第148星:痕跡
各々が『アウトロー』の調査を進めている中、椿は人通りの少ない路地裏を回っていた。
薄暗く人気のないこの場所は、どこか不気味さと怖さを醸し出していた。
そんな中を、椿は臆することなく進んでいく。
「(この辺りは準危険区域の中でも最も『メナス』の出現頻度が多かったところだから〜、やっぱり人が全くいないね〜)」
辺りを見渡しながら、椿はまるで何かを追うかのように進んでいく。
「(それなのに〜、ところどころに人が通ったような痕跡があるね〜。ホントに微々たるもので素人には分からない程度だけど〜)」
放置されたモノやゴミなどに目を向け、それらが避けられていることでほんの僅かに道ができていることを、椿は見逃さない。
「(これが『アウトロー』のものなのかは分からないけど〜、わざわざ人気のないところで〜痕跡を残さないようにしてる時点で〜怪しさ満点だよね〜)」
まるで道を知っているかのように、椿は道なき道をスイスイ進んでいく。
「(隠そうとすればするほど〜こういう痕跡は残るからね〜辿るのは案外簡単…おっと〜)」
と、そこで椿の足が急に止まる。
「(ここが終着点かな〜?この先にあるのは〜…民家?)」
壁に身を隠し、椿は顔だけ覗き込ませその先にある建物を見つめる。
そこにあったのはやはりただの民間。
相当の年季は入っているが、それ以外には特徴のない一戸建ての一軒家だった。
「(外部を偽装して〜内部のハイテクを隠すっていうのは良くある手だけど〜、外質を見るにそういう感じではなさそうだよね〜)」
年季が入っているのはそういう仕掛けというわけではなく、本当に劣化して出来ているようなボロさであった。
これまで痕跡をうまく隠していた人物が住むとは思えない民家に、椿は疑問を覚えていた。
「(…でも、そう思わせること自体が目的かもしれないよね〜ここには居ませんよ、と気を逸らす狙いがあるのかもしれないし〜)」
しばらく様子を伺っていた椿は、ゆっくりと身を引き来た道を戻ろうとする。
「(とりあえず〜、候補になりそうなところは一個見つけたかな〜あと数か所同じようなところを巡って、みんなと合流してから内部の様子を〜…)」
「な、なななな何か御用ですか?」
距離は保ち、気配も絶っていた。
にも関わらず、その人物は椿に気付かせることなくその場に立っていた。
その瞬間、椿がとった行動は、驚くよりもなによりも、椿はその場から離れることであった。
全力で地面を蹴り、すぐさま距離を取ったーーー
「ッ!?」
ーーーーー筈なのに、椿はその場から去るどころか動くことさえ出来なかった。
それどころか突如膝に衝撃が走り、その場に膝をつくような形になってしまっていた。
「あ、ごごごごめんなさい。お怪我はありませんか」
椿は驚きと困惑で思考が乱れながらも、ゆっくりと視線を上げその人物を見る。
一言で言えば幸の薄そうな、暗そうな性格をした女性だった。
これまでに切ったことがあるかどうか分からないほど長い髪に、目元を隠すまで伸びた前髪。
色白い肌に加え、髪の合間から僅かに見える目つきは困り眉に垂れ目と気弱さを感じさせる。
その口振りから椿が膝をついているのは、目の前の女性の仕業だと推察出来るが、とてもそうとは思えなかった。
「ん〜…お姉さん、ずっとそこにいたのかな〜?」
「ヒェッ!?い、いいいいえ、私はさっきまで、いいい家に居ましたけど」
気になったことを尋ねただけにも関わらず、女性は驚きオドオドした様子で答える。
「た、たたたただその…家に向かってくる…あ、ああ貴方の気配を感じたので…その…お、おおおお出迎えをと…」
続けて話された内容に、椿は思わず口を閉じる。
「(…確かに〜、そこまで警戒して気配を消したりはしてなかったけど〜…近付いてくる気配を感じてたってことは〜、かなり遠くから私のことに気が付いてたってことだよね〜)」
椿は再度女性を見るが、とてもそれ程の人物とは思えなかった。
視線が合うことを恐れ、目線は常にそっぽを向いている。会話が苦手なのか、話口調は辿々しく拙い。
が、しかし、現実問題として椿は捕捉され、そして今膝をついている状態であるのが事実である。
「(気持ちが逸ったかな〜…奥まで入らずにみんなと合流してからにすれば良かったか〜)」
僅かに反省を行い、椿はすぐに現状の打破に思考を回す。
「(この女性が『アウトロー』だとすると〜、この場で戦闘になるのは悪手だよね〜。何とか一回撤退したいけど〜、結構な距離あっても気配に気付けるこの人から逃げるのはかなり骨が折れそうだし〜)」
幸いなことに、女性はオドオドしているだけで攻撃を仕掛けてくることは無かった。
とはいえいつ仲間が戻ってくるか分からない現状、椿もこれ以上ここに留まることは避けたかった。
「(わざと動きを誘って〜、私の『グリット』で動きを止めるのが無難ではあるんだけど〜…私の動きを封じた謎の攻撃が気になるんだよね〜…)」
椿が最も懸念している点はそこだった。
この女性に見つかったと理解した瞬間、椿は逃走行動をとっていた。
にも関わらず椿よりも早く攻撃は仕掛けられ、椿は膝をついた。
更に厄介なのは、その攻撃が全く見えなかったということ。
加えて背後を取られるまで、全くその存在に気づかなかったことも、椿の次の行動を悩ませていた。
