のことを思い出し言葉を返す。
「ですが、この根拠地の訓練や指導を見ている限りとても信じられません。いつも子供たちに寄り添って、楽しそうに訓練をなさってらっしゃるではありませんか」
「それは子どもが相手だからだよ。さっきも言ったけど、彼女は指導がとても上手い。だからその時の状況、性別、年齢層に合わせて適切な訓練を施してるんだ。相手が子どもなら、彼女も優しく楽しく訓練するさ」
大和の話を聞いて、咲夜も確かに…と思わず納得する。
「そんなにも過酷な訓練なのですか?一応、私の訓練もそれなりには厳しいと思うのですが…」
「咲夜とはまた違った意味でキツい訓練かな…君の訓練が肉体的に辛いものだとしたら、彼女の訓練は精神的に辛い訓練というか……上手く言葉に出来ないが、比較出来るものでは無いかな」
「はぁ……」
結果としてその内容を知ることは出来なかったが、とにかく寧花が優れた教官であることは間違いないようで、朝陽は一先ず安心する。
「それにしても蓮水さんが教官か……となると、いま君が朝陽君に教えようとしているのは────」
●●●
「────朝陽ちゃんに今から教えるのは、『グリット』のプログラム化よ」
「プ、プログラム化…ですか?」
沙雪のもとを訪れてから、朝陽はそのまま訓練校の訓練所に連れて来られていた。
基本的に子どもを想定した設計のため、耐久度等はしっかりとしているが、根拠地の訓練所に比べると小さくシンプルな作りになっていた。
朝陽にとっても幼少期を過ごした訓練校と訓練所。
しかし、それを懐かしく感じる間も無く、寧花は直ぐに訓練の話を始めた。
「そうです。簡単に言えば、これまで自分の意思で使用していた『グリット』、またそれにおける使用する技等を自動で発動させるような感じでしょうか?」
「す、すごい!!そんな事が出来るんですか!?」
初めて聞くような応用技術に、朝陽は驚きと感銘を隠せなかった。
「はい、可能です。咲夜ちゃんが沙雪さんを紹介したのは、彼女の『グリット』がそれを応用しているからでしょう」
「え?そうなんですか?」
朝陽が首を傾げると、寧花は小さく頷いた。
「そうです。彼女の『誰一人死することのない世界を』は先日ご覧になったと思いますが、その彼女が対象内の怪我人と症状を認知した後の治療は自動で行なっています。それは彼女が、その症状、状態に合わせた治療方法を、予め『グリット』の効果としてプログラミングしているからです」
寧花の説明を受け、朝陽は二つの意味で納得して頷いた。
一つは沙雪があれ程の人数を一気に治療できた理由。
そしてもう一つが、『グリット』のプログラム化という意味を理解したという点でだ。
「ちなみに、当時自分の能力に限界を感じていた彼女にそのプログラム技術を教えたのが私です」
「ええっ!?」
また明かされた衝撃の事実に、朝陽は大声をだして驚く。
「そ、そっか……それで沙雪さんは蓮水先生を……あ、あれ?」
しかし朝陽はその時ふと疑問に思った。
「沙雪先生って確か女医歴結構長かったと思うんですけど…その頃には蓮水先生は、そのプログラム化を身につけてて、尚且つそれを教えてらしたんですよね?あの…蓮水先生って一体何者……というかおいくつなんですか?」
「…ウフフ」
寧花は小さく微笑むだけで答えなかった。
しかし朝陽にはハッキリとそれ以上追求するなという意図を感じ取り、口を紡いだ。
「さて、朝陽ちゃんの言う通り、彼女にその技術を教えた経験もありますので、確かに私が朝陽ちゃんに教えるのが一番確実だと思います」
寧花は「但し…」と続ける。
「この技術はハッキリ言って超高等技術です。何故ならこれまで意識してやってきたことを、全て無意識にできるようにならなくてはならないからです」
いつもの優しく温和な寧花とは違う、真剣で厳しい口調の寧花の姿勢に、思わず朝陽も姿勢を正してしまう。
「これまで何人かにこの技術を教えて来ましたが、モノに出来たのは二人だけです」
「ふた…!?た、たった二人ですか!?」
信じられない話ではあったが、寧花は間を開けずに頷いた。
「その内の一人がご存知の通り、沙雪さんです。『アイドス・キュエネ』の大規模侵攻の話は聞いていますか?」
「えっと…詳しいことは聞いてませんけど、その時の医療の体制、対応のことは沙雪さんから」
寧花は「結構です」と呟いた後、話を続ける。
「その戦いの勝敗はともかく、彼女もその戦いの時の『軍』医の一人で、その『グリット』の効果を持つが故に期待もされていました」
寧花は「ですが…」とこぼした後、僅かに目を瞑り、沈痛そうな表情を浮かべた後、再び話を続けた。
