第157星:『アウトロー』椿②
氏通 瀬々美の『グリット』は、自身のエナジーを人形に与えることで、与えられたダメージを人形に移す能力である。
人形の耐久度には当然限度があるが、移したエナジー相当分のダメージを抑えることができ、骨折程度までなら無傷で済むだろう。
椿の奇襲を受けて無事だったのは、この能力のお陰である(ダメージにはならないが衝撃は吸収出来ないので気絶はする)。
更に、この能力の真骨頂は、触れた相手のエナジーを人形に帯同させることで、相手の動きを操ることもできる点にある。
人と関わりを持つことが苦手な彼女は、存在感が希薄で人に気付かれにくい体質を持っていた。
そのため、声をかけてもなかなか気付かれないだけでなく、触れても反応されないこともある。
それが故に、椿はいつの間にか自分の足元まで近寄り、触れていた瀬々美の存在に今の今まで気付いていなかった。
触れることで椿のエナジーを手に入れた瀬々美は、すぐさまそれを人形に注入。
そして何の躊躇いもなく、人形の首を真横に回転させた。
瀬々美の『グリット』に兆候は一切ない。
『アウトロー』として優れる椿であっても、こうも不意に首を折られれば、どうすることもできないだろう。
「(…だが!!)」
聖は攻撃の手を止めなかった。ここまでの椿の圧倒的さを見て、万が一の芽も潰しておくべきだと判断したからだ。
聖はリコから手渡された戦闘補具を強く握りしめ、真っ直ぐ椿へと突き立てる。
リコが渡したバトル・マシナリー、『火熨斗』は、人体に機械の面を当て、そこから発せられる光線により、人体を内部から沸騰させる致死性の武器である。
直接当てなくてはならない分効果は絶大で、一瞬にして人体が耐えられる沸点を越えることが可能である。
触れたと感じた時にはもう遅い、=死となる、まさに死を前提とした武器なのである。
そう、先端が触れさえすれば…
ーーーーーガシッ
その武器を、椿の手は的確に掴み、触れる前に制止させていた。
聖が最初に感じたのは、困惑や驚きよりも恐怖だった。
完全に意表を突き、瀬々美の『グリット』だけで仕留めたと思っていたのに、椿は生きていた。
だけに留まらず、念押しの自分の攻撃さえ防がれた。
「(一体…どうやっ…)」
その事に気が付けたのは、間近で見ていた聖、そして足元に忍び寄っていた瀬々美の二人だった。
瀬々美の『グリット』は確かに椿に効果を与えていた。
それにより、椿の首は、間違いなく折れ曲がるほどの角度に回されていた。
と、同時に、椿は操られている事に気が付き、その刹那の間に跳躍、そしてその勢いを利用して、一瞬の間に身体を首と同じ方向に回転させていたのだ。
人間離れした反射神経と判断力。
いくら『グリッター』と言えど、簡単に出来る芸当ではない。
それこそ、何度も死地を乗り越えてきたような猛者でも無ければ…それはつまり、何を意味するか…
「いやぁ危なかった〜。首折り回避を経験してなかったらやられてたかもなぁ」
その言葉を最後まで聞き取れたかどうか。
次の瞬間、聖は武器ごと身体を引き寄せられ、その勢いのまま思い切り後方へ投げつけられる。
「クッ…!?」
為す術もなく投げ飛ばされた聖は、どうにか空中で姿勢を直し着地する。
しかし、その瞬間、自身の足元が発光する。
「ッ!!しまっ…」
それが椿の『鮮美透涼の誑惑』によるトラップであると気づいた時には既に手遅れだった。
突如白い物体が大量に現れ、聖を飲み込むようにして包み込んでいく。
辛うじて顔を出すことは成功したが、粘着性の非常に高い白い物質に覆われ、聖は全く身動きが取れなくなる。
「これ…は、とりもち?」
「正解〜」
訝しげにその物体を見つめ、その正体を見極める。同時に椿は言い当てた聖の回答に拍手を添えて褒める。
「…結局動きを封じるようなモノしか使わないのか。元『アウトロー』とは言っても、根は腑抜けていますね」
「そんなわけないじゃん」
負け惜しみとも取れるような言葉を椿に吐き捨てた聖であったが、椿はこれに冷たい笑みで応える。
「私の『グリット』の真骨頂はさ、罠の透過と複数のモノを掛け合わせてトラップに出来るところにあるんだよね。前にはステンレス製針金(1110円)と、圧電素子(『軍』改造版)を使用して電気有刺鉄線を作ったことがあるんだよ」
「……ッ、これにも、とりもち以外の何かが使われていると?」
「そうそう、何だと思う?」
椿は顔色ひとつ変えず、絶えず笑みを浮かべている。
内心の読めない不気味な笑みを向けられる恐怖を堪えながら、聖はとりもちを観察する。
しかし、目立った違いは見つけられない。通常のとりもちと違うのはその粘着性の強さだが、これは使用したモノの性質を何倍にも強化する椿の『グリット』の効果であり、もう一つの物質とは関係ないだろう。
