ーSaga 17ー
早乙女 咲夜
『メナス』の襲撃により地下の施設へと逃げ延びた16歳の少女。英才教育により歳不相応の知識と身体能力を兼ね備える才色兼備。人類初の超能力に覚醒した。
早乙女 白夜
咲夜の妹。姉とは違い英才教育を受けていないため、年相応の振る舞いを見せる。
泉 奈緒
咲夜に次いで能力に覚醒した防衛隊の女性。明るく天然気質だが、他者のことをよく見ている。咲夜の友達。【オリジン】との戦いに敗れ、命を落とした。
柳瀬 舞
髪をポニーテール状に束ね、実直真面目な女性。足りない才能は努力で補う、諦めない才能の持ち主。現在は重症を負い集中治療室で治療を受ける。
天音 夏希
ショートヘアで小柄・ボーイッシュな見た目通り、強気でポジティブな女性。天性のアクロバティックムーブの才能を持つ。
江南 唯
メガネをかけたミドルツインテールで、知識豊富な女性。場面に応じた判断力に優れる。戦う理由を見出し、咲夜達と共に戦う覚悟を決める。
伊吹 加菜
髪をポニーテールにまとめ、常にクールで凛とした女性。咲夜達幹部が分隊してから、サブリーダーとして咲夜に付き従っていた。
「つまり、【オリジン】を仕留めることは今回も叶わず、あげく天音2等星、江南2等星も戦闘の最中に見失い逃してしまった…と」
戦闘後間も無くして、私と伊吹さんは『軍』上層部へと呼び出されました。
「…はい、残念ながら」
言い訳も弁明もしませんでした。
【オリジン】を仕留められなかったのは事実ですし、二人を逃したことに至っては、私の故意によるものであったからです。
「なんと言う事だ……これでは戦力の低下は免れんぞ」
「それだけではない。これが知れ渡れば、更に抜け出すものが現れかねない」
「それはいかん。なんとしてもこれ以上の低下は避けなければ!」
「(そうなれば、自分達を守ってくれる人が居なくなるから、ですよね)」
どこまでも保身ばかりを考える元政治家の方々、元『軍』上層部の彼らの姿も、最早見慣れてきました。
「どう責任を取るつもりかな早乙女君。これは間違いなくリーダーであり唯一の一等星である君の失態だぞ」
「そうだ!君が彼女達をキチンと掌握していればこんな事態には陥らなかった!」
「……仰る通りです。全ては私に責任があります」
後ろで控えている伊吹さんが何かを言いたげでしたが、私はそれを手で制します。
「彼女達の内心を理解することができず、踏みとどまらせることが出来なかったのは私の責任です。どのような処罰もお受けいたします」
彼らの言葉を間に受けたわけではありません。
ただ事実として受け入れただけです。
私は彼女達の不満を解消することが出来なかった。
彼女達の行動を、踏みとどまらせることが出来ず、それどころか背中を押した。
理解しようと努力をしても、結局私は、何一つ彼女達を理解することは出来なかったのです。
「(…奈緒に指摘されたあの日から……私は何も変わっていない……変わることは…出来ないのかもしれませんね)」
全てを受け入れるという私の言葉を聞いて、一瞬言葉に詰まった上層部の面々でしたが、すぐにいつもの調子を取り戻し、私を責め立てました。
ただ一人、彼を除いて。
「まぁまぁ皆さん落ち着いてください」
満影 天星。
彼はこの状況にも動じた様子は一切見せず、小さな笑みを浮かべて彼らを制しました。
「確かに二人の2等星と数百名の『グリッター』の離脱は痛い。それを抑えられなかったのは彼女の過失でしょう」
チラッとこちらを見る瞳は、私の内心を見透かしたかのような不気味な眼差しでした。
まるで、私が故意に逃したことを知っているかのような…
「ですが、その時彼女はあの【オリジン】と戦闘中でした。そして彼女の仲間達は、この市街地を襲っていた『メナス』と交戦していた。その上逃亡した面々を捕まえろ、というのは、オーバーフローだとは思いませんか?」
「だ、だが、それをこなすのが彼女達の……」
珍しく歯向かう男性を、満影さんは一瞬睨みつけました。
男性はあからさまに顔色を悪くし、動揺した様子を見せ出しました。
満影さんはすぐに表情を改め、元の薄気味悪い笑みを浮かべます。
「確かに戦力の低下は痛いですね。それでは、彼女達に【オリジン】や『メナス』を放置させて、天音2等星及び江南2等星の捕縛を優先させるべきでしたか?」
「い、いやそれは……」
「そんな指示はあなた方には出来ないでしょうね。何故ならそうなれば自分達の身が危ないから」
満影さんは机に手を置き、手のひらに顔を乗せると、笑みを浮かべたまま鋭い目つきで他の上層部の面々を睨みつけました。
「もっと頭を使った発言をしろ、バカどもが」
その声色は、直接向けられていない私達でさえ思わずゾッとするような、冷たく暗いものでした。
これまで取り繕ってきたもの全てが吹き飛ぶような、それでいてやはり、と思わせるような発言でした。
