第140星:影の首領
■関東本部『グリッター』
唯我 天城(17)
東京本部に所属する見習い『グリッター』。将来を有望視される育成組織に所属し、教官である一羽にもその才能を認められている。同期の飛鳥が最高峰の『シュヴァリエ』に、後から入った大和が司令官に着任していることから、怒りを抱いている。
スフィア・フォート(18)
東京本部に所属する見習い『グリッター』。『グリット』に関しては不鮮明な部分が多いものの、勤勉さと発想力を買われる。礼儀正しく生真面目。飛鳥と大和の兄妹の凄さに憧れている。同期の天城とは幼馴染で良く気にかけている。
射手島 一羽(27)
東京本部に所属する一等星『グリッター』。実力とカリスマ、豊富な経験を買われ、飛鳥、天城、スフィアの3人の指導教官となる。豪快でガサツな言動を取るが、実際には天城やスフィアの細かな機微に気付きケアする教官の鏡。
レイク・ソード・スクリムジョー(21)
イギリスを束ねる13騎師団の第一騎士団団長。全騎士の中でも最強の剣技を持つと言われる実力派騎士。寡黙で冷静沈着。日本にいるスフィアは実の妹。
「やれやれ。まさか他国に来てまで戦闘をするはめになるとはね」
レイクは刃を納め、大きなため息をつく。
そしてゆっくりと振り返ると、一羽や怪我人の天城には目もくれず、真っ直ぐにスフィアのもとへ歩み寄る。
「大丈夫かスフィア。怪我はないかい?」
「あ、うん…大丈夫、です」
スフィア自身も姉であるレイクの実力を目の当たりにしたのは初めてであったのだろう。
声をかけてくるレイクに対し、どこか呆然とした様子で生返事を返していた。
「そうか…無事なら良いんだ」
ホッと安堵の表情を見せたのは一瞬。次の瞬間には無表情ながらも険しい雰囲気を漂わせ、レイクはスフィアの手を取った。
「お、お姉ちゃん!?」
「スフィア、これで分かっただろう?ここにいては君を守ることは出来ない。同じようなことがあった時、今度こそ命を墜としかねない」
レイクの手は力強く、強引にスフィアを連れて行こうという意思を明白にさせていた。
「もう団長として戦えなどとは言わない、言わせない。私は姉として…スフィアを守りたいんだ!!我儘を言わず、私と共にイギリスへ帰るんだ!!」
初対面の時とは違い、レイクはスフィアを連れて行こうとする意味をハッキリと伝えていた。
それが姉として妹への想いであることを知り、スフィアも僅かに躊躇する。
「この…またお前は…!?」
身体に鞭打ち立ち上がろうとする天城を、一羽が制した。
「スフィア…その女の言う通りだ」
そして、思いもよらずレイクの言葉を肯定するかのような発言が、一羽の口から飛び出た。
「私は…戦闘になる前にお前らを守ってやると約束した。にも関わらず、この戦いの中で何度も窮地に陥らせちまった。私は大嘘つきだな」
「一羽…さん…」
「ハッキリ言って、『アウトロー』の強さは予想以上だった。『メナス』も成長してる。この先の戦いでも、お前達を必ず守ってやれるとは…残念ながら約束できない」
一羽らしくもない弱気な言葉に、天城が声を上げる。
「おい!何言ってんだアンタ!!それでも俺らの教官かよ!!」
天城の怒号に、しかし一羽は応じなかった。
「その点に関してはそっちの嬢ちゃんの言葉の方が信憑性は高い。ソイツと同じくらいの実力者が他に12人も居るんだったら間違いない。だから、お前が自分の身を案ずるなら、イギリスに帰った方が安全だ」
「…!」
ふと、一羽の言葉を受けてスフィアの表情が変わる。
「もう一つ、今日の戦闘を経て分かったことがある。お前らはもう十分に戦える。訓練生としてじゃなく、『グリッター』としてだ」
「『グリッター』として…訓練生としてじゃなく…」
