第121話:帰国②
ヴィルヴァーラ・スビルコフ (20) 二等星
ロシアスルーツク支部所属。海外派遣交流により日本の千葉根拠地にやってきたロシアの『グリッター』。当初より根拠地の『グリッター』をあしらうような姿勢を見せるが…?
タラス・ザガエフ (50) ロシア皇国宰相
ロシアモスクワ本部、ロシアにおける皇帝以下の三本指に入る実権者。階級に見合う頭のキレを持つものの悪い噂が多く、またその権力を見せびらかすような言動も多く、良く思われていない。
皇帝 (?)
ロシアの全てを握る絶対にして唯一の皇帝。見かけは幼い少女のようなシルエットをしており、話し言葉もどこか拙さを感じさせるが、一人で国一つを凍結させる力を持つ。日本の早乙女 護里とはお友達。
ロシア、モスクワ。ロシアの『軍』の総本部であるこの場所で、ヴィルヴァーラは本部である大聖堂の中を歩いていた。
「(不思議な感覚ね…私にとってここは故郷でも、慣れ親しんだ支部でもないのに、何だか我が家に帰ってきた気分だわ)」
ヴィルヴァーラがロシアの地に足をつけたのはおよそ30分前。
自身の所属するヤクーツクではなく、モスクワに降り立ったのは、今回の派遣交流の報告を皇帝にするためであった。
「(そして…決戦の地ね)」
ヴィルヴァーラの穏やかな感情はほんの僅かな時間のみ。いまのヴィルヴァーラの心は緊張感に包まれていた。
何もない広い空間の真ん中に差し迫った時、部屋に設置された柱の陰から声が届く。
「戻ったかヴィルヴァーラよ」
広い空間に何もない部屋。その男の声はあたり一体に響き渡った。
その声が反響し、自分の全身に響いていると考えると、ヴィルヴァーラは吐き気を覚えた。
「…ただ今戻りました… タラス・ザガエフ宰相」
ヴィルヴァーラが名前を呼ぶと、その男は柱から姿を現した。
王冠のような被り物に、高価な衣類の着こなし。顔には伸ばされたヒゲ。
以前はそれ程気にしなかったが、今は視界に入るだけで不快であり、怒りを覚えた。
「日本からは無事に送り返したとの連絡のみ。上手く役割を果たしたようではないか。流石は『孤高の氷女』だ」
それは、ヴィルヴァーラのロシアにおける異名。
以前は然程気にしておらず、寧ろ合っているとさえ思っていた節があったが、ダラスに呼ばれていることも相まって、今は不快感しか覚えなかった。
「それで、例のブツはどうした?」
ヴィルヴァーラは無言で内ポケットに手を突っ込み、ピッ、と一枚のディスクを取り出した。
「Хорошо!!見事成し遂げたのだな!!」
大袈裟なアクションと拍手でわざとらしくヴィルヴァーラを称えると、ダラスは少しずつ近くに寄り出す。
今すぐ後退りしたい気持ちを必死に抑え、ヴィルヴァーラはダラスと真正面から相対する。
「ふっふ…しかしあれだな。いかに初の試みとは言え、たかが小娘一人に重要なデータを盗まれるとは。新時代の先駆者と呼ばれる日本も所詮はこの程度か。いや、寧ろ小娘という点を貴様が活かしたのかな?」
ギチチッ…ディスクが軋む音が僅かに鳴るが、ヴィルヴァーラは尚も感情を深く鎮める。
以前よりも落ち着いた様子を見せるヴィルヴァーラを、ダラスは鼻で笑うと、そのディスクを取ろうとする。
直前のところで手を下げ、ヴィルヴァーラはディスクをダラスから遠ざけた。
「約束よ。私の家族を解放して」
「おーそうであったな。だがディスクはまだ私の手には届いておらんからなぁ??」
どこまでもヴィルヴァーラの神経を逆撫でするダラスの言葉に、それでも尚ヴィルヴァーラは踏みとどまり、止むを得ずディスクを手渡した。
「ん〜ふふふ…先程は嘲笑したが先駆者の名は伊達ではない。これにはロシアの50年の未来が詰まっているだろう」
受け取ったディスクを大事そうに頬擦りする姿に嫌悪感を感じながらも、ヴィルヴァーラは再度話を切り出す。
「さぁ、今度こそディスクを渡したわ。約束通り…」
「ん〜?あ〜そうだった。貴様の家族な。それならもう解放に向かっているぞ?」
「………向かっている?」
ここで初めて、鎮めていたヴィルヴァーラの感情が揺れ動く。その様子にダラスは歪んだ笑みを浮かべた。
「そう!あの過酷なロシアの地、ヤクーツクから解放してやるのだよ!!死をもってな!!」
「〜〜〜ッ!!きっ…さまっ!!」
我慢も限界を迎え、ヴィルヴァーラは『グリット』を解放し、攻撃を仕掛ける。
「おぉっと」
ヴィルヴァーラの氷結能力で生み出した氷の氷柱を、ダラスは後手に回りながらも同じ氷結能力で壁を作り出し、これを難なく凌いだ。
「ほぉう…?僅か三週間の期間でありながら、どうやら腕を上げたようだな。まさか初動の前に『グリット』を展開出来ないとは思わなんだ」
次いでダラスは自身が作り出した氷壁に突き刺さる氷柱を見る。
「この技も見事だ。これほど早く大きい氷柱を作り出すとはな。だが、残念ながらその程度では私には届かんよ」
ヴィルヴァーラにとって渾身の一撃であったが、ダラスには届かなかった。
しかし、ヴィルヴァーラの顔に驚きの感情は浮かんでいなかった。
それをダラスは訝しげな表情で見ていた。
「私の攻撃が届かないことなんて想定済みよ。私が待っていたのはこの時。私の『グリット』を発動させるための時間よ」
