第159星:『裏の王』
金城 乖離
傲岸不遜で唯我独尊で傍若無人な『アウトロー』の王。それに見合う実力と知性、そしてカリスマ性を備えた人物。かつて護里との戦いに敗れ、以降姿を眩まし続けていた。
佐久間 椿(22) 三等星
千葉支部所属。椿小隊の小隊長。物体を還元して透明な罠を作る『グリット』扱う。おっとりした口調が特徴だが、『アウトロー』に敗れてから、『アウトロー』としてのかつての自分を取り戻し…
「貴様、確か前に一度俺と対峙したことがあるな?あの頃より雰囲気が少し違っていたから気付かなかったが」
悪びれる様子もなく乖離は真っ直ぐ椿を指さす。
対して椿は、思い出されたくなかったようで、やや苦い表情を浮かべていた。
「別に…忘れててくれて良かったんだけど」
「クハッ!そう言うな。この俺が少しでも他者を覚えているなど奇跡に近いぞ」
「…それは自信満々に言えることなのかな〜?」
呆れた様子で言葉を溢す椿だったが、その内心は次の手を考えることで精一杯であった。
手持ちの装備を使用しても、触れるだけで物質を消滅させてしまう乖離には効果がない。
となれば、先程のように攻撃ではなく物理的に動きを止めるか鈍らせるしか方法はなかった。
乖離はギシギシと床を踏み鳴らしながら、やはり大胆に椿に近寄っていく。
「何年前だったかは忘れたが、以前にも同じように俺と対面し、そして見事逃げおおせた輩だいたが、その女の手口とよく似ている。まさに貴様のことだろう?」
乖離の記憶は正しく、椿は以前、この男と対峙したことがあった。
当時の椿は『アウトロー』の中でも一目置かれ、椿自身もそんな自分に自信を持っていた。
端的に言えば調子に乗っていた。
しかし、椿は乖離という男と出会い、自分の弱さを計らずとも思い知らされたのだ。
椿の真骨頂とも言える罠を始め、不意打ち、奇襲、闇討ちなど、卑劣な戦闘スタイルを得意としていた椿は、乖離にも同様に仕掛けていた。
しかし、乖離はこれを全て跳ね除け、逆に椿を追い詰めていった。
今と同じような状況に陥った椿は、しかし、あらゆる手を講じて乖離の動きを止め、逃亡に成功していた。
ただし、その時と今では状況が違う。過去の時は室外であったが、現在は室内。
逃走経路は限られ、使える手も少ない。
更に先ほどまで油断していたものの、自分のことを思い出したことで、乖離は警戒を強めるだろう。
「(あの男、傲岸不遜で唯我独尊で傍若無人な癖に、頭はキレるし直感力もある。謎のカリスマ性も持ってる。ぶっちゃけすごい厄介)」
『アウトロー』は個人で動くことが多く、徒党を組むことは滅多にない。
ましてや、同じ認識・目標を持って動くことなど稀である、と言うのがこれまでの『アウトロー』に対する認識であった。
その常識を覆したのが、この金城 乖離という男である。
数年前、突如として君臨した乖離は、ある地域に住まわっていた『アウトロー』を一瞬にして制圧した。
何故『アウトロー』を狙ったのかは不明だが、それにより乖離は一躍危険人物となった。
それだけに留まらず、一部の『アウトロー』は敗北したことで乖離の傘下になりだすものが現れた。
乖離自身はこのような性格のため、下に付かれることには抵抗はなく、寧ろそれを狙っていたのではないかと思うように、それを受け入れていた。
『アウトロー』に組織が出来たことを警戒した最高司令官である護里は、乖離の身柄を確保するために人材を派遣する。
しかし、乖離は護里の予想を上回る人物であった。なんと乖離は巧みな戦術と指揮でこれを撃退。
更に、これにより益々警戒心を高めた護里は、当時の一等星含む精鋭を派遣。
さしもの乖離もこれには苦戦したものの、乖離自身が戦闘に加わることで一等星を撃退。これに勢いづいた『アウトロー』が勝利を収めた。
これにより護里は乖離を最重度危険人物に指定。
更に、自身の判断ミスの責任を取るべく、護里が自身が出陣。
そして、当時勢いついていた乖離率いる『アウトロー』を一人で鎮圧
。
これにより乖離の快進撃は終わったかに思えた。
しかし、乖離は捕縛されたその日のうちに逃亡。そして姿を晦ました。
その後、『軍』の力を持ってしても乖離の跡を追跡できず、後にも先にも護里が敗北を喫した唯一の例となっていた。
逆に言えば、それだけの最重要人物を椿は目の前にしており、この情報を届けるだけで今後の事態を大きく動かす鍵となっていた。
しかし、当然乖離と言えどそれは阻止するだろう。
