第244星:反撃の兆し
「………」
根拠地に攻め込まれた際に、非戦闘員が避難する場所として作られたシェルター。
通常兵器はもちろん、『耐熱反射鏡』数百枚にも相当する装甲の硬さと耐久力を備えており、収容人数は根拠地全員が可能となっている。
内部は決して快適とまではいえないが不快に感じるほどでもない。
電力は通っているが、酸素供給のために大部分を割いているため、内部は辛うじて他者を見分けられる程度の明るさしかなかった。
その中で一人、目を凝らさずとも伝わってくるほどの苛立ちを見せている人物がいた。
「〜〜〜ッ!あ〜もうっ!リナさんはいつになったら来ますの!?」
科学班班長の一ヶ瀬 瑞樹である。
幼馴染でありながら、科学的な側面でライバルでもあり、且つ友人関係を超えたような感情をリナに持つ。
そんな瑞樹は、いつまで経っても現れないリナに対して、シェルターの一角で怒りを露わにしていた。
「根拠地非常時において非戦闘員は必ずこのシェルターに避難する決まり。渋々ながらそれを了承したのは、リナさんがそれに賛同されたからだというのに…ッ!」
ガリガリと爪を噛みながらイライラし続けていた瑞樹であったが、ハッ!とした表情を浮かべると、ダラダラと冷や汗を垂らしだす。
「ま、まさかリナさんの身に何かあったのでは!?そう例えば…シェルターに辿り着く前に襲撃に遭ってしまったとか!?」
人というのは一度思考がマイナスに働くと、プラスに持ち直すのは難しい。
瑞樹の思考はどんどんとマイナスに働いていき、全身を震わせていた。
「そ、そうと分かればこうしてはいられませんわ!!リナさん直ぐに私が救援に向かいますわ!!」
突如として立ち上がった瑞樹は、そのままシェルターの出口へまっしぐらに走り出した。
「こ、困ります瑞樹班長!!一度入られた方は、警戒警報が止むまでは開けてはならない取り決めなのです!!」
それを阻んだのは、『グリッター』ではない戦闘員の男性二人。
通常の人間のなかでは屈強そうな身体つきであったが、瑞樹は一切怯まなかった?
「おどきなさい!!私には行かねばならないところが…いえ、私を待っている人がいるのです!!」
勘違いでありながらも強かな強さを持つ瑞樹の言葉に若干怯みながらも、二人の男性は引かなかった。
「お仲間が心配なのは我々も同じです。ですが、もしこのシェルターの外に敵がいたら、この中に避難してきた意味が無くなってしまいます!」
「んなもん!ここまで侵入されてたらそれこそ根拠地が敗北しているも同然では無くて!?」
ぐぅの音も出ない正論で返され、一人の男性は押し黙ってしまう。
「で、ですが、このシェルターは入ることしか出来ません!出るためには外部からの認証が必要で、開けることは出来ないんです!」
もう一人の男性は、止むを得ず、他者の不安を煽らないように黙っていた秘密を瑞樹に暴露し諦めてもらおうとした。
しかし瑞樹は、それを「ハンッ!」と鼻で笑った。
そして男性の後ろにある操作パネルまで歩み寄ると、目にも留まらぬ速さで操作していく。
そしてものの数秒で『ピピピッ!』という音が鳴り響き、シェルターのハッチが開いたのである。
「このシェルターの設計に私が携わっていないとでも?仮に携わってなくても、私なら簡単に開けられるわ」
そう告げた後、瑞樹はキッ!と二人の男性を睨みつけた。
「これで宜しくて?まだ私の進行を妨げる理由がありまして?」
その鬼気迫る表情に完全に怯んだ男性二人は、ブンブンッ!と首を振って瑞樹を送り出した。
「待っていて下さいね、リナさん!!」
シェルターの外に出た瑞樹は、辺りに鳴り響く銃声を物ともせず駆け出した。
●●●
────チュイン!チュイン!
