ー Saga 15 ー
早乙女 咲夜
『メナス』の襲撃により地下の施設へと逃げ延びた16歳の少女。英才教育により歳不相応の知識と身体能力を兼ね備える才色兼備。人類初の超能力に覚醒した。
早乙女 白夜
咲夜の妹。姉とは違い英才教育を受けていないため、年相応の振る舞いを見せる。
泉 奈緒
咲夜に次いで能力に覚醒した防衛隊の女性。明るく天然気質だが、他者のことをよく見ている。咲夜の友達。【オリジン】との戦いに敗れ、命を落とした。
柳瀬 舞
髪をポニーテール状に束ね、実直真面目な女性。足りない才能は努力で補う、諦めない才能の持ち主。現在は重症を負い集中治療室で治療を受ける。
天音 夏希
ショートヘアで小柄・ボーイッシュな見た目通り、強気でポジティブな女性。天性のアクロバティックムーブの才能を持つ。
江南 唯
メガネをかけたミドルツインテールで、知識豊富な女性。場面に応じた判断力に優れる。戦う理由を見出し、咲夜達と共に戦う覚悟を決める。
伊吹 加菜
髪をポニーテールにまとめ、常にクールで凛とした女性。咲夜達幹部が分隊してから、サブリーダーとして咲夜に付き従っていた。
『お断りします』
『私もだな』
そんな儚くも淡い希望は、一瞬にして打ち砕かれました。
柳瀬さんを失った私と伊吹さんの二人は、江南さん、そして天音さんの二人に今こそ力を合わせるべきだと話をしました。
ですが二人から返ってきた言葉は、明確な拒絶でした。
「……ッ!どうしてですか!?柳瀬さんを失ったことで、『グリッター』はいま明らかに揺れています!だからこそ、この長い間戦い続けてきた私達が手を合わせる必要がある筈です!!」
伊吹さんは必死に訴えましたが、彼女達の反応はどこまでも冷ややかでした。
『私達からすれば、貴方達の方が異常です。私達を陥れ、更に柳瀬さんを再起不能にまで貶めた《軍》に、何故留まろうとするのですか?』
『全くの同感だな。仲間がやられてるんのに、それを黙って見ているなんて正気の沙汰じゃねぇよ』
二人の反応からは、最早話し合いでどうにか出来る様な距離感ではないことは明白でした。
『軍』に対してだけでなく、私達とも……
ですがそれよりも、一つ気になったことがありました。
「ですから、私達の使命は……!!」
「待ってください伊吹さん。二人とも、今の発言には何か裏がある様に感じました。何を企んでおられるのですか?」
私の指摘に、二人は露骨に渋い表情を浮かべられました。
どうやら意図したものではなく、私達に知られても良い話では無かったようです。
二人は暫く沈黙を続けていましたが、無言の圧に耐えられなくなったのでしょう。
天音さんが重々しく口を開かれました。
『…私達は《軍》を抜けるつもりだ』
『天音さん!?』
天音さんが口を開いた瞬間、江南さんが慌てた様子を見せました。
『良いだろ江南。遅かれ早かれこの人には見抜かれてたよ。なら真正面から言った方が白黒つけやすいだろ』
『それは……まぁ……』
元々慎重なタイプである江南さんですが、今回の発言には天音さんに一理あると思ったのでしょう。
それ以上止めるようなことはしませんでした。
「私達……ということは、貴方もですか、江南さん」
『……はい』
私が目を向けると、彼女はモニター越しに目を逸らしながらも頷いて答えました。
「……そうですか」
「ふ、ふざけないで下さい!!」
私がそれ以上の言葉を発さないでいると、代わりに伊吹さんが声を荒げて二人を糾弾し始めました。
「どうして貴方達二人はそう身勝手なのですか!?これまで咲夜さんがどれ程『グリッター』をまとめ上げようと苦心してきたのかお気付きでは無いのですかッ!?」
伊吹さんは……あくまで私のために怒って下さるのですね。
そして二人も、思うところが無いわけではないのでしょう、気まずそうに目を逸らしました。
「地上奪還の時も、今日までの戦いも、私達はずっと手を合わせて生き抜いて来たじゃないですか……ずっと支え合って戦い抜いて来たじゃないですか……それなのに……そんな簡単に、どうして……」
伊吹さんは目に涙さえ浮かべながら、二人に訴えかけました。
二人は伊吹さんの言葉に揺れながらも、ゆっくりと答えました。
『私達だって……悩んださ。咲夜さんの言葉を信じてずっと耐えて来た』
『いつか変わる……いつか分かってもらえる。そう信じてひたむきに戦って来ました』
『『でも変わらなかった』』
二人が口を揃えて発した言葉は、私と伊吹さんの心を貫きました。
『信じても信じても、《軍》は何も変わらなかった』
『そして、ついに柳瀬さんにまで危害を及ぼしました。私達は……もう限界です』
伊吹さんはそれでも尚、彼女達を説得しようとしました。
