第208星:混濁
斑鳩夜宵(22)三等星
千葉根拠地に所属する女性。実力もさながら面倒見の良い性格で仲間からの信頼は厚いが、妹の朝陽には弱い。自身の『グリット』の強大さに悩みを抱えている。現在は夜宵小隊の小隊長を務める。その身には謎の人物の心が潜んでいるようだが…?
【夜宵小隊】
私市 伊与 (19)
年齢関係なく他者を慕う後輩系『グリッター』。近接戦闘を得意とする。自身の肉体の動きを加減速する『グリット』を持つ。
早鞆 瑠衣 (18)
十代には見えない落ち着きを持つ、お嬢様系『グリッター』。支援を得意とする。人体・物体を強化する『グリット』を持つ。
矢々 優弦 (16) 四等星
幼少期を山で過ごし、『グリット』無しでも強い戦闘力を発揮する。自然の声を聞くことができる。自然の声を聞き取る『グリット』を持つ。
五十嵐 歪(25)
礼儀正しく誠実で、やや堅苦しい口調ながら気さくな女性。臨時として夜宵小隊に配属される。
歪達が配属されてから更に一週間が経過した。
「おりゃさーーーッ!!」
『ア゛ア゛!?』
歪の『輝線銃』から放たれた光弾を、『メナス』はギリギリのところで回避する。
「夜宵殿!誘導完了であります!」
「ありがとう…ございますッ!!」
その視覚から迫っていた夜宵は闇を操り、最後の断末魔さえ上げる間も無く『メナス』を飲み込んでいった。
「ふぃー!今のが最後の一体でありますな。皆様お疲れ様であります!」
汗を拭う仕草を見せながら、歪が夜宵小隊の一同を労う。
その歪を中心にするようにして、小隊の面々が集っていく。
「お疲れ様です、歪さん!」
「今日もナイス連携だったっす!」
ここ数日で歪の動きの理解も進み、また歪も小隊の連携力が高まり、良い戦績を残していた。
その甲斐あってか、持ち前の明るさと相まって瑠衣と伊与の二人はすっかり歪との仲を深めていた。
「歪さんの腕前は素晴らしいですわね。敵を生かさず殺さず……そして的確に誘導することのセンス…やはりそちらはGSで培われたものなのですか?」
羨望の眼差しで瑠衣が見つめると、歪は分かりやすく照れながらも、質問には真面目に答えた。
「GSでは『メナス』と遭遇することがあっても、直接対峙することは避けるのであります」
「え?どうしてっすか?」
これに伊与が加わる形でさらに問い詰める。
「GSの目的は『メナス』の撃退ではなく、依頼者の警護が仕事であります。よって、『メナス』を必ずしも倒す必要はなく、最優先は依頼者の身を守ることにあるのでありますな」
歪は「更にいえば…」と続ける。
「戦力的に恵まれている『軍』とは違い、GSには最大で10名しか配置できないのであります。故に、『メナス』との戦闘に特化してしまえば、不利なのは我々なのであります。ですんで、我々は出来うる限り『メナス』を退ける手を選ぶのであります」
歪の説明に、瑠衣、伊与の二人は感心したような声を上げる。
「でも、それにしても射撃の腕凄かったっす!あんなに綺麗に誘導できたのは初めて見たっすよ!」
「ははは、照れるでありますな。腕前を褒めていただけるのは恐縮でありますが、アレは逃げるための技術として用いてきたため、『軍』に入った今、それだけではダメなのでありますよ」
歪はなおも謙遜するが、二人からの賛辞は止まらなかった。
「とんでも御座いません!私、普段は後方支援を担当しておりますので、ぜひその技術を学ばせていただきたいです!」
「ふむ。確かにこの小隊編成を取り入れている根拠地では、有効な手段であるかもしれないでありますな。宜しい!ご教授して差し上げるであります!」
わぁっ!と喜ぶ瑠衣に対抗し、伊与もまるで子供のようにせがみだす。
「い、伊与にも教えて欲しいっす!伊与も皆の力になりたいっす!」
「ははは、勿論であります。伊与殿は接近して戦うタイプでありますから、『メナス』との立ち回りについてご教授させていただくでありますよ」
伊与もパァッと目を輝かせ、童心を隠さずに喜んでいた。
