ー Saga 16 ー
早乙女 咲夜
『メナス』の襲撃により地下の施設へと逃げ延びた16歳の少女。英才教育により歳不相応の知識と身体能力を兼ね備える才色兼備。人類初の超能力に覚醒した。
早乙女 白夜
咲夜の妹。姉とは違い英才教育を受けていないため、年相応の振る舞いを見せる。
泉 奈緒
咲夜に次いで能力に覚醒した防衛隊の女性。明るく天然気質だが、他者のことをよく見ている。咲夜の友達。【オリジン】との戦いに敗れ、命を落とした。
柳瀬 舞
髪をポニーテール状に束ね、実直真面目な女性。足りない才能は努力で補う、諦めない才能の持ち主。現在は重症を負い集中治療室で治療を受ける。
天音 夏希
ショートヘアで小柄・ボーイッシュな見た目通り、強気でポジティブな女性。天性のアクロバティックムーブの才能を持つ。
江南 唯
メガネをかけたミドルツインテールで、知識豊富な女性。場面に応じた判断力に優れる。戦う理由を見出し、咲夜達と共に戦う覚悟を決める。
伊吹 加菜
髪をポニーテールにまとめ、常にクールで凛とした女性。咲夜達幹部が分隊してから、サブリーダーとして咲夜に付き従っていた。
「咲夜さん!!関東近辺に【オリジン】が出現したとの情報が…!!」
決別してから間も無くしてのある日、伊吹さんが慌てた様子で部屋の中へと入ってきました。
「聞いています。既に準備は整っていますから安心を」
『軍』の情報部からの連絡はほぼ同時でしたでしょう。
移動してきた分私には時間がありましたので、先に戦闘の用意を進めていたのです。
「個体は【オリジン】他四体だそうですね。私は【オリジン】との戦闘に集中します。他の四体の討伐指揮は伊吹さんにお任せします」
「で、ですが動きの指示は『軍』から派遣された指揮官にしか…」
「心配は要りません。先日の一件で、彼は完全に萎縮しています。私達の独断で動く限り自分に責任が来ないならば、と黙認するようです」
戦闘にも出ず指示も出さなければ責任すら負わない。
見下げるにも程がありますが、今の私達にとっては好都合です。
「で、ですが……咲夜さん一人で大丈夫ですか……?私達の何名かを増援に……」
「増援にならないから、柳瀬さんは自身一人で挑み、そして今の状態になったのではありませんか?」
冷静に、淡々と。
私は伊吹さんの言葉に答えました。
「それは……ですが一人で戦わせるなんて……」
「……残念ながら【オリジン】は強く、強敵です。単純な強さなら天音さんをも凌駕していたかもしれない柳瀬さんでさえ敗れました。私が戦う他無いのです」
実を言えば、【オリジン】との戦いにおいては、他の皆さんがいない方が戦いやすかったのです。
通常の『メナス』が個の強さに加え数を上乗せしてくるのに対し、【オリジン】は絶対的な強さだけで勝負をけしかけて来るのです。
シンプルな分、その実力も相まって非常に手強い。
そしてその強さは、私が『グリット』を全開放して漸く互角といったところ。
私の全開放は、山さえ消しとばします。
周囲に味方がいる状況では、その全力を出すことができなくなってしまうのです。
仲間を傷つけさせないため、仲間を傷つけないため、私は一人で戦うのです。
「(私が、全てを背負う……もう誰も……辛い思いをしなくて良いように……そうですよね、奈緒)」
彼女の想いと願いに沿っている筈なのに、酷く心が渇くような感覚を覚えます。
何故。
どうして。
仲間のことを想って行動している筈なのに。
仲間のことを考えて戦っている筈なのに。
どうして、心が虚になっていくのでしょうか……
●●●
【…!ア゛ハ ァ…!!】
今回は『軍』の情報通りに【オリジン】は姿を現しました。
疑っていたわけではありません。
信用しているわけでもありません。
ただ、これ以上彼らにとって私達に嘘の情報を流す利点が無いと分かっていたからです。
人々の私達への信頼は失墜しました。
そして『軍』によって先導された情報と、被害を出したという事実が、私達への怒りと失望を煽り、『差別』を生み出したのです。
私達は、完全に『軍』の狗となり駒と成り下がったのです。
それでも、私を含め大多数の『グリッター』は戦い続けました。
『軍』の狗であろうとなんであろうと、『メナス』と戦えるのは私達しかいないからです。
そして、【オリジン】と戦えるのは私しかいない。
「……貴方への怒りだけが……最早私を突き動かしている理由は無いのかもしれませんね」
私が溢した言葉は、当然【オリジン】は理解していません。
ただ再び私と相見えたことで、笑顔を浮かべるだけでした。
「……ふふっ……奈緒を殺し憎んでいるはずの貴方にこんなことを言うなんて……私は一体何をしているのでしょうね」
自身に対し乾いた笑い声を上げた後、私は『原初の輝』を開放しました。
