Saga ー 3 ー
早乙女 咲夜
『メナス』の襲撃により地下の施設へと逃げ延びた12歳の少女。英才教育により歳不相応の知識と身体能力を兼ね備える才色兼備。人類初の超能力に覚醒した。
早乙女 白夜
咲夜の妹。姉とは違い英才教育を受けていないため、年相応の振る舞いを見せる。
私の物語が幕を開けました。この日、初めて『グリッター』という存在、即ち私が生まれたのです。
今、思い出しても、理由は分かりません。何故私なのか、何故目覚めたのか。
ですが、思い悩む暇もなく、私の崩壊の物語は進み始めたのです…
●●●
あとから知った話ですが、私が『メナス』に見つかった瞬間、地下ではその事態を察知し、観測ように付けられたカメラから、映像が映し出されていたそうです。
私が命を堕とす瞬間、誰もが目を背ける中、ただ一人、妹の白夜だけは最後までモニターから目を離さなかったそうです。
そして、ただ一言。
「お姉ちゃん!!」
それが、死ぬ間際に私が聞いた声と同じであったかは分かりません。
ですが、その言葉を聞いたからこそ、私はいま生きており、そしてこの力に目覚めたのだと思います。
地下へ辿り着いた瞬間、私を待っていたのは歓喜の歓声でした。
こんなにも人が居たのかと感心してしまうほどの人だかりが入り口に出来ており、耳を塞ぎたくなるほどの声が地下の中に響き渡っていたのです。
無理もないでしょう。
夢も希望もなく、外へ出ることさえ叶わないこの地下の空間にいれば、塞ぎ込みたくなる気持ちも分かります。
その大勢多数の人が、私の姿を見に部屋の外から出てきてくれた。
そう思うと、不思議と私の胸の中が温かくなったように感じました。
「お姉ちゃん!!」
間も無くして、人混みを抜け出した妹の白夜が息を切らしながら走って、私に抱きつきました。
「良かった…良かったよぅ…」
白夜は私の顔を一度も見ることなく私の体に顔を埋め、ヒクヒクと泣きじゃくりました。
その姿を見て、私は地下を抜け出したことを強く後悔しました。
この子にとって残された家族は私だけ。どんなに大切な人形であっても、家族に勝るものはありません。
妹のためを想っての行動でしたが、結果的にかえって傷付けることになってしまっていたのです。
「…ごめんなさい」
私はただ一言だけ謝り、そして白夜を優しく抱きしめました。
「むゆぅ〜…お姉ちゃん、苦しいよぉ」
と、妹はそれまでの泣き声とは違う、苦しそうな声を上げました。
「(…おや?そんなに力を入れたつもりは…)」
私は直ぐに手を離しましたが、自分の身体に違和感を感じざるを得ませんでした。
しかし、その違和感の正体を突き止めることは出来ませんでした。それよりも先に、ある人物に話しかけられたからです。
「少し失礼しますよ。先程の戦闘をされていたのは、そちらのお嬢さんですかな?」
それは、この地下で防衛隊の方々をまとめる、古稀程に年齢を重ねられた最後の隊長の方でした。
●●●
端的に言えば、隊長の方のお話は、防衛隊じぶん達の代わりに『メナス』と戦ってくれないか、と言うものでした。
別に驚くようなことはありませんでした。
これまで人類の叡智を尽くしても倒せなかった『メナス』を私は倒してしまったのですから、そう言う話は来るだろうと予測していたからです。
私自身も断るつもりはありませんでした。
望んだものでは無くとも、『メナス』を倒せる力を手にしたのであれば、その使命を遂行する責任を果たすべきだと考えていたからです。
「ダメッ!!」
ですが、妹の白夜だけはなかなか納得してくれませんでした。
涙を流し、鼻水を垂らしながら、どれだけ大人が説明を続けても、一度も首を振りませんでした。
「卑怯者!!お姉ちゃん一人に責任を押し付けて戦わせて!!白夜にはお姉ちゃんしかいないんだもん!!お姉ちゃんを奪わないでよ!!」
