第147星:遭遇
「ん〜進展なし…やっぱ当てずっぽうじゃ無理があるかな?」
(何故か)カメラを手に持ち、七は近隣に住む住民や通りすがりの人に声を掛け歩き回っていた。
と言っても質問数が多かったり、詳し過ぎる質問をしたりすれば怪しまれてしまうため、簡単に一つ二つ質問する程度に留めていた。
「でもなぁ、何か当てがあるわけでもないし、出来ることと言ったら歩き回って聞くことぐらいしか無いからなぁ」
沿岸沿いの道を歩きながら、七はふと良い景色を見つけシャッターを切る。
「まぁここは写真には困らないし、気長に地道にやっていくかな」
と、その後も海沿いを歩き続けると、そこへ通りすがりの二人組を見つける。
七は臆することなく話しかけようとするが、二人の外装を見てやや躊躇う。
二人組のうち、一人は小柄な女性。丸縁眼鏡にツインテールに束ねられた髪型が特徴的だ。
もう一人の女性はボブヘアーに目が行きがちだが、すぐに別のモノに目がいく。
その女性は右腕が無いからだ。
一瞬目を奪われるものの、凝視するのも悪いと思い、直ぐに目を背ける。
一度目を向けたにも関わらず何も言わないのも失礼だと思い、七は思い切って声をかける。
「こんにちは!あの、ちょっとお話聞いても良いですか?」
すると二人組のうち、眼鏡をかけた小柄の女性が笑みを浮かべて答える。
「ハイハイなんでございましょう!」
思いの外良い反応に七は僅かに驚く。
「あ、えっと、私最近ここら辺に引っ越してきてまだ土地勘があまりなくて…」
「おやおやそれは大変で!道にお迷いですかな?」
親切で愛嬌も良い女性にたじろぎながらも、七はここまでに聞いてきた質問と同じ内容を二人にも尋ねる。
「そうなんです。いま仮住まいにしてる青稜館っていう宿を探してるんですけどご存知ないですか?」
「おー良い勘をお持ちですな!それならこの道沿いをまっすぐ行ったところにございますぞ!」
眼鏡をかけた方の女性は少しオーバーとも思えるリアクションをしながら、道沿いを真っ直ぐ指し示す。
一方のもう一人の女性はジッと七を見つめるだけで一言も言葉を発さない。
「(…ボブヘアーの人はちょっと気になるけど、この人達は違うかな。『アウトロー』は最近ここに来たって話だったし、この人は直ぐに場所を当てられた。住んで長い人みたいだし)」
七は頭の中でそう結論づけると、ニッと笑顔を返して頭を下げた。
「あ、そうでしたか!それは良かった!これで野宿はせずに済みそうです…ご親切にありがとうございました!」
「それは僥倖!どうぞごゆっくり〜!」
そう言ってその場から去っていった七を、二人組の女性はその姿が遠くなるまで見送った。
そして姿がほとんど見えなくなったところで、これまで一言も言葉を発さなかった隻腕の女性が口を開く。
「…今のが『軍』が派遣した『グリッター』の一人ですか」
その声は怨嗟のこもったような低い声であった。初めてその声を聞けば誰しもが驚くであろう。
しかし、隣に立つ眼鏡の女性は聴き慣れているのか特に驚く様子も無く答える。
「のようですな。情報にあった通り、カメラ好きという特徴も当てはまっておりますしまず間違い無いかと」
眼鏡の女性に変化はないが、先程までの人の良さそうな様子はなりを潜め、どこか冷たい雰囲気を漂わせていた。
「…情報ではここに来るのは四人だって話でしょう。一人はともかく、あと二人。その二人もその宿にいるんでしょうか」
「どうですかね。青稜館は確かに存在しますが暦の古い民宿ですからね。お忍びとはいえ仮にも『軍』の任務で訪れている身。もう少し警戒のできる宿を取るのが定石だとは思いますが…」
眼鏡の女性はそういうとポケットから一辺10センチほどのキューブを取り出し、それを軽く叩くと、キューブだったモノは形を変え小さな鳥のようになる。
「よし、行っといで小視鳥!後をつけてもっと情報を探るんだよ!」
手短に指示を出すと、機械の小鳥はバッと七を追うようにして飛び去っていった。
「…相変わらず万能ね」
「左様!!監視から追跡、尾行、果てには攻撃性能、捕獲機能まで備え付けられた万能の鳥ちゃんですよ!!」
「いや、鳥がじゃ無くてアンタが…いや、もういいわ」
途中からめんどくさいと感じたのか、隻腕の女性はダレた様子で眼鏡の女性の言葉を流す。
