第162星:正体
あらすじ
仲間が囚われの身となった小隊長の椿は、単身で『アウトロー』のアジトへと向かい襲撃する。
かつての自身を表出させ、あと一歩のところまで追い詰めるが、そこへ『アウトロー』の王、金城 乖離が現れる。
圧倒的な力を前に、椿は決死の覚悟で仲間の救出に動く。そこへ、ローブを纏った謎の人物が現れ、椿を救出する。
更に椿を圧倒していた金城 乖離を押し留め、その隙に仲間を救出する事に成功する。
一気に形成は逆転し、金城 乖離を追い詰めた一行であったが、そこで乖離が撤退行動に移り…?
「う…いったぁ…」
床に叩きつけられ、全身を強く打ちながらも怪我がないことを確認した七はゆっくりと立ち上がる。
あたりを見渡すと、同じく落下した他の面々もゆっくりと立ち上がっているところだった。
閃光弾の影響か、視界がぼやけ、意識もモヤがかかっているような感覚があったが、時間の経過と共にそれも無くなっていった。
「…逃げられましたか」
と、そこへ落下した箇所を見上げるローブの人物が、悔しげに呟く。
「ですね〜。悔しいですけど完全に不意を突かれました〜」
椿が隣に立ち、その人物の発言に同意する。
「まさかあの男が撤退するのにあそこまで抵抗が無くなってるとは思いませんでした〜」
「あまり嬉しくはありませんが、金城 乖離も成長しているということなのでしょう。厄介ですね」
平然と会話をしている二人の様子を、七は何故か違和感が無いと思いながらも怪訝そうな様子で見つめる。
「あの…椿さんはその方とお知り合いなのですか?」
そのことを尋ねられた椿は、笑みを浮かべながら隣に立つ人物に声をかけた。
「もうここには身内しかいませんよ〜。ローブのフード、外しても良いんじゃないですか〜?」
そう指摘され、ローブの人物はやや躊躇った様子ながらも、ゆっくりとフードを外していった。
苦笑いを浮かべながら、素顔を表した咲夜の顔を見て、七達は驚きの表情を見せる。
「し、指揮官!?先程まで戦われていたのは、指揮官だったんですか!?」
同じく驚いた表情を浮かべていた言葉も、言葉にできないほど感情を揺さぶられていた。
「(謎めいた人だとは思っていたけど、『グリッター』としての実力がこれ程高いだなんて…本当に何者なのこの人…)」
一同が驚きを露わにするなか、咲夜は困ったような笑みを浮かべる。
「えぇ、実は大和の命令で赴きました。どうやら緊急性の高い事態だった様でしたので。ですが私のことは内密にお願いしますね」
正体を明かされてみれば、その声はやキレのある動きは、確かに訓練で何度も見てきた咲夜のものであった。
少し注意深く見れば気づけたことではあるが、あの圧巻な戦闘場面を見せられれば、良い意味で冷静でいられないのも無理はなかった。
「助けていただいてありがとうございます。でも…わざわざ指揮官が出向かれるほどの事では…」
「フフッ、まぁそこは心配性な司令官の性格ですから、様々なリスクを考慮して、確実性を取られたのでしょう。実際、その采配は的中していたとみて良いのでは無いでしょうか」
咲夜の言う通り、救援に駆け付けたのが他の面々では、恐らく乖離一人に押し切られていただろう。
大和がそこまで読んで咲夜を派遣したかは分からないが、その判断が椿達を救ったことに間違いはない。
「とは言え、私もまさか金城 乖離が現れるとは思ってもいませんでした。『軍』でも見つけられない男を逃してしまったのは、失態ですね…」
咲夜は今はもう姿さえ見えない男の影を、落とされた上の階を見つめながら呟く。
「すみません…そもそも私達が人質に取られていなければ、指揮官ももっと戦えたかもしれないのに」
自分のミスを責め落ち込む七に対し、咲夜は優しく微笑みかける。
「そんなことはありません。確かにまずは貴方達の救出を第一に考えた動きをしましたが、それは私達の中で何よりも優先すべきことです。こうして無事に救出出来たのですから、私の任務は無事達成、そして貴方達は私達の使命を果たしたことになります。必要以上に気にする必要はありませんよ」
優しく諭され、七は申し訳ない気持ちを持ちながらも、感謝の言葉を伝えた。
その横で咲夜の言葉を聞いていた椿は、複雑そうな表情を浮かべていた。
「(…仲間の救出を第一に…か。そう、私もそれを最優先に考えなくちゃいけなかった。なのに、私は、コケにされたことに感情的になって、七ちゃん達の救出よりもやり返すことを優先させちゃった…)」
まだスイッチが切れきれていないのか、椿の心の声はまだ『アウトロー』の時のものであった。
「(普段の私のステルス訓練の成果を発揮できれば、あの三人の『アウトロー』に見つからずに七ちゃん達を救出出来てたかもしれないのに、私はむざむざ見つかりに言って、却って窮地を招いてしまった…もっと言えば、相手が『アウトロー』だからって先走って、居場所を知られてしまった。今回の失態は、全部私の責任だ…)」
あまり表情に出さないように意識していたものの、咲夜はその変化を一瞬で見抜いていた。
「佐久間 椿 二等星」
凛とした声で名前を呼ばれ、椿は思わず背筋を伸ばして応じる。
「今回の任務は不足の事態が重なった結果です。私も司令官も、必要以上に貴方に責任を追求するつもりはありません」
「は…はい」
