Saga ー 2 ー
早乙女 咲夜
『メナス』の襲撃により地下の施設へと逃げ延びた12歳の少女。母親からの英才教育で、歳不相応の知識と身体能力を兼ね備える才色兼備。
早乙女 白夜
咲夜の妹。姉とは違い英才教育を受けていないため、年相応の振る舞いを見せる。
地下から出るためにはパスコードの入力が必要ですすが、そのコードはこの管理するお偉いさんや数少ない軍人さんしか知りません。
普通は、の話ですが。
ここに住み始めて1か月が経ち、幸いなことにあの正体不明な生物の魔の手はここにまでは及んでいませんでした。
ですがそれが続く確証もないため、私は万が一に備え、ある日こっそりと後を尾け、パスコードを覚えておきました。
えぇ、まぁ普通なら気付かれるでしょうが、ご存知の通り私はこれまでずっと英才教育を施されてきましたから。
隠密行動も当然身に付けています。
無事にパスコードを手にはしましたが、これは本当に万が一の時にしか使わないつもりでした。
無闇矢鱈に使用し、コードを変えられても面倒だったからです。
つまり、私にとって白夜の願いは、それほどまでに絶対であったと言う事なのでしょう。
深夜の皆が寝静まった時間に、地下に用意された私と白夜の自室を離れ、ひっそりと出口へと向かいました。
地下からの出口は複数箇所にあり、大勢の人数の出入りを想定した巨大な正門口の他に、個人・少人数の出入りを想定した小型のドア型のモノもありました。
これは軍の方々が地上の捜索を行うためなどの目的で作られたモノなのだそうです。
普通は一般人には関係のないものですが、私にとっては好都合でした。
大型の門は開放に時間が掛かりますし、そもそも開放の際に大きな騒音がたってしまうからです。
それでは本末転倒ですからね。
私は小型の出入り口の前に立つと、直ぐにパスコードを入力し、開かれたドアの中へと入ります。
中は狭く、あまりスペースはありませんでしたが、少し進むとリフト型の昇降機が設置されていました。
自動で反応するようで、その上に乗ると自動で地上へと進んで行きました。
●●●
地上までは数分ほどで辿り着きました。
到着時に開いたハッチは地面に作られており、そこを出ると無事に地上へ出ることが出来ました。
良くもまぁこんな大掛かりなことをこれまで極秘に進められていたモノだと感心してしまいます。
久々の地上の空気でしたが、あまり感動することはありませんでした。
倒壊した建物によって空気は悪く、焦げ臭い臭いが充満していたからです。
「あまり時間はかけられませんね」
どう言う原理なのかは不明ですが、あの化け物は人間の生体反応を感じ取ることが出来るようなのです。
となればあまり長い時間滞在は出来ません。
地下施設からの出口は様々な地域に繋がっていました。
しかし、幸いなことに当たりを引けたようで、倒壊した街並みであっても、どの場所にいるかは掴むことができる程度に身近な地点だったのです。
「往復して…30分以内には戻れそうですね」
軽くストレッチをした後、私は家に向かって走り出しました。
足跡を立てずに、出来るだけ目立たないよう瓦礫に身を隠しながら。
地球にも何かしらの影響があったのでしょうか。
真夜中の時間でありながら、辺りは視界に困らないほど明るかったのです。
その理由は空に雲がないから、でした。
そのため月明かりが遮られずに地上を照らしていたために、明るかったのです。
これは私にとっては良い方向に働いていました。
暗いと瓦礫などが見えず、転倒の恐れがあるためペースを落とさざるを得なかったからです。
ですが、この明るさのお陰でその心配は必要なくなり、予定よりも早く家に着くことが出来ました。
ここまで来ればもう慣れ親しんだ我が家ですので、スムーズに中に入ることが出来ました。
映像にあった通り、縁側には母がプレゼントしてくれたクマのぬいぐるみが転がっており、私はそれを手に取りました。
ぬいぐるみは少し埃をかぶっていただけで、外見は全く傷んでいませんでした。
「(ここまで来たのなら…)」
当初の予定にはありませんでしたが、危険を犯してまでここまで足を運んで来たのですから、私のぬいぐるみも取りに向かっても…
「あ…」
ですが、それは叶わないことをすぐに悟りました。
「中は…倒壊していたんですね」
映像では分かりませんでしたが、家の中はだいぶ崩れており、入り込むことは不可能でした。
中に入ったとしても、私と妹の部屋があったのは2階。この様子ではそこまで辿り着けないでしょう。
