第160星:ローブの人影
ローブの人物が呟いた直後、その人物を中心に白銀の光が迸り、そして乖離を襲った。
乖離は椿の方へ差し出していた手を引っ込め、代わりに自身に襲い掛かる銀光へ向けた。
「…なに?」
乖離の触れたものは全て消滅する。
それは、『グリット』であっても例外では無い。しかし…
「…チッ」
乖離は白銀の光の奔流に飲み込まれ、そのままアジトの外にまで押し出されていった。
「なっ!?」
これを、近くで見ていた聖が驚いた様子で声を上げる。
対して、目の前にまで迫っていた椿はただただ唖然とすることしか出来なかった。
乖離の『破壊者』が光に対して効果がなかったわけではない。
しかし、ローブの人物が放った白銀の光が、乖離の『破壊者』の消滅を上回る質量で押し切ったのだ。
「…貴方…一体何者?」
椿は恐る恐る声を掛けるが、不思議とローブの人物から敵意を感じることは無かった。
ローブの人物は迸っていた光を抑えると、ゆっくりと椿に向け口を開いた。
「私の正体は今はどうでも良いはずです。それよりも、地下に幽閉されている仲間の救出を」
その声を聞いた瞬間、椿は直ぐにその正体に気が付いた。
そして、ローブで正体を隠しているのは理由があると察し、それ以上の追求はしなかった。
その言葉に従い、椿は先程までの攻防で出来た床の穴から地下へと向かう。
「ッ!?待て!!」
それに気付いた聖が、椿を追おうとするが、ローブの人物がその前に立ち制止する。
「クソ!なんなんだお前は!!邪魔をするな!!」
自身が完全敗北を喫し、『アウトロー』最強と謳われる乖離も吹き飛ばされたことで冷静さを欠いていた聖は最早会話をする余裕もなく、ローブの人物に対して『幻痛感』を使用する。
「ッ…これは…過去の傷を想起させているのですか…」
「あの男を吹き飛ばすほどの手練れだ!!私の『グリット』はさぞ堪えるだろう!!動けないまま逝け!!」
いつの間にか回収していた『火熨斗』を手に持ち、それをローブの人物目掛けて突き出す聖。
「…ええ、確かに堪えます。まるで、過去の自分の愚かさを実感させられているようです」
しかし、ローブの人物は全く効いていないかのように冷静で、聖の攻撃を容易にかわす。
かわされると思っていなかった聖の大振りな攻撃をすり抜け、懐に入ると、ローブの人物は再び小さく呟く。
「『原初の輝』」
今度の発光は一瞬。
パッと輝いた瞬間、聖の身体はくの字に曲がり吹き飛び、そして後方の壁に衝突する。
その衝撃は、先程まで椿が使っていた『衝撃槌』など比べ物にならず、聖もついにその意識を手放した。
ローブの人物はそれを確認すると、残された最後の人物に目を向ける。
「ヒッ、イイィィィ!!」
そこには、瀬々美が全身を震わせて座り込んでいた。
既に戦意を喪失していると理解したローブの人物は、ゆっくりと聖、リコに近付き、懐から取り出した何かを近付けるーーーーーガシッ
「…!」
不意にその手を掴まれ、ローブの人物は一瞬驚いた表情を浮かべる。
その手を掴んだのは、やはり全身を震えさせながらも必死に身体を動かして這いつくばってきた瀬々美であった。
「お、おおおお願いします、二人を殺さないで下さい!!わ、わた…私が代わりになりますから!!」
元々話すのが得意で無い彼女が、更に恐怖からまともに話すのが困難であるはずにも関わらず、それを必死に堪え、二人の命を守るための言葉を口にしていた。
ローブの人物はしばらくその様子を見た後、小さく息をこぼした。
「心配はいりません。命を取ろうとは思っていません。ただ逃げられては面倒なので拘束具をつけさせていただくだけです。勿論、ここで貴方が暴れるようでしたら話は別ですが?」
言葉の今を理解し、二人が殺されないことで安堵したのか、瀬々美は涙ながらに笑みを浮かべて頷き、ゆっくりと手を差し出した。
ローブの人物は一瞬躊躇う様子を見せながらも、持っていた拘束具の戦闘補具を瀬々美に付け拘束する。
そして、それに続いて意識を失っている二人にも拘束具を装着していった。
「…この拘束具は使用者の『エナジー』を吸収して動きを封じています。無理に『グリット』を発動すれば死に至る可能性もあります。逃げようなどと思わないで下さいね」
「だ、だだだ大丈夫です!お二人の命が助かるなら」
ローブの人物の言葉の意に反して、瀬々美はニコッと笑みを浮かべて逃亡の意思はないことを伝える。
それを聞いたローブの人物はゆっくりと立ち上がり、瀬々美達に背を向けた。
