第112星:『シュヴァリエ』飛鳥
【オリジン】
かつて人類の前に最初に現れた原初のメナス。朝陽や夜宵を圧倒し、同じ『悪厄災』さえも恐れる原初にして最悪の究極のメナス。
アイドス・キュエネ
20年前に出現した『悪厄災』。特有の高い身体能力だけでなく、人をたぶらかす魔法を用いる。『艶麗繊巧の魔女』の二つ名を持つ。
国館 飛鳥(18)
明るく笑顔を絶やさない天真爛漫な大和の実妹。最高本部の『グリッター』であり、最高司令官である護里直属の戦士でもある。その正体は日本に8人しか存在しない『グリッター』の称号である、最年少の『シュヴァリエ』である。
『ソンナ…馬鹿ナ…!!私ノ〈次元超越〉ガコンナニ容易ク…』
敗北を喫した『アイドス・キュエネ』は、明確な動揺を見せながら、その場に崩れ落ちる。
その様子を、相変わらず楽しそうな笑みを浮かべたままの【オリジン】が見つめたまま、ゆっくりと耳元に語りかける。
【ホラネ…?負ケタデショ?】
『ッ!!』
慰めでも、励ましでもない、追い討ちをかけるような言葉を囁かれ、『アイドス・キュエネ』は思わず【オリジン】を睨み付ける。
しかし、【オリジン】はそれを意にも介さず、変わらない笑みを浮かべたまま続けた。
【アノ人間…私ヲ撤退サセタ人間ガ現レタ時点デ攻撃ヲ続ケテイレバ、君ニモマダ勝機ハアッタカモネ】
【オリジン】は【デモ…】と続ける。
【君ハ揺レタ。何カ仕掛ケテ来ルンジャナイカ、別ノ手ヲ用意シテルンジャナイカッテ…何十年モ戦ッテキタタメニ、迷ッタンダ。ダカラ負ケタ】
『ッ!!』
戦いが始まった時、『アイドス・キュエネ』はこう考えていた。
『エデン』が敗北したのは、圧倒的に経験が不足していたからであると。
その内容自体は間違いではない。実際、『エデン』が敗北した要因の一つには、経験不足が含まれるだろう。
しかし、今回の襲撃に関してはその逆。経験が豊富であるが故に『知性』が逆に働き、一瞬の迷いから敗北を喫したのである。
【フフフ…今ドンナ気持チ?悔シイ?悲シイ?辛イ?】
先程よりも更に嬉々とした笑顔を向けてくる【オリジン】に更に苛立ちを覚えながらも、『アイドス・キュエネ』は笑みを浮かべた。
『エェ…悔シイワ…ハラワタガ煮エクリ返ル程ネ…ケレド貴方モカツテ敗北シタ筈ヨ?圧倒的ナ力ヲ有シテイナガラ、一人ノ人間ニネ』
それは、【オリジン】に対する意趣返しのつもりであったのだろう。『アイドス・キュエネ』は【オリジン】の動揺を誘うべく、それを口にした。
しかし、【オリジン】は僅かにキョトンとした表情を見せただけで、次の瞬間には元の屈託のない笑みを浮かべていた。
【ウン、ソダネ〜私モ敗北者ダヨ。デモネ…】
次の瞬間、『アイドス・キュエネ』は再び【オリジン】の姿を見失う。
そして気付いた時には、見ていた方とは逆に回り込み、ゆっくりと肩に手を回されていた。
【私ハネ、敗北ヲ恥ダトハ思ッテナイヨ。生キテレバ次ノ楽シミガ増エルシ、私ダッテ成長スレバモット楽シメルカラネ】
『アイドス・キュエネ』の耳に、【オリジン】の言葉の内容はほとんど入ってこなかった。
【オリジン】の発する言葉の一つ一つから、小さくも恐ろしい殺気が込められていたからだ。
【私ハ、ソノ楽シミノ瞬間ヲ待チ続ケテ長イ間眠リ続ケテ来タンダ〜。今ハマダ会エテナイケドネ】
【オリジン】は回していた手を緩め、今度は両手で『アイドス・キュエネ』の頬に触れ、真っ直ぐこちらを向くように顔を動かした。
『アイドス・キュエネ』が向けられた視線の先には、笑みを浮かべながらも光と感情を一切感じさせない、ドス黒い瞳が映っていた。
『ヒッ…イヤ…』
【君達ヲ生カシテルノハ、戦力ダカラジャナイヨ?私ト同ジデ、『敗北』ヲ知ッテ、ソレヲ経テドンナ風ニ変化シテイクノカ気ニナルカラダヨ】
【オリジン】の言葉に嘘偽りは無い。嘘をつく理由も必要もない。
つまり、変化を止めれば、『アイドス・キュエネ』達はすぐにでも……
『アイドス・キュエネ』はそれ以上考えれのを止めた。その考えに至ってしまえば、自分は直ぐにでも命を断ちかねないと思ったからだ。
