第259星:おかえりなさい
────少女は…ただ帰りたかった
────任務を終えて、大切な仲間と共に笑顔で笑い合いたかった
────少女は育ち育まれたこの根拠地で、『おかえりなさい』と、たったその一言を待ち望んでいた…
「本当に……そうでしょうか?」
「……は?」
朝陽が溢した一言に、渚は眉を顰める。
「私の話を聞いて、その上この期に及んでまだ私を説得出来るつもりなの?どこまでおめでたいの…?」
渚の心は完全に閉ざされていた。
朝陽の過去や『軍』のことをどれだけ語ろうとも、寧ろ彼女の心を頑なにするだけだろう。
「渚さんの帰る場所は、本当に無いんでしょうか?」
そう、『軍』について語るだけでは。
「な……にを」
「確かに、貴方の過去に起きた出来事について、どれだけ私が語ろうと、渚さんの心を癒すことも開くことも絶対に出来ません。私が同じ立場になったら、きっと無理だと思います」
一体何を自分に伝えようとしているのか、その意図が掴めず、渚は思わず眉を顰める。
「でも帰る場所ならあります。だって千葉根拠地は、渚さんが守ったから存在してるんじゃないですか!」
「ッ!?」
朝陽の言葉に、渚は顔を歪める。
「当時を知る人達はもう居ないかもしれません。渚さんがいた頃の根拠地とは違っているかもしれません。それでもここが、貴方が自分を失いかけても守りたかった場所じゃないんですか!?貴方が本当に帰りたかった故郷じゃないんですか!?」
「…クッ…そんな…こと……」
朝陽の言葉を耳にするたびに、絶望の底であっても笑顔を共にしたかつての仲間たちの姿が脳裏に浮かんできていた。
小さくて淡い、それでもかけがえのない幸せを感じていた頃の記憶が。
「貴方が自分を削ってまで守ろうとしたこの場所を貴方自身の手で捨ててしまったら、壊してしまったら、渚さんが帰ってくる本当の居場所がなくなってしまいます。そんなの、辛いじゃないですか……渚さん自身が報われないじゃないですか」
見れば、朝陽はボロボロと大量の涙を溢れんばかりに溢していた。
生半可な同情ではない、まるで自分自身が渚になっているかのような心境になり、自分でも気付かないうちに涙を溢していたのだ。
「貴方が帰ってくる場所はここにあります。貴方を迎え入れる仲間は、私達がいます。教えてください渚さん。貴方が帰りたかったのは場所は、本当に無いんですか?貴方がしたかったことは、本当にこんな事なんですか?」
「……ッ!私が……私は……」
朝陽の言葉と共に次々と取り戻されたいった渚の記憶が流れ込み、渚の砕け散っていた自分の欠片が一つ、一つとはまっていった。
「私は…ただ帰りたかった……」
「……はい」
「任務を終えて、皆からまた『おかえりなさい』って、一緒に笑顔で笑い合いたかった…」
「……はい」
渚は、自分でも気付かないうちに朝陽と同様に大量の涙をあふれさせていた。
「私は……この根拠地で、皆とまた会いたかっただけなんだ……」
その欠片が一つとなり、かつての自分が秘めていた想いを打ち明けたことで、彼女は完全に門脇 渚としての自分を取り戻した。
「……巡回の時に出会った方のように、渚さんを覚えている方もいらっしゃいます。それに私は…当時の根拠地のメンバーではありませんけど、でも、今の千葉根拠地のメンバーです。望んでいたものとは少し違うかも知れませんけど…」
涙声で話す朝陽の顔を、渚はゆっくりと顔を上げて見る。
「おかえりなさい」
その言葉を聞いた瞬間、渚は大きく目を見開き、そして小さく目を閉じた後、意識を失った。
「えっ!?渚さん!?」
倒れ込んだ渚を心配する朝陽を、沙雪が素早く制止し、代わりにソッと触れる。
「脈も正常、呼吸も安定してる。安心しな、コトが切れて意識を失ってるだけだよ」
その言葉を聞き、朝陽はホッと安堵の表情を浮かべた。
朝陽の言葉が届いたのかは分からない。
しかし、他人の人格に乗っ取られようとも心の奥底で覚えていた根拠地への想いが、彼女を門脇 渚へと戻したのである。
朝陽は泣きながら眠るように静かに横たわる渚の手にそっと触れ、改めてこの言葉を送った。
「おかえりなさい…」
●●●
その光景は、対峙する両者にとって真逆の状況を作り出していた。
片や窮地に陥れたとはいえ悲惨な過去を持つかつての仲間を取り戻し、そして弟子がそれを成功させたことに安堵し、そして優位に立った。
対してカンナはこれで完全に孤立した状況に陥っていた。
無論、寄せ集めた兵士はまだ有る。
しかし、それらを用いたとて、目の前に立つ人物を欺くことは不可能だろう。
