第264星:大和
『レジスタンス』の襲撃を跳ね除け、『カルネマッサ』を退けた千葉根拠地
しかしその裏で、大和は『レジスタンス』による第二の作戦による奇襲を受けていた…
直ぐ背後に感じる武器の気配に、大和は抵抗する素振りを見せず、ゆっくりと両手を上げた。
ゆっくりと視線だけ向けると、そこには小型のナイフを大和の首筋に突きつけている男の姿があった。
「へっへへ、物分かり良いじゃねぇか。根拠地の司令官がどいつもこいつも自分の命優先ってのは間違いじゃねぇみたいだな」
「(別に命が惜しくてやってるわけじゃないけどね…まぁ良いか)」
大和のこの行為は相手を刺激しないためのもの。
武器を手にしてる時点でなんらかの脅しをかけようという魂胆は見えていたため、一先ず下に出ることで相手に慢心を生み出させていた。
「しかし素直に驚いたな。まさか司令室にまで忍び込んでいるなんて。それも全く気配に気付かなかった。これを見るに、どうやら君は『グリッター』のようだね」
直ぐに諦めた割に冷静な様子に、男はどこか腑に落ちない様子も、ニヤリと笑みを浮かべた。
「その通りだ。俺の『グリット』はモノと気配を一体化させる能力。発動している間は動くことが出来ねぇが、それもここまで至近距離で発動できればなんの問題もねぇって話よ」
「……なるほど」
一先ず大和はこの男の知性は低いと判断した。
ほんの僅かにけしかけただけで、自分の能力を語り尽くした上に、弱点まで暴露したのだから、愚鈍極まりないと思わざるを得ない。
「まさかもう一人『グリッター』が居るとは思わなかったが、しかしそれにしては随分と遅い登場だ。居眠りでもしてたのかい?」
「バカ言え!!これも計画のうちの一つなんだよ!!万事が全て上手くいけば俺の出番は無し!!万が一表の作戦が失敗した場合は、司令官を人質にして成功させろってな!!」
面白いように情報が手に入ることに、大和は思わず笑みを溢しそうになるが、どうにかそれを堪える。
「なるほどね。確かに状況的にはまさに理想のタイミングだ。コンピュータすらハッキングしてたんだ。気付かないうちに司令室に忍び込まれててもおかしくはないか。カンナ君、相当作戦を練り込んでいたようだ」
「グヘヘ…そいつぁちげぇぜ司令官さんよ」
へぇ…と興味を示した様子を見せると、完全に優位な状況に立っている男は調子に乗っているのか、その先まで話し出した。
「俺の派遣はな、カンナのやつも知らねぇのよ。何故なら、この裏の作戦を考案したのは、俺達の頭領、イクサ様だからな!!」
「……イクサ…」
その名前に聞き覚えのある大和は、しかし下手に情報を引き出そうとして刺激しないよう、敢えて詮索しなかった。
「なるほど。それじゃあその君の言うイクサ様は、予めこの作戦が失敗することを計算に入れていたわけだ」
「イクサ様は常に絶対を施すからな!!失敗した時のことも当然考えてらっしゃるのさ!!今みたいにな!!」
グイッとナイフを更に近づけ、男は大和を脅しにかかる。
しかしその裏で大和は、今の状況の打開ではなく、そのイクサという人物について考えていた。
「(確かに失敗に備えた動きとしてこの男を派遣させたのは組織の頭らしい動きだ。けれどそれならカンナ君達を使った作戦をしなくても、この男一人で十分根拠地を揺さぶることは出来たはずだ。それをわざわざ目立った作戦を実行したのには何か理由があるのか?)」
ダンマリとした様子の大和に違和感を感じ出したのか、男はやや苛立った様子をみせていたが、大和は気にもかけない。
「(…そうなると人選にも疑問が残るな。カンナ君や透子君、無値君はともかく、歪…いや、渚君はこの任務に向いた人物じゃ無かった筈だ。かつて所属していた場所に向かえば、沙雪さんの治療による想定外のことがあったとしても、フラッシュバックするリスクは考えられた筈だ)」
「…おい」
男は堪らず大和に声をかけるが、深く考え込む大和にその声は届かない。
「(それを踏まえて歪君を選んだ理由があるということか?戦力の兼ね合い…若しくは逆に顔を知られているからこそ、当時を知る人物が居ないと調べ込んだ上で派遣した…?いや、それでもリスクの方が高い筈だ)」