さすが私の妹にして母の娘と言いますか、とても七歳の子どもとは思えない言葉で大人達を捲し立てていきます。
実を言えば、この白夜の言葉に地下に住む方々は同意的な意見が多かったそうです。
それは、『メナス』の襲来により家族を失った人が多かったから、と言うのもあるでしょう。
それに、力を手にしたとは言え、私もなんだかんだでまだ十二歳です。
自分で言うのも何ですが、そんな年端のいかない子どもを戦場に出すのはいかがなものかと思われた方も少なからずいたのでしょう。
そんな方々を見て、私はますます自分が戦う必要がある、と思うようになりました。
「(ここでただ手をこまねいていても、いつか人類は滅んでいくだけです。私と同じくらいの子どもでさえも、夢も希望もなく、この地下で死を待つだけの暮らしを強いられる…それならば…)」
それならば、手にした力を存分に活かそう。
人々が生きる希望を持てるように、私が立ち向かおう。そう思い至ったのです。
●●●
結局、その後三日程掛けて、私は妹を説得しました。
戦いの後は必ず生きて帰ってくること。
毎日、自分の側で一緒に寝てくれること。
自分を一人にしないこと。
その三つを約束することで、妹は渋々と私が戦いに赴くことを了承してくれました。
私にとっても必要な約束でした。
人々のために戦うと決意したものの、その根底には妹を想う気持ちがあったからです。
「(白夜にもう一度…あの平穏な日々を…)」
改めて、私はこの戦いに身を投じる覚悟を決めました。
とは言ったものの、流石に直ぐに実戦というわけには行きません。
あの日顕現した力を、自在に操れるようにする必要があったからです。
また、隊長の方からは、戦闘に向けた実戦訓練の提案をされましたが、私は丁重にお断りさせて頂きました。
軍隊向けの戦闘技法は私には合わないことと、それに伴った私自身の型というのが既に形成されていたからです。
それでも、隊長を始め防衛隊の方々はいても立ってもいられないといったご様子でしたので、一つお願いをさせていただきました。
難しいことは何もない、単なる組手相手です。
隊長のご提案はお断りさせていただきましたが、実戦的に向けて身体を動かす必要があると思ったからです。
とはいえ…
「(10人同時にお相手する、と言うのは失礼でしたでしょうか)」
初めにこの提案をさせていただいた際には、流石に苦い顔をされました。
ですので、最初に一対一でお願いし直し、その方を一撃で沈めたことで、彼らの目の色が変わりました。
私の提案がただ無謀にされたものではないことをご理解して頂けたようです。
その後は当初お願いしていただいた通り十人で組手を行いましたが、結果は私の圧勝です。
ですが、何も私はこの結果を予想していたわけではありません。
母に仕込まれたとはいえ、私はまだ12歳の少女です。
一対一であるのならどなたとでも戦える自信はありますが、流石に鍛えられた方々を十人相手に圧勝出来るとは微塵も考えていませんでした。
ですので、この結果に何よりも驚いていたのは私の方かも知れません。
「(…これは…もしかして…)」
試しに私はその場で軽く身体を動かしてみました。
側転、バク転、宙返り、壁バク宙。驚くほどに肉体に負荷なく行うことが出来ました。
全身から漲る力。白夜を抱きしめた時の違和感の正体はこれでした。
どうやら私の身体は、あの変な光だけでなく常人の何倍にも強化されているようでした。
正直今まで行えてきたことなら片手間で行えそうな程に身体は軽く、内部からは熱いほどの力の昂りを感じていました。
「さて…」
出来るという確証があったわけではありません。
ですが、何故か出来ると直感していた私は、全速力で壁に向かって走り出しました。
「お、おい危ないぞ!!」
その言葉がどなたから発せられたのかは分かりませんが、私は聞き入れませんでした。
