第166星:捏造と実績
あらすじ
ある日大和に呼び出された朝陽と夜宵の二人は、大和から『グリッター』でもなかなか選ばれない『大輝戦』の選抜メンバーに選ばれたことを告げられる。
名誉なことでありながら、二人はそれぞれの悩みから、すぐに良い返事をすることが出来ずにいた。
それを理解していた大和が語った内容とは…?
「…え?」
夜宵が顔を上げると、そこには優しい笑みを浮かべた大和の顔があった。
「過去に出場した時の、君のデータを調べさせて貰ったよ。当時十八歳にして『メナス』の討伐数は30体越え。今の朝陽君に負けず劣らずの素晴らしい数だ」
あまり数字にこだわらない夜宵であったが、素直な褒め言葉に、思わず頬を赤らめる。
「しかし、実際に『軍』に挙げられたデータは違ったみたいだね。確認されたデータでの討伐数は60体、それも全て単独で行ったとされている」
「…えっ!?」
これには夜宵も驚き困惑する。
「恐らく、前指揮官が過剰な高評価と改竄を行なったんだろう。君を『大輝戦』に出場させるためにね」
「な、何故そんなことを…」
夜宵の言葉を聞き、大和の隣ではこのデータを調べた当の本人である咲夜が憤った雰囲気を醸し出していたが、それを宥めつつ話を続ける。
「恐らく、実績が欲しかったんだろうね。『大輝戦』と言えば、『グリッター』最大の華場だ。そしてそこで自分の根拠地の部下が活躍し目に留まれば、当然指揮官の評価も上がり、昇進も望める。だから改竄までして君を出場させてたんだろうね」
大和の話を聞いた夜宵は、たまらず悲痛な面持ちを浮かべた。
過去の自分の努力と成果は、ただただ利用されていただけど知り、悔しさのあまり服を強く握りしめていた。
それを気の毒げに見つめながらも、大和は別の資料を取り出し、それを読み上げる。
「気休め代わりにしかならないかもしれないけど、君と共に戦った、同じ地区での一人の選抜のメンバーのデータを教えておこうか」
夜宵は顔を上げて頷き、大和の話に耳を傾ける。
「当時の選抜のなかで、関東のエースとして活躍した人物、『戦国 巴』君は当時二十二歳、今の君と同じ年齢だね。その時の彼女の総討伐数は320。これは当時の日本全国でもトップクラスの成績で、その年の討伐数だけでも70体を超えていたそうだ」
その数字の桁違いさに、夜宵は強張った笑みを浮かべることしか出来なかった。
夜宵の現在の総討伐数は150程度。戦国 巴は当時からその倍近くの数のメナスを退治してきたことなる。
勿論戦列に加わった年の差はあるだろうが、それにしてもといった数字の差であり、文字通り桁の違う強さの人物だったのだ。
「さて、そんな彼女だけど、その圧倒的な活躍もあり現在は『シュヴァリエ』としての称号が与えられ、そこで活躍しているそうだ。その実力はやはりそれに相当するものだったみたいだね」
十分に納得のいく話だった。
それ程の実力者がポンポンといる方がおかしい。寧ろ『シュヴァリエ』であってくれて安堵したくらいだった。
「まぁこれは少し極端なデータだったけど、この年に選ばれた各グループの選抜メンバーは、どれも素晴らしい戦績を収めた者ばかりだった。当時の年齢を考慮すれば、君の活躍も十分すぎるけれど、いきなり『大輝戦』で戦うにはまだ厳しかったのは事実だ」
大和に言われ、夜宵は当時の記憶をフラッシュバックさせる。
期待と重圧を背負い挑んだ大舞台で、夜宵は足を引っ張り続けた。
仲間に言われた言葉は殆ど覚えていない。もしかしたら叱咤や怒号だったのかもしれない。
しかしそれ以上に鮮烈だったのは、周囲を取り囲む人々の絶望と失望の入り混じった表情だった。
それを取り戻そうと必死になり、そして空回りし、再び足を引っ張った。
いま思い出すだけで、身体が震えそうになるような、トラウマに近い思い出だった。
例えデータとして示され実証されても、それを経験してしまっては、理解はできても身体が納得しなかった。
「その上で、今度はボク自身が自信を持ってもう一度言おう。君は実力だけでなく、それに伴う精神面も成長した。今の君なら選抜に選ばれただけの価値を示すことは十分に可能だろう、とね」
夜宵はパッと顔を上げ、大和を見る。
「ここに来てから半年間、ボクは君を見てきた。メナスを倒す実力は元より、仲間を鼓舞する精神力、仲間を導く指揮力、そして仲間から心を揺らされる信頼性、どれをとっても過去のデータから君は大きく成長した。各グループから選抜された人員と比べても全く劣らない、素晴らしい『グリッター』としてね」
「司令…官」
ジッと自分を見る夜宵の目を、大和は真正面から受け止めた。
「勿論半年程度じゃ分からないことも沢山ある。けど、たった半年で分からされたことの方が実感として強く残るんだ」
大和の言葉の一つ一つが、夜宵の心に強く打ち付けられていき、そしてもみほぐしていった。
「今の君なら大丈夫だよ夜宵君。千葉根拠地の司令官として、君の選抜入りを誇りに思う」
