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Eclat Etoile ―星に輝く光の物語―  作者: 琥珀
9章 ー第三勢力侵攻編ー
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第223星:読み取り

 強個体の『メナス』との戦いを終えた日の夜。


 歪は自室のなかで自分が回収した分も含めた計9本のスピッツを取り出す。


 そのうちの一本をジッと眺めながら、歪は小さくため息を溢す。



「カンナ殿の言う通り、小隊長である朝陽殿と椿殿の分を回収できなかったのは痛いでありますな。特に聞いた情報通りならば、朝陽殿は成長著しく、今後の最要注意人物であるとのこと。尚のこと欲しかったでありますな」



 渡されたスピッツを、小隊事に並べ直し、歪はその後も頭を悩ませる。



「そして私達を最初から警戒していた椿殿と言葉殿。まさかカンナ殿の()()からも逃れるとは…この二人の情報も是非とも欲しかったでありますな」



 そのうちの一つを摘み、ジッと興味深そうに眺める。



「ま、それでも一回のチャンスで計9つの人物の()()を回収出来たのは僥倖であります。その内の一人は、今の司令官が着任するまで、この根拠地の中心人物であった夜宵殿。擦り合わせるにはうってつけの人物であります」



 夜宵の血液の入ったスピッツを舐め回すようにして見つめながら、歪は歪んだ笑みを浮かべる。



「ま、メインディッシュは最後に取っておくであります。まずは()()()()()()、でありますな」



 夜宵のスピッツをあっさりと置き、代わりに無造作に置かれていた別のスピッツを手に取ると、蓋を取り中に入っていた血液を()()()()()



「んっぐっ……ハアァ〜……」



 一瞬苦しげな表情を浮かべたのち、歪の瞳が僅かに光る。



「海藤 海音…『グリット』は『乗れない波はねぇ(シックスセンスオーラ)』…直情的な性格で短絡的…が、その戦闘能力は本物のようでありますな。末端とはいえ油断はならないであります。ま、もう()()()()()()()()()()()()()