『マダ…終ワリジャナイワ…』
【ン?】
『アイドス・キュエネ』は【オリジン】の手から逃れ、真っ直ぐ千葉根拠地の方を見る。
『正面カラノ戦イハ私ノ負ケヨ!!ケレド勝敗ハ別!!私ニハマダ、最後ノ仕込ミガ残ッテル!!』
【オリジン】はジッと『アイドス・キュエネ』を見つめ、すぐにそれが嘘でも強がりでもない事を見抜いた。
【ヘェ…楽シミ…】
それも嘘偽りの無い本音であり、『アイドス・キュエネ』に続くようにして、【オリジン】も千葉根拠地の方へと目を向けた。
●●●
千葉根拠地の訓練学校は、避難場所としても使用されており、現在戦闘地域近隣の住民や、訓練学校の生徒達が避難をしていた。
「(思ってたより戦闘長引いてるな…咲夜さんがいて、護進さんもいるから万が一、ってことも無いと思うけど…)」
その群衆の中で、飛鳥は一人入り口付近に立ち、戦場の方角を眺めていた。
「ん〜何だろう…ボクはいま凄い大切な場面を逃してる気がする…今すぐ司令室に駆け込まないといけないような…そんな予感が…」
大和に対する恐ろしいまでの第六感を働かせていた飛鳥のもとに、一つのメッセージ通信が入る。
「…あ!お兄ちゃ……」
その送信者が大和であることに一瞬歓喜の表情を浮かべるも、その内容を見て直ぐに表情が切り替わる。
「ふぅん、成る程ね…厄介な相手だ」
内容をスクロールしながら読んでいく中で、もう一通メッセージ通信が入る。
一通目を丁度読み終えていた飛鳥は二通目にも目を通し、ニッコリと笑みを浮かべた。
「りょーかい護里さん!!」
通信機の画面を切り、飛鳥はくるっと体を半回転させ、視線の先を避難してきた一般市民の群衆に向ける。
大和から送られてきたメッセージの内容はこうだった。
『姿の見えないメナスが、根拠地内に侵入している可能性がある。恐らく本来の特性どおり人間…今回で言えば避難した人々を狙う可能性が高い。出来る限り混乱を招かないようにして撃退してくれ。攻撃する時に実体化するようだからそこを叩け。あ、護里さんには許可を貰っておくよ』
次いで護里から送られてきたメッセージはより明確であった。
『戦闘を許可するわ。但し、一般人を守るため限定よ♡』
「う〜ん、どっちもひと使いが荒いというか、適当だよねぇ〜。ま、頼られるのは嬉しいけどね!」
理由はどうあれ、飛鳥は『シュヴァリエ』としての戦闘行為を限定的に解除された。
潜めていた実力を徐々に解放し、避難の敷地内に意識を広めていく。
敷地内の広さは、およそ8,000㎡。広さは十分にあるとはいえ、かなりの人数が避難していることもあり、内部はかなり混雑していた。
もしこの場にメナスが突如として現れれば…混沌とした状況となることは火を見るより明らかである。
かといって、事前にメナスが出現することを伝えても、同じ結果を招くことになるだろう。
また、どちらの結果になっても、根拠地内に侵入されたという結果は、一般人にとって不安の種に繋がる。
どちらにせよ、相応の批判や非難は起こってしまうだろう。
ーーーーーこの場に飛鳥がいなければ、の話であるが。
飛鳥が敷地内全域に意識を集中させるのと、一体目のメナスが姿を現したのはほぼ同時だった。
「わっ!!!」
それと同時に、飛鳥は大声を上げる。これによりまず、一般人の意識と視線は声を上げた飛鳥に向けられる。
その瞬間、飛鳥は地面を強く蹴り、一般人の意識の隙間を抜けて、200mは離れていたであろう距離を詰める。
【ーーーア゛…】
メナスは飛鳥に気付いたものの、声を上げる間もなく胸を貫かれ、飛鳥と共に姿を消した。
全員の視線と真逆の方へと移動した飛鳥は、胸を貫かれ塵となって消滅していくメナスには目もくれず、再び意識を群衆に集中させる。
「(多分一体だけじゃない。二体…多くて三体は来てる気がする…)」
飛鳥には探知能力や感知能力は一切備わっていない。それでもメナスの個体数を当てたのは、野性に近い本能によるものであった。
人が群れているのが幸いしてか、残りのメナスにも飛鳥の動きは悟られていないようで、直ぐに次のメナスが姿を現した。
ーーーーーパァン!!!!
