第249星:霧島 カンナ
「正直に言おうかしら。貴方がここに戻ってきたのは予想外だったわ。あの怪物…『カルネマッサ』だったかしら?アレも予想外だったけど寧ろ好都合の産物だった。上手く部隊を分断してくれたから」
朝陽と対峙するカンナは、臨戦態勢にありながら余裕を見せた表情で朝陽に語りかける。
「戦力を半分に割かせたところで襲撃。勿論入念に準備を進めてね。そしてその計画はうまく行っていた。けど、予想外…いや、これは想定外かしらね?ここの根拠地は個人の強さが光っていた。まさか司令官がいなくともここまで迅速に動けるとは思わなかったわ。これが私の一番の失態ね」
カンナの語りかけに対し、朝陽は無言を貫いていたが、ゆっくりと、普段よりも低いトーンで返した。
「司令官と指揮官が、私達をそういう風に成長させてくれたんです。貴方がそう言うのであれば、それは私達にとって最大の賛辞ですね」
朝陽にしては珍しく、皮肉を混ぜたような答えであった。
そして朝陽はそのまま、更に声色を重くして続けた。
「貴方は計画の内容に対して予想外だって言いましたよね。なら透子ちゃん達が私達を信じてくれたのも、そして、手にかけないといけなかったのも、予想外ですか?」
朝陽の質問に、キョトンとした表情を浮かべたカンナは、やがて質問の意図を理解したように何度か頷いた。
そして、これまで朝陽達に見せてきたような大人な笑みを浮かべながら、優しく答える。
「計画の範囲内よ」
朝陽の目が再び険しくなり、槍は強く握られ、更に抑えきれなくなった『エナジー』による圧で、周囲がビジビシと音を立てる。
「……初めから、透子ちゃんを…いや、二人のことを始末するつもりだったってことですね……」
「えぇそうよ。それが今日になったのはたまたまだけどね」
どこまでも悪びる様子のないカンナの様子に、朝陽は怒りだけでなく嫌悪感を見せた。
「……私、ここまで人のことを嫌いになったの、初めてです」
「あら!初めて気があったわね!私も貴方みたいに純粋で真っ直ぐな子って大っ嫌いよ!!」
表情は柔らかくも、その笑みは狂気と悪意に満ちた笑みであった。
朝陽は僅かにゾッとしながらも、この時カンナを明確に倒すべき敵であると定め、覚悟を決めた。
「貴方だけは、絶対に許しません!」
「貴方の許しを貰う必要なんてないわ!甘ちゃんじゃ生きていけない世界があるってことを分からせてあげる!!」
両者の動き出しは同時であった。
朝陽は槍から光線を放ちながら、前進する。対してカンナはその動きを読んでいたかのように回避しつつ、こちらも同じく前進する。
朝陽にとっても回避されることは、先程の動きから予想済みであった。
目的はあくまで牽制。ほんの僅かでもカンナの姿勢を崩すための攻撃であった。
『メナス』とは違う対人戦において、カンナと自分との経験の差は歴然である。
通常の戦い方では朝陽に勝ち目はないだろう。
それでも、従来なら得意とする近・中距離での戦闘スタイルの方が朝陽にとって有利ではある。
それをしない理由は二つ。
一つはそのスタイルを確立させるための『フリューゲル』が、現在無値を拘束するために使用しているため戦闘に使えないこと。
可能性としては拘束する必要はないかもしれないが、しかし同時に『フリューゲル』によって透子を守ることも可能であるため、引き離すことを躊躇っていた。
そしてもう一つは、仮に使用できる状況であっても今の朝陽に、それを使いこなせるほどの『エナジー』が残されていないこと。
『カルネマッサ』に放った『天照す日輪』により、朝陽の『エナジー』は既に大量に失われている。
戦闘に入るまでの間に僅かに回復したり、技に使用する『エナジー』を周囲の光を利用することで抑えてきたものの、透子や無値との戦闘で補ってきた分も失った。
朝陽に残された『エナジー』は、顕現させている『光輝く聖槍』の維持と、単純な技の使用のみ。
だからこそ、朝陽は近接中心のスタイルに切り替えた。
従来、朝陽が最も得意としているのは近接戦闘である。
『グリッター』として覚醒する前はとにかく訓練する日々であり、その分出来ることも限られていたため、必然的にそのスタイルが身についたのである。
前指揮官、義一が朝陽に近接に特化した『戦闘補具』を渡したのも、そこまで深く考えていた訳ではないが、その為である。
更にここ一ヶ月は咲耶によって鍛えられてきたため、その技術は更に磨きがかかっている。
だからこそ朝陽は近接戦闘という賭けに出た。
付け焼き刃ではない、自分が一番培って来た鍛錬の賜物。
その全てでカンナを迎え撃った。
しかし……
「良い動きね。けれど模範的過ぎるわ」
鋭く切り込んだ朝陽の攻撃は、カンナに悠々とかわされていく。
