第158星:金城 乖離
その男は最強として君臨する
その男は王として君臨する
『アウトロー』最強にして『裏の王』
金城 乖離が姿を現した…
椿の動きに躊躇はなかった。
聞き覚えのない声に、この場所を知っているという点で、この声の主が敵であると判断したのだ。
握っていた『衝撃槌』を横に薙ぎ、衝撃波を放つ。
「俺を一瞥もせずに仕掛けるか。生意気な」
が、その衝撃波が声の主に届くことはなかった。
まるで見えているかのように声の主は手を前に出し、そしてその身体に触れる前に消滅したのだ。
「っ!?」
その異質性を感じ取った椿は、瀬々美の髪を放し距離をとった。
「ほう?良い判断だ、褒めてやろう」
距離をとったことで、椿はその声の主の全貌を把握する。
一言で言えば派手な格好の男だった。
スーツ姿ながら柄があり、髪は金髪に染め上げられ、更にはサングラスにネックレスなどの派手な装飾品が付けられていた。
しかし、それらが不釣り合いかと言われればそうではなく、男性から発せられる目に見えないオーラのようなものは、派手な装飾が上手く調和させているようだった。
距離を取りはしたが、男が詰めるような素振りは無い。
それ以上に、大胆にも椿から視線を外し、囚われている聖の方へと歩み寄っていた。
「ふむ、気まぐれで訪れてみたが、思っていた以上に無様だな」
「…ッ…何故貴方がここに…金城 乖離」
「ッ!?金城 乖離…?」
その名前に最も反応したのは、ジッと様子を窺っていた椿だった。
目を開き、驚いた様子で男性ーーー金城 乖離を見る。
しかし、当の本人はその視線に気付いていながら無視…いや、相手にさえしていなかった。
「ご挨拶だな。この俺がわざわざ貴様らを助けに出向いたやったと言うのにな。まぁ気まぐれだがな」
「…そうだと思いましたよ」
聖の額から大量の汗が噴き出ているのは、椿のトラップによるものか、はたまた目の前に立つ乖離からのプレッシャーによるものなのかは分からない。
「…それで、気まぐれで私のことも助けて貰えるんですか?」
「ふむ…まぁ良かろう。わざわざ足を運んだのだからな」
そう言うと乖離はゆっくりと聖を覆うとりもちの罠に手を近づける。
すると、とりもちが周りから塵となっていき、やがて完全に消滅していった。
「…助かりました。危うくもう少しで意識を手放すところでしたから」
「うむ、存分に感謝しろ。俺が無償で助けるなど滅多にないからな」
恐らくその言葉に嘘はないだろう。
まだこの場に来てから数分しか経っていないが、乖離の言葉の端々から不遜さが伝わってくるからだ。
「それで…ここからどうしますか。私達の当初の目的は彼女達の捕縛。既に二人は捕らえましたが、目の前の女含めもう一人が行方不明です。必要とあらばお力添えしますが?」
「いや、必要ない」
聖の提案を、乖離は一蹴した。
そして次の瞬間、もう片方の腕に握っていた紐を力強く引っ張った。
「…!優弦ちゃん!?」
その先で結びつけられていたのは、別行動を取っていたはずの優弦であった。
外傷は確認できないが、意識はなく、力なくぐったりとしていた。
「生意気にも俺のテリトリーに足を運んだからな。少し灸を据えてやった。心配せずとも殺してはいない。まだな」
様々な意味で形勢は逆転していた。
椿と乖離のやり取りは、先程までの椿と聖達とのやり取りと同じ。
但し追い込まれているのは椿の方だった。
「…まさかこの任務でアンタ程の大物に出くわすなんてね〜。ツイてるなかツイてないのか…」
「ほう?『軍』の狗が俺を大物と言うか。そう言えるのは『軍』の人間としてそれなりの立場を持っているか…若しくは元が同じ立場だったかだろうが…」
そこで乖離はようやく椿に興味を示したのか、真っ直ぐ椿を見つめる。
ただ見られているだけなのに、椿は強いプレッシャーを感じていた。
それほど、この男が持つ存在感は強かった。
「恐らく後者だな。お前からは俺と同じ臭いがする。…いや、そもそも貴様の顔、見たことがあるな。さて、思い出せるかどうか」
「思い出す必要はないよ〜。もう二度と会うこともないからね」
「その通りだな。とっとと始末して終いにしてやろう」
清々しいまでの思考の変化。
ほんの数秒までのことなど頭に無いようで、乖離は既に椿を始末すると決めたようだった。
乖離の取った動きは単純ながら不敵だった。
真っ直ぐ進むこと、ただそれだけであったからだ。
椿の『グリット』のことを考えれば、その動きは考えうる中で最も悪手。罠にかかりに行くようなものだからだ。
そして、実際その通りである。