それに、仮に辿り着いたとしても、この状況では恐らく…
「白夜のぬいぐるみが無事であっただけ良かったです。そもそも家がこれだけ無事であったことが奇跡なのですから」
正直に言えば名残惜しくはあります。
ぬいぐるみも勿論ですが、住み慣れた我が家から去らなくてはならないのですから。
「(まぁ…母に叱られた思い出ばかりですが…)」
もう少し残りたいという思いを捨て、移動を始めようとした時でした。
あの化け物が現れたのは。
●●●
「ハッ!ハッ!ハッ!」
甘く考えていた面もあったと思います。
人外の生き物といえど、これだけの瓦礫と、母に鍛えられた身体があれば、一度くらいは逃げ切れると。
「(私は…大馬鹿者でした!!)」
息を切らしながらソレから逃げ続けましたが、無駄な抵抗であることはすぐに理解できました。
何故ならあの化け物、『メナス』は空を飛んでいるのです。
私がどれだけ瓦礫を避けて走ろうと、どれだけ瓦礫に身を隠そうと、『メナス』相手には無意味だったのです。
「(ハッチまであとちょっと…ですが…!!)」
もしかすれば、ハッチまでは無事に辿り着くことが可能であったかもしれません。
ですがそこでハッチを開けようものなら、『メナス』はまず間違いなく地下施設へ侵入することになるでしょう。
そうなれば、収容されている人々は勿論、白夜に危険が及ぶことになります。
「(それだけは…!!)」
私に残された最後の生きる希望。
その希望を危険に晒すという考えは一切なく、私は急転換しハッチから離れていきました。
『メナス』との距離はもうほとんどありませんでしたが、私は辺りを見渡し、せめてもの悪あがきが出来る場所を見つけました。
残された体力を全て駆使し、私はその家の中へと滑り込みました。
『メナス』には知性がないのでしょう。
何の躊躇もなく中に入ってきたのを確認し、私はこの家の倒壊を防いでいた一本の大きな柱を、全力で蹴り上げました。
すると、家はミシミシと音を立て、一気に倒壊が始まりました。
後ろについてきていた『メナス』は真っ先にそれに飲み込まれましたが、先に進んでいた私はギリギリのところで脱出することができました。
「ハッ…!ハッ…!ハッ…!」
こんなに息を切らしたのは、母との稽古以来です。
ですがその母に仕込まれた武芸のお陰で命拾いすることが出来たかも知れません。
ガラガラと音を立てて崩れていった家の瓦礫の中から、『メナス』が姿を現すことはありませんでした。
本当は息を整える時間が欲しかったですが、恐ろしいことにこの『メナス』は分裂した個体が複数存在すると聞いています。
これだけの倒壊音、いつ別の個体が現れても不思議ではありません。
「(急いで…ハッチへ…)」
その瞬間、震えている身体を必死に動かして歩き出そうとした私の足を、何か光の筋のようなものが貫いていきました。
「えっ?」
何が何だか分からないまま右足は力を失い、私はその場に倒れてしまいました。
恐る恐る足元を見てみると、私の足には穴が空いており、そこからは大量の血が出ていました。
「うっ…!アァアアアァァァッ!!」
今まで感じたことのない激痛でした。
叫ぶことしか出来ずその場でのたうち回っていると、瓦礫の中から『メナス』が姿を現しました。
当たり前ですね。
軍の方々の兵器が通用しなかった化け物が、瓦礫に埋まったくらいで絶命する筈がありません。
痛みを堪え、身体を引き摺るようにして逃げようと試みますが無駄な抵抗でした。
『メナス』は人間と同じように生えていた髪を、まるで触手のように伸ばすと、私の四肢を縛り上げ、強く締め付けました。
「うぅ…あぁ!!」
傷付いた右足は勿論のこと、締め付けの力は次第に強くなり、私の身体はミシミシと悲鳴をあげていきました。
必死に握っていたぬいぐるみも、ついに掴んでいられなくなり落としてしまいます。
「(白夜…)」
全身に激痛が走る中、私は妹のことを想っていました。父を亡くし、母を目の前で失い、そして私まで…
死を間際にしても、その思いだけが最後まで心残りでした。
「(ごめんなさい…白夜…ぬいぐるみ、持ち帰れませんでした…)」
やがて、私の身体は耐えきれなくなり、ゆっくりと意識が遠のいていきました。
完全に意識を手放しかけたその時、私は確かにその声を聞いたのです。
「『(ーーーお姉ちゃん!!)』」
その瞬間、私の意識は一気に覚醒しました。
それだけでなく、全身からこれまで感じたことのない力が漲っていくのを感じました。
それと同時に、私の身体は光り輝き始め、縛り付けていた『メナス』の触手を次々と引き離して行きました。