そこでふと、椿は女性が何かを握っていることに気が付く。
手に持っていたのは人形。
恐らく女性の姿を象ったものと思われるが、全身刺繍だらけで原型を留め切れていないこともあり、それすら疑わしかった。
ただ四本の手足があるのを見ると、やはり人の人形なのだろう。
しかし椿が気になったのはそこではなく、人形が淡く輝いている点だった。
「(ん〜…成る程ね〜。もし推測通りだとしたら相当厄介だけど〜…あとは有効範囲がどこまでかにもよるかな〜)」
一つ脱出のヒントを見つけた椿は、逃走するための作戦をまとめていく。
「あ、あああああの…貴方はもしかして、ぐぐぐぐ『軍』のお方ですか?」
その質問に直ぐ答えることはなかったが、逆に椿はその問いにより、この人物が『アウトロー』であると言うことに確信を持った。
「(だとしたら〜…何としても脱出しないとダメだね〜。この事を皆に話さなくちゃ〜)」
覚悟と決意をきめた椿は、並行して考えていた逃走作戦を決行する。
ここまでの間に椿は既に『鮮美透涼の誑惑』を発動済み。
あとは相手が触れるだけで発動する状態であった。
それと同時に椿は再び逃走を図る。
しかし不意をついたわけでもない正面きっての動きは、当然女性も反応した。
「あ、ああああの困りますぅ!!もう少しここに残ってくださいいい!!」
すると女性は手に持っていた人形の膝の部分を軽く叩く。それと同時に、椿の身体の同じ箇所に強い衝撃が走った。
「(ッ!!や、やっぱり〜、あの人形は私と感覚を共有してるんだね〜)」
最初に膝をつかされた時と、常に手放さなかった人形をヒントに、椿は女性の『グリット』の能力を読んでいた。
そして、逃亡を阻止するために、同じ行動を取るであろうということも読んでいた椿は、衝撃が走った側とは反対側から自分の膝を強く叩いた。
「ヒェッ!!そ、そんなごごご強引なぁ」
「膝カックンは〜もうごめんだよ〜」
これにより椿は距離を取ることに成功。鈍い痛みを発する右足を無理やり動かし、一気に逃走を図る。
「あわわわわ!!こここここ困りますぅ!!」
女性は慌てた様子で椿を追いかけるべく距離を詰める。
「(かかったね〜)」
そしてそれは、椿の狙い通りの行動だった。
椿は身を翻し、女性の方に身体の正面を向けると、軽く跳躍し身体をグッと丸める。
女性がその行動を訝しげに見るのと、自身の足元が発光し、直後に強力な衝撃が爆散したのは同時のことだった。
女性は一瞬で姿が見えなくなるほど吹き飛び、少し距離をとっていた椿も、その爆風に押し出され吹き飛ばされていった。
強引ながら距離を取ることに成功した椿は、痛みを堪えながら、その場から去って行った。
「(風船《百個入り600円》と衝撃弾《『軍』御用達単価不明》を合わせたドッキリトラップだよ〜。子供騙しみたいなものだけど〜効果的面で良かった〜)」
作戦がうまく行ったことに安堵し、椿は完全にその姿を消して行った。
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「無事ですか、氏通さん」
椿が去ってからほんの数分後。その場には先程七と遭遇した二人組の女性が立っていた。
地面に寝そべっていた女性ーーー氏通 瀬々美は、ゆっくりと起き上がった。
「…あぁ、聖さん、リコさん、だ、だだだ大丈夫です。怪我は全て人形さんが受けてくれましたから」
そう言って氏通は、懐から先程の人形とは異なる人形を取り出した。
その人形も同じく補修がされていたようだったが、至るところが破け、中身が飛び出ていた。
「一先ず無事のようで何よりです。しかし、まさかこんなにも早くこの場所がバレるとは」
氏通の無事を確認した隻腕の女性ーーー葛西 聖は、衝撃で出来たあたりの様子を眺めていた。
「情報を手に入れて嗅ぎ付けた…というわけでもなさそうですな〜。となると個人でここに辿り着いた、というわけですか。いやはや厄介なことで」
同じくあたりの様子を見ている眼鏡の女性ーーー足柄 リコが困ったような表情を浮かべていた。
「ご、ごごごめんなさい…私が失敗しちゃいました」
「いやいや氏通殿。これは相手が上手かったと言うべきですよ。まさかあんな微々たる痕跡からここがバレるとは思いもよりませんでしたからな」
オドオドした様子で謝る氏通に対し、リコが励ますようにして庇う。
対して聖はその言葉に興味は示さず、変わらず険しい表情を浮かべていた。
「情報にはあったけれど、やはり相当の手練れのようですね。それも、この場所を嗅ぎ付けた『グリッター』は特に…これは気を引き締め直す必要がありそうです」
「ですな〜。となるとちぃだとばっかし計画を変えますかね」
聖の言葉に同意したリコは、ポチポチといつの間にやら取り出した端末を操作する。
「計画の変更?襲撃を早めると言うこと?」
「はいな!氏通さんが対峙した『グリッター』は場所も然り『私達』の存在にも気付いてしまいましたし、後手を踏むのは損でございましょ?」
聖と氏通の二人は「確かに」と頷く。
「それで?襲撃をいつに早めるつもり?」
リコはニッと笑い、二人に端末の映像を見せる。
そこには、追わせていた小視鳥から送られてきた七達の映る映像が映されていた。
「今夜ですよ、今夜〜」