「だわわわわわ!!!!は、はははは班長!!ここまで敵が来ましたよぉ!!」
狭い機関室で作業を進めていたリナと利一の二人であったが、直ぐ近くで銃声が鳴り響き、鉄の部分にあたり跳弾していた。
「…一部だけ取り返したシステムで作動させた三段ハッチも破られたか…多分戦闘員の人が後方から攻撃してくれてるんだろうけど、こっちに攻撃が届いてるところを見ると劣勢…もしくは殆ど人員はいないってところかな…」
かなり危険な状況に晒されながらも、リナは尚も黙々と作業を進めていた。
「な、なんで班長はそんな冷静なんすかぁ!?このままじゃボク達二人とも死んじゃいますよ!!」
泣き言を言いながらも作業を続ける利一に対し、同じく作業を続けるリナは、強い想いを込めて応えた。
「こういう死地を、前線で戦う『彼女』達は何度も戦い潜り抜けてきてるんだよリーチ。私達が戦闘補具や器具のような補助道具を作って渡しても、気休めにしかならない」
タタタッ!という端末の操作を繰り返しながら、リナは話を続ける。
「私達は戦うことは出来ない。でも、気休めであっても彼女達を支えることは出来る。これもその一つ。例え私達のこの成果が大きな変化に繋がらなかったとしても、戦況をひっくり返すことにならなかったとしても、何か一つ、彼女達を支えるきっかけになるかもしれない」
一瞬、リナは作業の手を止め、真っ直ぐに利一の方を見た。
「いま出来ることを精一杯。それが、いつも命を懸けて戦ってくれている彼女達に出来る、私達の恩返しだと私は思う」
利一とリナの目があったのはほんの一瞬。次の瞬間には、リナは再び作業に戻っていた。
再び鳴り響く銃声。しかし何故か利一には先程のような恐怖心を感じなくなっていた。
自分が今やるべきことを感じ取ることが出来たのもあるだろう。
しかしそれ以上に、この戦況下にいながらも自分の果たすべきことに命を賭して使命に当たる目の前の人物への畏敬の念が、利一から恐怖の心を和らげていたのだ。
だから利一も泣き叫ぶのを止めた。
恐怖が無くなったわけでない。
それでも、同じように命の危険に晒されながら使命を果たす人物の隣で、自分もその使命を果たし切ると覚悟を決めたのである。
「あと少しでジャックは全部解除できる!!気合い入れていくよ!!」
「はい!!班長!!」
朝陽達だけでなく、リナ達による裏での攻防も佳境に入ろうとしていた。
●●●
「……司令官!僅かですが機能が戻りました!通信はまだ出来ませんが、皆さんと『レジスタンス』の位置の特定は可能です!」
いつ機能が復旧しても良いように、端末の前で構えていた夕が大和に報告する。
「それは吉報だ。通信が出来ないのは、増援を呼ばれると向こうも困るから、最も強くジャミングをかけているからだろうね」
強く感情にこそ出さなかったが、少しずつ戦況が良い方向に傾きつつあることに、大和も喜びを覚えていた。
「それで、各場所の戦況は?」
「は、はい!『カルネマッサ』の方まではまだ探知が行き届いていないので分かりませんが、根拠地内では夜宵隊長、椿隊長がそれぞれカンナさん、歪さんと交戦中。他のメンバーの皆さんは、『レジスタンス』の戦闘員と交戦中のようです!」
夕の報告を受けながら、大和も盤上のモニターを確認する。
「夜宵くんと椿くんが苦戦するのはともかく、小隊の面々が苦戦するということは…対『グリッター』に特化して訓練させた兵士ってところか。ほんとに…内輪揉めしてる時代じゃないだろうにくだらない…」
呆れ半分、怒り半分といった様子で呟く大和に対し、夕は一つの反応に首を傾げる。
「あ、朝陽さんが根拠地に戻ってきているようです。でも、夜宵さん達と共闘してるわけじゃ無さそうだし、かといって他の人に加勢してるわけでもないみたいだけど…」
モニターには、その場から殆ど動かない朝陽のビーコンが映し出されていた。
大和も朝陽の存在には気付いており、また動きがないことにも気付いていた。
暫く考えても結論は出なかったが、三咲、華、梓月の三人が送り出したのなら、何か理由があり、且つ『カルネマッサ』の方は問題がないと判断したのだろうと考え、一先ず放置する。
「他は…よし、避難は概ね終わっているね。この二つのビーコンは…」
「リナ技術班長と、技術員の方だと思われます!」
「そうか、やはりリナ君がこの状況を打破しようとしてくれてるのか。頭が上がらないな」
大和は苦笑いしつつ、一つの素早くも的確な動きを繰り返している反応に目がいく。
「(これは…寧花先生か。この人がいれば養成所の方は大丈夫だろう)」
更に大和は、やや離れた位置から機関室へ向かっている反応に気がつく。
「(こっちは……誰だ?ビーコンの反応は味方のシグナル…技術員も科学者も既に避難を終えているところを見ると…)」
やがて大和は、リナが機関室で作業に取り掛かっていることを鑑みて、一人の人物に行きあたる。
「(…まぁ彼女に関しては仕方ない。無事であってもらう事を祈る他ないな)」
現状確認できる全てのものに目を通した大和は、同じく盤上を見つめる咲耶に目を向ける。
「現状は押し押されずだ。通信が戻り次第すぐに指示は出すが、現状把握に関しては現場に立つ彼女達の方が掴んでいるだろう。だから咲耶は…」
「現場を把握しつつ、事態の収束に向けて最短最善の動きを取る…ですね」
満点の答えに、大和は満足気に頷く。
「機能が復旧してからの動きは、都度必要に応じて通信は入れるが、基本任せる。頼んだぞ、咲夜」
大和の言葉に、咲夜静かに淡々と、闘志にソッと蓋をしながら頷いた。
千葉根拠地の反撃の時は、すぐそこにまで迫っていた。
※後書きです
ども、琥珀です
前文に特に書くことがなく、さりとて後書きに書くこともなく…
そういえば台風が怖いシーズンになりましたね。
昔は台風といえばテンションが上がったものの、今や頭痛のタネにしかならないですね。
まぁでも、今でも強風とか強い雨にはちょっとだけ胸が躍るんですけどね…笑←
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回は水曜日の朝の更新を予定しておりますのでよろしくお願いします!




