第138星:射手島 一羽
ーーーーー女性はかつて『戦鬼』と呼ばれていた
ーーーーー死を恐れず、暴れまわる姿はまさに二つ名にふさわしかった
ーーーーーしかし今は違う。
ーーーーーかつての『戦鬼』はなりを潜め、今は新たな『戦鬼』が彼女に巣食う
ーーーーー彼女の名は、射手島 一羽
それは一瞬の出来事であった。
羽衣が敗れ、焔にその刃が届くと確信した両者の動きは同時であった。
両者が迅速な動きを見せる中、先手を取ったのは一羽。
自身の『グリット』、『無限銃創』により銃を創製。そして放つ。
ここまで1秒にも満たない、まさに一等星の名にふさわしい一流戦士の動き出しであった。
しかし、対するシノもここまで一羽を抑え込んだ実力者。
『グリット』を発動してから放つまでの刹那の間に、シノは『意思改変』を発動。
構えて撃つという動作の間に意識のズレを起こさせ、一瞬の間を作り出す。
当然これを見抜いていた一羽は、その間に攻撃を仕掛けられても対応できる距離を保っていた。
予想外だったのはシノの行動。
一羽はシノが一か八かで自身に攻撃を仕掛けるか、一瞬の隙をついて逃走を図るかのどちらかだと考えていた。
しかし、シノの動きはそのどちらでもなかった。
シノは真っ直ぐに天城とスフィアの方へと向かったのだ。
「あ…の野郎!!」
シノの動きは、徹底して一羽を不快にさせるものであった。
自分ではなく、その部下を狙って動くモノばかりであったからだ。
「(まさか二人とも敗北するとは思っていませんでしたが、ある意味好都合。私の『グリット』で怯んでいる隙にもう一人仕留め、怒りに身を任せたところで彼女を仕留める)」
シノは先程まで確かに逃走を考えていた。
しかし、天城とスフィアの二人が勝利した瞬間、ほんの一瞬ではあるが、一羽の気が緩んだのをシノは見逃さなかった。
「(予想以上に彼女はこの子たちに気をやっている様子。ならばこの子たちを扱えば、その後に彼女を仕留めることも可能!!)」
度重なる爆発を受けて満身創痍な天城はもちろん、初の実戦で全力を尽くしたスフィアも、直ぐにその場から動く力は残されていなかった。
未だ交戦を一回も果たしていないシノであれば、訓練生である二人を仕留めることは造作もないことだった。
ーーーーージャキ…
シノの行動は間違いとは言えない。
逃走よりも最終的な勝利を望むのは、人間の本能的な部分だからだ。
「…は?」
しかし、残念ながら相手が悪かったと言わざるを得ないだろう。
一羽の不意をついた動きも、一羽の心情を汲み取った作戦も、『アウトロー』らしい計算高い行動だった。
「私がなんで『戦鬼』って呼ばれてるか教えてやるよ」
だからこそ、シノは今自分が置かれている状況を理解することが出来ずにいた。
完全に不意を突き裏を取った行動、一羽も完全に虚を疲れていたはず。
しかし、気が付けばいまシノの目の前には、否、シノの周囲には、数え切れないほどの銃が、その銃口を向けていた。
「私が冷静さを失うとな、辺りかまわず、文字通り戦場で鬼のように暴れ回るから…まんまの意味だよ」
一羽は最初の位置から動いていない。自身の『グリット』を発動し、シノの周りに銃を展開したのだ。
「味方すら囮に使い、あまつさえ私の部下を狙ったお前の腐った根性が…私の逆鱗に触れたんだよ」
「ッ!!まっ……」
シノが言葉を発する前に、一羽は手に握る小型の銃のトリガーを引いた。
文字通りそれを引き金に、シノの周囲にあった銃から一斉に『輝弾』が放たれていった。
●●●
「うっ…ガハッ!!」
それが一瞬だったのか長い時間であったのか、シノには分からない。
全身に走る痛みにより、身体を動かすことは愚か、もはや感覚すらない状態で彼女は横たわっていた。
身体が拘束されていることを確認し、視線を上に上げると、目の前には、自分を見下ろす一羽と天城、スフィアの三人の姿があった。
「ふ…ふふふ。私としたことが勘違いをしていました…貴方にとっての射程距離とは、創造した箇所からではなく、創造する箇所からでしたか…」
身体の痛みに耐え、シノは不適に笑って一羽に話しかける。
「そうだな。私の『無限銃創』は、私の認知出来る範囲内において自由な場所に銃を生み出せる。お前がどこに行こうと、どんだけ離れようと、ヒトが一瞬で移動できる距離は射程範囲内だ」
規格外の能力を耳にし、シノは僅かに顔を顰める。
「…ならば、何故…もっと早くに攻撃をしなかったのです?最初から仕掛けていれば、私は完全に不意をつかれて敗れていたでしょうに」
