第122星: ビクトリカ・ヨアノブナ
ーーーーー少女は立つ
ーーーーー圧倒的な冷気を纏って
ーーーー一友を守るべく
ーーーーーロシアを守護する皇帝…彼女の名は…
「は?」
一瞬の出来事に、ダラスの頭の理解は追いついていなかった。
今の今まで、自分はヴィルヴァーラを凍らせ、そしていたぶっていたはずだった。
しかしいま、ダラスは自分体がヴィルヴァーラと同じく頭部以外の全身が凍らされていた。
だが、そこまでの過程には大きな違いがある。
ダラスがヴィルヴァーラを次第に凍らせていったのに対し、自身を凍らせたこの氷は、瞬きする間に形成されていた。
圧倒的な『グリット』の差。これ程の芸当と凍結能力を持つ人物を、ダラスは一人しか知らなかった。
「ビクトリカ…皇帝…」
視線を向けた先には、ダラスの言う通り、少女の姿をしたロシアの皇帝、ビクトリカ・ヨアノブナが立っていた。
外見こそ少女のそれだが、気品のある静かな佇まいと、手に持たれた大きな杖は、彼女をロシアの皇帝として押し上げていた。
「ツ…皇帝…」
同じく視線だけをビクトリカに向けたヴィルヴァーラは、激しい動揺を覚えたいた。
「(くっ…家族を守るためならば、皇帝と戦うことも想定していたが、この状況では…!!)」
戦う意思を持っていたヴィルヴァーラではあったが、内心では全く歯が立つ相手ではないと理解していた。
そもそも、目の前のダラスにさえ互角の戦いを広げることが出来なかったにも関わらず、ビクトリカは一瞬でそのダラスを封じ込めたのだ。
文字通り、桁の違う人物であることを思い知らされていた。
「ヴィルが…時間通りにこないなんて…おかしいと思ったから…迎えにきてみれば…」
ロシア皇帝直々に迎えに来るなど、光栄を通り越して恐れ多すぎる行為ではあったが、ヴィルヴァーラの頭はいまはとてもそこまで回らなかった。
「ヴィルだけ…凍らされてたら、状況に偏りが…出ると思ってダラスも凍らせた…けど、ダラス…これはどういう…状況?」
静かでか細い声でありながら、小さくない圧を感じ取っていたダラスは、しかし冷静であった。
「(どうするか…皇帝がどこまで気付いているかによって言葉を選ばねば、私の立ち位置が危うい…)」
チラリと、ダラスはヴィルヴァーラへ視線を向ける。
「(勝手にデータを盗んだことに仕立て上げるのは難しくないが、もし皇帝がヴィルヴァーラへの密命を少しでも把握していた場合、私への不信感が増すだろう…)」
ダラスは再度ビクトリカの方へと目を向ける。
「(皇帝は意外にも純情で、情に厚いお方だ…ここはロシアの為と装って、ある程度正直に話す方が得策だろう)」
危機的状況にありながら、冷静に物事を判断する冷静さがある点は、やはり宰相の位置にまで上り詰めただけはあるという証だろう。
「皇帝…まずは彼女に密命を出したことは正直にお話しします」
「…それで?」
「…彼女に日本のデータを取らせ、持ち帰るよう命令したのは私です」
「…それで?」
「…っ、しかし、それは全てロシアの…」
「…それで?」
が、しかし、ダラスは直ぐに違和感に気が付いた。いや、最早違和感ではなく、確信であった。
ビクトリカは、ダラスの話に一切耳を傾けていない。
そう、ビクトリカは初めから、ダラスを標的にしてこの空間に訪れていたのだ。
「ダラス・ザカエフ」
それは、これまでにダラスが仕えてきたビクトリカとはまるで違う。
彼女が、ロシアの皇帝であることを証明する、冷たく圧のこもった声であった。
「私は彼女と話した時に言ったよね。『ロシアのメンツとか…侮られるとか…そんなのキョーミない』、と」
「ぐっ…しかし、それではロシア名声が…!!」
「そんなもの必要ない」
ビクトリカはダラスの言葉を一刀両断する。
「ロシアは…いえ、世界はいま、一つとなることを求められている。それを、護里は真っ先に取り組み、我がロシアもそれに応えようと試みた。そこに、ロシアの名声やメンツなんて必要ない」
ビクトリカは「そもそも…」と続ける。
「他国から盗んだデータを活用して、どこに名声があるの。なんのメンツが保てるの。他国を出し抜くような真似をして上に立とうと、そこに有るのは他国からの悪感情のみ。その国を、どこが誇れるというの」
「…ぐっ…それは…しかし…」
そこで、ビクトリカから放たれていた突如として圧が鎮まる。
「けれども、貴方のその行動がロシアを思っての行動で有ることは分かったわ。そこに嘘が無いということもね」
「…!!では…!!」
「でも」
ミシリッーーーーー
およそ少女の肉体からは考えられない握力で、ビクトリカは手に持っていた杖の柄を、音が出るほど強く握りしめた。
「貴方はそれよりも重い…私の逆鱗に触れた」
瞬間、ダラスの全身の氷結がゆっくりと進んでいった。
「貴方は私の友人を騙し、陥れようとした」
ミシリッーーーーー
「貴方は私の友人を欺き、危険に晒した」
ミシミシ…ーーーーー
「そして何よりっ………」
バキィッ!!
