第155星:意趣返し
始めに異変が起きたのは瀬々美であった。
まるで見えない壁が衝突したかのように身体が真横に吹き飛び、受け身を取る間も無く壁に激突した。
横に立っていたリコはそのことに気付くことができず、鳴り響いた轟音を聴き漸くその異変に気がつく。
真っ先に反応していた聖と合流し、瀬々美が吹き飛んだのだ方と逆の方向に目を向ける。
壁には恐らく瀬々美を吹き飛ばした衝撃で空いたであろう巨大な穴が空いていた。
外から聞こえる雨音ともに、奥から人影が現れる。そこに立っていたのは、聖の予想通り、椿であった。
しかし、その装いは本当に『軍』の『グリッター』であるのかを疑う程汚らしかった。
衣服はボロボロに破け、布の部分は血や泥で汚れている。全身は雨に濡れてビショビショになり、その影響もあって整っていた髪は荒れ、前髪は顔を隠すほど引っ付いていた。
足を刺した影響か、はたまた電気ショックの影響が抜けきっていないのか歩き方はおぼつかず、辺りが暗闇なのも合わさって不気味さを醸し出していた。
「(チッ…この雨と雷のせいで接近に全く気付けなかった…それにしても襲撃してこんなに短い間に攻め込んで来るとは…)」
予想外の出来事にやや狼狽る聖であったが、一つ呼吸をすることで直ぐに冷静さを取り戻す。
「(予想外ではありましたが問題はありません。足止めができなかったのは痛いが、この様子なら味方に連絡をしている様子はない)」
次いで聖は椿の全身を確認する。
「(動けていること自体が驚きではありますが、やはりかなり重症。仕留める分にはなんの支障もありません。まずはあの女を捕らえ、その後のことはその時考えれば良い…)」
聖が考えをまとめている間、椿はヒタッ…ヒタッ…、と水を滴らせながら少しずつ近付いていた。
「…ッ!ず、随分と早いご登場ですね…そんなにお仲間が心配でしたか?」
そこか、発せられる異様な雰囲気に耐えられず、聖が思わず発言する。
すると、歩いていた椿の足がピタッ、と止まり、そして俯いていた顔をゆっくり上げた。
上げられた顔の奥に、髪で隠れていた瞳が映し出される。
この時、聖だけでなく、戦闘員ではないリコも初めて椿に恐怖を覚えた。
「仲間〜?フフフ…そうだね、とっても心配だね〜」
笑っているのに笑っていない。
表情こそ口角を上げて笑みを浮かべているが、瞳に光は無く、ただただ聖とリコをジッと凝視していた。
「とっても…と〜っても心配…だって…」
スッ…と取り出したのは、先程の戦闘でも使用した『衝撃槌』。
「貴方達との闘いで〜、下敷きになっちゃわないか気が気じゃないもんね〜」
その直後、椿は一気に地面を蹴り、聖達に駆け寄った。
「ッ!!」
反撃に出たのは聖。ナイフを取り出し、それを一斉に投げる。
致命傷を狙ったわけではなく、一瞬でも怯ませて隙を作ろうと試みたのだ。
しかし…
「なっ!?」
椿は全く怯まなかった。それどころかナイフの束に突っ込み、身体に刺さることなど気にも留めず前進を続けた。
「下がりなさいリコさん!!」
目の前に立つ人物の危険性を再認識した聖が、リコを押すようにして退かす。
その間に椿は聖に詰め寄り、『衝撃槌』を聖の腹部に叩きつけた。
「グッ!!」
顔を片腕で守り、腹部は純粋に力を入れて耐えた聖だったが、椿はニヤリと笑みを浮かべる。
そして次の瞬間ーーーーーガコンッ!!