「(一体何だ…もう一つの物質は…)」
その時ふと、聖はとりもちの異変に気が付く。
「…なんだ?とりもちが熱を…」
その瞬間、聖は椿がもう一つの素材に何を使ったを理解する。
「…まさか貴様…マグネシウムを混ぜたのか…?」
「お、良い線言ってるね〜。正解は、使い捨てカイロでした〜」
ブワッ…と、聖の額に大量の汗が溢れる。
この後、自分に襲いかかることを、明確に想像してしまったからだ。
「通常のカイロって、だいたい40〜41度くらいまで暖かくなるんだってさ〜。流石冬の常備品、適温ホットな道具だよね〜」
それに気付いているのかいないのか、椿は上機嫌に説明を始める。
「さて、私の『グリット』の性質強化は大体3〜4倍。30kgの重りがあれば平均で100kgくらいになることになるね。じゃあさ…」
椿は楽しそうに手を重ね合わせ、ニコッと笑みを浮かべる。
「もし、熱を逃さないとりもちに覆われた状態で、カイロの4倍もの熱を中で浴び続けたら…一体どうなるんだろうねぇ〜」
その言葉を聞いた瞬間、聖はどうにかして脱出をしようと試みる。
しかし、元々生物を捉えるために作られた物質が更に強化されているのでは、とても脱出をすることは不可能であった。
更に…
「あんまり暴れない方が良いんじゃないかな〜?それ、使ったのカイロっていったでしょ?暴れれば暴れるほど中の物質が合わさって酸化が進んで、あったかくなるのが早くなっちゃうよ?」
聖の動きがピタッと止まる。
しかし、既に大きく動いてしまったことで、熱のまわりは更に早くなっていた。
「ハッ…ハッ…ハッ…」
焦りか、疲労か、はたまた既に息を荒げるほどの熱が聖を襲っているのか、その表情は歪みつつあった。
「ひ、ひひひ聖さ…ヒッ!!い、痛い!!」
その様子を、すぐ側の床に寝そべって見ていた瀬々美を、椿は髪を掴んで無理やり起こした。
「は、ははは放してください!!」
極度に人との関わりを避ける瀬々美は、基本的に誰とも会話をすることはしない。
聖やリコは相互理解が出来たというかなり稀有な例でしかない。
そのためか、無理やり顔を上げ目を合わせられた瀬々美は、目元に涙すら浮かべていた。
「貴方は本当に『アウトロー』なのかどうかも怪しいね〜。お仲間ちゃんが捕まってるのに、助けに動こうとすらしないなんて〜。貴方にとって彼女はその程度のものなんだね〜」
「い、いや…ちちちちが…」
「なにが違うのよ。実際に目の前で見てただけでしょうが」
強い圧をかけられながら返され、瀬々美は極度の緊張状態に陥り、最早会話をすることさえままならなかった。
「このッ…!」
それを見兼ねてか、リコほポンチョの中に仕込んでいた小型のロボットを一斉に起動。
椿を襲撃させようと試みたが…
「うっさい」
椿はそっちを見ることなく、握っていた『衝撃槌』を横薙ぎに振るった。
そこから放たれた衝撃波をモロに浴び、リコは後方へと吹き飛ばされ壁に衝突。
『グリッター』ではないリコはそのまま意識を手放した。
「り、りりりリコさ…」
「あ〜、私に言われたから今度は心配するフリをするんだ〜良い子ちゃんだね〜」
ビクッと瀬々美は肩を揺らす。その様子を、椿はどこか楽しんでいるようであった。
椿は更に笑みを深め、瀬々美に囁くように語りかける。
「ねぇ、私の『グリット』ってさ、セットした後に触れることで作動するんだよ」
「…?……?」
泣きべそをかきながら、瀬々美は何故その話をしだしたのかを考えるが、当然理解はできない。
「でね、ちょっと思ったんだ。触れることで作動する能力…これをもし、人の身体にセットするように使ったらどうなるのかなって」
瀬々美はその瞬間、自分でも驚くほど冷静になったのが分かった。
しかしそれも一瞬。
直ぐに大量の汗が噴き出し、全身が震え上がる。そして、頭のなかで椿の言葉の意味を完全に理解した瞬間ーーー
「い、いやあああぁぁぁぁぁぁ!!」
髪を掴まれた痛みなど忘れ、大きく暴れ出した。しかし椿は一切手を離さず、その様子を眺めていた。
「楽しみだねぇ〜。ずっと電気が流れるようになるのかな?それとも、人が触れると発動するようになるのかな?あ、もしそうだったら貴方にはピッタリだね〜だって一人が好きなんでしょう?」
「離して!!離してぇ!!」
ゆっくりと近付けられる手に怯え、瀬々美は必死にもがく。
そして、その手が淡く輝き出しーーーーー
「面白い、だがつまらんな」
※後書きです
ども、琥珀です
今週も無事週三更新できそうで安堵です。
本来はこれをベースにし、毎日更新を目指したいところなんですが、なかなか難しいですね…
本日もお読みいただきありがとうございました
次回は金曜日の更新を予定していますので宜しくお願いします!