「…にしても随分と手練れな女でしたね」
「おろ?そうでしたか?私はちっとも気付きませなんだ」
分からなかったことをちっとも苦にしていない様子で眼鏡の女性が返す。
「…あぁ、アンタ一応戦闘は専門外なんでしたね」
「一応ではなく完全に管轄外ですぞ。私は科学者なのでね」
「狂人科学者でしょ」
「否定はしませぬ」
呆れた様子で呟いた言葉を、眼鏡の女性は笑顔で受け止め頷いた。
「私は一応戦闘員ですから、何となく分かるのですよ。彼女、私達と話している時も、警戒を解いてからも、一度も手の届く間合いに入ってこなかった」
「ふむ?と言うのは?」
戦闘に関しては素人の眼鏡の女性は、その説明を受けても意味がわからず首を傾げる。
「間合いというのは、自分のモノだけを把握していれば良いというわけではないです。自分が反応できる間合いを理解しつつ、且つ相手の、この場合は私の間合いを把握する必要があるのです。それを、あの女は上手い具合に見極めていた。なかなかの手練れである証拠です」
眼鏡の女性は「ほほ〜」と素直に感心した様子を見せた後、「おや?」と首を傾げる。
「しかし、ということは彼女は私達の正体に気付いていたのでは?間合いを見切っていた、ということは警戒をしていた、というわけでは?」
素朴な疑問を投げかけると、片腕の女性は小さく首を振った。
「可能性は否定できませんが、その確率は低いでしょう。間合いを図るというのは、ある程度のレベルまで登り詰めると無意識に行うものです。そこまで身体に染み込んでいることについては相当の実力の持ち主である証拠にしかなり得ませんが、無意識であるが故に十分な警戒には至らなかったようですから」
「あー成る程把握。実際怪しんでいる様子はありませんでしたからな」
眼鏡の女性がうんうんと頷くと、二人も七から背を向け歩き出す。
「とはいえ思っていたより邂逅が早い。氏通にも早いとこ知らせて手早く終わらせましょう」
「ですなぁ。時間かけて出遅れるのはごめんですからな!」
椿達はこの時気付いていなかった。
この地に潜む『アウトロー』は、すでに万全の状態で椿達を迎え撃つ準備が整っていることに…
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「クッハハハハハ!!そうか、お前ともあろう奴が後手を踏んだか!!」
椿達とは離れた場所の某所。
そこでは、金髪にサングラス、黒い皮ジャージとド派手な気飾りをした男性が笑いながら座っていた。
その前に立っているのは、天城達と一戦交え、そして逃走した棗 羽衣だった。
「…笑いたきゃ笑いなさい。今回ばかりは何も言い返せないわ」
これまで悠々綽々とした表情を浮かべていた羽衣は、この男性が苦手なのか、最初から眉を顰めて不機嫌さを隠さなかった。
「クッハハ…あぁいや面白いから笑ってはいるが、お前のことは笑わんよ。足手纏い二人抱えて『戦鬼』を相手にするのはそれはしんどかろうよ」
「…向こうにも足手纏い二人いたけどね。その上で負けたんだから言い訳できないわ」
ハッキリと敗走であることを認める発言を、男性は興味深そうに聞いていた。
「…お前ほどのやつがそうまで認めるか。やはり『軍』は侮れんな」
「…そうね。だからこうして私が直接警告に来てるんじゃない。舐めてかかれば貴方にも万が一が起こるわ」
「クッハハハハハ!!笑わせるな」
男性は愉悦な表情を浮かべ、指を近くに捨てられていた大きな木棚に触れる。
すると次の瞬間、古びていたとはいえまだ形を保っていた棚が一瞬にして塵となり消滅した。
「俺に勝てるものなどおらん。誰であろうと俺に触れることすら叶わんからな」
自信に満ち溢れる言動。そしてそれが過信ではないことを、羽衣は重々理解していた。
「(私達『アウトロー』をモノのように扱うあの男…正直もう私に生きる道はないと思ったたけど、コイツならあの男にも届きうるかもしれない…)」
羽衣は考えを表に出すことなく、ただ塵となったモノを見つめていた。
「さて、貴様舐めてかかればと言ったな。それも滑稽な話だ。俺は常に万全を期す男だぞ」
「…というと?」
男は不敵な笑みを浮かべ、羽衣の質問に答えた。
「奴らの動向など、俺の耳に入っているということよ」