第130星:出発
唯我 天城(17)
東京本部に所属する見習い『グリッター』。将来を有望視される育成組織に所属し、教官である一羽にもその才能を認められている。同期の飛鳥が最高峰の『シュヴァリエ』に、後から入った大和が司令官に着任していることから、怒りを抱いている。
スフィア・フォート(18)
東京本部に所属する見習い『グリッター』。『グリット』に関しては不鮮明な部分が多いものの、勤勉さと発想力を買われる。礼儀正しく生真面目。飛鳥と大和の兄妹の凄さに憧れている。同期の天城とは幼馴染で良く気にかけている。
射手島 一羽(27)
東京本部に所属する一等星『グリッター』。実力とカリスマ、豊富な経験を買われ、飛鳥、天城、スフィアの3人の指導教官となる。豪快でガサツな言動を取るが、実際には天城やスフィアの細かな機微に気付きケアする教官の鏡。
「そんで、その『アウトロー』の奴を捕まえるのにどこに行くってんだ?わざわざ本部に回ってきたくらいの任務なんだ。それなりに遠いんだろ?」
身支度を整えた天城は、本部の外に出たあと先に準備を終えていた一羽に行く先を尋ねる。
「いや、それがそうでもねぇんだな。実はここ最近、同じような依頼が何件か来ててな。本部だけじゃ捌ききれないものは各支部や根拠地にも要請してるらしい」
「…ということは、私達が受けたのは本部の依頼ということですよね?今回はこの東京近辺を捜査する、ということですか?」
一羽はその通りだと頷く。
「場所もこっからそこまで遠くねぇしな。電車使って一時間くらいだ」
「…止めろよ電車とか…何か庶民的で気が抜けんだろぉが」
「東京自体そこまで広いわけじゃないですからね。一時間と言うのは寧ろ遠出なんじゃないでしょうか」
スフィアのフォローになっているのかいないのか分からない微妙な発言を天城は聞き流す。
「しっかしまぁ、なんでわざわざ『軍』本部の近くに居座るんだかな。『軍』と敵対してるってんなら、大人しく遠くの僻地にでもいればいいのによ」
思っていたより近場であったのが残念だったのか、天城はため息を吐きながら不満をこぼした。
「灯台下暗し、ってやつだろ。まさかここにはいないだろって場所に潜むことで、私達の網から抜け出そうとしてんのさ」
一羽が考えられる理由を述べると、スフィアがこれに続く。
「それに、東京は狭いけれど、昔から人が多いじゃない?その分密度が高くなるから、ある意味で姿を隠すにはちょうど良いんじゃないかしら?」
「は〜ん、そう言うもんかね」
さして興味はないのか、天城は聞き流すような声で答えた。
しかし、次の一羽の言葉は二人の意識に強く突き刺さった。
「それか、例え本部の『グリッター』が現れても、対峙できるだけの実力を備えているか、だな」
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一羽の話した通り、移動時間はおよそ一時間程。
かつての東京程ではないとされているが、現在の東京もだいぶ元の都会に戻りつつあるとされるなかで、この近辺は都会のイメージとは程遠い、どこかローカルさを感じさせる街並みであった。
「そんでも結構人はいんだな」
「離れてても東京だもの。最高本部のある場所が一番安全だって考えて引っ越す人も多いみたいよ」
スフィアが日本に戻ってきたのは数年前のことであるが、だからこそ今の日本を知ろうと知識を蓄えてきていた。
そのため、最近の情勢については天城よりも詳しかった。
「だが都心に比べれば人は少ない。これなら多少は楽に行動できそうだな」
一羽はそう言うと、近くの人に近寄り何かを語りかける。
しばらく話し込み、何かの場所を尋ね終えると、天城達の元へと戻ってきた。
「おしお前ら、しばらく潜伏する宿が決まったぞ」
「何を聞いてんのかと思えば…」
天城は呆れた様子であったが、スフィアは別のことを感じていた。
「宿…一羽さんは今回の任務が長期間になるとお思いなのですね」
「まぁ、な。最高本部が全力を挙げて捜査して、大まかな居場所しか掴めなかったんだ。現地に来たって簡単には見つからねぇだろうよ」
予め長期戦を見越して一羽が動いていることを知り、天城は居心地悪そうに頬を掻いた。
「まぁ宿を見つけたならそれはそれとして、さっさと情報収集を始めようぜ」