飛鳥は今度は一度力強く手を叩く。思わず耳を塞ぎたくなるような大きな音に、一般人の視線は再び後方の飛鳥の方へと移る。
『……ッ』
その隙に、飛鳥は再び高速でメナスに迫り、攻撃に転じる。今度のメナスは飛鳥の気配に気付くことすら出来なかった。
自分の口が塞がれ、背後に何者かがいると気付いた時には首はへし折られ、群衆から離れた時には、既にメナスの意識は塵とともに消えていた。
「(多分、あと一体…どこに出る?)」
三度意識を集中させる。飛鳥の本能は、あくまで感覚によるもの。その精度は決して高くない。つまり…
「…っ!?しま、上空!?」
意表を突くような形には対応しきれないことになる。
恐らく飛鳥が仕留める姿を見ていたのだろう。先程までのメナスとは違い、既に攻撃態勢に入っていた。
「(今から攻撃に入れば間に合う…けど、普通に攻撃したら他の人に気付かれてパニックになっちゃう…)」
この間コンマ数秒の施工時間であり、直感に優れる飛鳥は直ぐに別の答えを導き出した。
「せい…やぁ!!」
地面を強く蹴り込み、飛鳥は球場一つはあるでろう敷地を揺れ動かした。
瞬間、人々の意識は上空とは真逆の地面に向けられる。
『ッ!?』
メナスが姿を現してから、飛鳥が行動に移るまで僅か2秒。その間に、飛鳥は既に攻撃を終えていた。
「『集突打砕拳』!!」
目の前に見たのは黒い影。
メナスがそれを拳だと認識した時には既に拳は放たれており、メナスの顔面に直撃した拳から信じられないほどの衝撃が走り、メナスの身体を粉砕していた。
「よっし!!作戦完了!!」
片手で肘打ちを掴みながらのガッツポーズを決め、飛鳥は作戦完了の報告を大和と護里にメッセージで送る。
『アイドス・キュエネ』との第二幕の戦いは、『グリット』すら発動しなかった飛鳥の圧倒的な力の前に敗北したのであった。
●●●
『ソン…ナ…』
『アイドス・キュエネ』は今度こそ、その場に力なく崩れ落ちた。
正真正銘奥の手。根拠地にメナスを忍ばせ襲撃するという手段さえ、打ち砕かれた。
【フフッ!!残念負ケチャッタネェ。デモ、手段トシテハ面白カッタヨ】
崩れ落ちたまま立ち上がらない『アイドス・キュエネ』の肩に手を置き、【オリジン】はゆっくりと視線を根拠地に向ける。
【(クフフッ…アノ時トハモウ違ウッテワケダネ。アノ白銀ノ人間以外ニモ、楽シメソウナ人間ガイルダナンテ…)】
この時、『アイドス・キュエネ』が意気消沈していたのは、不幸中の幸いだったと言えるだろう。
もし、今の【オリジン】の絶望的な歓喜の笑みを直視していたら、今度こそ『アイドス・キュエネ』は自ら命を絶っていたであろう…
※後書き
ども、琥珀です
体調の悪さは心の悪さ。心に余裕が無くなった私は、ついにお仕事でボカをやらかしました…
心にゆとりを…現場に質を求めるのなら、質を向上させる環境を…
ただの愚痴な後書きでした…