大和が言い終えると、咲夜も笑みを溢してこれに続く。
「指揮官としても、です。初めて貴方と模擬戦をしてから幾度と訓練を重ね、成長してきた姿を見てきました。今の夜宵さんなら自信を持って送り出せます」
二人の言葉を受け、夜宵はスッと瞼を閉じる。
そこには、今まで脳裏に浮かんできたあの失望と絶望を浮かべた人々の顔は、すでに無かった。
次に目を開けた時、夜宵の目には迷いはなく、強い瞳で二人を見ていた。
「ありがとうございます、司令官、指揮官。このお話喜んで拝命させていただきます」
夜宵の力強い言葉に、大和と咲夜の二人も嬉しそうに笑みを浮かべて頷いた。
次いで二人は、隣に座り黙ったままの状態の朝陽に目を向けた。
「朝陽君はどうかな?」
「私…は…」
正直言って、大和にとってこの朝陽の反応は意外であった。
朝陽ならば、驚きこそすれど、直ぐに良い返事をすると思っていたからだ。
しかし、実際には違う。書類に目を通した後の朝陽の反応は困惑、そして迷いであった。
「…規模の大きな話だ。直ぐに結論を出せるものでもないだろう。時間はまだある、ゆっくり考えると良い」
「…はい、すいません、ありがとうございます」
大和の言葉に甘え、朝陽は小さく一礼。そしてゆっくりと部屋を後にした。
「…意外、でしたね。彼女は寧ろ喜んでこの話を受けると思っていました」
「そうだね。ボクも同じだ。けれど、ボク達でも気付けない、本人なりに引っ掛かることがあるんだろう。今は彼女の気持ちの整理がつくまで、ボク達は待とう」
机に置かれたお茶を一口飲み、大和は一息つく。
その時、夜宵は朝陽の内心に最も早く気付いていた。
「司令官、指揮官、あの子のことは私に任せていただけませんか?」
夜宵の提案に、大和と咲夜が顔を見合わせる。
「ふむ、何か気付いたことがあるんだね」
大和の言葉に、夜宵は力強く頷いた。
「今のあの子は、それこそ四年前の私と同じ状況にあると思うんです。周囲に掻き立てられ、責任と重圧を背負っている。それが、妹を迷わせているんだと思います」
そう説明され、大和も咲夜も確かに、と頷いた。
「いや、寧ろ何故気付いてやれなかったんだろうね。偉そうに夜宵君のことを語っておきながら、ボクは朝陽君のことを蔑ろにしてしまった。彼女なら喜んで受け入れてくれると、勝手に思い込んでしまったんだ。司令官失格だね」
朝陽の性格上、喜んで受けると思い込んでしまい、夜宵と同じ状況を自ら作ってしまっているという事に、大和は今更ながら気付き反省する。
しかし夜宵はこれに首を振った。
「いえ、そんなことはありません。朝陽も、この選抜に選ばれたことは誇りに思ってると思うんです。ただ、同時に責任感からくるプレッシャーは、やはり当事者でないとなかなか理解が及ばないことが多いものです。あの子はいま、その狭間で戦ってるんだと思います」
成る程…と言った様子で頷く大和に対し、隣に座る咲夜は何か思うところがあったのか、やや表情に影を落としていた。
「私がどこまで力になれるかは分かりません。司令官の期待される回答にまで導くことは出来ないかも知れません。ですが、過去の時の私とは違います」
すっかりと自信を取り戻した夜宵は、力強い眼差しで大和に語りかけた。
「あの時、この根拠地から選ばれたのは私一人だけでした。ですが、今度は司令官がいて、指揮官がいて、そして姉である私がいます。あの子の心を支えてあげることが出来れば、きっとプレッシャーに打ち勝つことは出来ると思うんです」
夜宵の力強い言葉に、大和は嬉しそうに小さく頷いた。
「分かった。朝陽君のことは夜宵君に任せる。けれど一つ誤解していることがあるよ」
「え?」
誤解していると言われた夜宵は、眉を顰めて返す。
「ボクは朝陽君がこの話を受けてくれることを待っているわけじゃ無い。勿論受けてくれたら嬉しいけど、ボクとして彼女の本心が聞ければそれで良いんだ」
大和は優しい笑みをニコリと浮かべ続ける。
「彼女自身が選んだのであれば、ボクとしてはこの話を断ってくれても全然構わない。大事なのは、自分に正直な心だ。朝陽君にも、気を楽にして良いんだ、ということを話しておいてくれるかな」
大和の気遣いに感謝し、夜宵は大きく頷くと、朝陽を追って部屋を後にした。
室内に残った大和は再度お茶を啜る。僅かな沈黙の後、咲夜は意を決したように大和の方を見る。
「良いよ、君も行っておいで」
咲夜が何かを口にする前に、大和が先に話し出す。
自分の考えを読まれていたことに気付いた咲夜は、薄ら頬を赤らめながら、夜宵に続いて部屋を後にした。
あとに残された大和は、残ったお茶を全て飲み干し、そして嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「大丈夫だ朝陽君。誰も君を一人にはしない。君を支える人はたくさんいる。だから、一人で抱え込まないで良いんだ」
※本日は後書きお休みさせていただきます