「結果は聞いているでしょう。その大規模侵攻戦で『軍』側に大勢の死者、そして再起不能レベルの負傷者が出ました」
『レジスタンス』との戦いの中で話は聞いていたが、改めて口にされ、朝陽も思わず顔を歪める。
「そしてなまじ期待されていたのが仇となったのでしょうね。少なくない人が沙雪さんを責める日が続きました」
「そ、そんな!!それは沙雪さんのせいじゃ……」
朝陽は思わず声をあげてしまうが、寧花は目の前で口元に人差し指をあて、朝陽の口を閉じさせた。
「当然です。当時の『軍』医で彼女を責めるものは誰一人いませんでした。彼女がどれだけ必死で、どれだけ人の死に嘆いて、そしてそれでもどれだけ力を尽くしたかを見てきたのですから」
それは今の沙雪からは想像もできない姿ではあったが、時折見せる命に対する姿勢と、的確な医療技術を思い出し、その経緯があったからこそだと理解する。
「大規模侵攻戦が終わった後のことでした。彼女は心身共に憔悴し、寧ろ治療を必要とする程弱っていました。それこそ、『軍』から離れる…最低でも、最高本部以外の場所へ異動する必要がありました。それが、ここに来た経緯です」
大規模な範囲で味方を治療する稀有で強力な『グリット』を有していながら、根拠地の『軍』医を務めていることに疑問を感じていた朝陽であったが、その過程があったことを知り納得する。
「当然上層部からは反対の声が相次ぎましたが、当時既に最高司令官となっていた護里さんの説得もあり、どうにか根拠地へと異動することは叶いました。彼女の心は今もまだ深い傷を負っているようですが、それでもここに来た時から下を向いていた訳ではありませんでした」
「…あ、それがもしかして」
その先の顛末を理解した朝陽の言葉に、寧花は静かに頷いた。
「そうです。そこで沙雪さんは私のプログラムの技術を知り、教えを乞うてきたのです」
当時のことを懐かしむように、寧花は僅かに目を瞑った。
「ですが私は迷いました。その時、プログラムの技術の教えを求めてきたのは、沙雪さんで五人目だったからです。そすて先程も言ったように、これまで誰一人としてその技術を身に付けることは出来なかった。その上、沙雪さんの心身は弱っている状態。ですから最初は断ろうと思っていました…ですが…」
『ここで立ち止まったら!!私はもう、二度と立ち上がれない!!人の命に立ち向かえない!!いつかまた前を向く日が来た時に、私に皆を救うための力を…その為の技術を教えて下さい!!』
「…彼女は涙ながらに、弱りきって憔悴しているはずの状態でありながら、鬼気迫る表情で私にそう訴え掛けました。それを断ることは、私には出来ませんでした」
いつもクールながらどこか適当でガサツな沙雪からは想像も付かない言動に、朝陽は驚いていた。
「それから彼女は『グリット』のプログラム化の修練を始めました。失敗しても、失敗しても、諦めず、弱音を吐かず、何度も挑戦を続けました。それはこれまで教えてきた人達には見られなかった姿勢でした」
当時の情景は分からないが、実際にその身で『グリット』を体感したからこそ、会得した現在の沙雪に、朝陽は素直に感銘を受けていました。
「ご存知の通り、その努力の甲斐もあり、彼女はプログラムの技術を身に付けました……一年間掛けてです」
「…え?イチ…えぇ!?」
想像以上の日数に、朝陽は声をあげてしまう。
「ど、どうしましょう蓮水先生…私あと一週間くらいでこの技を習得したいんですけど…」
「不可能ではありませんよ。先ほど言った二人目の取得者は一日で会得しましたから」
「えぇ!?」
もはや難しいのか難しくないのか分からなくなった朝陽であったが、寧花がその説明を続ける。
「と言っても、その方の日数は参考にしないで下さい。その方は、今まで見てきたどの人よりも才能に溢れていたからこそ成し遂げた、謂わば神の所業だと思ってください」
一年かかった技術を一日で会得していることは驚きであったが、確かにこれで寧花が可能ではないと言った理由を朝陽は理解した。
「…つまり、どれだけ早く会得できるかは、私の努力次第…ってことですね」
「そうなります。ですが並外れた努力は沙雪さんもされてましたし、そもそも会得出来るかも定かではありません。それでもやりますか?」
「やります!!」
寧花にとっては最後の確認であったが、朝陽はこれに即答した。
その時、一瞬だけかつての教官のような慈愛に満ちた笑みを浮かべ、そして再び険しい表情へと戻っていく。
「分かりました。それでは時間もありませんし、直ぐに取り掛かりましょう。最初にやっていただく訓練は……」
どんな過酷な訓練でも乗り越える覚悟を持った朝陽は、寧花の最初の言葉を待った。
「座禅です」