「報告も受けていない状態ですし、ここでアレコレ話をすることは無意味でしょう。それでも、根拠地に戻り次第、正確な報告を司令官に伝えてください。判断は、それを聞いた上で大和が下すでしょう」
その判断がどうなるのか、椿には分からない。
しかし、今回の一連の流れを考えると、何かしらの処罰は下されるだろう。
重苦しく、椿が返事の言葉を返そうとした時だった。
「指揮官!!」
七が椿の前に立ち、咲夜の正面に立つ。
「せ、責任は私にもあります!私は『アウトロー』と直接対面したにも関わらず、それを見抜けず見過ごしてしまいました!そのせいで、拠点がバレて襲撃された可能性があります!」
「な、七ちゃ…」
更にこれに続いて、言葉がその横に立った。
「同じく、私にも責任があります。私が不用意に拠点から出たため襲撃を受けた可能性が高いです。最初に人質になったのも私です」
「言葉ちゃんまで…」
更に、七に背負われていた優弦も、いつの間にか意識を取り戻していたのか、ゆっくりと口を開いていた。
「ボク…もです。」
「優弦ちゃん!目を覚ましたのね!身体はどう?」
一同の注目を集めるなか、優弦は申し訳なさそうに頭を下げる。
「う…ん、大丈夫。それより…も」
優弦は必死に顔を上げ、咲夜に目を向ける。
「ボクが小隊…から離れてしまったから、小隊…の戦闘の幅…が狭まってしまい…ました。襲撃を押し返せ…なかったの…はボクのせい…です。椿さん…の責任じゃ…ない、です」
元々口調は途絶え途絶えな優弦だが、今は話すのも精一杯といった様子であった。
それでも、椿一人に責任を負わせまいと、必死に口を開いて意思を伝える。
椿小隊にそれを止めるものはおらず、全員がまっすぐと咲夜の方を見つめていた。
咲夜はしばらく一同をジッと見つめ、椿小隊の面々は張り詰めた雰囲気になる。
「ふふっ…本当に仲間に恵まれましたね椿さん」
数秒の沈黙を経て、咲夜はゆっくりと相好を崩していった。
「話はよく分かりました。今回の件はそれぞれ全員に責任があるようですね。その辺りの報告は、私からも良くしておきます」
咲夜の表情が緩んだことで一同も安堵したのか、全員が脱力し息を吐き出す。
「さて、それは一先ず置いておいて、間も無く私が近辺の支部に依頼しておいた処理班が到着する筈です。七さんと言葉さんの二人は合流後、周囲の後処理の手伝いに、椿さんと優弦さんは治療を受けてください」
「了解です」
一同が咲夜の言葉に頷くと、七が咲夜に質問する。
「あの…指揮官は?」
「私はこれから支部長に今回の経緯を説明したのち、先に根拠地へ戻ります。本来は私も残るべきなのでしょうけど、報告書などの書類を作らなくてはならないので。特に金城 乖離の情報は直ぐにでも上に伝えなくてはなりませんので」
咲夜がこの場所に到着したのは恐らくほんの数分前。
そしてあの激しい戦闘をこなした後でまた直ぐに帰還しなくてはならない。
最も過酷なのは咲夜だったが、その仕事は椿達では誰も代わることは出来ない。
頭の下がる思いで、先に上へと昇ろうとする咲夜を見送るなか、咲夜はゆっくりと振り返った。
「今回は不足の事態が続くなか、良く全員生き残りました。それでこそ、千葉根拠地の『グリッター』です。様々な経緯はありましたが、その使命を果たしたことを、指揮官として私は誇りに思います」
咲夜の言葉を受け、各々が自責の念に駆られながらも、強く胸打たれていた。
今回の失態を糧とできるよう、更に強くあろうと、全員が胸に誓っていた。
咲夜は最後に「帰還後はしっかりと身体を休めるように」と付け加え、その場を後にした。
それから間も無くして、咲夜の言う通り支部隊員が到着。そこへ合流した一同は、後処理を終え、根拠地への帰路についたのであった。
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「おい、報告にあった『アウトロー』の捕虜三人はどうしたんだ?」
「え?通常通り解放したが…?」
「は?おい何言ってるんだ!捕虜の解放なんて指示出てないぞ!?」
「お前こそ何言ってるんだ?捕虜は解放するものだろ普通…あ、あれいやまて…そうじゃないよな…」
「お、おいお前どうしたんだ?様子が変だぞ?」
「だって捕らえたら解放するのが普通で…いや、だったらそもそもなんで捕らえるんだ…?な、何で俺は捕虜を解放したんだ!?」
「お、おい誰かコイツを見てやってくれ!様子がおかしいんだ!!」
この日の報告書に、捕縛したはずの氏通 瀬々美、足柄 リコ、葛西 聖の三名が逃亡したとの記載が追加された。
また、当初は支部員に『アウトロー』の諜報員としての嫌疑が掛けられていたが、調査により、その支部員は『グリット』による常識改変がされていたことが判明。
その時の記憶は全て消されており、思い出そうとするとトラウマかのように身体が震え出していたとののとであった。
※後書きです
ども琥珀です。
最近ちとお腹の調子が悪くて、何かを食べると下痢をするみたいな状況が続いてます。
更には血便も見られるようになり、もしかしたら身体がヤバいのか?と思うような今日この頃です…あ、血は鮮血です。
朝(投稿時間的に)からなんという話をしてるんですかね笑
本日もお読みいただきありがとうございました。
今週も月・水・金の三回更新をさせていただきますので宜しくお願いします。
感想・レビュー等も(勿論)心待ちにしております!!