ボタンを手に取りスイッチを押す、その過程の間に仕留められかねない。
逃げの手段にも攻めの手段にも使えない状況に陥り、カンナは完全に追い詰められていた。
どうにかしてこの局面を打開する方法を模索するカンナを見て、咲夜は諭すような口調で語りかけた。
「降伏しなさい」
「…は?」
思わず耳を疑いたくなるような咲夜の言葉に、カンナは思わず聞き返してしまう。
「降伏しなさい、と言ったのです」
口調と物腰こそ柔らかかったが、その様子に油断など微塵もなく、いつでも対応できる状態を整えていた。
「貴方程の場数を踏んできたのなら理解しているでしょう。貴方がまだ奥の手を隠していようと、貴方が動きを見せた瞬間に私は対応できる。貴方一人になり、私がこの場で対峙する状況になった時点で、既に詰んでいるのです」
咲夜から告げられた言葉は正当そのもの。
あらゆる手を考え続けたものの、そのどの手を取っても咲夜を欺くことは出来ないだろう。
そして真っ向から挑もうものなら、数分もしないうちにカンナは地に伏しているだろう。
「…一つ聞かせて貰えるかしら?」
「何でしょう?」
会話を重ねることで少しでも降伏の意思を引き出せると考えた咲夜は、カンナからの対話に応じる。
「事前の諜報活動で、指揮官として貴方がいることは知っていた。けれど過去の経歴や人物像についてはどれだけの情報網を回しても出てくることは無かった」
それは当然で、自分が始まりの『グリッター』であることが知られれば、小さくない混乱を生み出すと判断した大和が、徹底して情報を秘匿したからだ。
いくら『レジスタンス』と言えど、簡単にその情報を引き出すことは不可能だろう。
「(とはいえ、私は既に根拠地では素性を明かしていますからね。流石にあれ程の規模の戦いを隠すことは大和を持ってしても難しいでしょうし、バレるのも時間の問題ではあるでしょうが…)」
余計な情報を与える必要はないと思い、咲夜は考えるだけに留めカンナに続きを促す。
「貴方は単なる指揮官だと思ってたわ。でもその立ち振る舞いに、私を圧倒するような身体能力…まず間違いなく『グリッター』だわ」
流石の洞察力。咲夜は心の中で素直に称賛した。
「なのに何故?それ程の実力を持ちながら、それ程のカリスマ性を持ちながら、何故貴方は『軍』の狗に成り下がっているの?『グリッター』を使い捨ての駒に扱うような組織に何故留まっているの?」
カンナからされたのは対話だと咲夜は思っていたが、どうやらカンナは咲夜を説得しようとしているようであった。
「貴方程の人物が『レジスタンス』に加入すれば一気に均衡が傾く!『グリッター』の自由が得られるのよ!?貴方はそれを望まないの!?」
時間稼ぎなのか、本心から勧誘しようとしているのかは分からないが、咲夜は一先ず小さく息を吐き出し、そして答えた。
「まずは口を閉じなさい、卑劣な下郎が」
その圧が一気に強くなり、思わずカンナの膝がガクガクと震え出す。
「『グリッター』を使い捨ての駒にする扱う組織…そうですね、それについては私は不定しません…」
咲夜は「しかし…」と続ける。
「一体どの口がそのようなふざけたをことを抜かしているのですか?」
その圧は怒り。それも静かで重苦しい強い怒りであった。
「自分の行った業を理解していないのですか?貴方は仲間を駒のように扱い、あまつさえ自分達の道具として爆破させたのです。そのようなうつけが抜かすような理想の先に『グリッター』の自由があると言われようと一切賛同しかねます」
『軍』をただただ敵対視しているだけのはずのカンナは、恐らく自分より年上であるはずの人物に完全に圧倒されていた。
そして咲夜は、そんなカンナに更に追い討ちをかけるような言葉を掛けた。
「それに、貴方は『レジスタンス』という組織を誤解しているようですね」
※後書きです
ども、琥珀です
私は一人暮らしをしていますが、一人暮らしの方が気が楽だな、と思ってます。
ただ母方は良く私の家に遊びにきては色々なところに連れ回したり、お酒を飲んだりして騒いでから帰ります。
基本的に家にいたい私からするとはた迷惑な話ではあるんですが、不思議と居なくなるととてつもない寂しさに駆られるんですね。
もちろん普段と雰囲気がガラッと変わっているから、というのもあると思うのですが、やはり母といると安心すると言うのが一番のことなのではないかと。
本編の渚も、そんな愛情に飢えていただけなのかもしれませんね…
本日もお読みいただきありがとうございました!
次回は水曜日の朝更新予定ですのでよろしくお願いします!