圧倒的な強さと『グリット』を持つ乖離と言えど、護里との対決では完全敗北を喫している。
訪れたのが気まぐれと言っている時点で、ここにいるのは偶然に過ぎない。
そんな中で居場所がバレるのは、乖離も本意では無いだろう。
「ふむ、貴様には僅かながら興味があるが、残念ながら『軍』の狗となっては遊んでいるわけにもいくまい」
やはり、と言うべきか、乖離は警戒心を上げてきた。椿が『軍』人であり、そして一度逃した経験があるからだ。
「…旧知の同僚にあったんだから、もう少し優しくしてくれても良いんじゃない?」
「クハッ!貴様が言ったのだろう?覚えていなくても良いとな。それにかつての貴様ならともかく、今の貴様は『軍』の狗だ、そうもいくまい」
乖離は「それに…」と続ける。
「あの婦人といまもう一度かち合うのはゴメンだ。何年もやってきた下拵えが無駄になるからな」
口を滑らせたのか、はなから隠す気など無いのか、乖離は気がかりとなる発言を溢していた。
恐らくは乖離に関する情報で、最も価値があり、そして『軍』に伝えなくてはならないモノだろう。
しかしここに来て、椿の考えは撤退から変わりつつあった。
「(多分…私がどう足掻いてもこの男を撒くことは出来ない。けど…)」
乖離はリスクを犯してまで椿を逃すほど打算的な男では無い。
あの王様的な性格は、全てを万事に備えて動いているからこそ出来るものなのである。
が、しかし、万全に目を向けるが故に、乖離はいま椿に固執していた。
この場で椿を逃すことが、最も完璧な備えに対して穴を空けかねない存在だからだ。
そこにつけいる隙があると椿は考えていた。
「(この男の注意を引きながら仕掛けを施せば、地下にいる七ちゃん達を逃すことは出来る)」
その目的は、七達の救出及び脱出を計画してのものだった。
内部を把握していた椿は、七達が地下に囚われているであろうことは掴んでいた。
そして、ここまでの攻防で、その地下に穴を開けることは可能であることも把握している。
あとは、椿があたかも乖離に攻撃を仕掛けようとしていると思わせ、上手く意表をつき脱出の道筋を作ることが今の椿の目標であった。
「(まぁ多分、それをやったら私は死ぬだろうけどね)」
この距離で行動を起こせば、乖離は直ぐに椿の意図を察するだろう。
その為には、乖離の意識を全て椿に向けさせる必要がある。
それは生半可なことでは不可能であり、文字通り決死の覚悟で行わなければならない。
「(勝負は一瞬。私が乖離のテリトリーに入った瞬間、『手持ち花火《500円》』と『癇癪玉《800円》』の組み合わせで地下に穴を開ける。地下っていってもそんなに深く無い。あとは自力で脱出出来るはず)」
プランは決まった。あとは覚悟だけ。この時、椿が思い出したのは、親友の顔であった。
「(三咲ちゃん、怒るだろうな〜。『こんな死に方をさせるために救ったんじゃない』…って)」
こんな状況にありながらも、椿の口元には小さく笑みが浮かんでいた。
それは、これまでに見てきた、『軍』としての佐久間 椿の顔であった。
「…む」
乖離もその不自然な笑みに気がつく。
「(でもごめんね三咲ちゃん。だからこそ、私の死に場所はここなんだ)」
笑みは消え、代わりに瞳に力強い意志が灯っていく。
「(かつて三咲ちゃんが私を救ってくれたように、今度は私があの子達を救う番なんだ)」
覚悟は決まった。既にトラップの用意も済んでいる。
「(だから…私に力を貸して!!)」
そして勢いよく踏み込んだ。
距離は離れていない。数秒もしないうちに乖離の手が椿に触れるだろう。
そこからのコンマ数秒が勝負だ。
「…ごめんね」
それは、誰に向けての言葉だったのか。そしてその時は訪れる。
乖離が無造作に伸ばした手に、椿の身体が触れようとした瞬間ーーーーーバリィン!!!!
「むっ!?」
「えっ!?」
突如窓ガラスが割れ、そして同時にそこからローブに身を包んだ何者かが割れたガラス片と共に入り込む。
そして、一言も言葉を交えず、ローブの人物は凛とした声でこう呟いた。
「『原初の輝』」
※後書きです
ども、琥珀です。
前回の投稿で久々に更新ツイートをさせていただいたのですが、思いの外アクセスが伸びました。
やはり、宣伝は大事ですね…また機会があればツイしようと思います。
さて、今回のタイトルなのですが、前話に間違えてくっつけてしまい、今話に修正しました。
前話が『金城 乖離』、今話が『裏の王』になります。ややこしくしてしまい申し訳ありません。
今週も3回更新で参りますので宜しくお願いします。