「おい!」
グイッとついに大和の首筋にナイフが当てられたことで、ようやく大和は男が怒っていることに気がつく。
「あぁ、すまない。もしかして話しかけてたかな?」
「ざけんじゃねぇぞこの野郎!今の状況を分かってんのか!?この狭い空間で、ただの人間のお前が『グリッター』に迫られてんだぞ!?」
「…ご丁寧に状況説明どうも」
大和はどこまでも不器用な男の言葉に、堪らず笑みを浮かべてしまう。
「(まぁこれは深く考えるだけ無駄だな。この重要な裏の作戦とやらはともかく、それの人選を見る限り、過激派の頭領、皇 イクサは噂通りの人物らしい)」
「何笑ってやがるてめぇ!!命はとられなぇと思って油断してやがんだろ!!こちとら『グリッター』だ!!たかが普通の人間くらい笑えねぇくらいに痛めつけてやるくらいわけねぇんだぞ!!」
「たかが普通の人間…ね」
先程までとは異なる笑みを浮かべた大和は、首筋にナイフが突きつけられているにも関わらず、ゆっくりと顔を動かし、見下ろした姿勢で男を見た。
その時、大和の表情を見た男は、明らかに動揺していた。
それまでの温厚そうな表情から一転、笑みこそ浮かべているが、その雰囲気はまるで別物のように冷え切っていたからだ。
「そうだね。久々にボクも身体を動かしておこうか。君への教授と一緒にね」
「あ…あぁ!?一体何……」
男が興奮して声を張り上げた瞬間、大和は首元にあったナイフを握っていた男の手首を、目視出来ないほどの早さで叩いた。
不意を突かれたことと、突然の痛みで、思わず男はナイフを手放してしまう。
「ってぇ!?」
「その1、自分の反応が追いつかない距離まで武器を近づけるな。お前はこれで一つアドバンテージを失ったな」
纏う雰囲気が変われば口調も変わる。
いつもの優しい口調はそこには無く、ただただ冷淡な声が男に戦闘の教授を施していた。
「テメ…うおぉあ!?」
「その2、立つ場所を考えろ。俺がイスに座っているのに真後ろに立ってたらこうなることくらい分かるだろ?」
たまらず大和に殴りかかろうとした男は、大和が勢いよく椅子を引いたことでそれに巻き込まれ吹き飛ばされる。
「その3、優位に立ったからとはいえ戦闘中だ。ベラベラと喋りすぎなんだよ。作戦が人質を取ることならすぐに気絶させろ」
倒れ込んだことで、今度は大和が男を見下ろすような状況になる。
しかし大和は敢えて踏み込まず、男が立ち上がるのを待った。
「この野郎…調子に乗りやがってただの人間如きが!!」
男は自身が『グリッター』であることを理由に考えなしに大和へ突っ込んでいった。
「そしてその4、これが最後だ」
それに対し迎え撃つ姿勢を一切見せなかった大和であったが、次の瞬間────
「ウゴッ!?アガッ……」
振りかざされた拳を絡め取り、そのまま身体を半回転。
その勢いをそのまま利用し、逆手の肘を男の後頸部にあて、気絶させた。
男は意識を失い、そのままバタンと司令室の床に倒れ込んだ。
「自分と相手の力量差くらい見極めろ。わざわざ初手でナイフを落とさせることで知らしめてやったのに、それに気付くどころか目さえ向けずに突っ込みやがって。戦闘が素人だってことがバレバレなんだよ」
今の一連の動きで僅かに乱れた身だしなみを整えながら、既に意識のない男に、大和は辛辣な言葉を浴びせた。
最後に帽子を手に取り、それを深く被った後、上に持ち上げた時、大和の表情は元の司令官としてのモノに変わっていた。
「…まぁ実力差を理解していた上で、自分まで失敗は出来ないと考えて挑んできた可能性も……無いか」
自分なりに男を弁護しようとしたが、どう考えてもそれは無いと思い直し、苦笑いを浮かべた。
そして男を拘束すべく、大和は司令室にある緊急用拘束道具を用意すべく、ゆっくりと机の側から移動した。
その時、大和の瞳が僅かに黄色く輝いていたのは、薄暗い司令室の光が反射していたからであろうか…
※本日の後書きはお休みさせていただきます