戦闘態勢に入ったことに気付いた【オリジン】も殺気を放ち、もう何度目になるとも分からない、私達の戦いが始まりました。
●●●
「ほ、本当にこのタイミングで決行するんですか…?みなさんが戦っている最中に…」
「だからこそだろ?『軍』も『グリッター』も戦闘に夢中で私達の動きには気付いてない。絶好のチャンスじゃないか」
「それは…そうですが…」
「覚悟決めたんだろ?だったら絶対にやり遂げなきゃダメだ。そうだろ」
「…そう…そうですね」
「よし…行くぞ!」
●●●
【ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!】
「シッ……!!」
自在に動くだけでなく自在に伸縮する触手を閃光で薙ぎ払い、次いで光を槍のようにして放ちます。
これを【オリジン】は両腕で防御しつつ真っ正面から受け止めました。
「(…やはり硬い。『全開放』状態の『原初の輝』でさえ、真っ正面からならほぼ無傷で止めますか……)」
戦えば戦うほど、ぶつかればぶつかるほど、【オリジン】という存在の化け物ぶりが分かってしまいます。
防御に使用した【オリジン】の両腕は、僅かに傷を負って黒い瘴気を出しているものの、そんな小さな傷はモノの数秒で回復してしまいます。
「(仕留めるのなら超至近距離且つ、防御を許さないタイミングで仕掛けるしかありませんが……)」
無論、その攻撃手段は並大抵のことでは達成出来ません。
これまでの【オリジン】との戦闘で、唯一それに至ったのは最初の戦闘の時のみ。
そう、私の判断ミスで大勢の仲間を失ったあの日が最後でした。
今日まで戦い続けてこの結果です。
アレは唯一にして最後の千載一遇のチャンスであったのかもしれません。
【ア゛ハ ……ア゛ハハ〜♪】
……もう一つ。認めたく無いと目を逸らしてきた事実があります。
『メナス』と戦う中で、ある意味最も恐れていたこと。
『メナス』の成長です。
通常の個体にだけ目を向ければこの数年変化はありません。
ですが……
「(【オリジン】は……間違いなく成長している)」
そう。間違いなく【オリジン】は強くなっている。
私がこの力を手に入れてから四年。私は私なりに成長を果たしてきました。
能力の扱い方、コントロール、汎用性の幅、最大出力。その全てを磨き上げ、鍛えてきました。
初めて【オリジン】と対峙した時、強敵だとは思いましたが、同時に勝てないとまでは思いませんでした。
ですが今は……
「(互角……いえ、正直私が押されつつある……)」
高い戦闘力を誇る【オリジン】ではありましたが、その戦い振りはどこか荒削りでした。
母による様々な英才教育の甲斐もあり、私は様々な技巧をこらして【オリジン】を追い詰めてきました。
ですがここ数ヶ月、【オリジン】はその私の技に対して対応しつつあるのです。
それだけではありません。
驚くべきことに、【オリジン】は私の技を会得しつつあるのです。
それも全てではなく、自分に必要なもののみを吸収している。
荒削りであった攻撃には技が加えられ、虚実が含まれるようになりました。
これまでの戦いでさえ互角に近かった私達の戦いは、【オリジン】の成長により差を詰められ、そして追い抜かされていたのです。
「(まだ戦えない程ではありません……ですが、今よりも更に強くなられれば、私でも手に負えなくなる。その前に決着をつけなくては!)」
「(そして……私の最早焦がれた心にも決着を…)」
ッ…!またコレですか。
いつもいつも私の頭の中で……!
私を苛む謎の現象が、私の邪魔をする前に……
『リーダー!!一部のメンバーに動きが!!』
伊吹さんから通信が入ったのは、攻勢に出ようとしたその時でした。
『これは……江南さんと天音さんです!!』
「江南さんと天音さんが…?」
二人は本来、それぞれ配属された別の地域で指揮を取っています。
ですが、前回の【オリジン】の襲撃を受けたことで、一時的にこの本部へと赴いていたのです。
「(援軍…?いえ、違いますね。恐らく以前言っていた脱退のタイミング…それが今というわけですか)」
少し訝しげには思っていました。
『軍』を抜けると言っていた彼女達が、仮とはいえ『軍』の上層部の招集命令に従うとは思っていなかったからです。
といっても、真っ正面から脱けることを伝えに来たわけでもないでしょう。
恐らく、この本部にいる彼女達の仲間を迎えにきたという考えの方が正しいでしょうね。
「(だとすれば増援は望めない。どころか不必要な混乱を生む恐れがある。そうなれば、ここで戦っている仲間達に被害が及ぶ可能性がありますね)」
この時、私は自分でも驚くほどに心が冷めていく感覚を感じ取っていました。
もし、彼女達の行動によって、私の仲間に危害が及ぶのならば、私は彼女達を……
「(殺そう)…ッ!?」
なんでそんなことを…ッ!
