第97星:勝手な信頼
斑鳩 朝陽(18)四等星
千葉根拠地に所属する少女。『グリッター』としての力を秘めており、開花に至たらないまま戦場に立ったが、大和の言葉により、『グリット』を覚醒させ、仲間の命を救う。大和から信頼され、小隊長にも任命される。
ヴィルヴァーラ・スビルコフ (20) 二等星
ロシアスルーツク支部所属。海外派遣交流により日本の千葉根拠地にやってきたロシアの『グリッター』。根拠地の『グリッター』と少しずつ交友を深めていたが…?
「え、私が…?」
警報を聞き、万が一に備えヴィルヴァーラも用意を進めていたが、まさか出撃要請が出されるとは思っておらず、思わず聞き返してしまう。
「はい。一緒に戦って欲しいんです!」
「それは…指揮官からの命令かしら?」
朝陽に向けられたのは疑惑の眼差し。
先程とは違い冷静さを取り戻したヴィルヴァーラであったが、朝陽と飛鳥が自身の会話の内容を聞いていたかもしれない…という可能性は捨て切れない。
加えて、短時間とはいえ朝陽は咲耶とやり取りを行なっている。
もし、その時に密告をしていたとすれば、この出撃は別の意図を孕んでいる可能性がある。
もし、そうなれば…
「それもあります。けれど、最終的に選んだのは私の判断です」
「…?それは、どういう…」
一瞬、ヴィルヴァーラは朝陽が何を言おうとしているのかを理解できなかった。
しかし、直ぐにその言葉の意図を理解した。
朝陽は恐らく、何かまではわかっていないものの、ヴィルヴァーラが裏で何かをしていることに気が付いている。
それが、根拠地にとって大きなリスクを孕んでいることにも。
その上で、朝陽はヴィルヴァーラに同行を依頼していたのだ。
「貴方…正気なの?一体…なにを考えているというの?」
「何も」
ヴィルヴァーラの声は震え、朝陽の言葉はどこまでも真っ直ぐであった。
「ごめんなさい、ヴィルヴァーラさん。実は私、ヴィルヴァーラさんが誰かと何かを話してるのを見てしまいました
「…!」
「でも、お話の内容は全く聞いてません。丁度通りかかっただけなんです」
その言葉が事実である根拠は何もない。ヴィルヴァーラの疑いの目は止まらなかった。
「…私は、頭が良くありません。戦闘でも日常でも、助けられて、支えられてばかりです」
「……?一体…何の話?」
「でも、皆はそれで良いって言ってくれます。私には私にしか出来ないこと、強みがあるんだって!」
話の脈絡が全くなく、朝陽が自分に何を伝えようとしているのかが見えてこない。
「だから私は、私に出来ることを精一杯やります。全力で戦うこと、生きるために立ち向かうこと、仲間を助けること、そして、仲間をしんじること」
「…ッ!」
『仲間』。その言葉が、ヴィルヴァーラのこころに重くのしかかる。
表情に出ないように努めても、日に日に増していく罪悪感が、ヴィルヴァーラの身体を蝕んでいたからだ。
「私は…貴方達に信頼されるような人間じゃない…それに、貴方の姉に言われたわ。私は…私が貴方達を信用してないって…」
「いいんです!!私が勝手にヴィルヴァーラさんを信じてるだけですから!!」
「…は?」
一瞬思考が止まるほどの身勝手な発言。しかも朝陽はそれを笑顔で発言していた。
「信頼される人間じゃないとか!!信用してないとか!!ヴィルヴァーラさんがそう思っていても私はそう思ってないです!!私がヴィルヴァーラさんを信頼してるんです!!」
「え…あ、ありがとう?じゃなくて!!」
最早頭の中がカオスになりかけているヴィルヴァーラは、思わずお礼を言ってしまう。
「…どうしてそこまで私を信用するの?いくら貴方達と戦ってきたからとはいえ、たかが三週間よ!?」
「三週間も、です!!」
興奮気味に放った言葉を、朝陽はヴィルヴァーラが思わず躊躇ろぐほど更に興奮した声で返した。
「私は私がみてきたヴィルヴァーラさんを信じます!!一緒に過ごして、一緒に戦って、一緒に学んできたこの三週間のヴィルヴァーラさんを信じてるんです!!これなら過去のヴィルヴァーラさんを知らなくても問題ないですよね!?」
「え?あ、そ、そうなる…のかしら?あれ?でも何かおかしくない?」
勢いに押され、思わず朝陽の理屈を認めそうになるが、すんでのところで理性を保つ。
「いいんです!!私が今決めました!!」
「え…えぇ…」
最早理屈もクソもなく、ヴィルヴァーラは謎の理論に押し切られてしまう。
「だからヴィルヴァーラさん!私の信頼に応えてくださいね!!」
「…!!」
漸く、ヴィルヴァーラは朝陽の話の意図を全て理解した。
朝陽が伝えたかったのは、気付いていることでも、謎の理論を押し付けたいわけでもなかった。