あれほど騒がしかった上層部の発言は一切無くなり、ただ沈黙するだけとなってしまいました。
やがて、満影 天星からの圧は収められ、いつものような余裕ある振る舞いへと戻っていきました。
「まぁそう言うわけだよ二人とも。君達に責任がないとまでは言えないが、割り振りをし過ぎた。許してくれたまえ」
「……いえ」
一見すれば満影さんが私達を庇って下さったように見えます。
実際、そうなのでしょう。
ですが……私の中での印象は、圧を放った姿こそが彼の本当の姿だと思うのです。
政治家であった時から彼らを手懐け手中に収め、今では『軍』の上層部という立ち位置に付き、実質的に全てを支配する立場に立っている。
正直、不信感しか湧きません。
「(……ここに至るまでの手際が良いのも気になります。まるで、『メナス』が出現することさえも予測していたかのような)」
私の視線に気が付いた満影さんもこちらに視線を向けてきます。
ですが、その視線から彼の真意を読み取ることはできませんでした。
●●●
結局、私達への処分は厳重注意のみに留まりました。
出撃停止等の処分もあり得ましたが、ただでさえ指揮を取る筈の最重要人物が二人も去った中で、私達二人まで不在とするのはリスクが高すぎると判断されたようです。
「まるで恩を売ったかのような物言い……私達が感謝をするとでも思っているのでしょうか!」
後ろでは、上層部に腹を立てて愚痴をこぼす伊吹さんが付いてきます。
「…実際、彼らは恩を売ったつもりなのでしょう。そうすれば、より私達を支配出来ると見込んで」
「どこに恩を感じろと言うのでしょうか!自分達の過失による責任を、全て咲夜さんに押し付けただけじゃないですか!!」
「今に始まったことではありません。今さら腹を立てる必要もないでしょう」
淡々と答える私に、伊吹さんは尚もやるせない表情ですが、その後は愚痴を口にすることはありませんでした。
そして、本部のなかから外に出ると、そこには大勢の『グリッター』の面々が集まっていました。
「貴方達……何故ここへ?」
彼女達は私達の姿を見るや否や、不安気な面持ちで私達に詰め寄りました。
「り、リーダー、さっき話に聞いて……」
「天音さんと江南さんが抜けたって…ホントですか?」
どうやらここにいる方々は、二人からその計画を聞かされていない面々のようでした。
その上で抜け出したなどと言う情報を聞けば、不安にもなります。
「(……それにしては情報の出回りが早すぎるように思えますがね)」
私は姿は見えずとも見ているであろうと直感し、本部の建物の上階を睨みつけました。
「リーダー…?」
質問に答えずに他所を向いている私に、再びメンバー達が声をかけてきました。
「……隠していても直ぐに分かることですね。いま仰られた通り、江南 唯及び天音 夏希の両名は『軍』を抜けました」
私の発言に、一斉に周囲がざわつき出しました。
「そ、そんな……」
「まさか、ホントだったなんて……」
「私達は一体どうすれば……」
動揺、不安、絶望……様々な負の感情が、周囲を埋め尽くしていくのが分かりました。
「心配は入りません」
その空気がピークに達した時、私は全員の意識がこちらに向くように声を張り上げました。
「江南さんと天音さんは確かにもう居ません。柳瀬さんは復帰の目処が立たず、残された幹部は二人となってしまいました」
現状を整理する意味で発した言葉に、再び暗い雰囲気が漂い始めましたが、私は「ですが……」と続け、すぐに払拭に取り掛かりました。
「私がいます」
ピタリ、と周囲のざわつきが収まりました。
「私は、初めに『グリッター』として目覚め戦い続けてきました。天音さん、江南さん、柳瀬さんを幹部と言われるまで鍛えてきたのも私です」
そして、先程までまばらであった視線が、私に集まっていくのを感じていました。
「【オリジン】と戦えるのも、天音さんでも、江南さんでも無くこの私です。一体何を恐れることがあるでしょうか」
すると、再び周囲がざわつき出しました。
但し、負のオーラではなく、希望的な明るいムードが包み込んでいったのです。
「そ、そうだよね」
「最初から咲夜さんが全て指揮を取ってたんだし…」
「リーダーさえいれば、大丈夫だよね?」
ペテン師としての才能も秘めていた私は、いまこの場でもそれを遺憾無く発揮していきました。
江南さんと天音さんはどの人材を失って、痛くないはずがありません。
ですが、彼女達にまでそう思わせては、今後の士気に関わってきます。
そうならないよう、私に全ての責任を押し付けさせることで、解決を図ったのです。
自惚れる訳ではありませんが、私はこれまで誰にも負けないほどの戦果と結果を残してきました。
その事実を利用し私に向けさせれば、彼女達からプレッシャーを取り除けると思ったのです。
結果は、予想通りでした。
私というスケープゴートを利用することで、彼女達は、不安や絶望といったプレッシャーから解放されていきました。