「ッ!?ゴハッ!!」
内部で衝撃を発する機構が作動し、腹部に付けられたまま衝撃波が放たれた。
初撃を耐えたことで油断していた聖は衝撃に押し出され、壁に叩きつけられる。
「アッハハ〜。初撃でなんで衝撃を打ち込まなかったと思う〜?一発目をわざと当てるためだよ〜。気を緩めてたから効いたでしょ〜」
片腕で身体を支えて起き上がるため腹部を抑えることが出来ず、聖の顔は苦痛に歪んでいた。
「さて〜どうしてこんなに早く攻め込んできたか…だっけ〜?」
聖とリコに警戒されながらも、椿は二人に挟まれるような場所に大胆に位置取り、二人に話しかける。
「それはね〜…意趣返しだよ〜」
その答えに、二人は思わず眉を顰める。
「意趣返し…とは、どういう意味ですかな?」
会話をするフリをしながら、リコは椿の死角となる背部で密かに端末を操作する。
「ん〜、つまりね〜、私達…というか、私がそこの人形使いから撤退した後、貴方達は直ぐに攻め込んできたでしょ〜?だから私もその仕返しに直ぐ攻め込んだんだよ〜」
話を続けながら、椿は自分の身体に刺さった数本のナイフを雑に抜いていく。
刺さった箇所から血が流れるが、それが衣服を赤く染め上げ、ますます狂気さを増していた。
「ゲホッ…そ、んなことでたった数時間後に攻め込んできた…というのですか?」
「そだよ〜」
ケロッとした顔のまま、椿はなんでもない様子で答える。
「ふざけた女だ…私達に負けず劣らず狂ってる…」
「否定はしないかな〜」
椿はニッコリと笑みを浮かべ、その様子に二人は再びゾッとする。
「成る程…それが貴方の本性というわけですか…元『アウトロー』なだけはありますね」
聖が溢した一言に、椿の笑みがピタリと止まる。やがてうっすら目を開け、聖をジッと見つめる。
「どこからその情報を仕入れたのかな〜?」
「別に…確信があったわけではありません。だが、私達の行動を掴む習性、考えを読み解く感覚、そして今貴方を突き動かす異常性…それらが私達に似ていると、同族嫌悪を感じたからですよ」
椿は「あ〜…」と納得したように数度頷く。
「なるほどね〜、同族嫌悪か〜」
「…否定は、しないんだな」
「否定はしないかな〜」
先程と同じ回答。しかし、その言葉の意味の重さは段違いだった。
そのやりとりを聞いていたリコも、表情にこそ出さないように努めていたが、内心は驚きを隠さずにいた。
「(あの女が元『アウトロー』?つまり、私達とは真逆の存在ということですかな?まさか、そんな輩がいるとは…)」
驚きながらも、リコは冷静だった。
会話を引き伸ばしながら、裏で『千変万化』を起動。既に攻撃に移る準備は整っていた。
意図に気付いていた聖と目配せを行い、攻撃のタイミングを図る。
「面白い女だ。『軍』から『アウトロー』ならよく聞く話ですが、『アウトロー』から『軍』だなんて、普通はあり得ないぞ。余程の何かがない限りな」
この聖の問いに、椿は笑みを浮かべるだけで答えなかった。
「だがしかし、成る程。そういうことならお前がこの任務を任せられたのも納得だな。なんせ元『アウトロー』なら私達の動きも読みやすいものな!!」
これにも、椿は答えない。
「どこから情報を仕入れたか、だったか?もうお前も分かってるんだろ?お前のことを理解し、お前の過去を知る人物…」
「…」
「そう…お前らの司令官様だよ!!」
その言葉を皮切りに、椿はハンマーを強く握りしめ、再び地面を強く蹴った。
「(かかったなバカが!!)」
「『千変万化』!!銛砲弾!!」
次の瞬間、椿の立っていた背後、その天井から黒いキューブが出現。
形を変えて作られたのは、一つの大きなガトリング砲。
そこから放たれたのは弾丸ではなく、銛を射出していた。
無数に放たれた銛を、椿は直前で回避するも、全てを避け切ることはできず、足に一本、そしてカバーした左腕に一本突き刺さってしまう。
「…ッ」
すかさず取り除こうと試みるも、『返し』のついた銛は、内部で引っ掛かり外すことができない。
更に腕に刺さった銛は貫通しており、この場で取り除くのは不可能であった。
「通常の弾丸は万が一にも防がれる可能性がありましたからな!!貫通性と攻撃性を重視して、銛を弾にしてみましたぞ!」
「…相変わらず人を苦しめることに関しては天才ね」
『アウトロー』である立場を考えれば、聖にしては素直な褒め言葉だった。
不意を突かれたとはいえ、現状二対一。
更に手傷を負わせたことで、聖達は冷静さを取り戻し優勢になっていた。
「見事な奇襲だったが残念だったな。その傷ではまともに戦闘などこなせないでしょう。貴方の負けね」
俯き顔をあげない椿。それを意気消沈と捉えたのか、聖が笑みを溢す。
しかし、その直後、今度は椿が笑みを浮かべた。
「クッ…フフ…フヒヒ…」
「…何を笑ってる。気でも触れたか?」
不気味な笑い声に、聖は再びゾッとするが、それを悟られまいと強い言葉で返した。
「クフッ…いやいやごめんね〜。あんまりにも思い通りに動くもんだからさ〜」
聖が訝しげに思うと、椿は次の瞬間、指をパチンと鳴らした。
そして、椿の側面にあったキューブが突如としてひしゃげ、押し潰された。
※後書きです
ども、琥珀です
今回は前書きは無しにしてみました。
ゲリラで週三更新にしたので、まだ頭に残っているのではないかと(勝手に)思いまして
来週もとりあえず週三更新できそうですので、月、水、金で更新します。
本日もお読みいただきありがとうございました!