第150星:苦渋の交戦
佐久間 椿(22) 三等星
千葉支部所属。大和編成による椿小隊の小隊長。洞察力に優れ、物事を全体から見通せる観察眼を持つ。物体を還元して透明な罠を作る『グリット』を効率よく扱う。おっとりした口調が特徴。
【椿小隊】
写沢 七 21歳 159cm 四等星
写真を撮るのが大好きで、同時に仲間のことをよく観察し、僅かに変化に気遣うことができる。
重袮 言葉 20歳 158cm 四等星
活発で女の子が大好きでいつもセクハラまがいの行いをするが、時折その表情に影を落とすことがある…
矢々 優弦 16歳 四等星
幼少期を山で過ごし、『グリット』無しでも強い戦闘力を発揮する。自然の声を聞くことができる。本来は夜宵小隊所属。
【アウトロー】
氏通 瀬々美
思考が超絶ネガティブで、人とまともに会話することさえ難しい根暗な女性。不意を突くことさえ可能なほど存在感が無く、また特異な『グリット』で椿を追い詰めた。
葛西 聖
表情が常に険しい隻腕の女性。礼儀正しい口調を使うかと思えば荒々しい口調にもなる、精神的に不安定さを持つ。三人の中で『グリッター』に最も恨みを抱いているようだが…?
足柄 リコ 24歳
ツインテに丸メガネのオタクっ娘気質を感じさせる女性。聖に『マッドサイエンティスト』と呼ばれ(本人も否定しない)、小型のロボットで七達を追跡しアジトを突き止めた。
「気を付けて下さい。彼女達、やる気ですよ」
「ありゃま。一人は勝手に自滅しそうな感じだったのに惜しかったですな〜」
真っ直ぐこちらに対峙してくる椿達の視線を、瀬々美以外の二人は真っ向から受け止める。
「不意は付けたとはいえ致命傷には至らず。人数では勝ってるぽいけど、聖さんの言う通り手練れなんだとしたら、万が一もあり得るよね。どします?」
睨み合いによる牽制が続く中、リコが二人に意見を求める。
「あ、あああ相手のことは知れましたし、きょ、きょきょきょ拠点も破壊できたので、じ、時間をかけて行動に移っても良いのでは?」
瀬々美が遠慮がちに答えるが、聖は厳しい口調で否定した。
「それでは奇襲をかけた意味がありません。それに、一番厄介そうな手練れの女が手負いだ。今が最も確実に捕らえることが出来るでしょう」
「つまり今が攻め時ということですな!ラジャラジャ!」
椿の予想は当たっており、聖達は椿達の命まではとるつもりはなかった。
もう一つの『軍』への反乱分子である『レジスタンス』に比べると、『アウトロー』による『軍』への直接の被害はそれ程表立っていない。
『レジスタンス』が『軍』への反感を一つの矜持として掲げているのに対し、『アウトロー』は個人としての自由を求めて離反している者が多いのが理由である。
そのため、『軍』の対処優先順位は、『メナス』を最優先に『レジスタンス』と続き、『アウトロー』は三番手となっていた。
実的被害が無いわけではないものの、規模的な観点から軽度な対応をされる例も少なく、また『アウトロー』も厄介な『軍』を個人で相手にするつもりも無いため、冷戦のような状態となっていた。
「(まぁそれが今回みたいに『アウトロー』を好きにさせる結果に繋がっちゃったわけだけどね〜)」
現状を皮肉に思いながら、椿は意識を集中させる。
「(敵は三人でこっちは二人。一人は人形を使って相手を操作する能力…もう少し幅がありそうだけどね〜。そんで他の二人は不明。こっちは私の『グリット』を見せてる。不利だね〜)」
ここまでの経緯を整理し、椿は現状の把握と今後の動きを纏めていく。
「(個人的に疑問なのが〜、彼女達の動きが早過ぎることなんだよね〜。あの鳥みたいなので動きを監視してたとしても〜、あまりにも動じ過ぎないよね〜。まるで初めから私達が来ることを知ってたみたいに)」
それは椿が最も警戒していたパターンであった。最善の結果に繋がるために、敢えて最悪の状況を想定していた椿は、情報が漏れていた場合を想定して考えを進めていく。
「(もし私達の情報が予め伝えられていたのだとしたら〜、私だけじゃなくて七ちゃんや言葉ちゃん達の『グリット』のことも知られてるかも知れないんだよね〜、だとしたらこのままやり合うのは非常にまずいかな〜)」
チラリ、と椿は隣に立つ七を見る。
「(理想は撤退…なんだけど〜、落ち着いたとはいえ責任を感じちゃってる七ちゃんが、果たして撤退に賛同してくれるかどうか〜…)」
ギラギラとした目付きで『アウトロー』の面々を見る様子から、恐らく七がそれに賛同はしないであろうことを、椿は薄々感じ取っていた。
「(となると交戦するしかないかな〜。圧倒的不利だけど絶対的でもないし〜。万が一の時があれば〜、七ちゃん一人くらいなら逃がせると思うしね〜)」
勢いを殺すよりは押す方が良いと判断した椿も、『アウトロー』と一戦交えることで腹を括る。
不幸中の幸い、小隊の中で椿の『グリット』と最も相性の良いのは七だ。
椿の『グリット』はとにかく素材が必要になるが、七がいればその素材を半永久的に補充できる。
それだけで、椿の頭の中での戦術の幅が大きく広がっていた。
海音がおらず、優弦も側にいないことで、直接的な戦闘を行える者が現状いない中で、これは非常に大きなことであった。
「貴方達二人は直接戦闘には向いてない。私が前に出るぞ」