「まぁ焦んなって。今は必要のない手荷物とかもあるし、せっかく場所を聞いたんだ。先に宿をとりに行くぞ」
こう言うことは手慣れているのだろう一羽は、逸る天城の心情を見越して先に宿を見つけていた。
また二人は実戦戦闘をこなしていない。
特にスフィアは優しい性格が災いして、実戦で力を発揮できない可能性があると考えていた。
だからこそ、先に拠点を作り、少しのきっかけでも良いからと緊張をほぐし安堵させるべきだと判断したのだ。
●●●
「お待ちしておりました。ご予約頂いた桂木様3名さまですね」
辿り着いたのは雰囲気のある旅館。
どこか古ぼけたような感じはあるが、程よい年代物感が寧ろ心地よい雰囲気を出していた。
出迎えをしてくれたのは作務衣を着こなした女性の仲居。
礼儀正しく正座し、頭を下げて天城達を歓迎する。
「…桂木?」
「今回は正面切っての戦闘じゃないからな。相手もメナスじゃなくて人間だ。少しでも素性を知られるリスクを減らすための偽名だよ」
一羽の言葉を聞き、二人は納得したように頷く。
「お部屋のご準備は整っております。直ぐにご案内致しますか?」
「あぁ、頼むわ」
仲居の女性は「畏まりました」と改めて一礼すると、ゆっくりと立ち上がり一羽達を部屋へと案内した。
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「それでは、ごゆるりとお寛ぎ下さいませ」
それを最後に、仲居は丁寧な所作で襖を締め、部屋を後にした。
「とりあえずはまぁ、ここが私達の拠点だな。ここを中心に情報収集を始めていくぞ」
一羽の言葉に、しかし二人の反応は鈍かった。
先程の、一羽の『人間』という言葉を聞き、改めて今回の任務の相手が人間であることを知ったことで、二人に僅かな緊張感が漂っていた。
「(ま、初の実戦が生身の人間だって言うんだ。メナスと戦うために鍛えてきただけに、直ぐに受け入れろ、ってのも酷な話か)」
二人の様子を観察する一羽は、二人に紡ぐ言葉を慎重に選ぶ。
「ま、そう固くなんな。確かに相手は人間だが、お前達にとってはメリットもある」
「メリット…ですか?」
二人の緊張を敏感に感じ取っていた一羽は、まず明るく笑い、次いで二人に自信を与えるべく口を開いた。
「そう、メリットだ。その理由は今言ったことまんまそのまま。相手が人間だってことだよ」
「…?どういうことだ。メナスとの戦いに備えて来たのにどうして人と戦うことがメリットになる」
いつものきつい口調ではなく、純粋に分からないといった様子で天城が尋ねる。
「確かに一見メリットに働くことは無さそうだな。実際メナスとの戦闘に慣れた『グリッター』にとっては、人間同士の戦いなんて不慣れだしデメリットしかない。そもそも避けたい場面だがな」
一羽は「だが…」と続ける。
「今のお前らに限って言えばそうじゃない。何故なら、お前らはずっと人間を相手に組手してきたからな」
「あ…」
スフィアに先に気が付き、続いて天城も気付いたようにうなずく。
「分かったか?お前らは対人間の戦闘技術を大きく身に付けてる。それが今回の戦闘の場で役に立つんだ」
一羽は更に説明を続ける。
「メナスの動きはどちらかと言えば野生の動物に近い。最近じゃ『知性』を身に付けたなんて話も聞くが、せいぜい赤子がマシになった程度だろ。少なくともいまは、な。そういった奴の動きってのは普通の訓練じゃ掴めないような動きをしてくる。そういった類の訓練を、私はまだお前達にしてない」
「…逆を言えば、私達は人間的な動きに対する訓練は受けてきている…だから、今回のような対人戦闘は今の私達にとっては寧ろ好都合だということですね」
スフィアの答えに、一羽は頷く。
「勿論、組み手でも模擬戦でもない本気の実戦だ。相手は『軍』管轄から離れた『アウトロー』。命のやり取りになる可能性は十分にある。それだけら頭に置いておけ」
緊張はほぐすが気を緩まさせず。一羽の適切な飴と鞭は、二人の気持ちを上手く引き締めさせていた。
「それで、最初はどうするんだ?情報収集か?」
「んなもん、決まってんだろ?」
一羽はゴソゴソと荷物をあさり、あるものを取り出した。それは…
「風呂と…酒だ」
旅館の着物と、温泉セットだった。
※本日は後書きはお休みにします