第207星:夜中の密話
【新加入メンバー】
五十嵐 歪(25)
礼儀正しく誠実で、やや堅苦しい口調ながら気さくな女性。
霧島 カンナ(28)
ミステリアスな雰囲気を醸し出す女性。落ち着いた振る舞いで同じメンバーをフォローする包容力を持つ。
無値(14)
無感情・無機質な反応の少女。歪、カンナの命令に忠実に従う。
日浦 透子(16)
常に何かに怯えているような様子の少女。歪、カンナに従う。
朝陽達が訓練に打ち込んでいる時と同刻。
歪達は四人はそれぞれ用意された室内で過ごしていた。
一見すれば各々がリラックスした状態で過ごしているように見える。
しかし、その実は…
『やぁやぁ諸君!今宵も任務のほどお疲れ様でありました!』
室内に声は一切響き渡っていない。にも関わらず、各居室にいる面々には、ハッキリと歪の声が届いていた。
『はぁいお疲れ様。みんな今日も無事かしら?』
『問題ありません。全て良好です』
『は、ははははぃ…大丈夫です…』
全員が別室にいる状況で、四人はしっかりと会話を行なっていた。
否、会話と言うのは正しくない。正確には、四人は通信によって話をしていたのだ。
『ふぅむ、この最新技術を使用した通信機は凄いでありますな!まさか言葉を発する時の喉の筋肉の動きを読み取って声に変換するとは…』
歪達は科学者ではないため、詳細な技術については理解していない。
しかし、こういった潜入先ではこの技術は非常に重宝されていた。
『いくら気をつけていても、ふとした会話がきっかけで素性がバレる可能性があるものね。特にここにはそう言ったことを見抜くのが上手い人が多いみたいだし』
カンナは部屋でお茶を嗜みながら返事を返す。
『で、ありますな。なかなか過酷な任務になりそうであります』
歪はそのまま『さて…』と続ける。
『各自ここまでの経過の報告を。《悪厄災》と三度も対峙し、そして戦い抜いた根拠地であります。とにかくその情報を抜き出し、《軍》に圧をかけたいでありますからな』
声の筋肉の動きから声を読み解く技術は本物のようで、歪の声色が文字通り歪んだものに変わっていく。
『残念ながら私の方はさっぱりね。何というか、少し警戒されている感じがして、あまり踏み込めないのよ』
カンナの解答に、歪は『ふむ…』と考え込む。
『それはまた妙な話でありますな。我々がここへきてまた一週間足らず。我々がとった行動といえば、彼女達と動きを共にしたくらい…それだけで怪しまれるはずが無いでありますが…』
『私も流石に正体がバレたまでとは思えないわ。ただ何かを感じ取ってるみたいなのよね。だから今後も作戦は続けていくけど、私の方はあまり期待しない方が良いわ』
『成る程、確かに下手に踏み込むのは危険でありますな。一番有力であったカンナ殿のお力添えが無くなるのは痛いでありますが、一先ず了解であります』
次いで歪は、無値・透子の両者に話し掛ける。
『お二人の方はいかがでありますか?情報通りなら、ある意味一番情報を引き出しやすいお方だと思うでありますが?』
『ヒッ…あぁあの…えと…その…』
歪達に対してもしっかりと話せないのか、透子は言葉に詰まり会話が進まない。
『透子殿……いい加減会話くらいは出来てもらわないと困るのでありますが…』
『ウフフ……仕方ないわ。この子はまだ躾が終わってないもの。残りは帰ってから…ね?』
声にこそ出なかったが、喉の動きを読み取る通信機越しに、透子の息を飲む音が聞こえてきた。
しかし、歪・カンナの両名はこれを意にも介さず話を続けていく。
『では無値殿は如何がでしたかな?何か成果は?』
『…実は一つ予想外のことがおきました』
『あら、何かしら?』
無値はいつものように機械的な声で答える。
『実は現在、私と透子様は同じ小隊に配属されています。ですが、そこから更にメンバーを二手に分け任務に当たっている状況です』
無値の話に、二人は驚いた様子を見せる。
『…それはまた、随分と奇怪な行動に出たでありますな。ただでさえ小隊編成自体が珍しいというのに、まさかそれを更に二つに分けるとは…』
歪は一周回って感心してしまったような声色で呟く。
『ここは本当に思い切った行動をすることが多いわね。普通なら《軍》の上層部に目をつけられてもおかしくない筈なのだけど…』
『ふぅむ、確かに気になる点ではありますな。無値殿、その行動はやはりこの根拠地の司令官の意向でありますか?』
歪に尋ねられると、無値は間を開けずに答える。
『いいえ。任務直前までは通常通り小隊で動く流れでした。それが行動直前になって二手に分かれることになったため、恐らく小隊の独断かと思われます』