そう言って一歩前に出たのは隻腕の女性、聖。
「大丈夫なのかい?君だって戦闘は本職ではないでしょ?」
「止むを得まい。瀬々美さんは戦闘向きの性格ではないし、リコさんはそもそも『グリッター』ですらない。消去法で私が出るしかないでしょ」
「ま、そうですな。全力で援護は致します故な」
「私を撃つんじゃないぞ」
皮肉でもあり、牽制でもある言葉を残し、聖は更に前に出た。
「七ちゃん〜私が前衛をやるから〜後方で援護してくれる〜?」
いよいよ戦闘が始まるのを察し、椿が七に指示を出す。
「そんな!私も前に出て戦いますよ!」
やはり、というか七は椿の言葉に敏感に反応した。
その様子を見て、椿は撤退を提案しなくて良かったと考えた。
「七ちゃん〜前で戦いたい気持ちも分かるけど〜、七ちゃんの『グリット』は前に出て活きるモノじゃないでしょ〜」
「それを言うなら椿さんだって…!」
七は落ち着いてはいるが冷静ではなかった。
「まぁ確かに私のも前線向きでは無いけど〜、戦い方次第ではまだ応用がきくでしょ〜。でもそれには〜七ちゃんが攻撃線上にいると〜ちょっとやり辛いんだよね〜」
「…!」
椿のやろうとしている事、言わんとしていることを理解した七は、悔しげに目を瞑りながらも、その指示を了承した。
「サポートは任せたよ七ちゃん〜今は二人だけど〜私達は小隊なんだからね〜」
「…はい!」
直接的な表現では無かったが、椿の言葉には「足手纏いだ」という比喩が込められていた。
実際、咲耶の訓練における椿の近接戦闘の結果は、全体の中で5番目に位置するほどの実力者である。
近接戦闘を主とするタチ、海音、伊与、そして通常訓練を長くこなしてきた朝陽に次いで、中・遠距離タイプの中では最も高い順位だ。
対して七は全体16人中14位。
一概に戦闘でこの順位が絶対とは言い切れないが、二人の差は歴然で、足手纏いになるのは明白であった。
加えて、椿が取ろうとしている近接スタイルにおいて、味方は寧ろ邪魔になりかねない。
だからこそ、純粋に後方からのサポートの方が、椿を強く活かせるのである。
「(私バカだ…こういう事態を想定して、何度も小隊のみんなと話をしてきたじゃんか!!)」
頭と心に溜まる後悔の念を、七は大きく息を吸って吐き出した。
「(冷静になれ私!!椿さんに言われたばかりでしょ、『最善の出来事と、最善の行動が結びつけば、最善の結果がついてくる』って!!)」
七は腰に備え付けられた『輝戦銃』を取り外し構えた。
「後方から支援します!!必要なモノがあれば言ってください!!用意しておきます!!」
ようやくいつもらしさを取り戻した七に、椿は笑みを浮かべて頷いた。
それに続いて椿も『戦闘補具』を取り出し装着した。
付けたのはフィンガーレスタイプのグローブのようなモノであった。
それを左手に装着し、右手には小さなハンマーのようなものを握っていた。
「あ、ああああれは何ですかリコさん」
瀬々美に尋ねられ、リコは「ふむ…」と椿に備え付けられた『戦闘補具』を注視する。
「あの小型のハンマーは『衝撃槌』ですな。打撃による攻撃と、内部で二段階目の衝撃を発する構造になっておりまして、基本的には相手を気絶させる仕組みになってますぞ」
「…近接戦闘向けのバトル・マシナリーということですか?」
少し前に立つ聖が更に説明を求める。
「最も真価を発揮するのはそうですな。ただ内部の衝撃を発する機構を使用することで、対中距離を想定した『衝撃波』が放てますので注意ですな!」
次々とバトル・マシナリーの説明を口にするリコの様子を見て、椿は目を細める。
「(私達『軍』所属でも知らない人がいるバトル・マシナリーのことをスラスラと…もしかしたら、技術班や科学班よりの人だったのかもしれないね〜)」
椿の警戒を他所に、聖がもう一つのバトル・マシナリーについて尋ねていた。
「あっちのグローブは?」
「ふーむ、恐らく『電衝包』と呼ばれる道具ですな。直接触れる必要がありますが、触れた相手に電気ショックを与え、気絶若しくは麻痺させて動きを封じるモノです」
「…向こうも私達を仕留めるつもりはないということか」
「のようですな」
リコからの説明を受けた聖は、それで十分だと判断したのか、更に前に進んでいく。
「始まっちゃったら聞けないから聞くんだけど〜、戦わないで投降するつもりはないかな〜」
それは椿なりの優しさであり、最後のチャンスのつもりであった。
しかし、聖からすればただの挑発でしか無かったのか、ますます険しい顔つきで椿を睨みつけた。
「バカが…あるわけないでしょう。今はこちらの方が有利だと言うのに。それに、貴方達を捕らえれば『軍』との交渉材料に使える。この機を逃す手はないのよ」
聖の言葉を聞いて、椿は「そういうことか…」と納得する。
「(根拠地所属とはいえ〜一介の『軍』人が捕らえられたくらいで交渉に応じることはないと思うけどな〜)」
しかし、そこで思い浮かたんだのは、人の良すぎる司令官の顔だった。
「(あ〜でも、あの人ならもしかしたら応じちゃいそうだよね〜)」
椿はうっすらと笑みを浮かべながら、ゆっくりと武器を構えた。
「あ〜、なんだかいよいよ負けられない戦いになってしまったね〜」
先程よりも何故かリラックスした気持ちで、ついに聖と戦闘を開始した。