その光景を、たったいま『メナス』を仕留めた夜宵と、歪と同じく夜宵をサポートしていた優弦が、遠巻きに眺めていた。
「……大人気…だね…」
優弦は口元に掛けていた布を外し、ポソッと溢した一言を、夜宵は聞き逃さなかった。
「ふふっ、自分の役割を取られてヤキモチ妬いてる?」
からかうような夜宵の言葉に、しかし優弦は小さく笑みを浮かべ、首を横に振った。
「うう…ん。寧ろ嬉しい…かな?」
「嬉しい?どうして?」
優弦は視線を夜宵へと向け、答える。
「元々その役割……が出来るのはボクだけ…じゃないし、歪さんと力…を合わせれば、もっと……力に慣れるかもしれない……でしょ?」
優弦は再び視線を歪達に向け直し、続けた。
「それ…に、もしボクがやられて…も、それを補える…人がいる。それが分かってるだけ…で、ボクは気兼ねなく…戦える、から」
夜宵は優弦の発言にやれやれといった顔を浮かべ、その後頭を優しく撫でた。
「馬鹿なこと言わないの。やられた時のことよりも、やられないことを考えなさい。その方が戦力的にも助かるし、何より…」
夜宵は優弦の頬を掴み、グイッと自分の方へ向けさせる。
「貴方が怪我することで悲しむ人が大勢いる。それは前回の戦いで学んだでしょ?だからやられても良い、だなんて微塵も考えちゃダメよ」
真っ直ぐ見つめられながら告げられた言葉に、優弦は暫く呆然とした後、小さく笑みを浮かべ頷いた。
「…うん、そうだね…そう…でした」
優弦の答えに満足した夜宵は、今度は肩に手を置き続ける。
「負けて、勝てなくて悔しかったのなら、強くなるしかないわ。もう、負けないように。そして、みんなを守れるように。優弦も、私も、ね」
夜宵の言葉に、優弦はもう一度強く頷いた。
「さて皆!本部への連絡を済ませたら、私達はそのまま次の任務に移るわよ!」
「お!激務でありますな!次の任務はなんでありますか!?」
激務と言いながら、歪はまだまだ元気はつらつな様子であった。
しかし、夜宵の表情はどこか困ったような様子の苦笑いを浮かべていた。
「残念ながら、次はあまり楽しめないかもね。市街地の巡回よ」
●●●
夜宵の言う通り、近隣の市街地の巡回は、気分の良いものではなかった。
「また来たぞ、『軍』のやつら…」
「こんなところをのうのうと散歩しやがって…」
「ほんと…良いご身分だわ…」
コソコソと聞こえてくる陰口は、残念ながら五感も強化されている夜宵達にはハッキリと聞こえていた。
『また…』というのは、恐らく先日巡回を担当した椿小隊のことを指しているのだろう。
「(椿達も帰ってきた時は珍しくくたびれた様子だったものね…今はまたあたりが強くなってきているみたいだし…)」
前回の戦闘、【オリジン】の生存については民衆に知らされていない。
始まりの『メナス』である【オリジン】の存在は、100年経った今も、根強く恐怖の存在として残っていたからだ。
しかし、その情報を公開しないという行動は、民衆に小さくない悪影響を及ぼしていた。
前回の戦闘の余波は、近海に住む人々、及び町にまで及んでおり、僅かながら私生活への影響を与えていた。
それでなくとも、最強と最恐のぶつかり合い。その衝突音は人々に不安と恐怖を植え付けて行っていた。
その為か、人々は再び『グリッター』に対する差別意識を高めていた。
「あぁ怖い…いつ彼女達の牙がこっちに向くか…」
「大丈夫だろ。軍のお偉いさん達がしっかりと管理してくれてるさ」
「でも今は誰も見てないでしょ…?」
酷い中傷だ、と夜宵は思いながらも、それに口にすることは無かった。
口にすれば、陰口では収まらなくなるだろう。
夜宵自身はともかく、まだ比較的幼い伊与、瑠衣の二人にそこまで残酷な現実を見せるのは忍びない。
だからこそ、夜宵はグッと堪えていたが…
「あれ…あの子、五十嵐ちゃんじゃないか?」
その時、一人の男性がポツリと歪の名前を呟く。
「あれ…確かに五十嵐さんに似ている…」
それに続くようにして一人、また一人と名前を呟いていく。
まさか、何故?人違いか?