その表情の変化に、レイクも気付く。
「前線に出ることになるお前らを、必ず守る、とは言えない。なぜならこれからは、肩を並べて戦う仲間だからだ」
そして、その言葉を皮切りに、スフィアはハッキリと吹っ切れた表情へと変わっていく。
「だから…ここから先のことはお前自身で決めろ。英国で安全な暮らしを望むのか。日本で死と隣り合わせの日々を送るのか、お前が決断するんだ」
スフィアは一羽の言葉を聞き終えてから、真っ直ぐレイクを見つめた。
「レイク姉さん…姉さんが本当に私のために動いてくれてるのを見て…知れて良かった。何も信じられなかった英国の記憶も、姉さんのおかげで少し晴れた気がするの」
「スフィア…なら…」
「でも、ごめんなさい」
スフィアはレイクの気が緩んだ隙をみて、掴んでいた手から腕を放した。
「私はもう…騎士じゃない。姉さんに守られるだけの妹でもない。私は、日本の『軍』に所属する、戦士なの」
それは、英国騎士としても妹としてもレイクを拒絶するものだった。
レイクは大きく目を見開き、そして一度目を瞑り、そして嬉しいようで悲しげな瞳でスフィアを見た。
「そう…か。覚悟を決めたんだな、スフィア。戦場で生きる、覚悟を」
レイクの言葉に、スフィアがうなずいて答える。
「私は…ずっと後悔していた。イギリスにいたときに、何故もっと、スフィアの気持ちを考えなかったのか…と」
「え…?」
突然の内容に、今度はスフィアが驚きの表情を浮かべる。
「イギリスにスフィアが居た時、私は君を一人前にすることだけ考えていた。仮にも英国騎士団の団長の一人。それに見合う実力をつけさせることが姉の使命であり、それがスフィアのタメになると信じて疑わなかった」
レイクは「しかし…」と続ける。
「私はスフィアのことを何も見ていなかった。何も理解していなかった。スフィアが苦しんでいるということに、見向きもしなかった…君が日本に発ったと聞いた時、私はまた奪われたと、そう思った」
レイクはギュッと手を握り拳を作る。
「同時に凄く後悔した。その時になってようやくスフィアが自分のことで深く悩んでいた気持ちに気付いたからだ」
「姉さん…」
「だから、今度はスフィアの気持ちに忠実であろうと思った。スフィアが悩んでいるのなら支え、守ろうと、そう考えた。君は部下でもなく兵士でもなく、大事な…妹だから」
レイクは再び目を閉じ、改めてスフィアのことを見つめた。
「けど、それも間違っていた。今のスフィアは守られることを望んでいない。日本で、戦士として戦うことを望んでいる。新たな仲間と共に。そうだね?」
「…はい」
スフィアの返事に、レイクは僅かに微笑み頷いた。
「なら私は身を引こう。スフィアがそう望むのなら、私の行動はお門違いだからね」
そういうと、レイクはスフィアから一歩引いて距離を取り、今度は一羽の方を見る。
「カズハ…頼みがある。君達の邪魔をすることも、暴れることもしない。だから、私を『軍』の本部は連れてってほしい」
「…理由は?」
レイクの意図を図るべく一羽が探りを入れるが、レイクは誤魔化すことなくハッキリと意思を伝えた。
「これはスフィアの初の正規のミッションなのだろう?ならば、キチンと見届けたい。見届けて、納得したい」
ジッと一羽は真っ直ぐれいくをみつめ、その言葉が嘘ではないことを見抜く。
「…良いだろう。それで納得するんであればな。護里さんにも確認はしておくよ」
「感謝する」
軽く頭を下げ、今度はスフィアの方へ近寄る。
「勝手に話を進めてすまない。けど、妹の独り立ちを見届けたいのは本当だ。許してほしい」
「はい、大丈夫です」
最初の頃のギクシャクした雰囲気はもはやなく、二人はかつての姉妹の関係を取り戻していた。
