第143星:裏での邂逅
薄暗い空間。場所も広さも分からない空間。僅かに刺す光が、ここが室内であることを指し示していた。
「よい…っしょっと」
その暗闇の中、密かにその場所に現れた少女は、担いでいたどう見ても自身より背丈の大きい女性二人を下ろした。
「あ〜危なかった。もし最初から『戦鬼』がシノを殺す気だったらこうは上手く行かなかったなぁ〜」
少女ーーー棗 羽衣はフゥ、と小さく息をこぼしながら呟く。
『軍』最高本部の面々との戦闘を経て敗北を喫した『アウトロー』組は、突如復帰した羽衣によって全員回収され、人目につかない一つのアジトにまで撤退したいた。
「それにしても、あの訓練生二人があそこまでやるのは予想外だったな〜。私の中でも勝算が高いからシノの作戦を後押ししたんだけど…」
シノ、焔、そして無傷とはいえ羽衣も、天城とスフィアというイレギュラーによって予想外の敗北を喫していた。
万全を期していたために逃走には成功したが、それはあくまで万が一に備えていての考えであった。
「ん〜シノには私の本性見られたかな。まだまだ見せるつもりは無かったんだけど…さて、どうしようかな」
暗闇の中で薄笑いを浮かべ、意識を失ったままのシノをジッと見つめる。
僅かな殺意すら感じさせる羽衣は、しかし次の瞬間、スッとその気配を内に潜めさせた。
暗闇の中から、新たに人の気配を感じ取ったからだ。
「やぁ、どうやらこっ酷くやられたようだね」
声はすれど暗闇の中、その姿までは視認する事は出来なかった。
しかし、羽衣はその正体を知っているようで、然程驚きもせず、笑みを浮かべていた。
「ホントに貴方は神出鬼没ですね。いつもどこにいても監視されているようで、正直不快です」
相手への呼称から、少なくとも羽衣より上の人物であることが窺えるが、羽衣からは敬う心を全く感じなかった。
「ふふ、間違いではないね。条件こそあれど、君達の動きは常に把握しているよ」
「プライバシーの侵害。女性をつけ回すだなんてストーカーですよ」
それどころか寧ろはっきりと嫌味をぶつけるが、陰に潜む人物からは怒気の気配は無い。
「全く、私に対してそこまでハッキリと物事を言えるのはなかなかいないよ。相変わらず肝の太い性格をしている」
「違いますよ。諦めているだけです。機嫌を損ねようがなんだろうが、忠実な駒である限り私達は生き永らえられる。逆に役に立たない、使えないと判断されれば、貴方は直ぐにでも私達を消すでしょう?だから、取り繕っても仕方ないって思ってるんです」
ため息を吐き出しながら死を覚悟していることを語る羽衣に、陰の人物は可笑しそうに笑う。
「ハハハ。だからこそ間違っていないさ。死と隣り合わせだというのに、それに怯えもせず、寧ろ受け入れている。やはり君は肝の太い性格だよ。そして私が好む性格だ」
「…ど〜も」
素直な賛辞に慣れていないのか、はたまた興味がないのか、羽衣はそっぽを向いて適当に答える。
「それで、どうだったかね?久々の『軍』の『グリッター』との戦闘は?」
話を振られ、羽衣は一転して表情を固まらせる。
「…わざわざそんなことを聞いてきますが…実際はもう内容はご存知なんでしょう?」
「さて、どうかな?私とて全てを知っているわけではないからね」
濁すような遠回しな言い方に、僅かに苛立ちを覚えながらも、羽衣は今回の戦果を報告する。
「結果を言えば完敗ですよ。この女が『戦鬼』に敗れたのはともかく、訓練生二人を相手にして敗北したんですからね」
「ふむ…面白いことだ。個人で『軍』に対抗し得る力を持つはずの『アウトロー』が、まだ『グリッター』としてさえ認められていない半人前に敗れるとはね」
「…私に限って言えばキチンと命令に沿った上でわざと負けたんですけどね」
先程のこともあって苛立った口調で返す羽衣に対し、陰の人物は悪びれた様子もなく笑って答える。
「いやぁすまない。君に『アウトロー』の面々の査定を頼んだのは私なのだからね。勿論、理解しているとも」
喰えない性格に苛立ちつつも、何を言っても無駄だと悟っている羽衣はそれ以上何も言わない。
「それで、どうだったかねこの二人は」
「…暁 シノに関しては及第点じゃないですか?結果として敗北はしましたが、相手はあの『戦鬼』。直前の情報収集では見事な隠密行動を見せましたし、勝算を考慮しての行動力も良し。経過を伺うくらいの価値はあると思います」
羽衣はジッとシノの方を見ながらここまでの行動を評価する。
「ふむ…ではこちらの娘は?」
「篝火 焔は戦闘力と『グリット』はなかなかのモノです。かわされこそしましたが、あの『戦鬼』から不意をとれる爆撃能力は面白いモノです」
羽衣は「ただ…」と声のトーンを低くして続ける。
「性格が『グリット』と噛み合っていない。そもそも『軍』に所属したなかったのも窮屈そうだったからというだけ。恐らく互いの折り合いをつけさせすれば『軍』所属にもなり得たかもしれない…相手は人間でもなんでもないメナスですからね。それくらい真っ直ぐな性格です。戦闘狂ではありますが、筋は通す性分なのでしょう」
「…ふむ、総評は?」