違う……違う違う違う!!
止めれば良いだけの話です。二人も私達を傷つける事は望んでいないはずです。
「……伊吹さん、『メナス』に警戒しつつ、江南さんと天音さんの動きも見張っていただけますか?」
『分かりました。二人を止めるのですか?』
「二人の行動が私達の戦闘の妨げになると判断した場合は、多少力尽くでも制止します」
伊吹さんに短い指示を出し、私は再び意識を【オリジン】へと集中させます。
「…貴方の成長も踏まえて、最早猶予はなさそうですね。今日でケリをつけましょう」
【ア゛〜 ?ア゛ハ ♪ 】
言葉は通じず、【オリジン】は笑うだけでした。
ですが、それは寧ろ都合が良かったです。
人らしいところが増えてしまえば、私の中の躊躇いが増えてしまいそうでしたから。
「ハァ!!」
私は光を纏い、【オリジン】との距離を詰めて行きました。
中・遠距離戦よりも近接戦闘の方がまだ技による差を活かすことが出来たからです。
加えて『メナス』お得意のレーザー攻撃も、かなり抑え込むことが出来ます。
厄介なのは触手ですが、動きは単調なので牽制を加えておけば対処できます。
【ウ゛ウ ……!!】
やはりと言うか、【オリジン】はどこか戦い辛そうにしていました。
それでも以前より遥かに私の攻撃に対処できるようにはなっていました。
「(時間はかけられない……技量と火力で一気に押し切る……!!)」
戸惑いを感じているうちに勝負を…そう考えた瞬間でした。
「…!触手…」
【オリジン】は対処しきれなくなった私の攻撃に対し、触手による数の攻撃を仕掛けてきました。
ですが、これは私にとって想定済みのものです。
最小限且つ必要量の動き・火力でこれを薙ぎ払って、更に【オリジン】を追い詰めるチャンスでもあります。
【バアァ!!!!】
「…?なっ!?」
予想を超えてきたのはこの後でした。
人間で言う髪の部分が触手となっている『メナス』は、これまでそれらを束ねた状態で攻撃してきていました。
ですが【オリジン】はこの時、触手を更に細かく分裂させてきたのです。
その数はまさに髪の毛の本数。
これまでの数倍では収まらず、数十倍…いえ、数だけで見れば数百倍にも増えていました。
【バアアアァァァァ!!!!!!】
「ッ!!」
迫り来る数百本の細かい触手を、私は次々に切り払っていきます。
「ッ!!数が……多すぎる!!捌ききれない!!」
その数はあまりにも多すぎました。
細かな手数を増やした技だけでは対応し切れず、私はやむを得ず高出力の光を放ち、これを一掃しました。
ですがこれにより【オリジン】との距離は離れ、『全開放』状態であるために、私のエナジーも大幅に酷使することになってしまいました。
「(今まであのような形状の触手を使用してきたことは無かった……隠していた?いえ、思い付いた、と言う方が正しいでしょうか)」
認めたく無い現実ですが、これも成長によるものなのでしょう。
近接戦闘が不利だと理解するや否や、【オリジン】はそれに対抗すべく、触手の形状を変える進化を果たしたのです。
「(これでもう、迂闊には近付けなくなりました……)」
最早ほとんど無くなった【オリジン】との数少ない有利な点がまた一つ失われました。
戦うたびに【オリジン】は成長し、そして私は追い詰められていっていました。
次の一手を考えている最中のことでした。
『リーダー!二人が動き出しました!一部の《グリッター》も同時に動き出しています!このまま離れるつもりです!』
下で戦っている伊吹さんから通信が入り、私は周囲を見渡しました。無数に広がる建築物。
その一つの影に、彼女達の姿はありました。
「…このままなら放っておいても私達に被害は及ばないでしょう。私達はこのまま戦闘の継続を……」
『そ、それが、《軍》から追加の指令が届いています!逃亡した《グリッター》の制止、及び先導した二人の捕縛命令です!!』
……流石に逃亡の規模が多過ぎましたか。
『軍』もあれだけ大多数の人数が離れていくのを見過ごすほど愚かでは無かったようです。
しかし、自分達は戦わず、逃げる時は逃げるくせに、私達の逃亡は許さないと言うことですか。
自分に甘く、他者に厳しく。呆れ返るばかりです。
「…とはいえ、今はそのような余裕は…ッ!!」
通信と江南さん、柳瀬さんに気を取られている隙に放たれた【オリジン】のレーザーを、私は間一髪回避しました。