「(これで良い…彼女達が不必要なプレッシャーを負って死ぬ確率が上がってしまうのなら、私がそれを背負えば良い。事実、これは私の責任なのですから)」
数百にも及ぶ責任とプレッシャーを背負い、私は再び戦場へと足を運ぶのでした。
●●●
「ねぇ、お姉ちゃん……」
「はい、どうしましたか白夜」
ある日の夜。
最近ではあまり果たせなくなりつつあった、白夜と一緒になると言う約束を久方振りに果たしていた私は、布団の中で話しかけられました。
「無理……してない?」
「……!」
相変わらず、白夜は私の内心をすべて見透かしていました。
私にだけ……というより、白夜は元々人の心を上手く読み解く力に長けているようでした。
それが、姉である私には特に強く作用しているようで、要は何でもお見通し状態だったのです。
「無理……は正直しています。ですが、今は天音さんと江南さんが去られてしまった直後です。無理をしなくてはいけない状況なのです」
「ホントウに?」
…白夜は歳を重ねるごとに、可愛さだけでなく圧のようなものを放つことが増えてきました。
本人は恐らく無自覚でしょうが、思わず言葉に詰まってしまう程の強い圧です。
「本当です。今している無理は、必要な無理なのです」
嘘をついているつもりはありませんし、白夜に対して嘘をつくつもりもありませんでした。
ですが……
「それは、本当にお姉ちゃんがする必要がある無茶なの?」
ドキッとしました。
内心を見透かされたからではありません。
私は無意識に、白夜に嘘をついていた事実を突きつけられたからです。
「そ、それは……本当です。私が背負うべき責任を背負っただけです」
「背負うべきだって、誰が決めたの?」
「ッ!」
白夜はどこまでも核心を突いてきます。
私がどれだけ上手く隠そうとしても、白夜はそれを全て見透かしてきました。
「誰が……いえ、必然です。最初にこの力に目覚め、彼女達を導いてきた私にしか出来ないことで……」
「ちゃんと誰かに頼ろうとしたの?」
白夜は再び私の発言を遮り、私の言葉を詰まらせました。
「お姉ちゃん、昔からそうだけど、奈緒さんが亡くなってからもっと酷くなってる。ちゃんと人に頼ることを覚えた方が良いと思う」
妹の顔を真っ直ぐ見ることが出来ない私に対し、白夜はどこまでも真っ直ぐに私の目を見てきました。
その視線が、とても眩く、そして煩わしく、私の胸の中に溜まっていたモヤが積もっていきました。
「江南さんや天音さんが居なくたって、お姉ちゃんの周りには助けてくれる仲間がいる筈でしょう?白夜だってお姉ちゃんの……」
「戦いを知らない貴方に、何が分かると言うのですか!!!!」
……は?
わ、私は今何を……?
「……あ…」
「はっ!白夜…ち、ちが…私は」
すぐに我に帰り、私はあろうことか妹を怒鳴りつけてしまったという現実を理解しました。
「ご、ごめんなさい、白夜……ただお姉ちゃんの支えになりたくて…」
そこから先は言葉に詰まり、白夜は口にすることが出来ませんでした。
「は、白夜……!私は」
「じゃ、じゃあ……白夜はも、もう寝るね!おやすみ……お姉ちゃん」
そして、白夜は私の弁明を聞く間もなく布団に潜り込み、そして私に背を向け寝始めました。
その声は震え、今にも泣きそうな様子であり、そして布団に入って直ぐには鼻を啜る音が聞こえてきました。
何か言葉をかけようとするも、何も思い浮かばなかった私は、とにかく無我夢中に妹の背中に抱き着きました。
それが謝罪の意味を込めての行為であったのか、はたまた自分の恐怖を押し殺すための行為であったのかは自分でも分かりません。
ただ……
この日妹が私に初めて、拒絶されたことで見せた心の底からショックを受けた顔は、奈緒の死と同じくらい、私の心に深い傷を負わせました。
●●●
この時すでに、もはや綻びでは済まないほどに私の物語は破綻を迎えていました。
かけがえのない友人の死は、私を歪め、仲間を離縁させ、そして、家族でさえも拒むようになってしまったのです。
それでも、私は自分の使命を遂行し続けました。遂行し続けることが出来てしまいました。
だからこそ、誰も私を止めなかった。
咲夜なら大丈夫。
咲夜なら任せられる。
他者がそう思い考えるように、私もそう思い込むようにしたのです。
もし、この時仲間に相談することが出来ていたら…妹に想いを吐露することが出来ていたら…
私の物語は、少しは違う結末を迎えることが出来ていたかもしれません。
破滅の物語は、もう暫く続きます…
※後書きです
ども、琥珀です
土日お休みいただきありがとうございました。
まだ少しドタバタしていることもあり、もしかしたら更新頻度落ちるかもしれません。
出来うる限り維持はしたいと思っていますので宜しくお願いします。
本日もお読みいただきありがとうございました。
明日も朝の7時に更新されますので宜しくお願いします。