「…どうして、その純粋な思いを、少しでも人々に向けてあげられなかったのですか…」
その呟いた言葉は、誰に届くわけでもなく風に乗って消えていった。
「ふぅむ…」
そしてその直後、ローブの人物によって出来た壁の穴の奥から、声が聞こえて来る。
「よもや俺の『グリット』で消滅させきれない能力を持つ奴がいるとはな」
当然、そこから現れたのは吹き飛んだ張本人である乖離だ。
聖を一撃で気絶させた以上の威力の攻撃をその身に受けながら、乖離の身体には傷一つついていなかった。
「ここ数年、『軍』から『レジスタンス』にまで可能な限り情報網を張り巡らせていたが、貴様のような『グリット』の持ち主は聞いたこともない。貴様、何者だ?」
ジッと視線を向けてくる乖離に対し、ローブの人物は一切臆する様子なく答える。
「私が何者であるかなど知る必要は無いでしょう。どうしても知りたいというのなら力付くで身ぐるみを剥いでみなさい。貴方の得意そうなことでしょう?」
それどころか交戦的で挑発的な発言をしてくるローブの人物に、乖離は珍しくキョトンとした表情を浮かべ、次いで愉快そうな笑みを浮かべていった。
「クッ…ハハハハハ!!まさかこの俺にそのような事を言える輩が『あの女』以外にいるとはな!!」
顔を手で覆いながら大笑いする乖離に、ローブの人物はただただ冷たい目を向けていた。
「クッ…ハハ…あぁ貴様のいう通りだ。知りたい事をわざわざ尋ねるなど俺らしくも無かったな」
不敵な笑みを浮かべ、乖離は興味をそそられる目の前の人物に再び目を向ける。
「貴様の正体、見させて貰うぞ!!」
●●●
床の穴から地下に降り立った椿は、目の前に他のものとは違う堅固な空間があるのを発見する。
「ビンゴ…」
椿はそこに近寄り、入り口と思われるドアを引く。当然ドアは施錠がされており、簡単に開く様子はない。
「ま、私には関係ないけど」
椿は『グリット』を発動し、ドアの入り口にセットする。すると、ドアはガタガタと音を立てて、次の瞬間、勢いよく開いた。
「鉄製だからねこのドア。ネオジム磁石のトラップ使えば簡単に引き寄せられるよ」
なんのことはない力技でこじ開けた椿は、そのまま奥に進んでいく。
中はそれ程広くなく、直ぐに突き当たりへとたどり着いた。
そこにはまたドアが一つ。恐らく七達が隔離されている牢であることは直ぐに察することが出来た。
入り口のドアとは違い、こちらはよりシンプルなモノとなっており、椿の『グリット』を用いなくとも開けることが出来た。
「椿さん!!」
ドア開くと七が歓喜の笑みを浮かべ近付き、そして直ぐに顔を青ざめさせた。
椿の見た目はボロボロで、衣服もまともな機能を果たしていない。
片腕からは今も血が流れており、更に銛が突き刺さっている。
「す、すぐに治療を…」
慌てて医療キットを取り出そうとする七だったが、手持ちの物を全て回収されていたことを思い出し、悔しげな表情を浮かべる。
対して椿はいつもの笑みを浮かべて、七を制した。
「大丈夫だよ〜七ちゃん。見てくれほどガタは来てないから〜。それよりも〜、ここを早く脱出しよう〜。まだ上では戦いが続いてるからさ〜」
椿の言う通り、会話の途中で時折衝突音のような音が鳴り響いていた。
これに訝しげな表情を浮かべたのは、同じく捕らわれていた言葉だった。
「待ってください椿さん。まだ戦闘が続いているって…いま上で戦っているのは誰なんですか?まさか優弦一人に…?」
その言葉に、椿は首を横に振って否定する。
「違うよ〜。でも誰なのかと聞かれると答えられないな〜」
「…私には話せない人物ということですか?」
「違う違う〜私も正体が分からないってことだよ〜」
言葉の表情がますます怪訝そうな顔つきになるが、椿はひとまず動く事を優先させた。
「とりあえず〜まだ上に優弦ちゃんがいるからあの子を回収しに行こう〜。謎の人物についてはその時自分達の目で見てみたら良いよ〜」
未だ納得しきれていない様子の言葉であったが、これ以上問い詰めても進展は無いと判断し、先に歩みを始めた椿達の後についていった。
※後書きです
ども、琥珀です。
ん〜ローブの人物は一体何者なのですかね〜
いや〜書いてて爽快なキャラだな〜誰かな〜?
圧倒的強キャラとして登場した乖離を上回る強キャラ。たまらんですね笑
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回は金曜日の更新を予定しておりますので宜しくお願いします。