しかし、彼女達の発言以上の言葉を持たず、口を開いては閉口することしか出来ませんでした。
「……咲夜さん」
そして、藁にもすがる思いで、私の方を見てきました。
ですが……ごめんなさい、伊吹さん。
私にも、彼女を説得出来る言葉は持っていないのです。
「……貴方達の言うことはもっともです。貴方達を嗜めておきながら、私は何一つ変えることも救うことも出来なかった。そんな貴方達を止める権利は、私にはありません……」
「咲夜さん…そんなこと……!」
辛そうな声を絞り出した伊吹さんは、それ以上言葉にできず、私の背に顔を埋め、身体を震わせました。
「アテはあるのですか?」
『……私はそんな器用じゃねぇから、江南が手を回してくれたよ』
『私と天音さんの部隊を中心に、反《軍》組織、自由解放を目的とした【レジスタンス】の構想を広めていきました』
初めて聞いた内容です。
私と伊吹さんにこの話が全く届いていなかったところを見るに、なかなか用意周到に裏でコトを進めていたようですね。
「…それで?」
『現在は約500名強の《グリッター》が賛同し、参加が決まっています』
「500…」
現在の『グリッター』の総数は5000名程。
つまり1/10もの人が彼女達の考えに共感し賛同したということになります。
それ程の規模にありながら気付かなかった私は、一体どれ程他者を見てこなかったのでしょうね。
「……そうですか。戦力とツテは十分…ということですね」
『……この話をしたんだ。もう私達は長くはここにはいない。早くにでもコトを起こすつもりだ』
『……賛同されなかった方々や《軍》の目もあります。暫くは身を隠すことにはなるでしょうが……』
二人は私達と訣別はするものの、敵対するつもりまではないのでしょう。
自分達にとってはリスクにかならない情報をわざわざ私達に話して下さいました。
『……アンタが絶対に頷かないのは分かってる。それでも言わせてくれ。私達と一緒に《軍》を抜けよう!!』
『そうです!!私達と一緒に来て下さい!!そうすれば《グリッター》はまた自由を得ることが出来ます!!』
伝えるべきことを伝えた二人は、私の説得を始めました。
プランも練られており、彼女達の確固たる想いも伝わってきました。
かつて一度私も独立を考えたことがあったので、この時僅かに揺れたのも事実です。
ですが……
「先程のお言葉を返すようで申し訳ないのですが、お断り致します」
期待をしていたわけではないでしょう。
しかし二人は、私の答えに悲痛な面持ちを浮かべました。
『……どうしてだよ…ッ!柳瀬はアンタが直接鍛えた奴だろッ!?その柳瀬が《軍》のせいで大怪我を負ったんだぞ!?どうしてそんな奴らの肩を持つんだよッ!!』
感情を爆発させ、天音さんは叫びました。
私は一度目を閉じ、そして再び開いてから答えました。
「肩を持つつもりなど毛頭ありません。柳瀬さんを重症にまで追い詰めた彼等には、私も憤りを感じています」
『だったら……ッ!!』
「ですが」
天音さんが続ける前に、私は被せるようにして言葉を遮りました。
「それ以上に、私は貴方達の考えに賛同しなかった仲間達を、こんな私を信じてついて来てくれると答えてくれた仲間達を裏切るような真似も、危険に晒すような行為にも加担するつもりはありません」
それは、先程の言葉と同じ、明確な拒絶。
砕けた心に残された、私の最後の良心と嘘偽りのない本音でした。
「私には妹もいます。私が貴方達に加担することで、妹にも危害が及ぶかもしれません。それだけは……絶対にいけない」
『でしたら、白夜さんも連れて行けば良いではないですか!!残った仲間だって、貴方が私達についてさえ来てくれれば…』
「あなた方の歩みが安全である保証はありますか?白夜が平和な世で、普通の人のような生活を送れる確証がありますか?仲間達が今以上に不自由なく過ごせるという根拠は?」
私の言葉に、二人は答えることができませんでした。
「……私は、貴方達の考えと行動を尊重します。ですが、賛同は出来ません。私達が掲げた志は『グリッター』の自由では無いからです」
『……生きる為に、立ち向かう』
二人もその志と信念までは忘れていなかったようで、答えるようにして呟きました。
「私達は、自分達の自由を得る為に戦って来たわけではありません。かつての『メナス』の襲撃で多くのものを失ってきた辛い想いを、もう二度としなくて良いように戦ってきた筈です」
理解は出来ても納得は出来なかったのでしょう。
二人は複雑げな表情を浮かべながらも頷くことはありませんでした。
「……この言葉は、私の友人であり、貴方の師でもある泉 奈緒が私に語ってくれた言葉です」