槍術、体術を組み合わせた攻撃は、全ていなされていった。
「独学だけの動きじゃない。良い師匠が居るみたいね。けれどそっちはまだまだお粗末なでき……ねっ!!」
ここまで連続して仕掛けていた朝陽の攻撃の合間を的確に突き、カンナは朝陽の腹部目掛けて蹴りを繰り出す。
朝陽は辛うじて槍を伸ばすことでこれを回避するが、衝撃を打ち殺せず後ずさってしまう。
「…クッ!」
今のやり取りだけで分かってしまう、圧倒的な経験の差。
更にカンナの『グリット』は、近接戦闘において最もその真価を発揮すると言って良い強化系『グリット』。
朝陽も十分な実力を備えてはいたが、カンナの経験と能力の前には、圧倒的不利であった。
「(まぁそれも、あの厄介な飛翔体が無いからだけどね。アレを操りながら戦われたらちょっと手こずってたかもだけど、今は無値の拘束に使用してて使えないみたいだし)」
自身の有利な状況を改めて把握し、カンナは余裕の笑みを浮かべていた。
しかし、その反面、焦る心を抑えるために、敢えて余裕を装っているところもあった。
「(制圧率90%…もう時間は残されてないわね。もっと遊んでいたいところだけど、これ以上のロスは許されない)」
手元に付けられた機器に表示された数字を見たカンナは、改めて朝陽に目を向け、決着をつけるべく前進した。
これまでとは違う、本気の殺意を感じ取った朝陽は、残った『エナジー』を駆使して光線を放つ。
しかし、人間の限界を超えた反射神経を有するカンナは、距離を縮めながらもこれをかわす。
そして、次の一発を放つ前に目の前まで距離を詰めたカンナは、朝陽の槍を掴み、強引に捻った。
槍を離すまいとした朝陽は、その勢いに押され身体が宙に浮き槍ごと回転してしまう。
「あっ…!!」
「はっ!!」
そして両手を槍に取られていたことで完全に隙を作ってしまった朝陽は、カンナが繰り出した次の攻撃をモロに受けてしまう。
何度も地面に叩きつけられ、最後にはゴロゴロと転がり、朝陽は苦悶の表情を浮かべた。
「ゲホッゲホッ……ウッ…!!」
体の内から込み上げてくるモノを我慢することが出来ず、朝陽はその場で大量に嘔吐する。
しかしそれでも目は死んでおらず、倒れ込んだ姿勢のままでありながら、気丈にカンナを睨みつけていた。
「(強い……それに重い…!手加減してくれてた先生の拳とはまるで違う…)」
初めて感じる圧倒的な実力に、朝陽は内心怯んでいた。
「いまの一手で分かったわ。貴方、本格的な対人戦闘はこれが初めてね」
悠々と距離を詰めてくるカンナは、朝陽を見下ろすようにしながら語りかける。
「それもそうよね。『グリット』の覚醒でさえここ数ヶ月の出来事。ましてや所属は甘ちゃん揃いの根拠地。対人戦闘なんて経験してるわけがないわよね」
自分だけでなく根拠地を貶され、朝陽は怒りの眼差しを向けるが、カンナはそれ以上の圧のこもった眼力で朝陽を睨みつけた。
「私は違うわ。私は貴方よりももっと幼い頃、八歳の頃からこの世界に身を沈めて来たわ。前線でも戦った。裏切りもしてきた。汚い手段を使ってなんどもこの手を染めて来た!!全ては!!『グリッター』が正しくあるために!!」
それは、これまで朝陽達『グリッター』が一般人から向けられて来た差別のような感情とは異なっていた。
憎しみ、恨み、そういった負の感情の中に垣間見える悲しみの心。
ただ敵としてしか見ていなかった朝陽は、この時初めて真っ直ぐカンナをみた。
「確かに…貴方の方が遥かに実戦での経験はされて来たかもしれません。私なんか想像のつかない戦場を見て来たかもしれません。けれど、貴方自身がいうように、他者を貶めるような悪事に手を染めたような人に、私は絶対に負けない!!」
フラつきながらも力強く立ち上がった朝陽を、しかしカンナは堪えきれないと言った様子で大声で笑った。
「アッハッハハハハハ!!えぇそうね貴方の言う通り!!私は正義の味方なんかじゃ無いわ!!けれどね、正義の味方が『軍』人であると言うのなら、私は喜んで悪人になるわ!!」
その狂気地味た笑い声と表情に、朝陽は僅かに恐怖を覚える。
「一体……なんでそこまで『軍』に敵対心を持つんですか!?」
ふと、カンナの笑みがピタリと止まり、代わりにギョロリとした目で朝陽を睨みつけた。
「…殺されたのよ」
「……え?」
「私の両親は、『グリッター』であるが故に、殺されたのよ!!」
※後書きです
ども、琥珀です
某SNSの方では呟いたんですが、治療を続けている身でありながら、更に喘息まで患う状態になってしまいました…
一体私の身体はどこが無事なんでしょうか…笑
本日もお読みいただきありがとうございました!
次回の更新は月曜日の朝を予定していますので宜しくお願いします!