そして、いよいよ壁に衝突しようかという距離まで迫ったところで、私は強く地面を蹴りました。そして、勢いをそのままに、壁面を蹴りました。
壁から壁へ、そして天井へ。身体はまるで羽のように軽く感じていました。
天井に到達したところで走るのをやめ、そのまま百メートル程落下しましたが、身体を回転させ、トンッ…と静かに着地しました。
「人間じゃない…」
静かに溢された呟きは、聴覚も強化されていた私の耳に届いていましたが、反応することはしませんでした。
何故なら、私自身、それを実感していたところだったからです。
「(まぁでも合理的ではあります。相手がそもそも人外の生命体。それに対抗するためには、対抗する者も人外の力に頼るしかありません。その反動がコレなのだとしたら、受け入れるしかありませんね)」
思いの外、私にショックはありませんでした。
元々私の感覚はヒトとズレているように感じていたことが関係しているのかも知れません。
「(私がバケモノになろうと関係はありません。私は、私の使命を全うするだけです)」
●●●
覚醒してから初の実戦を行ったのは、それから一週間後のことでした。
身体を慣らすだけならばあの一日で十分でしたが、本当に慣らす必要があったのは、謎の光の方だったからです。
幸いなことに、光は私の意思に反応して出現してくれました。
医師やオカルトに詳しい方に調べてもらいましたが、この光については何一つ分かりませんでした。
まぁそんなに直ぐに分かる程度の力であるのなら拍子抜けですけどね。
何はともあれ、この一週間で力の使い方は理解しました。
この光は、私の内部にあるエネルギーのようなものを光に変えているようなのです。
実際地下の訓練室で使い続けてみたところ、エネルギーが枯渇したのか、丸一日動けなくなってしまうことがありました。
エネルギーには限りがあるということが分かっただけでも僥倖です。
続いてこの光の性質についてです。
この光は、放つ、というよりも纏うと言った方が正しいようで、その形状はある程度自由が利くようでした。
巨大な剣のようにして薙ぎ払ったり、ハンマーのように叩きつけたりすることも可能なようです。
また、この光は質量を持っているようで、試しに盾の形を作って銃を撃っていただいたところ、弾丸は光に飲み込まれ消えていったのです。
つまりこの光は、攻撃と同時に防御の役割を果たしていることになります。
撃つわけではありませんが、光の射程距離もかなりのものでした。直径200mはある広大な空間の訓練室に、直線上に光を展開しましたが、悠々と到達することが可能でした。
恐らく、私の光の射程範囲はこの倍はあると見て良いでしょう。
性質といい範囲といい、どうやら非常に汎用性の高い能力のようです。
「(下手に何かに特化した力でなくて良かった。万能性の高い方が私には合います)」
そんな経緯を経て、私は二度目の戦場に立ちました。
一見私だけが棒立ちしているように見えますが、その周囲には防衛隊の方々が隠れて待機しています。
私の光の十分な射程範囲なので、巻き込んでしまわないか不安ではあるのですが、彼らの好意と熱意を無下にするのも良くないと思い直し、ありがたく了承させていただくことにしました。
地上に出てから数分後。これまでと全く同じ外見をした生命体、『メナス』が姿を現しました。
これまで何度も命を脅かされてきたこともあり、流石に正面から対面すると動悸が高まってしまいます。
私は大きく深呼吸をし、少しでも気持ちを落ち着けようと試みました。
『初の実戦です。危険になったらすぐに逃げて構いません』
と、耳元の通信機に隊長の声が届きます。私の緊張をほぐそうとしてくださったのでしょう。
実際、『逃げて良い』という言葉は気持ちを楽にしてくれました。
同時に、だからこそ負けられない、とも…
『メナス接近!』
その声とともに、私の目の前にいた『メナス』が勢い良く詰め寄ってきました。