次の瞬間、ヴィルヴァーラはバッと手を前に出し、『グリット』を再度発動。
すると、それまでダラスが握っていたディスクが一瞬にして凍りつき、そして握っていたダラスの拳ごと砕け散った。
「な…ぐ…あああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
痛みに悶絶し悲鳴を上げるダラスを、ヴィルヴァーラはしてやったりな笑みで見ていた。
「油断したわねダラス。予めディスクの一端を私の『グリット』で凍らせていたのよ。あとはもう一度『グリット』を発動し氷結を進めるだけ。これなら貴方との力の差があっても、私の攻撃の方が早いわ」
「グッ、ウゥ…貴様ぁ!!自分が何をしたのか分かっているのか!!これで貴様にはもう、家族を救う道など残されていないのだぞ!!!!」
すぐさま傷口を凍結させ出血を止めたダラスは、凄まじい形相でヴィルヴァーラを睨み叫んだ。
「覚悟はしてきたわ。貴方を倒し、私自ら家族を助けに行く!!」
「ば、バカめ!!ここからヤクーツクまでどれだけ距離があると思っている!!私が部隊を向かわせたのは1時間前!!今すぐ向かっても間に合わんわ!!」
「言ったでしょう、覚悟はしてきたって…もし最悪の結末になろうとも、私は後悔なんてしないって!!」
ヴィルヴァーラの圧に初めて気圧されたダラスであったが、痛みに慣れ冷静さも取り戻しつつあった。
「愚かな娘よ!日本でどう洗脳されてきたかは知らんが、無駄な抵抗だ!!」
頭は冷静さを取り戻していたが、その胸中は腕をやられたことによる怒りに満ちていた。
「私を倒すだと!?不意打ちを喰らわせただけで良い気になるなよ小娘が!!」
万全の態勢でダラスが反撃に出る。ヴィルヴァーラも対抗し、いまの自分に出せる全力で迎え撃った。
ヴィルヴァーラに勝算があったわけではない。反逆すれば返り討ちに合うのは分かりきっていた。
それでも、ディスクを渡すことだけは絶対にしないと心に誓っていた。
それは家族のためではなく、自分のためでもない。
それはーーーーー
「ふぅ…ふぅ…手こずらせおって…」
「く…うっ…!!」
ヴィルヴァーラは頭部以外の全身を凍らされ、身動きが取れない状態にまで追い込まれていた。
「結果はこれだヴィルヴァーラ!!ディスクを破壊し、家族を救う手立ても失い、あまつさえ私の手を破壊した貴様の末路だ!!」
ダラスは距離を詰め、片方の手で乱暴にヴィルヴァーラの顔を掴んだ。
「お前は悪手を踏んだんだよヴィルヴァーラ!!お前は全てを失うんだ!!自分の行いを悔やんで死ぬんだな!!」
「…しない…」
「…あ?」
ヴィルヴァーラの心を折ろうとするダラスの言葉に、ヴィルヴァーラは強い瞳で睨み返した。
「諦めたりなんて、絶対にしない!!私は学んだのよ!!諦めない心と思いやる心…そしてその強さを!!だから…私はまだ…諦めない!!」
凍りついた手足を必死に動かそうと暴れるヴィルヴァーラを、ダラスは侮蔑な表情で笑って見ていた。
「何より私は…アサヒを…アサヒ達を…友達を裏切るような真似はしない!!!!」
「…フハッ!!!!友達だと!?貴様が!?貴様にか!?フハハハハハ!!!!」
今日一の笑い声を上げたダラスは次の瞬間、濁った笑みでヴィルヴァーラを睨みつけた。
「ならばその友人共も陥れてやろう!!」
「な…にっ!?」
「貴様は知らないだろうがな、ここには予め私が設置しておいたカメラがあるのだよ!!少し工作さえすれば、貴様が謀反を起こしたように見せるなど造作もない!!そして、その原因は日本にあると広めてやろう!!そこからはあっという間だ!!貴様の言う友人達には非難の目が向けられ、そして世界中から非難されるだろう!!裏切り者の『グリッター』であるとな!!」
悪どく、高らかに笑うダラスを、ヴィルヴァーラは涙ながらに睨みつける。
「きっ…さまは…一体どこまでっ…私のことを嘲笑えば済むんだ!!!!」
悔しさと情けなさから、ヴィルヴァーラの瞳がついに決壊し、ボロボロと大量の涙から溢れ出す。
「フハハハハハハハハ!!良いぞその顔だ!!その顔が見たかった!!言っただろう!?お前は悪手を踏んだのだと!!死の間際まで、自分の行いを悔やみ生き絶えるが良い!!」
その涙さえ、ダラスにとっては刺激の対象にしかなり得なかった。
再び冷気を発し、全身を凍結させに入ったダラスを、ヴィルヴァーラは涙ながらに睨むことしか出来なかった。
「(ごめんなさい… мама、папа…そしてアサヒ達…私は…何も出来なかった…家族を救うことも…初めて出来た友人を守ることも…)」
涙さえも凍りつきそうになった時、大聖堂に静かで暗い、少女のような声が響いた。
「『永久凍土』」
※後書きです
ども、琥珀です。
ようやくロシア交流編の終わりが差し迫ってきました。
元々今話、次話のエンディングを思いついて組み立ててきた会だったので長い長い…
それでも、思っていたよりは形になったかな…笑
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は金曜日を予定しています。