「暁 シノは保留。篝火 焔は処分で良いでしょう。彼女に期待したのは高い戦闘能力ですが、性格が邪魔をしている。残念ながら彼女の代わりを見つけるのは容易いでしょう」
羽衣の報告を興味気に聞きながら、陰の人物は羽衣についても考えていた。
「(残念ながら、ね。そういう考えに至っている時点で君もその程度のようだが…まぁ他の奴らよりは頭もキレる。もう少し利用してやるか)」
しばらく返答がないことを訝しげに思ったのか、羽衣は眉を潜めてこちらを見つめていた。
「ん、ああ、すまない。少し考え事をね」
「貴方の考えることはろくでもないことばかりですからね。不安にもなります」
自身に恐怖の感情を覚えながらも臆すことなく悪口を言ってくることに、寧ろ感心を覚えながらも、陰の人物はチラリと焔を見る。
「では君の評価に従うとしようか」
まるで全ての責任を羽衣になすりつけるような物言いに羽衣は不快感を感じつつも、それを口にすることはしなかった。
そして次の瞬間、自分の隣で横になっていた焔の周りに、黒い霧のようなモノが立ち込める。
それはドンドン焔を包み込み、そしてゆっくりと、まるで底無し沼にはまったかのように、その身体を飲み込んでいった。
その光景にえもしれない恐怖を感じ、羽衣はソッと目を逸らした。
「さて、私は別件があってね。またもとの舞台に戻るとするよ。君も引き続き使命を果たしてくれたまえ。期待しているよ」
その言葉を最後に、姿をついぞ見せなかった人物は、気配さえも消えその場から去っていった。
あとに残ったのは羽衣とシノの二人、そして静寂だけであった。
「さて…っと、もう意識は戻ってるでしょシノさん」
「っ!!」
羽衣に声をかけられ、シノは肩をビクつかせる。
「心配しなくても、取って食ったりはしないよ。私はね」
羽衣の言葉を鵜呑みにしたわけでは無いだろうが、それでも先程の人物よりは信頼に足ると判断したのか、シノはゆっくりと起き上がった。
「随分と…人が変わりましたね羽衣さん」
「あ!あ!そうだねそうだね!!シノさん的にはこっちの方が落ち着くよね!!」
シノの言葉に、羽衣は組んでからそうであったように子どものようなキュルンとした振る舞いをする。
シノはその様子に対し心底嫌悪するような表情を浮かべる。
「やめて下さい…気付かなかった私が愚かとは言え、今の貴方がその振る舞いをしていると吐き気がします」
「あははっ、ひどい言い草」
自覚はあったのだろう。羽衣は対して気にしてない様子で笑った。
「良かったね〜シノさん。私のおかげで命拾いして」
「…アレは一体、なに?アレが私達『アウトロー』を動かしているリーダーだとでも言うの?」
羽衣はジッとシノを観察する。口調こそ悟られまいと平静を装っているが、表情までは誤魔化しきれず、身体は小さく震えていた。
「違うよ」
そのシノに対し、羽衣は否定する言葉を放つ。シノは僅かに表情を緩ませるが…
「私達『アウトロー』は、はみ出しものであり、個人で動くのが基本でしょ。私達だって徒党の群れ。一時的に手を組んだに過ぎない。だから正確にはボスでもリーダーでもない。強いて言うなら…そうね、絶対的捕食者よ」
捕食者、その言葉を聞いたとき、シノは思わず納得してしまった自分を恥じた。
何故なら、自分が捕食される側だと理解して納得してしまったからだ。
「別に恥じなくても良いと思うよ。私も『アウトロー』としてそれなりの自負は持ってたけど、アイツに会った瞬間、一瞬で立場を理解したから」
そう言って適当な場所に腰掛ける羽衣に、シノは疑問に思っていたことを問いかける。
「あの『戦鬼』すら煙に巻く程の実力…そもそも貴方は一体何者なのですか?」
「私の正体…ね。そんなホイホイと素性明かしてたら『アウトロー』の名折れだから、黙秘権でも使おうかな」
ケラケラと笑いふざけた調子の羽衣に、シノは苛立ちを覚えるが、なにかを口にする前に羽衣が続ける。
「まぁ一つ言えるのは、私は『軍』出身ではないってことかな。正真正銘、『グリッター』のはみ出しもの、『アウトロー』ってやつよ」
その言葉に嘘がないことを、シノは感じ取ることができていた。
本当の自分さえも押し殺せるほどの掴みどころのなさ、全く正攻法を感じさせない振る舞いは、確かに『アウトロー』と呼ぶに相応しかったからだ。
「…そんな貴方が恐れるほどの人物なのですね…アレは一体なにを企んでいるのですか?」
「さぁね。私はただ、今の『軍』による『グリッター』が管理される世界をぶっ壊せればそれで良いから。こんな差別にまみれた世界をね。アイツなら、それをやってくれると思ったからさ。…貴方も同じ感じでしょ?」
それまで一度もこちらを見なかった羽衣が、初めてシノを見てニヤリと笑う。
そこに、何故か不思議とカリスマ性を感じたシノは、羽衣と同じように小さく笑みを浮かべ、「そうね」と小さく呟いた。
※後書きです
ども、琥珀です。
更新が遅れてしまい申し訳ありません。
ラスト一回ボタンが押せてなかった…
ただ今執筆は時間ギリギリでやってます…
何とか更新が続けられるよう頑張ります…
次回の更新は金曜日を予定していますので宜しくお願いします。