「あぁ、そうかもな。でもお前が出し抜ける可能性もあった。だから待ったのさ、確実に仕留められるタイミングをな。あとは…」
チラッと、一羽は後ろに立つ天城とスフィアを見て笑う。
「こいつらが絶対に勝つと確信してたからな。それを待った方が確実だった」
一羽の自分達に対する信頼の言葉を受けて、二人は照れ臭そうな表情を浮かべていた。
「グッ…フフフ。確実、ですか。それを待って負けていたらどうするつもりだったのです?」
「だから確信してたって言ってるだろう。万全で確実の勝利をモノにするのが一流の証なんだよ」
その言葉にシノは目を開き、そして一羽との戦いの敗北を認めたように目を閉じた。
「…フフ…ゲホッ…しかしご自慢の二つ名が聞いて呆れます…私は…まだ生きていますよ?貴方の『グリット』はヒト一人殺めることすら不可能なのですか?」
「煽っても無駄だ。お前からは聞くことが山ほどあるからな。このまま拘束して本部に連れて行く」
シノの誘発を、一羽は全く介さず拘束して行く。
「…ッ!ふ、フフ…それだけはゴメン被りたいですね…今更どんな顔をしてあの方にお会いすれば良いと?」
「そんなもん、直接護里さんに会って確かめてこい」
二人のやり取りを聞いて驚きの表情を浮かべたのは、天城とスフィアだった。
「え!?か、一羽さん、それはどういう…」
「…ふー…」
このことは知られたくなかったのか、一羽は重苦しく息を吐きながら、スフィアの疑問に答えた。
「暁 シノ…こいつはな、他の二人と違って以前までは『軍』に所属してた『グリッター』なんだよ。一等星としてな」
「『軍』の『グリッター』が『アウトロー』に…!?それも一等星…だと?」
驚きの感情が収まらないままの二人に、シノは不適な笑みを浮かべる。
「ふ…ハハ、珍しいことではありませんよお二人さん。そもそも『アウトロー』の始まりは『軍』へ不満を覚えた一人の『グリッター』が離反したことで名付けられたもの。その『アウトロー』に元『軍』の『グリッター』がいたってなんの不思議もありません。寧ろ…」
ジロリ…とシノは瞳孔の開いた瞳を二人に向ける。
「『アウトロー』は『軍』から離別した人員で構成されている割合の方が高いくらいですから」
「…そん、な」
シノの話を黙って聞き続ける天城に対し、スフィアは明らかにショックを受けていた。
「ゲホッ…わ、私からすれば何も知らずに『軍』のために戦っている貴方達に同情しますよ…ただただ都合よく駒として扱われている貴方達…にっ!?」
そこまで話したところで、一羽は拘束を強める。
全身に走る痛みにより、シノの話はそこで一旦途切れる。
「余計なこと話す必要はねぇんだよ。お前から聞きたいのは『アウトロー』についてだからな」
いつもの一羽とは違う冷たい瞳に、天城とスフィアの二人はゾッとする。
「ウッ…グッ、フフフ…えぇ、そうでしょうとも。貴方方は知りたいでしょうなぇ。『軍』の負の遺産とも言える『アウトロー』について…」
痛みに耐えながらも、尚もシノの口は止まらない。寧ろ笑みを浮かべ一羽達の反応を楽しんでいるようであった。
「…お前から聞ける情報なんてたかが知れてるだろうけどな。『アウトロー』の中でも下っ端の部類に入るお前じゃ、な」
「…ッ!」
しかし、その様子は一羽の言葉で一瞬にして変わり、怒りの形相で睨み付けていた。
「あの…一羽さんはもしかしてこの方とお知り合いなのですか?」
スフィアが恐る恐る尋ねると、一羽は首を横に振った。
「いいや知らん奴だ。入隊した時期も所属も違うみたいだしな」
「…えぇそうでしょうね。貴方は私なんて知りもしないでしょうね。常にスポットライトを浴びてきた貴方なんかには…」
一羽の言葉にシノはますます表情を険しくさせていたが、当の本人は飄々としていた。
「さぁ話はここまでだ。本部に連れてって情報を引き出すぞ」
「…えぇどうぞお好きに」
シノは不機嫌そうな表情で観念したように俯く。
「無事に戻れたのならば、ね」
「!?」
シノがニヤリと歪んだ笑みを浮かべた瞬間、突如として辺りから大量の人の姿が現れたのであった。
※後書きです
ども、琥珀です
仕事とはいえ安定したリズムで睡眠が取れないのは辛いですよね。
それが徹夜勤務形式だと尚のこと
やむを得ないことだとは分かっていても、やはり睡眠はキチンと取りたいものです…
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は金曜日を予定していますのでお願いします。