第257星:門脇 渚
かつて、根拠地に一人の少女がいた
少女は『グリッター』であったが、戦闘向きの能力ではなかった
しかし、その彼女の力は、時に戦闘よりも役に立つ能力であった
しかしその代償として、少女の心は弱っていき、崩れつつあった
それでも少女は能力を使い続けた
全ては、根拠地にいる仲間を守るために……
「歪さんが…元千葉根拠地所属の人間…!?」
朝陽は驚きと動揺の眼差しで歪の方を見る。
「でも…じゃあ一体なんで……」
『彼女は元々、千葉根拠地で諜報員としての役割を担っていたんだ。《メナス》を始め、《アウトロー》や《レジスタンス》の情報を入手するために、潜伏させたり、彼女の《グリット》を使用してその情報を仕入れていたんだ』
たしかに、歪の『グリット』の効果を聞く限り適任であると朝陽も思った。
しかし、何故その人物が『レジスタンス』に居るのかが全く分からなかった。
『彼女に対して疑問を感じたのは、夜宵くんから報告を受けてからなんだ。歪くんが倒れた時、彼女はある人物が歪くんのことを《渚》と読んでから倒れたと聞いたんだ』
歪が倒れたという情報は朝陽達にも届いていた。
しかし、倒れた理由がそう言った経緯であることまでは知らされていなかった。
『そこでボクは徹底的に彼女を調べることにしたんだ。勿論この結果を知っていたからではなく、少しでも《レジスタンス》の情報を手に入れることが出来たら、という考えでね』
大和は『そして…』、と続けた。
『結果は今言った通りだ。彼女の本名は門脇 渚。千葉根拠地の《グリッター》だったが、数年前から行方不明になっていた人物だ』
改めて歪…否、渚と思われる人物の方を見る。
そこでは、大和の通信を聞いていたであろう歪が、抑えきれない頭痛に苛まれながらも、卑下た笑みを浮かべていた。
「グッ…ハハハッ!!何を言い出すのかと思えば滑稽でありますな!!貴方達はそう言った情報を偽装するのが上手でありますからな!!ここの輩を上手く丸め込むために用意したものでありましょう!!」
歪の交戦的な発言に、朝陽はムッとした表情を浮かべるが、通信機越しの大和はそれを意にも介さなかった。
『まぁ今の君の状況ならそう考えるのも止むなしだ。実際、君は身分を戸籍ごと変えられた上で潜入任務に当たらせられたわけだからね』
「ッ!?また……ッ、根拠もないことを…!!」
最後まで大和の発言を拒絶し続ける歪に、大和は更に言葉を畳み掛ける。
『根拠か…じゃあその君の頭痛はなんで起こっていると思う?頭が割れるような頭痛とは反対に、頭の中がクリーンになっていく感覚があるだろう?』
大和の言うことが図星であったのか、歪は痛みとは別に表情を歪めた。
『より具体な話をしようか。と言ってもそれはボクからじゃなく、沙雪さんからになるけどね』
大和の通信を聞くと、沙雪は居心地が悪そうに頭をガシガシと掻きながら説明を始めた。
「アンタの違和感に最初に気づいたのが私よ。でもそれは本当に小さな違和感だった。それをある種の核心に変えたのが、さっき言った夜宵の報告よ」
両膝をついて地べたに倒れ込む歪に合わせ、沙雪も片膝をついて顔を近づける。
「アンタはね、解離性同一症なのよ。言ってしまえば多重人格ね。それも……」
ここで沙雪は、僅かに次の言葉を発することを躊躇った。
そして悲痛な面持ちで瞼を閉じ、ゆっくりとその内容を口にし出した。
「それも……人為的に性格を植え付けられてる」
フッ…と朝陽が息を吸う音が聞こえた。
当の本人である歪は、驚いてはいたが、同時に何かを感じ取っていたのか、半分は受け入れているような様子であった。
「それが…本当であると言う保証が、どこにあると言うの?」
その口調が既にこれまでの歪のものではなくなっていることに、朝陽は直ぐに気が付いた。
「私の『グリット』は基本外傷しか治せない。けど実際に目の前で貴方が頭を抑え込んでいるのを見て確証したわ。貴方の人格が人意的に作られたものだったね。その治療を施せているんだから、それが何よりもの証拠でしょ」
「ッ…!ハッ…グッ……」
反論しようにも頭が回らない。
それどころか、これまで朧げに頭に浮かんでいた記憶のような何かが、次々と鮮明となり歪の頭の中に襲いかかってきていた。
「ど、どうやらあなた方の言うことは正しいようですね……ですが、私の憎しみを和らげることはなさそうですよ?」
人格の不安定さが表情にも現れ、これまでとは違う顔付きが反面に現れるなか、その半分を隠しながら歪は笑って答えた。