 空になったスピッツを投げ捨て、一気に三つの容器の血液を口に運ぶ。



「譲羽 梓月、久留 華、曲山 奏……朝陽小隊のメンバー…あぁこりゃ良いであります。知りたかった朝陽殿の情報が少なからず手に入って…」



 名前を口にした後、誰にも聞き取れないほどの小声でブツブツと呟く。


 次々と情報を手に入れていくのに比例し、歪の表情はドンドン険しくなり、そしてその顔色は真っ青に変色していった。


 更には目がゆらゆらと揺れ焦点が合わなくなり、呼吸はドンドン乱れていった。



「はっ……はぁ……チッ……最近どうにも調子が悪いであります……たった三人の情報を読み取っただけでこんなにも身体を酷使するとは……」



 額からは大量の脂汗を垂らし、痛みを堪えるようにして頭部を支えていた腕が震える。


 『グリット』の使用を停止しようにも、一度発動した能力は読み切るまで継続される。


 次々と脳裏に焼き付く情報に、歪は吐き気を覚えていた。


 しかしそれは、膨大な情報を読み取ったことによる負荷だけでなく、瞼の裏に映る奏達の姿をみたことで覚えた嫌悪感によるものでもあった。



「ハッ!!幸せそうな顔をしてるでありますなぁ…見ていて虫唾が走るであります」



 もとの体調の悪さも相まって、歪は苛立ちと嫌悪感を隠せないでいた。



「『差別』されておいて、まー良くもこんなに笑えるもんであります。正気の沙汰ではないでありますな」



 ハッ!と記憶に映る奏達を嘲笑いながら、尚も映り続ける記憶を見続ける。



「ほんっと、幸せそうな面でありますな。コイツらは知らないんでありましょうな。『軍』の上層部がどれだけ腐った存在なのかを」



 感情をそのまま吐き出し続けた歪は、半ば無意識に言葉を溢す。



「その内コイツらも知るんでありましょうよ。コイツらに()()()()()()()()()()……」



 と、そこまで話したところで、歪は自分の発言に「は?」と眉を顰めた。



「自分…いま何と言ったでありますか?裏切られた…?」



 無意識とはいえ、自分が放った言葉に驚き、歪は暫く呆然とする。



「……記憶の読みすぎで少し混濁してきたでありますか…?もう一人くらいは、と思ったでありますが、今日はこの四人くらいに留めておくであります…」



 首を振って頭のモヤを振り払おうとするも、この時の感覚はあまりにも強く歪の頭にまとわりついていた。


 無意識に出たにしては、余りにも強い怒りの感情が込められていたからだ。


 その時、ふと歪はある事に疑問を抱く。



「……そもそも自分は、一体なぜこんなにも『軍』を憎んでいるのでありましょうか」






●●●






 自分の感情と行動に違和感を覚えながらも、歪は本来の任務を放棄することはせず、翌日も記憶の読み取りを行なっていた。



「ハァ…ハァッ…ハァッ…!!」



 その表情は昨日よりも更にひどく、狂気じみたその顔はもはや別人のようであった。



「私市 伊与…早鞆 瑠衣…矢々 優弦…ッ!!」



 名前を口にするだけで息を荒げ、そして苦しむ。



「これくらいが…なんだと言うので…ありますかッ!!()はもっと辛かった!!私はもっと苦しんだ!!こんなことで挫けるような甘い経験はしてきてない!!」



 意識がハッキリしていないのか、歪の口調は最早別人のものであった。


 時折浮かべていた歪んだ表情とは違う、暗く憎悪に満ちた顔で誰もいない壁を睨みつけていた。


 やがて少しずつ自意識を取り戻していったのか、乱暴に顔を何度も振る。



「違う…違うであります!!自分は五十嵐 歪!!『レジスタンス』の一員として、『軍』と人々に粛清を与える者…!!」



 口調こそ取り戻したものの、その表情は未だに別人のように歪んでいた。


 どうにか落ち着きを取り戻そうとするなかで、歪の『情報漏洩(スティール・リーク)』が更に記憶を読み込んでいく。


 そこに映し出されたのは、歪であった。


 喜びと尊敬の心情を交え近寄る光景が、記憶を読み取る歪の心に、心地の良い感状の波となって押し寄せ…



「やめろやめろやめろ!!私にこんなモノを見せるな!!こんな感情を染み込ませるな!!」



 ガリガリと乱暴に髪を掻きむしり、不快な感情を振り払おうと、ベッドに潜り込み身体を悶えさせる。


 落ち着きを取り戻しかけていた表情は再び崩れ、まるで全身に虫が這うような感覚に、その顔を歪ませる。


 やがてグッタリとした様子でベッドに横たわる歪の表情は、目から光が失せ、瞳からは涙が、口からは涎がそれぞれ垂れていた。



「なんなのよ…どうして、彼女達の記憶を読んでいると、こんなにも心が揺さぶられるのでありますか…ッ!!」



 口調は安定せず、映し出される表情は、憎しみなのか困惑なのか、悲しみなのか怒りなのか、最早全く分からない、


 それは歪自身も理解ができず、それが故に苦しんでいた。



「……ッ!!屈するもんですか…ッ!!果たすべき使命はまだ…失っていないであります!!」



 側から見たらどう見ても限界な状態でありながら、それでも尚、歪は行動を止まなかった。


 残り少なくなったスピッツ一つ手に取り、中身を確認する事なく飲み干す。



「ゲホゲホッ!!」



 最早まともに身体が情報を受け付けない状態にありながらも、歪はそれを強引に流し込み『グリット』を発動する。


 常人ならまず間違いなく止めているなかで、自分の使命を果たすべく手を止めずに動かす歪の精神力は相当なものであった。



「ゲホッ…さぁ、これは一体誰の情報で……」



 その時、手にしたスピッツの中にあった夜宵の血液を体内に取り込んだ瞬間、歪の身体にあり得ない事象が起きた。



『ヒトのこころ(いえ)に土足で踏み入るとは不届きものが』



 それは夜宵のものではない、この根拠地に来てから一度も聞いた覚えのない声であった。


 どこまでも冷たく、どこまでも暗い、思わず身体が震え上がる程の圧のこもった声。


 記憶を読み取るだけのはずの歪の『グリット』が認識した声に、元々弱っていた歪の身体が持ち堪えられる筈もなく、歪は身体をビクンッと跳ねさせたあと、フッ…と意識を手放し、そのまま倒れ込んだ。



『二度目はないぞ、小娘』



 意識を失った筈の歪の深層意識に、刷り込まれていった。






●●●






「ハッ!?」



 翌朝、倒れ込んだ布団の上で目を覚ました歪は、大きく呼吸を乱しながら起き上がり、そして身体を一度大きく震わせた。



「なん……だったんでありますか、アレは…」



 声はヒトのものであったものの、ヒトと形容することは出来ないほどの漆黒の影のような圧。


 歪程の猛者さえも震え上がらせるほどのそのプレッシャーに、歪自身が最も恐れを抱いていた。



「あんな化け物を身に潜ませているなんて……夜宵殿……貴方は一体……」



 それまでの苦しみや憎しみといった感情さえも抑え込まれ、歪はただただ震える身体を抱きしめることしかできなかった。

※後書きはお休みです





本日もお読みいただきありがとうございました!

土日の更新はお休みとなり、次回は月曜日の朝に更新されますので宜しくお願いします。

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