『ふむ……となるとますます《軍》組織らしからぬ動きでありますな。普通規則、もしくは命令に沿ぐわない行動を取れば罰せられてもおかしくない話でありますが』
悩む歪に対し、カンナが代わりに答える。
『別にそこは驚かなくても良いんじゃないかしら?元々ここの司令官は小隊編成を取り入れるくらい奇抜で変わった人物だというデータがあったから。放任主義とは違うでしょうけど、ある程度メンバーの自主性を重んじてるんじゃないかしら?』
『……《グリッター》を管理する《軍》の人間が…ねぇ…』
歪の声が暗く重いものへと変質し、その憎悪に満ちた声に思わず透子が息を飲む。
『まぁまぁ《軍》の最高司令官がアレだから、そう言った類の司令官・指揮官も増えてるんじゃないかしらね』
カンナのフォローにより、歪は『フンッ』と不機嫌そうにしながらも、一応はその声色を抑えた。
『しかし、そうなると益々あの司令官殿は気になるでありますな。発想が従来の《軍》のものと違うのはさておき、あそこまで自由にやればそれなりに目はつけられるはず…それを意に介さない人物なのかもしれないでありますが、それにしても自由にやらせ過ぎではありませんか?』
歪の疑問に対し、カンナも改めて疑問に感じるようになったのか、暫く考え込む。
『言われてみれば確かにそうね。私がこの根拠地に着いてからの違和感もそこから来るものだったのかしら?』
『ほう、違和感とは?』
『ここの子たち、とても明るかったでしょう?《グリッター》が差別されているこのご時世で、あんなに明るく愛想が良いのって、ちょっと異常でしょう?』
今度は歪の方が成る程といった様子で頷く。
『ふむ、つまりこの根拠地で一番手にすべき情報は、司令官殿、ということになるでありますか』
『それも手の一つ、ということよ。私達の事前の諜報班でも調べられなかった程の人物。簡単に腹を見せてくれるとは思えないわ』
歪達には強い後ろ盾がある。
その組織の命に沿ってこの根拠地に潜入を果たしていたが、その諜報活動を駆使しても大和の素性を暴けずにいた。
そのため、予め大和に対しては注意が必要だと言われていたが、歪達はその意味を理解しつつあった。
『ふむ…確かに。我々の任務はあくまでこの根拠地の戦力視察、及び弱体化。余計な行動は慎むべき…ではありますが…』
歪の姿は見えない。しかしカンナにはハッキリと歪の下卑た笑い顔が思い浮かんだ。
『クヒッ!その司令官殿を真っ先に縛り上げちまえば弱体化は間違いないんじゃないでありますかぁ〜?』
先程の憎悪の籠った声とはまた違う。
全てを小馬鹿にしたような、人の心を逆撫でし不快にさせるような声色であった。
『こらこら、そんな表情をここの子たちに見せたらダメよ?一気に台無しになっちゃうから』
『…おっと失敬失敬。どうにも気分が高まるといかんでありますな』
歪は自室で顔をモミモミと揉み、もとの表情を作っていく。
『とにかく、現状特に情報は得られていない、ということね。期間は定められてないとはいえ、あんまりのんびりしていると、バレてしまう可能性があるわ。慎重かつ迅速に。もう少しここの内情に踏み込んでいきましょう』
カンナが話をまとめ上げていったのち、一人ずつに指示を出し始める。
『歪はそのままメンバーと打ち解けて行きなさい。何人かは口を滑らしそうな子もいるし、例え口は割らなくとも信頼されていけば隙も生まれるわ』
『了解であります』
『無値、貴方はもう少し距離を縮めて良いわ。今のままだと怪しまれて警戒される。そうなったら貴方は役に立たなくなるわ』
『……了解しました。ご命令通りに』
『それから透子ちゃん』
『は、はい……』
怯えた様子の透子に対し、カンナは努めて優しい声色で語りかける。
『あまり私を怒らせないでね?』
その瞬間、透子は息を呑み、全身から大量の汗が吹き出す。
まともに呼吸すら出来なくなり、通信機越しにせわしなく荒ぶった息の音が聞こえてくる。
『あらあら、ウフフ。少し強く言い過ぎちゃったかしら?大丈夫よ透子ちゃん。別に何もしないわ。今はまだ、ね』
更に震える身体をどうにか抑え、その場にいないにも関わらず、透子はブンブンッと顔を縦に振った。
『さて、本日はこの辺りにしておくでありますか。声はともかく挙動を見られている可能性もあるであります。あまり長時間の通信は危険でありましょう』
『そうね。透子ちゃんも限界のようだし』
ウフフ、と笑うカンナの声は、やはりどこか圧が込められていた。
『それでは皆様、今宵はこれにて』
『『『レジスタンスに、栄光あれ』』』
※体調不良のため、本日も後書きはお休みです