『そうだろうね。最後の潜入作戦決行時には、君は既にかなり不安定な状態だった。他者の情報だけでなく、記憶まで読み取れてしまう君の《グリット》は、過度に使用すると記憶の混濁や人格障害を引き起こすことになる』
「えっ!?そ、それじゃあこれまで見せてきた歪さんの言動は……」
大和の言葉の意味を理解した朝陽が、すっかり弱々しくなってしまった歪の方を見ながら大和に尋ねる。
『本来の五十嵐 歪は《軍》の手によって確保されていた。しかし口を割らなかった彼女は、拷問の末死亡。当時の根拠地指揮官は、その失態を亡くすべく、門脇 渚に彼女からの情報吸収を命じた』
信じられない、信じたくないと言う思いから、朝陽ふ細かに身体を震わせ、そして無意識に首を振っていた。
『しかし、当時の彼女の精神は限界に近かった。五十嵐 歪だけに限らず、様々な人物の情報を《グリット》により半ば強制的に吸収させられていた彼女には不可能な指示だった』
大和は『けれど…』と口調を重くして続ける。
『当時の指揮官は、それを強行させた。そして既に限界を迎えていた彼女はついに別の人格を己の中に生み出してしまった。それが、限界の最後に取り込んだ人物、五十嵐 歪だ』
非人道的過ぎるその行いに、朝陽は目を瞑り鼻頭を両手で抑え、悲痛な面持ちを浮かべる。
隣に立つ沙雪も、精神系にも精通している医師として他人事ではなく、怒りの表情を見せていた。
『…そして彼女はそのまま潜入任務を開始。最初こそ自我を保ち任務にあたっていたものの、《レジスタンス》に長く居座るうちに、やがて自分が門脇 渚なのか、五十嵐 歪なのか分からなくなっていった』
朝陽に歪の『グリット』による副作用がどれほど辛いものかは想像もつかない。
しかし、それほど追い詰められていた状況で、本来の居場所どころか、所縁もない敵地に潜伏させられれ、己を見失うのも当然だと思った。
『当然任務にも影響が出た。定時連絡は不定期になり、命令が通らずまるで本物の《レジスタンス》のように振る舞うようになった彼女を……《軍》は見捨てたんだ』
「見捨てたって……まさか、自分達が殺した五十嵐 歪という人を隠蔽して、渚さんを歪さんに仕立て上げたってことですか!?」
大和は応えはしなかったが、その沈黙こそが答えであった。
どこまでも非人道的的で、人徳に反する振る舞いに、朝陽は失望を隠すことが出来なかった。
加えて、ここにきてカンナが話してくれた過去も、朝陽に重くのしかかってきていた。
『…当時、まだ微かに自我を残していた彼女だったが、《軍》に見捨てられたと悟ったことで、彼女本来の自我が完全に崩壊してしまった。そして、代わりに矢面にたったのが、今の五十嵐 歪くんだ』
歪の過去を全て知り、朝陽はもはや自分でも理解できない、複雑に入り混じった感情に支配されていた。
「そんなの……そんなのってあんまりじゃないですか…ッ!!渚さんは根拠地のために自分を失う恐怖と戦いながらも任務を遂行してきてたのに、都合が悪くなったからって切り捨てるだなんて……」
ボロボロと、溢れ出る涙を抑えられず、朝陽は瞳から垂れるほど溢していた。
その涙を見た時、ほんの僅かに取り戻された渚の表情から、一筋の涙が流れていた。
『《軍》を庇うわけではないけれど、《レジスタンス》はそれに気付き、彼らもまた彼女を利用した。元の自我を失いつつあることに気付いた《レジスタンス》は、遺品から強制的に歪くんの記憶を読み込ませ、洗脳していった。そして、門脇 渚という人物の心は深い深い闇の中へと落ち、かつてと変わりのない五十嵐 歪くんを取り戻したのさ。より便利な力を持った道具としてね』
それは、朝陽の知らない裏事情、そして裏の世界での出来事であった。
知りたくなかった、しかし知らなばならなかった『軍』の裏の側面に、朝陽はただただ絶望するしかなかった。
『だからこそ、ボク達の手で彼女を救わなくてはならない』
そんな彼女の心に光を照らしたのは、やはり大和の言葉であった。
※後書きです
ども、琥珀です
私は戦争を経験したことはありません。
しかし、このお話を書いていて、戦って命を落とすことだけが『過酷』という意味を表しているのではないと自答するようになりました。
戦闘を描くことの多い物語ですが、ふと、自分で考えさせられることがありますよね…
戦争は軽々しく語れることではないので、ここまでで蓋をします。
本日もお読みいただきありがとうございました!
次回は金曜日の朝更新予定ですので宜しくお願いします!