「(速い…けど今の私なら…)」
突っ込んでくる『メナス』に対して、私は地面を蹴り跳躍、『メナス』の上に立ちました。
そして通り過ぎざまにその背中に手を置き、上から脇腹の辺りを全力で蹴り飛ばしました。
まさか反撃されるとは思っていなかったのでしょう。
無防備であった『メナス』は地面を削りながら数十メートルほど吹き飛んで行きました。
最初は状況を理解できていない様子でしたが、自分が攻撃されたと認識した『メナス』は、怒・り・の・形・相・を・浮・か・べ・、再び私のもとへ攻め込んできました。
勢いそのままに振りかざされた拳を見極め、最低限の身のこなしでこれをかわします。
驚いたような表情を浮かべながらも、メナスはそのまま二撃目となる蹴りを繰り出してきましたが、体を仰け反らせてこれもかわします。
この身体を手に入れ、実際に『メナス』と対峙出来るようになったことで分かったことですが、『メナス』の動きはとても単調でした。
拳は乱暴に振るうだけ、蹴りは単調に繰り出すだけ。
確かに圧倒的な身体能力の差があればそれだけで脅威でしょうが、これだけその差を縮められるのであれば、何も怖くありません。
再び振りかざされた拳をかわし、ガラ空きとなった腹部に、私は掌底打ちを喰らわせます。
「…!」
確かに手応えはありました。しかし、『メナス』にダメージが通った様子はありませんでした。
『メナス』から繰り出された蹴りに肘をあて、その反動の勢いで距離を取ります。
「成る程。動き、外見は人間と同じでも、その内部構造までは同じとは限らない、ということですか」
掌底は打撃の技なので外部ではなく内部にダメージを蓄積させることを目的としています。
その効果が無いことを考えると、恐らく『メナス』の人体構造は、ヒトのソレとは大きく異なると見て良いでしょう。
「やはり人外には人外の力を…ということですね」
それを理解した私は、あの光を顕現させていきます。
髪は白銀に、目は蒼玉色に変色し、全身からは眩い白銀の光が迸ります。
それを見た瞬間、『メナス』は突然怯えたような表情を浮かべたのです。
まるで、この光の危険性を知っているかのような反応でした。
「(…先程の怒った様子や驚いた様子といい、『メナス』には感情のようなものがあるのでしょうか。どちらかと言えば本能に近いもののようですが)」
この力を手にしてから、『メナス』について理解できることが増えたように思います。
正体は依然として不明ですが、もしかしたら、今後何かしら解明されていくかもしれませんね。
光を見て怯えた『メナス』の動きはより単調になりました。
一刻も早く私を倒そうと、距離がある中で真正面から突っ込んできたのです。
私の行動もシンプルです。腕を上に掲げ、光を展開させて行きます。
「『原初の輝』」
そして私は、出撃の前に白夜が付けてくれた光の名前を呟き、白銀の光で作られた閃光の刃を、腕とともに振り下ろしたのです。
ーーーーー
こうして、これまで苦しめ続けられてきた『メナス』討伐の初陣は、私の勝利で呆気なく終わりを迎えました。
地下に戻ればまた歓喜の声。私含め誰もが同じ想いを抱いたことでしょう。
『人類の反撃の始まりだ』、と。
●●●
間違いではありません。この時、確かに人類は地上奪還の想いを胸に反撃を始めたのです。
ずっと地下での生活を強いられると思っていた彼らからすれば、そう思うのも無理のないことです。
そしてこの時、私はきっと思い上がっていたのでしょう。自分が救世主になるのだと…
それが、私の身を焦がしていく物語の序章であるという事を知りもせずに…
※後書きです
ども、琥珀です。
さぁ、始まりの輝戦士、早乙女 咲夜がついに現れました。
全ての戦いの始まりはここから始まったのです。
この先の展開もどうぞお楽しみに!
…しかし咲夜ってホントに12歳なのか…?