『…奈緒さんが……』
流石に彼女の言葉は効いたのでしょう、天音さんは明らかに動揺した様子でした。
『……天音さん』
『……あぁ、わかってる。ずっと話してたことだからな』
それでも、天音さんの考えを変えさせることは叶わなかったようです。
元々変えさせるつもりで伝えたつもりでもありませんが……
『悪いな咲夜。私は今の考えを曲げるつもりはない。例えあの人の言葉であってもな』
『決別した以上、貴方達とこれ以上言葉を交わすつもりはありません。どうか……私達の道が交錯しないことだけを祈ります』
暗に邪魔をするなと伝えたのでしょう。
その言葉を最後に、二人との通信は切れました。
私と伊吹さんが残された部屋には、気まずい沈黙が続きました。
やがて、私の背中で嗚咽を漏らしていた伊吹さんが顔をゆっくりと上げ、目を真っ赤にしながら私を見ました。
「咲夜さん……私は……私だけは貴方を…貴方のことを……だからどうか……」
彼女が最後まで言葉を言い切る前に、私は静かに、そして力強く抱き寄せました。
「心配は要りません。先程の言葉に嘘も偽りもありません。私はここに残り、残ってくれた仲間達と共に戦い、そして立ち向かいます」
「……ッ!ヒクッ…‼︎すいません…!私の力が及ばず…ッ!また…貴方にばかり辛い……想いを……ッ!!」
せっかく泣き止んだのに、彼女は溢れる想いを抑えきれず、再び嗚咽と共に涙を流し始めました。
実際、彼女に非はありません。
幾度となく天音さんと江南さんの行動を防ぐことが出来たのは、彼女なりの真摯な発言が二人にも伝わっていたからでしょう。
私が二人との繋がりを保てる程のきっかけを持つことが出来なかったのが、今回の顛末の原因です。
全ての責任は私にある。
非難されるべきは私なのです。
「(…そうです。全ての負担を私が担えば、同じような二の舞だけは避けられる筈)」
その考えは、私に考えることを止めさせ、代わりに私の重たかった心を解放させました。
「……咲夜、さん?」
それまで泣いていた伊吹さんは、何かを感じ取ったのか、顔を上げ、私の目を覗き込みました。
その時、彼女の瞳が一瞬恐怖の色に変わったことを、私は見逃しませんでした。
チラリと、部屋に備え付けられた鏡をみると、そこにはまるで死人のように瞳孔から光を失った私の目が映っていました。
「……アハハッ」
何故笑い声が出たのかは分かりません。
ですが、その笑い声はとても渇いており、そして同時に、私の今の状況をとても表しているように思えました。
●●●
「……これから、どうするおつもりですか?」
部屋を後にした私に、暫く黙ってついてきていた伊吹さんでしたが、沈黙に耐えきれなくなったのか、間も無くして声をかけてきました。
「どう、とは?」
いつも通りに答えたつもりでした。
ですが、伊吹さんにとってはそうでは無かったのでしょう。
彼女はどこか怯えた様子で、再び私に尋ねてきました。
「天音さんと江南さんの隊長格を失い、更には500余名の仲間達も居なくなります。このままでは、本当に……」
「私達のやる事は、先程お二人に伝えた通り何も変わりません。同じ思いをしなくて良いように、立ち向かうだけです」
淡々と語る口調は無機質で、それが彼女を怯えさせてしまっていたようです。
ですが…元のように話しているつもりの私には、これ以上抑揚をつけて話す事は難しいことでした。
そもそも……私は今までどのように話をしてきたのでしたのでしょうか…
あぁ、もうどうでも良いです。
なんだかとても、考えることに疲れてしまいました…
窓の外を見れば、先程までの重苦しい会話が嘘のように澄み渡った空が広がっています。
かつて失い取り戻した地上。誰もが渇望した太陽の光と青空。
その光が、今はとても煩わしく感じてしまいます。
窓に映る私の機械的な表情。その先に、私はかつての友の影を見ていました。
「(奈緒……もし今貴方が生きていたら、もし貴方が今ここに居てくれていたら……天音さんと江南さんを留めることが出来たでしょうか。私達を陥れた『軍』を、変えることが出来ていたのでしょうか……)」
どれだけ思いを馳せようと、当然彼女から返事が返ってくる事はありませんでした。
※後書きです
ども、琥珀です
今日はどちらかと言うとお知らせです
ちと身内に不幸がございまして、その兼ね合いで、今週の土日は更新が出来ないかもしれません。
楽しみにされている方がいらっしゃいましたら申し訳ありません…
月曜日には再開できると思いますので宜しくお願いします。
本日もお読みいただきありがとうございました!
明日も朝の7時頃に更新されますので宜しくお願いします!