いま、朝陽は、自分が見てきたヴィルヴァーラのことを信じると言っていた。
それはつまり、見ていないことは一切信じない、ともとれる。
しかしそれは生半可なことでは出来ない。疑問、疑惑、不審…それらを全て押し殺さなくてはならないからだ。
実際、朝陽は(どこまでかは分からないが)、ヴィルヴァーラの交信を目にしている。してしまっている。
その胸の葛藤を抑え、朝陽は本気でヴィルヴァーラを信じようとしていた。
表情には出さないが、その瞳の奥では、やはり不安が渦巻いているのが見て取れた。
その上で、自身を信じるのだと言う。そして、その言葉に偽りはない。目の前の少女がそういう人物ではないことを、彼女は知っていた。
やがてヴィルヴァーラの口が、笑みで僅かに傾いた。
「ふふ…ははは!!」
それは、朝陽が今みで見たことのない、ハッキリとした笑顔であった。
「アハハハハ!!世の中に、こんな無茶苦茶なことを言う人がいたのね!!」
目尻には涙さえ浮かべ、腹を抱えて笑い続ける。
しばらくして漸く落ち着きを取り戻したヴィルヴァーラは、先程まで浮かべていた暗い表情を一変させ、朝陽と目を合わせ、返した。
「分かったわアサヒ、私も出る。貴方がそこまで言うのであれば、私もこの三週間分の信頼に応えて見せるわ」
ヴィルヴァーラの答えに、朝陽はパァっと表情を明るくさせる。
「はい!宜しくお願いします!!」
この結果でヴィルヴァーラの悪事がなくなる訳では無い。あくまで彼女の目的は、データの差渡しである。
それでも、ヴィルヴァーラが朝陽の依頼を受けたのは、彼女のその真っ直ぐな心を見て、自分の心の奥底に、何か変化が起きるのではないか…そう考えたからである。
「(私の罪は無くならない。けれど、なんだろう…いまこの時だけは…何もかもを忘れて、朝陽の信頼に応えたい。そう素直に思える)」
ヴィルヴァーラは気付いていなかった。その考えが、夜宵の指摘を完全に覆す想いとなっていることに…
●●●
「…!小隊より連絡が来ました!!三咲小隊、並びに朝陽小隊及びヴィルヴァーラ二等星、合同で出撃しました!!」
夕の報告を聞き、咲夜は僅かに笑みを浮かべる。
「(良かった…朝陽さん、無事に連れ出せたのですね)」
しかし、直ぐにその表情には影が落ちて行く。
「(この戦いが終わって、彼女がもし私達に助けを求めてきたのであれば、それには応えるべきでしょう。ですがもし…彼女が何も行動を起こさなければ…その時は…)」
「ゴラァ咲夜。敵を目の前にして何を考えてんだテメェはよ」
ふと、護進の言葉を受けて、咲夜は我に帰る。
咲夜は首を振り、一度自分の思考を全てリセットし、護進の通り意識を戦闘に集中させる。
「すいませんでした。ここから集中し直します」
「いちいち言われてから気付くようじゃまだまだだな。勉強し直してこい」
「はい、今から勉強しなおします」
●●●
『…ン?』
ふと、『アイドス・キュエネ』は目標から敵の姿が現れていることに気が付く。
『(予想ヨリ遥カニ対応ガ早イ…)』
『アイドス・キュエネ』の作戦では、この囮によって敵の注意を引き付け、本隊が気付かれないまま目標を襲撃する予定であった。
しかし、予想に反して、本隊がまだ海上にいる段階で人間は現れた。
『フゥン…(流石【エデン】ヲ敗ッタダケアッテ、相当ノ曲者揃イノヨウネ)』
『アイドス・キュエネ』は勿論、前回味方を一掃された敵のことを警戒している。
しかし、それ以上に、同胞の最大の知性を兼ね添えていた『エデン』を上回る計略を展開した、人間のトップのことも最大限に警戒していた。
恐らく、【エデン】のもつ知性と人間の持つ知能にそれ程差は無い。
【エデン】が敗北した理由として考えられるのは、恐らく知性を備えてきた歳月の差。
いくは【エデン】が高い知性を持ったとしても、覚えたばかりの力はただの付け焼き刃でしかない。
その僅かな差によって、【エデン】は敗北したのだろう。
が、しかし、その点に関しては『アイドス・キュエネ』は違う。
知性こそ以前までは備えていなかったが、20年もの間生き続けてきた経験と、人間と戦い培ってきた本能が備わっている。
敗れる要素など、どこにも無かった。
『サァ…今度ハ私ト勝負ヨ…人間サン?』
大人びた様子の『アイドス・キュエネ』は、妖艶な笑みを浮かべ、その姿を消した。
※後書きという名の愚痴の場
ども〜琥珀です
日本は得てして人件費を削りがちですが、私の職場はモロにその弊害を受けています…
それにより職場内の負担とフラストレーションは溜まり続け、結果悪循環を生んでしまっているんですよね…
お金は大切ですが、なによりも人身と人心を大切にしてほしい…そう思うフラストレーションの日々なのでした…