かわしたレーザーはやや下方向へと放たれ、建物に直撃した瞬間、眩い閃光を放って建物を破壊しました。
「……!」
その時、私は一つのある作戦を思い付きました。
いえ、【オリジン】を倒すための作戦ではありません。
ハッキリ言えば私にとってリスクにしかなり得ない作戦。
でも……
「(そのリスクも、私が全て背負えば問題はありません)」
対峙する【オリジン】を前にし、私は敢えて距離を取りました。
これまで私と戦いを続けてきた【オリジン】からすれば、意図の読めない行動であったことでしょう。
現に、【オリジン】は距離をとったまま何もしない私の動きに困惑した表情を浮かべているようでした。
ですが、【オリジン】からすれば、レーザー攻撃という『メナス』にとって最も強力な攻撃手段が有効になる好機でもありました。
そして、私の狙い通り、【オリジン】は真紅の瞳を輝かせ、躊躇いなくレーザーを放ちました。
その直前、私は後方を見た後、僅かに体の位置をずらしました。
そしてレーザーが放たれた直後、今度は回避するために移動。
無事回避には成功し、レーザーは後方の建物に直撃、破壊して行きました。
その後も【オリジン】はレーザーを乱射。
その精度はどれも正確で、私の身体のギリギリを掠めるようにして通過していきました。
レーザーは次々と後方のビルに直撃し、建物を破壊して行きました。
「これ以上は……ですが、もう十分な筈……」
最後にもう一度だけ後ろを振り返ると、そこには倒壊した多くの建物と、それによる土埃で視界に覆われた街並みがありました。
「上手くいったかは分かりませんが……私に出来るのはここまでですね」
やるべきことはやりました。
あとは、目の前の【オリジン】を退けるだけです。
●●●
結果から言えば、【オリジン】を撤退に追い込むことには成功しました。
通常個体の『メナス』を討伐した伊吹さん達が駆け付けると、【オリジン】はまるで興醒めしたかのような表情を浮かべ、自ら去っていったのです。
決着のつかない長い戦いの中で、【オリジン】の中には私と一対一で決着をつけたいという感情が芽生えているのかもしれません。
「リーダー、『軍』本部から連絡がありました。『戦闘の余波で逃亡者達の反応をロスト。然るべき処遇が下されるまで本部で待機せよ』。とのことです」
「……そうですか」
分かってはいたことでした。
『軍』からは江南さんと天音さんの捕縛命令が出されていましたが、私達は……いえ、私達はそれに対して何も動かなかったのですから。
「……理由は建物の崩壊によるレーダー反応の消失、また砂埃等による視認による捜索が不可能であること……咲夜さん、まさかですが……」
「………」
「二人を逃すために、わざと建物を攻撃させたのですか?」
私は、伊吹さんの問いに答えませんでした。
話してしまえば、彼女達も責任に問われる可能性があったからです。
意図を察してか否か、伊吹さんは鎮痛な面持ちを浮かべながらも、それ以上問い詰めるようなことはしませんでした。
「咲夜さん……あなたは…そこまで……どうしてそこまで……」
「……どうしてで……しょうね」
それでも、バラバラに裂けた心が、冷め切った感情が、そう動くべきだと、思ってしまったのです。
●●●
「ハァ…無事にハァ………逃げきれたみたいですね」
「ハァ…ハァ…無事じゃねぇよ」
「え?」
「私達が逃げきれたのは、咲夜さんの機転のお陰だ。アレがなかったら、今頃『軍』の追手が迫ってた筈だ」
「それは…」
「結局、私達はあの人におんぶに抱っこでしかなかったんだ…自分達一人で成し遂げることなんて……」
「でも、やるのでしょう?その為の覚悟を決めてきたのでしょう?」
「……あぁ、やる。あの人が自分の身が危うくなるのを分かってまだ私達を逃がしてくれたんだ。やり遂げてみせるさ。『グリッター』の自由のために」
「えぇ、やりましょう。『グリッター』の自由のために。私達、『レジスタンス』がやり遂げてみせます」
※後書きという名のお知らせです
ども、琥珀です
大変申し訳ありません。
身内の不幸でドタバタしてしまい、更新ができていませんでした。
本日からまた更新再開していきますので宜しくお願いします。
明日も朝7時に更新しますので宜しくお願いします。