そして、溢れ出る力を放出した瞬間、『メナス』はその力に押し返され、遥か後方へと吹き飛んで行きました。
自由になった私は、直ぐに自分の身体の変化に気付きました。
まず目が行ったのは傷付いていた筈の足です。
身体を浮かされていた状態から着地したにも関わらず、全く痛みを感じなかったのです。
見れば足の傷はすっかりなくなっていました。
まるで最初から無かったかのようでしたが、衣類には血が付着していたので、夢ではないようです。
次いで気が付いたのは髪の色です。
ただの黒髪であったはずの私の髪は、私の身体を覆う光と同じく、白銀に変色していたのです。
近くにあったガラスの破片で顔を見ると、黒かった瞳は宝石のように輝くサファイア色の瞳へと変わっていました。
「これは…一体…?」
当然私は戸惑うことしか出来ませんでした。ですが、『メナス』にはそんなこと関係ありません。
『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!』
吹き飛ばされた『メナス』は勢いよく瓦礫から飛び出し、およそ人間からは出ないような声で叫びました。
そして、キッと私を睨み付けると、その紅蓮の瞳が薄く発光し出したのです。
「い、一体何を……?」
そこで私は、自分の足を貫いた光の筋のことが思い浮かびました。
同時に、逃げていた時に『メナス』が瞳から光線のようなものを放っていたことを思い出します。
「ま、まさか……」
私は逃げようと試みますが、辺りは瓦礫が散開しているだけの平地です。
『メナス』のあの光線が、視線を射線にしたものであれば、回避しようとしても無駄でしょう。
諦めかけた瞬間、私は自分の身体を包む白銀の光に注目しました。
確証があったわけではありません。
ですがあの時、妹の声に応えようとして現れたこの光は、きっと力になると直感していたのです。
力の使い方など全く分かりませんでしたが、私は本能的に刃をイメージしました。
母との稽古の中で、剣道を多くこなしていたのが関係していたのかもしれません。
目的は斬ることではなく、刃を突き立て、強く流れる奔流のように穿つイメージを強く思い浮かべました。
イメージが固まるのと、『メナス』の光線の準備が整ったのは同時のことでした。
『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!』
「ハアァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
『メナス』は光線を放つと、光も私の意思に応じて閃光となって放たれました。
その威力は凄まじく、放たれた光線を飲み込み、そのまま『メナス』をも飲み込んでしまいました。
『ア゛……ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!』
私の光に飲み込まれたあと、『メナス』は黒い塵となって消滅し、この世から姿を消したのです。
この日、初めて人類は『メナス』に勝利することが出来たのです。
未だ使いこなせていない謎の光を放ち、そしてそこに至るまでに肉体を酷使していた私は、そのままゆっくりと意識を手放していきました。
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物語はこうして始まりを迎えました。
人類はこの日、初めて『メナス』に対抗する武器を手にしたのです。
そしてこれが、私にとっての破滅の始まりの日でもあったのです…
※後書きです
ども、琥珀です。
急遽新作枠から本編続編へと変更してしまい申し訳ありませんでした…
明日からも更新は本編の続きとして投稿をさせていただきます。
お気付きかと思われますが、本編の文字数が大幅に増えております。
以前に比べると大体二倍くらいでしょうか…
と言うのも、本作品は本編の番外編になりますので、あまり長編にはならない予定だからです。
そもそも一つの作品として書く予定でしたので…
恐らく30話前後での簡潔になるかと思います。まぁその分ボリューム増えてたらあまり変わらn…
今後もボリュームはほぼ同程度のものが続きます。
パッと読める内容では無いですが、その分読みやすいよう文構成を意識して書いておりますので、どうかお付き合いお願い致します!
本日もお読み頂きありがとうございます!
明日も朝八時に更新されますので宜しくお願い致します!!