「ふんっ…俺は完全に蚊帳の外かよ」
一人仲間外れにされていた天城がふてくされた様子でその光景を眺めていると…
「ねっねっ!そうだよねそうだよね!!仲間外れは良くないよね!!」
「ッ!?」
聞き覚えのある声に驚き、天城が振り返ろうとするが、その前に首元に手刀を喰らわされ、天城は呆気なく意識を手放した。
「ッ!?貴な…カッ…!?」
その人物、棗 羽衣は、拘束されていたシノの首を絞め、手際良く意識を堕とし、無重力のように軽々と持ち上げた。
「ッ!?天…」
異変に気付いた一羽が振り向きざまに臨戦態勢に入るが…
「んしょんしょ!ごめんねごめんね!!通してもらうね!!」
その反応速度を超え、羽衣は悠々と一羽、そしてレイクの間を通り過ぎて行った。
まるで無重力のような跳躍で、近くにあった建物の屋根の上に立ち、シノと、いつの間にか回収したのであろう焔の両名を雑に抱えたまま一羽達を見下ろした。
「えっとえっと、ごめんねごめんね!まだこの娘を失うわけにはいかないんだ!!」
素の感情なのかはたまた作った感情なのか読めない困った表情を浮かべ、羽衣は2人に語りかける。
「テメェ…自分のハンマーに押しつぶされてた筈じゃ…」
自分が油断したことでシノが回収され、更には天城にまで怪我を負わせてしまったことに憤りを覚え、ギロリと羽衣を睨みつける。
しかし、羽衣はこれをのらりくらりと流して笑った。
「えっとえっと、そうだねそうだね!!確かに私は潰されてたね!!でもそんなの触れれば何とでもなるよ!!」
ギリっ…と一羽は歯を食いしばる。
「(いや、確かにアイツの言う通りだ。何故私は天城のあの攻撃で仕留めたと思い込んだ?アイツの『グリット』を見ればそれが有効打撃にならないことは分かった筈…)」
「集中しろカズハ」
レイクの声に、一羽はハッと我に帰る。
「恐らくだが、あの少女は初めから実力を隠していたんだ。外見の幼さにかけて本来よりも更に弱く見せることで、心情的に油断をさせていたんだろう」
レイクの説明に、羽衣は否定も肯定もしない笑みを浮かべた。
「君と、自惚れるわけではないが私の間を悠々と通り過ぎれるほどの実力者。それを今まで隠してきた。只者じゃないぞ」
一羽に話しかけながらも、その意識のほとんどは羽衣に向けられており、レイクも臨戦態勢であった。
一羽も再び臨戦態勢に入るが、対する羽衣は全く交戦する素振りを見せていなかった。
「…戦いには負けちゃったけど、特級の一等星に、英国騎士団団長の実力を見れたのは思わぬ収穫だったかな」
と、それまでの話し方とは全く異なる、少女らしさを消し去ったような声で羽衣が呟く。
「本当は直接交えたいところだけど、万が一人材を失っても困るしね」
チラッと両肩に抱えた二人に視線を向け、羽衣はその場から立ち去ろうとする。
「逃すと思ってんのか!!」
一羽は『グリット』を発動。羽衣を中心に無数の銃器が創造される。しかし…
「逃げる?」
直後、周囲に展開された銃が宙に浮くように揺れ動き、狙いが全く定まらなくなる。
「逃げるんじゃないよ、見逃してあげるの。その気になればその後ろの子達くらい、簡単に仕留められるんだからね」
「ッ!!」
嘘でも冗談でもない。
羽衣から放たれる殺気はシノ以上のものであり、一羽、そしてレイクでさえも一瞬たじろぐ程であった。
「貴方達は後ろの子を、私はこの二人の命を救えるんだから、お互いWIN-WINでしょ?特にお人好しな貴方達にとっては、ね」
その言葉を最後に、羽衣は再び跳躍。数秒後にはその姿はどこにも見えなくなっていた。
それを見届けた一羽は『グリット』を解き、久々に感じる敗北感をため息に変え、大きく吐き出した。
※本日は後書きお休みですあ