「私の家族を泣かせたわね」
ビクトリカの怒りが頂点に達するのと同時に、家族と自分を呼んでくれた少女の言葉に、ヴィルヴァーラの目から大量の涙が頬を伝った。
「グァ…バッ…グッ…ハハハッ!!家族だと!?血の繋がりもない、生きることすら困難な地に生まれた小娘がかっ!?噂に違わぬ甘ちゃんだ皇帝!!」
取り繕う余裕すら無くなったのか、はたまた本性を現しただけなのか、ダラスはヴィルヴァーラにのみ見せていた荒い口調を、ビクトリカにも向けた。
「あぁ貴方にとっては私は悪だろう!!家族よりも国を優先したのだからな!!ならば最後まで悪人を演じよう!!」
喉元まで凍りつき、息をすることさえ苦しい状態でありながら、ダラスは尚も声を荒げる。
「ヴィルヴァーラァ!!貴様は助かる!!だが貴様の家族は助からん!!お前は自分だけが助かったという自責の念に駆られ、これからを生きていくのだ!!」
それは負け犬の遠吠えと言うには足りない、ヴィルヴァーラへ突き刺さる重苦しい言葉だった。
先程とは違う、悔しさに駆られた涙を流しかけたその時だった。
「貴方の仕向けた兵なら、私が既に動きを止めたわ」
「………はっ?」
先程までの声色はどこへ、ダラスは間抜けなような声を上げる。
「な、何を…」
「そのまんまの意味。貴方がヴィルの家族に仕向けた兵達は、私が凍結させた」
驚きで瞳を揺らしながらも、ダラスは再度声を荒げた。
「ば、バカな!!既にここを経ってから1時間は経っている!!移動速度も時速1500kmを使用した最新鋭のポッドだぞ!?距離も離れ、マッハを超える移動している物体に…」
「私を誰だと思っているの」
それは、冷たく鋭い瞳でありながら、皇帝たる堂々した口調でビクトリカは応えた。
「私はロシアの皇帝、ビクトリカ・ヨアノブナ。そこがロシアの地であるのなら、どこであろうと私の地。飛んでいる蝿を凍らせるくらい、造作もないわ」
以前、ヴィルヴァーラは朝陽達にビクトリカの恐ろしさを話したことがある。
しかし、それすらもヴィルヴァーラが彼女を甘く見ていたということを知らしめることになるとは、思ってもいなかった。
「くっ…そぉぉぉぉ!!!!皇帝よ!!貴方のその甘さは、いつかロシアを滅ぼす!!覚えておくが良い!!」
その言葉が、ダラスの最後の言葉となった。全身は完全に凍りつき、その中で、ダラスは完全に意識を途切れさせた。
●●●
「ごめんなさい…ヴィル」
「…は?」
ビクトリカの手により氷から抜け出すことが出来たヴィルヴァーラは、突如として謝罪されたことに驚く。
「ダラスが…この交流で何かを…企んでいることには気が付いて…いたの」
「…!」
先程までの皇帝たる声色ではなくなり、ビクトリカは今まで通りのか細く透き通った声でヴィルヴァーラに話しかけていた。
「それでも…私はダラスを信じたかった…だから…何もしなかった…その結果…貴方には辛い思いをさせて…しまった…本当にごめんなさい…」
今度は言葉だけでなく、皇帝の振る舞いとは思えない、しっかりと頭を下げた姿勢でヴィルヴァーラに謝罪した。
本来、このようなことはあってはならないが、ヴィルヴァーラは穏やかな笑みを浮かべ、その謝意を受け止めた。
「顔を…どうか顔をあげてください、皇帝」
ヴィルヴァーラに言われ、ビクトリカはゆっくりと顔を上げた。
「貴方のおかげで、私の家族は救われました。貴方の言葉で、私の心は救われました。もう、十分すぎる償いを、私は受けました。ですから、ご自身を責めないでください」
ヴィルヴァーラの浮かべている笑みを見て、ビクトリカも少し安堵した表情を浮かべた。
次いでビクトリカは、氷漬けになったダラスの方を見て、ヴィルヴァーラに語りかけた。
「ヴィル…彼を許して…とは言わない。それはきっと…私が貴方の立場…であっても無理」
ビクトリカは「だけど…」と続ける。
「彼を…少しだけ…理解してあげて…欲しいの。ダラスは…例え自分の手を悪に染めようと…その行いは、全てロシア…のためだった」
「……はい」
「だから…私は信じたかった…彼の行いを…彼の信念を…それが、今回の事態を招いた…私の失態…」
ビクトリカは静かに目を閉じ、悲しみの表情を浮かべた。
「…私は…ダラスを許すことは出来ません」
「……」
「けれど、彼の言動から、常にロシアを慮る想いが伝わってきたのは事実です。私も…そこは認めます」
ビクトリカは目を開き、ヴィルヴァーラの方を見る。
「彼はもういません…私にできることは、このロシアのために戦うこと。その為に、ほんの少し、タラスのロシアへの想いを受け継ぎます。正しく、清い心で、このロシアのために忠を誓うために」
真っ直ぐな瞳で応えるヴィルヴァーラに、ビクトリカは小さく笑みを浮かべ、「ありがとう」と呟いた。
●●●
「あ、そうそう…ヴィル」
「はい、なんでしょう?」
「一番…大切なことを…聞き忘れていたわ」
「一番大切なこと…ですか?」
「お友達はできた?」
ヴィルヴァーラは驚いた表情のあと、照れ臭くも満面の笑みを浮かべ、ビクトリカの問いに答えた。
「はい、かけがえのない、大切な友達がたくさんできました!」
※後書き
ども、琥珀です。
設定を間違えて更新遅くなり申し訳ありません。
さて、お試しと思い、今日は前書き少し変えてみました。
登場人物紹介も良いのですが、登場キャラが少ない時や、同じキャラが続く時、ここぞと言う場面の時はこう言うのも良いかなって思いまして
いかがでしょう?本編に入る前の前哨戦みたいな感覚を感じていただけることはできたでしょうか笑
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は月曜日を予定しております。