数歩歩いたところで、乖離の足元が発光。
発動したのは以前メナスの動きを止めるために作成した電磁有刺鉄線によるトラップ。
強力な電撃により、数秒間動きを止めることを目的としたトラップだ。
「くだらんな」
が、乖離はこれをモノともしない。
というより、そもそも罠が乖離に届いていなかった。
起動こそしたものの、件の有刺鉄線は乖離に触れる前に塵となり消滅したのだ。
そこから更に歩みを進め、椿は都度複数の罠を起動させるが、いずれも乖離には届かず、全て消滅して行った。
これが『アウトロー』で最も恐れられている人物、金城 乖離の『グリット』、『破壊者』の能力である。
『破壊者』の効果は触れたものを分解する能力であり、更に分解途中のモノに触れると、その触れたものも伝道して分解される、まさに破壊者の名に相応しい能力である。
聖のとりもちを消滅させたのも、椿の罠が届かなかったのも、全てこの能力によるものである。
「(まずい…相性が悪過ぎる。『軍』でも手を焼くこの男といま対峙するのはダメだ)」
椿が『アウトロー』であった頃から、金城 乖離の名前は裏表関係なく知れ渡っていた。
その男を止めるべく編成された『軍』の部隊も、当の本人一人に敗北…いや、消滅したという事件もあった。
それほどまでに、この金城 乖離という男は強く、凶悪であった。
それでも、椿も並程度に留まる実力者では無い。
触れることで作動するトラップから、自身で作動する型のトラップに切り替える。
発動した『グリット』に使用したのは、ワイヤーと、リコが椿に攻撃するのに使った際に密かに回収していた銛。
後方に下がりながら、椿は自身の両脇にトラップを設置。
そして前進してくる乖離がその場所に立った瞬間、椿は両方の指をパチンと鳴らした。
次の瞬間、乖離の両側面から、椿の『グリット』で複製された銛が一斉に放たれる。
「数で押せばどうにかなるとでも思ったか?」
乖離はこれを当然のように消滅させ防いでいく。
「そんなわけないでしょ」
しかし、椿はそんな単純な手で終わるほど馬鹿ではない。
乖離に触れたことで消滅した以外の銛が、それぞれの側面の壁に当たると、銛の柄部分に付いていたワイヤーが一斉に巻き取られていく。
「む?」
巻き取られたワイヤーの先は、トラップの開始点となった床に付けられており、それにより一斉に床が剥ぎ取られていく。
そして、その中心点に立っていた乖離に向かって一斉に向かって行った。その量と面積は大きく、乖離を覆い潰すようにして衝突していく。
「(もう一手!!)」
更に、強引に剥がされたことで床はその役割を果たせなくなり、ミシミシと音を立てながら崩れていき、真ん中に位置していた乖離は埋もれるようにして落下していった。
その結果を確認することなく、椿は一気に撤退を始める。
「(アレで倒せたなんて思わない。単なる時間稼ぎだ。兎に角今は姿を隠さないと)」
無論、椿は七達の存在を忘れたわけでも、放り出したわけでもない。
例え本性を曝け出そうと、救出しにきたという点だけは、事実なのだ。
しかし、消滅を能力とする乖離が相手では、椿でさえ捕らえられる可能性があった。
加えて、その能力を相手にすれば七達に被害が及びかねない。
そう判断したが故に、椿は撤退という苦渋の決断を下したのだ。
「ッ!?」
と、次の瞬間、椿の足元が唐突に崩れだす。
ギリギリのところで横に飛び跳ね、落下だけは回避するものの、動きを止められたことで撤退が失敗に終わったことを椿は悟る。
その直後、落下した乖離が軽くジャンプして元の位置へと戻る。
チラリと椿が崩れた足元を確認すると、周囲がまるで消滅したように無くなっていた。
恐らく乖離が『グリット』で消滅させて破片を、下から椿の居るであろう箇所に投げ込み、崩壊させたのであろうことが推測できる状態であった。
咄嗟の攻撃にも耐え、対応する判断力と頭のキレは、さすが同じ『アウトロー』でさえ注目を置かれるだけはあった。
椿がこの男に対して次の一手を考えている中、乖離は愉快そうに笑みを浮かべ、椿に向かってこう言い放った。
「思い出したぞ」
※後書きです
ども、琥珀です。
どうもここ最近病にかかりやすくなってしまったのか、ついに片耳が聞こえなくなってしまいました…
ストレスとの付き合いが下手くそなんでしょうね…
何とか出来る限り回復してくれることを願うばかりです。
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回は月曜日更新で、来週も3回更新予定です。