夜宵がそう考えるのと同時に、歪は何の気無しにその声の主達に反応した。
「おや!以前この近辺での旅行の際に警護させていただいたお兄さんではありませんか!そちらは空港までの警護でご利用いただいたお姉さん!はたまたそちらは避難警報誘導時にご案内させていただいまお婆さま!お元気そうでなによりであります!」
と、顔馴染みであることを隠そうともせず、歪は声を上げた一同に返事を返していた。
「やっぱり五十嵐ちゃんか!」
「貴方もお元気そうで良かったわぁ」
「君も『軍』に入ったのかい…?」
今までの険悪な雰囲気から一転。
周囲の人々は歪に対して好意的な反応を示していた。
夜宵達が唖然として見届けるなか、歪は一行を置き去りにしてしまっていることに気が付き、説明を始める。
「や、申し訳ないであります。実は以前この辺りのGSとして偶然派遣されていたことがありまして、その時の顔馴染みの皆様がいらっしゃったのでありますよ」
人々に囲まれながら、歪はどうにか夜宵達に説明をする。
確かにGSは一般人と契約をして警護なりをするため、接する機会は確かに多い。
それを考えれば、納得のいく理由ではあった。
「大丈夫かい?『軍』の人にいびられたりはしてないかい?」
「やだなぁお婆さま!私も今や『軍』の一員!いびられる側ではなくいびる側でありますよ!」
冗談にしてはやや過激なようにも思えるが、周りの人達は歪の性格に釣られ思わず笑い声を上げる。
「でもなんだなぁ、五十嵐ちゃんが『軍』に入ったのはちょっと複雑だなぁ…」
「まぁまぁ、そう言わないで欲しいであります。『軍』も人手が足りない状況。入団したからには、自分も精一杯働くであります故、どうか応援、ご助力の程お願いするであります!」
歪がそう言うと、歪を知る人も、そして知らない人でさえも、それに呼応するように周囲の人々が歓声を上げた。
その光景を、夜宵達はただただ信じられないといった様子で眺めていた。
「ところで、トメお婆さまはお元気ですか!?確かこの辺りにお住まいであった筈でありますが…」
その瞬間、先程まであれほど湧いていた声がピタリと沈黙し、そして困惑のざわめきへと変わっていった。
歪の問いに答えたのは、先程の高齢の女性であった。
「トメさんは、10年前に亡くなってるわよ…?どうして貴方がトメさんのことを…?」
「え……?」
高齢の女性がそう答えると、歪は突如動きが止まる。
「それ……は……お、おや、な、なんででありましょうな……そ、そう、自分は、10年前はここにはいない筈で……」
先程まで浮かべていた笑顔は引き攣り、顔色は一気に悪くなり、額からは大量の汗が吹き出していた。
「ちょ、ちょっと歪さん、大丈夫で……」
明らかに様子が変になり、夜宵が思わず声を掛けようとした時であった。
一人の中年の女性が歪に近寄り、ジッと凝視しながら話しかける。
「貴方……もしかして渚ちゃん?」
その言葉を聞いた直後、歪は大きく目を見開き…
「なぎ……さ?」
誰とも知らぬ人物の名前を呟いた瞬間、
「うっ……ぎぃ!!」
突如頭を押さえ込み、その場でうずくまってしまう。
「歪さん!」
流石にこれ以上放っておくことは出来ず、夜宵は人混みを掻き分け、歪に近寄る。
「歪さん!大丈夫ですか!?」
「歪…!そ、そう…自分は歪でありま……ッ!あぁッ!」
歪の表情は痛みで歪んでおり、これ以上の任務は不可能な様子であった。
「三人とも、私は歪さんを連れて先に根拠地に戻るわ!ある程度の巡回を終えたら貴方達も帰ってきなさい!」
「「「は、はいッ!!」」」
夜宵は三人に指示を出すと、直ぐにバトル・マシナリーを取り出し足に装着していく。
「すいません離れてください!飛翔します、離れてください!」
普段は『グリッター』の言葉は聞き届けない彼らも、この時ばかりは素直に応じ、夜宵の側から離れていった。
間も無くして、夜宵はジェットパックにより飛翔。根拠地の方へと戻っていった。
この日、一抹の不安を残しながら、夜宵達の任務は終わったのであった。
※後書きです
ども、琥珀です
二日続けて後書きをサボってしまってすいません…
どうにも調子が悪く、後書きを書く余裕が持てませんでした…
まぁこんな負の状況の後書き書いてても仕方ないので、早めに切り上げます…
来週はなんとか良い後書きを書けますように…
本日もお読みいただきありがとうございました!
明日、明後日の土日は更新お休みとなり、次回は月曜の朝7時に更新されますので宜しくお願いします!




